第128話 正月 (2)

 ――元旦


 駿、亜由美、幸子の三人は、初詣からの帰り道、幸子の厚意で家へ立ち寄ることになった。

 亜由美は、初詣に訪れた神社で、自分の軽率な行動により幸子と駿を危険な目に合わせてしまったことを悔み、慚愧の涙を流したが幸子と駿はそれを許し、亜由美との絆を深めた。


「食べましたねー……」

「オレ、お腹いっぱい……」

「私も、もう入らない……」


 神社でテキヤの皆さんにいただいた出店グルメをきれいに平らげた三人。


「唐揚げがスパイシーで美味しかったですね」

「オレもそう思った! オジサンのオリジナルスパイスって言ってたよね!」

「私、甘めのソースの焼きそばが好きだなぁ」

「あれも美味しかったですよね! 甘さの後に濃厚なソース感が追い掛けてくるというか……」


 三人の間に、出店グルメ談義の花が咲く。


「さっちゃん」

「はい、駿くん」

「何かご機嫌な感じだね」


 ずっとニコニコしていた幸子。


「はい! だって、私の部屋に亜由美さんと駿くんがいるんですよ! 夢みたいです!」

「さっちゃん、大げさ~」

「全然大げさじゃないですよ、亜由美さん! だって自分の部屋にいるのに――」


 幸子は手を伸ばし、亜由美の手に触れる。


「――ほら! 手を伸ばしたら、亜由美さんにさわれるんですよ!」


 そんな笑顔の幸子の腕を引っ張り、身体を寄せた亜由美。

 幸子は、亜由美の胸の中に吸い込まれる。


「わわっ、あ、亜由美さん! もー!」

「ふふふっ」


 亜由美と幸子は、お互いに微笑み合った。

 そんな様子を優しい眼差しで見つめる駿。


「ただですね……皆さんで楽しく過ごしたいところなんですが……私の部屋、ご覧の通り、何にも無いんですよね……」

「そんなことないでしょ」

「ゲームも、テレビも無いですから……駿くん、気を使わせてしまって、すみません……」

「いやいや、オレ部屋に入った時、見つけちゃったんだ」

「え、何も無いですよ……?」


 幸子は、駿の言っていることが分からず、頭をひねった。

 立ち上がって、勉強机に向かって手を伸ばす駿。


「これ、これ」


 駿の手には、トランプがあった。


「あっ、手品の……」

「手品? さっちゃん、手品できるの?」


 亜由美のツッコミに、しまった! という顔をする幸子。


「あー……できないです……昔、手品できるようになりたいなぁ……なんて思ってトランプ買ったんですが、よく考えたら見せる人いないなって……それで放置してました……」


 幸子は顔を真っ赤にして、恥ずかしげに笑った。


「じゃあ、練習しておいてね。昼休みに見せてよ!」

「えー!」

「いいわね! 私もさっちゃんの手品見たい!」


 ニコニコ顔で迫るふたりに気圧される幸子。


「が、がんばります……」


 苦笑いする幸子を見て、笑顔でハイタッチした駿と亜由美。


「んじゃ、トランプで遊ぼうか」

「何かアナログですみません……」

「さっちゃん、トランプって下手なゲームより全然面白いぜ」

「私、ババ抜きくらいしかできませんけど……」

「いいわね、ババ抜きやりましょうよ!」

「亜由美さん、そんなに気を使わなくても……」

「いいから、いいから、ババ抜きやろうよ、さっちゃん!」


 シャッ シャッ シャッ シャッ


 駿は、トランプを手際良く切り始めてた。


「はい、はい、じゃあカード配るよー」


 カードを配る駿。


「ババ抜き、久しぶりだわ~」

「オレも、オレも!」


 幸子は現状に申し訳無さ気だが、駿と亜由美はウキウキの様子。


(そんなにババ抜きって面白いかな……)


 そんな疑問を抱きながら、幸子はペアのカードを切っていった。


 ――しばらくして


「うーん……」


 幸子は、駿を前に、残り一枚のカードを手にして悩んでいた。

 二枚のカードを手に持っている駿。

 亜由美は一抜けで、その様子を見てニヤニヤしていた。


「どっちだろ……」


 悩む幸子に、そっと囁く駿。


「さっちゃん、こっちの左側がババだから、右側を引きな……」

「えっ……」


 幸子が顔を上げると、駿は優しく微笑んでいた。


(駿くんは、どんな時も優しいなぁ……)


