第49話 二学期の始まり (2)
二学期が始まり、一週間が経った。
駿と達彦が三年生の教室に乗り込んだ後、幸いにして駿と達彦の元へ相談に来た女子はいなかった。
一方で、ふたりの写真や動画が学校内に出回り、駿は知らない女子から握手を求められたりすることがあり、少々困惑気味。
達彦も同様ではあったが、無愛想なため、すぐに周囲は落ち着いた。しかし、その無愛想な雰囲気に惹かれた隠れファンが増えた様子。
吉村たちは、あれ以来学校中の女子から白い目で見られるようになり、鳴りを潜めて大人しくしているようだ。
ジュリアとココアは、あの直後に二名の男子から金銭による性的な行為を要求された(本人たちは冗談のつもりだったらしい)が、その都度駿と達彦がスクランブルをかけた。
その結果、ジュリアとココアが駿と達彦の彼女だという噂も加わり、ふたりに声をかけてくるヤカラはいなくなった。
◇ ◇ ◇
――放課後
駿と幸子は、職員室へ向かっていた。
「駿くん」
「何、さっちゃん?」
「私で良かったんですか? これから大事な話をするのに……」
「さっちゃんがいいの!」
「私じゃ、あまりお役には……」
「しおりの時と同じだよ」
「え?」
「横にいてくれれば、さっちゃんから勇気をもらえるからね」
あの時、駿が隣におり、勇気をもらったことを幸子は思い出す。
「そんな風におっしゃってくれると……すごく嬉しいです……」
はにかんだ幸子。
「さっちゃんから勇気もらえないと、オレがんばれな~い」
駿がおちゃらける。
「ふふふっ。じゃあ、たくさん勇気あげちゃいますね」
「ホント⁉ よーし! だったら、ガンバレそう!」
楽しく笑い合うふたりだった。
◇ ◇ ◇
――職員室の扉の前
「大谷先生、いるかな……」
コンコン ガラガラガラ
ノックをして引き戸を開ける駿。
「失礼します。大谷先生は……あっ、いた!」
第二軽音楽同好会の顧問を受け持ってもらっている女性教員・大谷と会いに来たのだ。
教師生活二十年以上のベテラン教員で、生徒からは「おばちゃん先生」と親しみを込めて呼ばれている優しい先生だ。コーラス部の顧問と掛け持ちで第二軽音楽同好会の顧問を受け持ってもらっている。
大谷の席へ向かった駿と幸子。
「大谷先生、お忙しいところ失礼いたします」
駿と幸子は、大谷に頭を下げる。
「あら? 高橋くん、久しぶりね。同好会の方はどうかしら?」
「はい。ほぼ毎日、早朝に音楽室で練習しています」
「うん、真面目で感心感心」
笑顔で頷いた大谷。
「今日は先生に相談がありまして……」
「どうしたの? そこの空いている椅子に座って」
駿と幸子は、促されるままに他の教員の椅子を借りて座る。
「これのご協力をお願いできませんでしょうか……?」
一枚の紙を大谷に渡した駿。
『部設立申請書』
部の名称は「第二軽音楽部」で、メンバー欄には、部長に駿。部員に達彦、太、亜由美、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の名前が書かれている。
しかし、顧問教員の欄は、空欄のままだ。
「なるほどね、部への昇格をさせたいわけね」
「はい、そのお力添えをいただけませんでしょうか」
大谷は、用紙を見て悩む様子を見せた。
「高橋くん」
「はい」
「これは、このままでは申請が通らないと思うわ」
「!」
驚く駿と幸子。
「あ、あの、なぜでしょうか?」
幸子が尋ねる。
「部員は八人いるから条件をクリアしてるけど……問題はこれ」
大谷は『第二軽音楽部』を指差す。
「軽音楽部がすでにあるし、向こうも人数がたくさんいるわけではないから、同じような部がふたつある必要性を見出だせないわ」
「…………」
もっともな意見に、言葉の無い駿と幸子。
しかし、軽音楽部で活動することはできない。
悩む駿と幸子に、大谷がひとつの提案をする。
「高橋くん、そちらはロックとかに特化していないのよね?」
「はい、今はロックとかメタル、パンクが中心ですが、ジャンルに拘らず、ポップスやフォーク、それからジャズやファンク、フュージョンにも挑戦したいと考えています」
「うん、その姿勢はすごくいいと思うわ。だからね、こうしたらどうかしら?」
申請書に何かをサラサラと記入した大谷。
その申請書を駿に見せる。
申請書には『音楽研究部』と書かれていた。
「先生、これは……」
「ジャンルの枠にとらわれず、様々な音楽を研究するっていう位置付けの部よ」
「なるほど……軽音楽部にも、コーラス部にも、吹奏楽部にもバッティングしない部、ということですね!」
大谷は、にっこり笑う。
「これだったら私もサインするし、設立にあたって力を貸せるわ」
顔を合わせて喜び合った駿と幸子。
「ただ、ふたつお願いがあるの」
「はい、何でも言ってください」
「きっと軽音楽部的な活動をするのだと思うけど、軽音楽部と明確に差をつけて、彼らより上の立場になって頂戴」
「それはわかりましたが、またどうして……」
