第48話 二学期の始まり (1)
※ご注意※
物語の中に暴力的な描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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楽しかった夏休みも終わり、二学期が始まった。
――始業式の翌日の昼休み
「すみません、吉村先輩はいらっしゃいますか?」
駿と達彦は、三年生の教室に来ていた。
「吉村? あー、あそこにいるけど、呼んでこようか?」
声を掛けた男子が教室の隅を指差す。
チャラ男や悪そうな感じの男子が六人、女子が三人集まって、談笑していた。
「あ、大丈夫です。自分ら直接行きますので」
「うん、勝手に入って大丈夫だからね」
「お気遣い、ありがとうございます」
声を掛けた男子に頭を下げる駿。
駿は、ココアから聞いた情報を思い出していた。
◇ ◇ ◇
――十五分前
教材を使いたいとカギを借りた社会科準備室。
ココアが駿と達彦に当時の状況を説明していた。
「そ、その後、私が逃げ出した時、男子が五、六人いて~……」
うつむき、言葉に詰まるココア。
「ココア、今日は止めとこうか、な」
駿と達彦はアイコンタクトを取り、頷き合った。
しかし、ココアは気丈に首を左右に振る。
「ゴ、ゴメンね……ちゃんと説明するから……」
「無理はしないでな」
頷いたココア。
「その五、六人は、私に何かしたわけではないんだけど……逃げ出す私見て笑ってて~……その時、そいつらが言ったの~……」
「何て?」
「『吉村、ダメだったのかよ、ダセェー』って……それで、名前が分かったの~……」
「なるほどな……」
「その吉村って人、顔は見たことあって~……三年のカーストのトップとからしくて~……」
「カーストのトップか……」
「うん、だから下手に相手にしちゃうと、三年生全部敵になっちゃうかも~……だから……」
「そこは問題ない」
「え?」
「三年生が全部敵? やってやろうじゃん、な、タッツン」
腕を組んで話を聞いていた達彦がニヤリと笑う。
「いいな、おもしれぇじゃねぇか」
「で、でも……」
「オレ、ココアとジュリア、キララの三人に約束したよな、解決するって。オマエら守るって」
駿の目に怒りの炎が灯った。
「オマエら守るためなら、何でもやるから。見とけよ」
「う……うぅ……ううううぅぅ……」
泣き出すココア。
「バッカ、泣くなって……」
駿はココアを優しく抱き寄せ、頭を撫でた。
「タッツン、すぐ動くけどいい?」
「いや、すぐに動かなきゃダメだろ」
「だよな、OK……ココア、もう少しだけ我慢してくれ、な」
涙を流しながら頷くココア。
「じゃ、タッツン行こうか」
◇ ◇ ◇
教室に入り、吉村たちが談笑しているところへ向かう駿と達彦。
「すみません、吉村先輩は……」
駿が声をかけると、その場の会話が止まった。
たむろしていた男子たちは「誰だ、こいつら」という目でふたりを睨んだ。
「あ? 一年が俺に何の用だ?」
ドガッシャーン
机を思い切り蹴飛ばす達彦。
吉村たちは、唖然とした。
怒りの表情を浮かべる駿。
「てめぇが吉村か……」
オレンジ色の短髪に、耳にいくつもピアスをつけた男。
この男が吉村だった。
駿は吉村の顔面を掴み、そのまま持ち上げるように無理矢理立たせ、後ろにあった掃除用具入れのロッカーに、何度も吉村の頭を叩きつける。
ドバーン ドバーン ドバーン ドバーン
その場にいた女子は、全員怯えていた。
「お前らは俺が相手してやろうか?」
達彦が他の五人の男子を睨みつける。
「全員で来てもいいぜ」
その言葉に怖気づく五人。
ドザァーッ
放り投げるかのように、吉村を床に打ち捨てた駿。
ロッカーの扉は、ボコボコに凹んでいる。
駿は、床に倒れている吉村の胸ぐらを掴んだ。
「お前、一年の竹中ココアに金渡して、口と手でさせようとしたらしいな」
吉村は怯えきって、震えている。
「いいか、山口ジュリアと竹中ココアに関する噂は、全部ウソだ。二度とジュリアとココアに近づくな、いいな」
震えながら何度も頷く吉村。
「てめぇらは何か文句あんのか?」
五人の男子を見渡した駿。
全員目をそらす。
いつもは賑やかな昼休みだが、今は教室中が静まり返っていた。
駿と達彦は、そのまま教壇に上がる。
「三年生の皆さん、お騒がせして大変申し訳ございません」
教室の三年生に向けて、演説を始めた駿。
達彦は、その横に立っている。
「自分は一年の高橋と言います。実は、私の友人が事実とは異なる噂を学校中に流されています」
三年の女子に視線を送った駿。
「これからする話は、女子の皆さんには不愉快な内容かもしれません。先にお詫びいたします」
駿は頭を下げる。
「私の友人が流された噂とは、ヤリマンであるとか、パパ活や援助交際をしているとか、口にするのもはばかれる内容です。それらはすべてウソです。事実無根です。しかし、その噂のせいで彼女たちはたいへん苦しんでいます」
吉村たちに目を向けた駿。
「そして、その噂を鵜呑みにしたバカが、噂に苦しむ彼女に対して、人気のない場所に無理矢理連れ込み、金を渡して性的な行為を強要するという事件が発生しました。そのバカの仲間は、それを見て笑っていたそうです。そうだよな! 吉村!」
吉村は目をそらす。
「一年の女子の腕を掴んで、無理矢理体育館の裏に連れ込んで、いきなりズボンとパンツ下ろして、五千円やるから口でしろって要求したんだろ! 無理矢理てめぇのナニ握らせようとして、手でしろって強要したんだろ! なぁ!」
