第129話 正月 (3)

 ――元旦


 駿、亜由美、幸子の三人は、初詣からの帰り道、幸子の厚意で家へ立ち寄ることになり、出店グルメを堪能した後、トランプ大会で盛り上がっていた。


「駿くん」

「駿くん? 誰だね、それは」

「大富豪様……」

「うむ、何だね。次は大貧民のチミからだ、さっさとカードを切りたまえ」


 駿は、ドヤ顔でニヤニヤしながら幸子に言った。


「貧民たちは、大富豪様のイジメにお怒りですよ……」

「?」


 バサッ


 5のカードを四枚切る幸子。


「革命勃発です!」

「えーっ! ここにきて革命⁉ やべぇーっ!」

「私は、その辺を見越した戦略練ってるから大丈夫」

「駿く~ん、お手元のカードは大丈夫ですか~?」


 幸子はクククッと、駿をバカにするように笑った。


「だ、大丈夫だよ! 全然問題ないから!」


 と言ってる駿の顔は、明らかに焦っている。

 幸子や亜由美から切られる普段なら小さい数字のカードに手が出ない駿。


「う……」

「はい! 大富豪になりましたぁー!」


 幸子の勝利宣言。


「二ば~ん、私はまた平民だ」


 二番手の亜由美。


「くっそ~!」


 駿は、大富豪から大貧民に陥落した。


「大貧民くん、さぁ、カードを配って一番良いカードをよこしなさい」


 駿に向かってニマニマしている幸子。


「くっそ~、さっちゃんめ……」

「さっちゃん? 誰かね、それは?」

「ぐっ……大富豪様……」


 幸子と亜由美は、ガックリきている駿を見て大笑いした。


「大富豪も面白いですね!」


 目を輝かせる幸子。


「トランプは面白いゲームがたくさんあるからね。せっかくさっちゃんが大富豪になったんだし、もう一回位やって、また別のゲームを遊ぼうか!」

「いいわね!」

「さんせ~!」


 コンコン


 部屋の扉をノックする音がした。


「はーい。お母さん、どうぞー」


 カチャ


「随分盛り上がってるわね、うふふふ」


 エプロン姿の澄子がやって来た。


「澄子さんもいっしょにやりませんか?」

「一緒に遊んだ方が絶対盛り上がるよ!」

「お母さんも一緒にやろうよ!」


 三人の大歓迎を受ける澄子。


「まぁ、お誘いありがとね。でもその前に、みんなお腹減ってないかしら?」


 幸子たちが時計に目を向けると、時計の針は七時前を差していた。


「えっ、もうこんな時間⁉」

「私も気が付かなかった……」

「楽しい時間は、過ぎるのが早いよな」

「下におせちを用意したから、高橋(駿)くんも、中澤(亜由美)さんも、良ければ食べていかない?」


 ぱーっと、花が咲いたかのように明るい表情を浮かべる幸子。


「亜由美さんも、駿くんも、食べていってください! お母さんの料理、すごく美味しいんですよ!」

「澄子さん、さっちゃん、ぜひご相伴にあずからせてください」

「私もぜひ! ご馳走になります」

「やったーっ!」


 幸子は、小さな子どものように喜びをあらわにした。


「ふふふっ。さっちゃん、子どもみたい! 可愛い!」


 幸子の様子に顔がほころぶ亜由美。


「えー、だって……嬉しいんだもん……」

「オレたちも嬉しいよ、さっちゃん」

「駿くん、ありがとう……えへへへ……」


 幸子は照れくさそうに、はにかんだ。


「はい、はい、じゃあ、皆さん下に来て頂戴ね」


 ◇ ◇ ◇


 一階の居間で、幸子、亜由美、駿の三人は、澄子お手製のおせち料理に舌鼓を打っていた。


「ごめんなさいね、何だかパッとしない地味な料理ばかりで……」

「おせちとか全然縁がないんで、すごく嬉しいです! この紅白なますとか、すごい美味しいですよ! オレ、酸っぱいのはあまり得意じゃないんですけど、これは優しい酸っぱさでバクバクいけちゃいます!」