「駿くん、すみません……ありがとうございます……」


 駿は、笑みを浮かべながら頷く。

 右側のカードを引いた幸子。


「あれ……?」


 そのカードは、ジョーカーだった。


「だーっはっはっはっは! よっしゃー!」

「あはははは、駿、鬼畜すぎる!」


 大笑いしている駿と亜由美。


「駿くん、ヒドイ! むーっ!」


 幸子は、膨れっ面で駿を睨んだ。


「いやぁ~、さっちゃん、可愛いなぁ」

「はい! さっさと引いてください!」


 二枚のカードを駿の前に出す幸子。

 ここで幸子は一計を案じる。

 一枚のカードをスススッと目立つように持ち上げた。


「駿くん、ババはこのカードですよ」

「えー、ホントー?」

「はい、ホントです」


 幸子の顔に、自分の顔を近づける。


「カ、カード覗いちゃダメですよ!」

「覗かないよ……ねぇ、さっちゃん……ババはどっち?」

「お、教えるわけないです!」

「さっちゃ~ん、ババはどっちかなぁ~……?」

「えっ……えっ……」


 幸子の瞳が、一瞬持ち上げてない方のカードの方へ向いた。

 ニコーッと笑う駿。


「ババじゃないのは、こっちだ!」


 駿は、持ち上げたカードを引いた。


「よっしゃ! あがり~!」

「いぇ~い!」


 ハイタッチする駿と亜由美。


「もーっ! 駿くん、ズルいです!」


 幸子は、また膨れっ面をしていた。


「さっちゃ~ん、これが駆け引きというものだよ」


 ドヤ顔の駿。


「駿くん、もう一回!」

「よしよし、やろう、やろう」


 こうしてババ抜き大会は盛り上がっていった。


 ――しばらくして


「やったー! 見たか、駿くん!」


 幸子に拍手を送っている亜由美。


「参りました……まさかオレと同じ戦法を使ってくるとは……」


 駿は、幸子にググッと顔を寄せられ、思わず動揺してババのカードを見破られてしまった。

 亜由美は、それを見てケラケラ笑っている。


「でも、ババ抜きって、こんなに面白かったんですね!」

「だろ! テレビも、ゲームも、いらないって!」


 幸子も、駿も、顔を見合わせて笑っていた。


「よし! じゃあ、別のヤツで遊ぼうか! 何がいいかな……」

「私、ババ抜きくらいしか……」

「じゃあ、七並べとか、神経衰弱とかがいいかしら?」

「いやいや、ここは大富豪でしょ」

「いいわね~」

「さっちゃん、大富豪は知ってる?」


 首を左右に振る幸子。


「じゃあ、最初の一、二回は、オレといっしょにやろうか。さっちゃんだけじゃなくて、オレの手札もオープンにするから」

「はい、よろしくお願いします」

「さっちゃん、相変わらず固いわね~」


 亜由美が、ふふふっと笑っていた。


「そ、そうですかね……?」

「これがさっちゃんなんだから、このままでいいの、ね」

「はい!」


 微笑み合う駿と幸子。


「あら、あら、私はお邪魔かしらねぇ~、もう帰ろっかなぁ~」


 亜由美は拗ねてみせた。


「あ、亜由美さん! じゃ、じゃあ、私、亜由美さんに教わります!」

「ホント⁉ じゃあ、ここにおいで!」

「えっ……?」


 亜由美は正座をして、自分の腿の上をポンポンと叩いている。


「そ、そこですか……?」


 ニッコリ頷いた亜由美。


「亜由美、そこじゃ、さっちゃんも困るだろ。ほら、こっちおいで」


 幸子は、駿の助け舟に振り向く。


「はい! 駿く……ん……? えっ……?」


 駿はあぐらをかき、そこをポンポンと叩いていた。


「えーっ!」

「こっちにおいで~」


 手招きするふたりを前に、顔を真っ赤にしてパニックになる幸子。


「あ、亜由美さんの方で!」


 幸子は、亜由美の膝の上に渋々座った。


「あ~あ、さっちゃんに振られちゃった」

「そこに座れるわけないじゃないですか! 駿くんのイジワル!」


 そんな幸子を後ろから抱きしめる亜由美。


「ありがとーって言って、座っちゃえば良かったのに……」

「亜由美さん! からかわないでください!」


 亜由美は、ふふふっと笑った。


「はい、はい、駿、カード配って」

「あいよ」


 こうして三人のトランプ大会は、楽しく続くのだった。


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