うつむいてしまった吉村。
「そこで無関係な顔してるテメェら! 吉村から逃げる女子見て、笑ってたらしいじゃねぇか! テメェらも同罪だ!」
視線を落とす男子五人。
ダバーンッ
駿は、教卓を思い切り叩いた。
「テメェらのせいで、彼女は心に深い傷を負ったんだよ! 消えない傷をな!」
怒りのあまり、肩で息をする駿。
ふぅー、と大きなため息をひとつつき、落ち着きを取り戻す。
「女子の皆さんに申し上げます。残念ながらこの学校には、甘い言葉や金銭をチラつかせて、皆さんの身体や性的な行為を要求するヤカラがいます。カーストトップだか何だか知りませんが、そういったヤカラから皆さんの身体や心を守れるのは、他の誰でもありません、皆さん自身です」
女子の冷たい視線が、吉村たちに突き刺さった。
「もしも、無理な要求をされたり、断ったことが元でイジメられたりするようなことがあったら、いつでも私たちに相談してください。もう一度言います。私は一年の高橋、こっちは一年の谷です。いつでも相談してください。私たちが皆さんの代わりに戦います」
女子は全員真剣な眼差しで駿を見ている。
「これまでの話は、皆さんの友達や後輩にも伝えていただき、危機意識を持っていただくように促してください」
女子の中には、スマートフォンで駿たちを撮影したり、すでにLIMEなどで情報を拡散している人もいるようだ。
「おい、吉村! オマエ、三年のカーストトップらしいな!」
怯えた吉村。
「学校中の男子ぞろぞろ引き連れて、オレらに報復でもするか?」
達彦が横でフッと笑う。
「俺ら、絶対に引かねぇから。いつでもかかってきな」
吉村たちを挑発した達彦。
駿も吉村たちを睨みつける。
「とことんやるから、オレらを的にすんなら覚悟してかかってこいよ」
吉村たちは、全員目をそらし、視線を落とした。
「皆さん、昼休みの貴重なお時間にお騒がせしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
駿は頭を下げ、達彦と共に教室を出ていった。
「うまくいきそうか、駿」
「多分な、あんだけ派手にやったんだ。つまんねぇ噂は、こっちの噂で塗りつぶされんだろ」
「うまく転がってくれるといいけどな」
「まぁ、あとは祈るのみだ」
◇ ◇ ◇
その日のうちに、効果が目に見える形で現れた。
午後の授業が終わる頃には、駿と達彦の行動がLIMEなどによって、学校中の生徒に拡散されたのだ。
――噂で苦しむ友人の窮状を救うために、一年生の高橋と谷が三年生の教室に乗り込んだ。
――噂で苦しんでいる友人とは、例の山口ジュリアと竹中ココアのことだ。
――学校で流れている山口ジュリアと竹中ココアに関する噂は、すべてウソだ。
――一年生の高橋と谷が、三年生の吉村ら素行の悪い集団を糾弾した。
――一年生の高橋と谷は、全面的に女子の味方になってくれている。
そんな情報が、学校中の生徒の間で駆け巡ったのだ。
それらの情報は、ジュリアとココア、キララの耳にもすぐに入った。
◇ ◇ ◇
――放課後の教室
駿は自分の席で、達彦と談笑していた。
そこに、幸子に連れられてジュリアとココア、キララがやって来る。
「駿、谷(達彦)、あーしらのために、本当にありがとう……」
頭を深々と下げたジュリアとココア。
「私からもお礼を言わせて……駿、谷、ありがとう……」
キララも深々と頭を下げる。
「やめろって、オレら友達だろ。オレらが困った時は三人を頼るからさ、その時は助けてくれな」
「そういうこった」
笑顔で返した駿と達彦。
幸子は、そんなやり取りを見て、優しく微笑む。
突然、駿の胸に飛び込んだココア。
「ありがとう……ありがとう……ありがとう……」
肩が震えている。
「なんだ、ココアは泣き虫になっちまったな」
苦笑しながら、ココアの頭を撫でた駿。
「これで噂の問題は解消されると思うけど、完全に噂が消えるかどうかは、正直分からん。だから、しばらくは注意してくれ」
ジュリアとキララは頷く。
「おかしなことを言われたり、されたりしたら、いつでも言ってくれ。オレとタッツンで潰していくから。ココアも分かったか?」
駿の胸に顔をうずめながら、頷いたココア。
駿はココアの頭を優しくポンポンと叩く。
「後さ、こんな情報も出回ってんだけど……」
自分のスマートフォンを駿と達彦に見せたジュリア。
LIMEの画面が表示されており、そこにはこう書かれていた。
『山口ジュリアと竹中ココアは、一年の高橋と谷の女だ。手を出すと殺される』
ブッ!
驚きのあまり吹く駿と達彦。
「う、噂って、こえぇな……」
さすがの達彦もビビっている。
「まぁ、バカへの牽制にはなるからいいんじゃねぇの? そのうち消えるよ、こんな噂は」
駿は平然としていた。
「駿~……」
顔をうずめながら駿を呼ぶココア。
「おぅ、どうした」
「鼻水ついちゃった~」
顔を上げたココア。
駿のシャツとココアの鼻の間に、鼻水がびろぉーんと伸びる。
「オ、オマエーッ!」
駿の周りが大爆笑に包まれた。
(うまくいって良かった。次は、文化祭でのライブの調整だな……)
ジュリアとココアの問題を解決できたことに安堵する駿。が、問題は山積み。
でも、今だけは笑顔を絶やさないようにしようと、笑う駿だった。
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