「私ね、はっきり言って、彼らが嫌いなの。音楽に真面目に取り組んでいないし、部屋に女の子連れ込んで、遊んでばかりいるし。実際、すごく演奏が下手くそだし」
大谷は、不愉快だという気持ちを隠さずに続ける。
「だからね、軽音楽部に成り代わってほしいの」
「わかりました、お約束します。もうひとつは……」
「ウチのコーラス部とのコラボを考えておいてほしいの。今すぐとかって話じゃなくていいから」
「あ、もしかすると小泉(太)に話をした件ですか?」
「そうそう、夏休み入るちょっと前くらいに話をしたわ」
「はい、それはこちらとしてもぜひお願いしたいです!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。いつもは無伴奏だったり、ピアノだけの伴奏なんだけど、アコースティックギターとか、キーボードと合わせても面白いかなって」
「あ、それ面白そうですね! オレ、ウッドベースも多少イケますから、そういうのを合わせてもイイかもしれませんね!」
「うふふ、それとね、コーラス部は女子が多いでしょ? 高橋くんと谷(達彦)くんのファンが多いのよ」
「えっ⁉」
「私も動画見たけど、あんまりやんちゃしちゃダメよ」
「あー……はい、すみません……」
顔を赤くして、頭を掻いた駿。
「じゃあ、はい、これ。サインしておいたわ」
大谷は、サイン済みの申請書を駿に返す。
「色々ご面倒をおかけしますが、引き続きよろしくお願いします!」
大谷に頭を下げた駿と幸子。
「あ! もうひとつ先生に相談が……」
「ん? 何かしら」
駿は、幸子を紹介する。
「今度、オレらとやることになった山田さんです」
立ち上がった幸子。
「山田幸子と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げる。
「あら、礼儀正しい子は好きよ。よろしくね」
大谷は、にっこり微笑んだ。
「彼女はボーカルなんですが、しばらくコーラス部で預かっていただけませんでしょうか?」
「え⁉」
聞いていなかった話に驚く幸子。
「彼女、実力は間違いないのですが、まだ荒削りなところがあるので、コーラス部の洗練した歌い方や、声の出し方とかを指導していただきたいんです」
「ええ、大丈夫よ。体験入部ということで、お預かりするわ」
幸子は困惑した。
「ねぇ、さっちゃん。さっちゃんは、まだカラオケでしか歌ったことないよね」
不安そうに頷く幸子。
「あのカラオケでの歌を聞く限り、さっちゃんはもっともっと歌が上手くなる。でも、残念ながら自分だけの努力だけでは限界がある」
駿は、真剣な眼差しで幸子に語り掛けた。
「ウチの学校のコーラス部は実力派なんだけど、それはここにいる大谷先生の指導によるところが大きいんだ。だから、さっちゃんも学べることがすごく多いと思う」
まだ不安そうな幸子。
「コーラス部の人たち、オレ何度か話したことあるけど、みんな優しいし、気持ちのいい人ばっかりだよ。ただ、もしもさっちゃんが不安なんだったら、オレ付き添うから。だから、やってみない?」
幸子は、自分の手をぎゅっと握る。
(また駿くんを頼ろうしてしまっている……自分で……自分で……!)
「駿くん、私ひとりで大丈夫です!」
駿に笑顔を向けた幸子。
「大谷先生、ご迷惑をおかけすることが多いかと思いますが、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
幸子は、大谷に深々と頭を下げる。
「はい、こちらこそよろしくね。丁度明日の放課後は音楽室での活動日だから、音楽室に来て頂戴。部員には今日説明しておくから」
「はい! わかりました!」
前向きな姿勢を見せる幸子に、ホッと安心した駿。
「それでは先生、オレらの活動については、適時ご報告するようにいたしますので、今後ともよろしくお願いいたします!」
◇ ◇ ◇
「失礼しました」
ガラガラガラ
職員室から出てきた駿と幸子。
「よっし! 部への昇格、大成功! さっちゃん!」
駿は、幸子にハイタッチを求める。
パチンッ
幸子は、背伸びしてハイタッチ。
「いぇーい!」
喜び合ったふたり。
「駿くん」
「ん?」
「今日も色々ありがとうございました」
幸子は、駿に頭を下げる。
「大谷先生のところで、さっちゃんの可能性を引き出せればいいね!」
笑顔で返した駿。
「いつも……」
「え?」
「いつも、いつも、いつも、たくさん気を遣っていただいて……どうご恩をお返ししたらいいのか……」
幸子は視線を落としてしまう。
幸子の顔を覗き込むように話す駿。
「考えすぎだよ、さっちゃん。大谷先生に色々教えてもらってさ、一回りも二回りも成長して、またオレたちを驚かしてよ! ね!」
幸子は、明るい表情で顔を上げた。
「はい! たくさん勉強してきます!」
サムズアップする駿。
(これでもっと自分に自信持ってくれればいいなぁ……ガンバレ、さっちゃん!)
幸子のさらなる成長に期待する駿だった。
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