「黒豆もふっくらツヤツヤで美味し~! お雑煮も最高!」

「お母さん、美味しいって!」

「嬉しいわ、若い子にはどうかと思ったんだけど、そうやって喜んでもらえて良かったわ」


 四人の間に優しい笑顔が広がる。


「ところで、学校での幸子は、どんな感じなのかしら」


 居間のテーブルに身を乗り出すようにして尋ねた澄子。


「さっちゃんは、私たちの……というか、クラスの女子のアイドルですね!」

「えーっ! ない、ない!」


 幸子は、亜由美の言葉を否定するように手を左右に振っている。


「私、隣のクラスなんですが、噂は色々聞き及んでおりまして……」

「わ、私の噂……?」

「うん、色々聞いてるよ」

「ちなみに、どんな……」

「えっとねぇ、山口(ジュリア)たちに猫可愛がりされてるとか……」

「それは否定できないですね……」

「それから、クラス中の女子から餌付けされてるとか……」

「え、餌付け……?」

「なんかねぇ、山口たちのすきを見て、さっちゃんにお菓子あげるのが流行ってるって聞いてる」

「あー! 確かに、みんな私にお菓子くれるー!」

「しかも、さっちゃん。そのお菓子、どうしてる?」

「え……たくさんいただくので、駿くんとかに分けたり、休み時間にふたりでつまんだり……あっ! でも、ちゃんとくれた子には『あげてもいい?』って聞いてますよ!」

「うん、それも噂になってる」

「ど、どういうことですか……?」

「さっちゃんが、小さい手でお菓子抱えて、駿のところにトコトコ行くのが『尊い』ってことらしいわ」

「『尊い』……? 何かもう意味が分かりませんが……」

「で、駿がまたそれを嬉しそうにもらうでしょ?」

「もらうけど……」

「それがまた『尊い』らしいわ」

「ワケがわからん……」

「まぁ、ふたりの行く末をクラス中の女子が見守ってるということね」

「そ、そ、そんな話になってるんですか⁉」

「しかたないわよ、あんだけイチャイチャしてるんだし」

「イチャイチャなんてしてません!」

「オレ、お菓子もらったり、食べたりしてるだけなんだけど……」

「その時、周りよく見てみ。女子がみんなそっち見て、ニヤニヤしてると思うから」


 頭を抱える駿。

 澄子は、さらにズズイッと身を乗り出した。


「男の子からはどうなのかしら?」

「お母さん! 何かあるわけないでしょ!」

「あー……確かに何も無いですね……」

「ほらねっ」


 なぜかドヤ顔する幸子と、それを見て苦笑いする澄子。

 しかし、亜由美は続けた。


「何も無いっていうか……結果的にそうなってるというか……」

「?」


 幸子の頭にハテナマークが浮かぶ。


「だって、駿がいるでしょ?」

「えっ?」

「クラスの男子の大半が、駿とさっちゃんがいい仲だと思ってるみたいだよ」

「えーっ!」

「で、駿はギャル軍団とかとも仲いいじゃない」

「う、うん……」

「だから、駿は、クラス中の男子から『リア充、爆ぜろ!』って思われてる」

「マジかよ!」

「そっちのクラスの渡辺(遥)が言ってた」

「ア、アイツ……」


 再び頭を抱える駿。


「そういうことなんで、さっちゃんのお母さん。さっちゃんはクラスの人気者ですし、駿が悪い虫を寄せ付けません!」

「オレは防虫剤か……」

「でも、高橋(駿)くんが仲良くしてくれてるなら安心ね」


 澄子は笑みを浮かべた。


「安心ね、じゃないよ、お母さん! ま、まさかクラスのみんなから、そんな風に思われてるなんて……」

「え? だから、オレは一向にかまわないんだけど」

「駿くん! 何言ってるんですか! もう!」


 飄々としている駿と、顔を真っ赤にして怒っている幸子。

 そんなふたりを暖かく見つめる亜由美と澄子だった。


 ◇ ◇ ◇


 居間で談笑を続ける四人。

 ふと、壁の時計を見た亜由美。


「あ、もう九時……遅くまでお邪魔してしまって、申し訳ございません」

「もうそんな時間か……亜由美、送っていくよ」


 帰る素振りを見せるふたりに、焦る幸子。


「あ、あの……」

「澄子さん、ご馳走様でした。すごく美味しかったです!」

「食い散らかしてしまったみたいで、すみません……」


 澄子は、幸子の様子を見てふたりに提案した。


「よければ、泊まっていきませんか?」

「お母さん……うん、そうだよ! ふたりとも泊まっていってください!」


 澄子の提案に大喜びの幸子。


「申し訳ございません……私、家が厳しくて、外泊は……」


 苦笑いする亜由美に、幸子はガックリとうなだれた。


「亜由美の家、厳しいもんな……」

「うん……もうちょっと自由にさせてもらえると嬉しいけど……でも、お父さんも、お母さんも、私を心配してのことだからね……」

「じゃあ、オレも……」

「高橋くんだけでも泊まっていったらどうかしら?」


 帰ろうとした駿に、先回りするように提案する澄子。


「えっ⁉ い、いや、女性しかいない家にオレが泊まるのは……」

「高橋くんのことは信用してますし、信用している男性が家にいるのは、女ふたり暮らしの私たちにはとても心強いの」

「いや、でも……」


 駿は、困ったように悩んでいた。


「高橋くん、さっき『おせちに縁がない』って言ってたけど、いつもお正月はどうしてるの?」

「そうですね……大体部屋でゴロゴロして、近くのスーパーかコンビニで適当にご飯買って……って感じですね」

「じゃあ、今年は三が日をウチで過ごさない? おせちもあるし、温かいご飯もあるし、お風呂も足を伸ばして入れるわよ」

「至れり尽くせりですね……」


 おずおずと幸子が話す。


「し、駿くん……お正月、ウチでのんびり過ごしませんか……?」

「さっちゃん、いいの……? 落ち着かないでしょ?」

「はい、落ち着きません……」

「だったら――」


 幸子は、顔を上げてニパッと笑った。


「だって、ヒーローと一緒に過ごせるんですよ! きっと、ずっとドキドキしてると思います!」

「さっちゃん……」

「駿、お言葉に甘えたら?」


 笑みを浮かべている亜由美。

 駿は、決心したように澄子と幸子に向き直った。


「澄子さん、さっちゃん……お世話になります!」


 駿は、深々と頭を下げる。


「高橋くん、自分の家だと思ってくつろいでちょうだいね」

「駿くん、我が家へようこそ!」


 満面の笑みで駿を迎えた澄子と幸子。


「駿、良かったわね! いつもバタバタしてるんだから、お正月くらい、さっちゃんとのんびりしなさいよ」

「なんか甘えまくりだな、オレ」

「高橋くん、たくさん甘えてくださいな。よしよししてあげましょうか?」

「からかわないでください……」


 澄子の言葉に、思わず顔を赤くして照れてしまう駿。

 そんな駿の姿を見て、三人は大笑いした。


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