第67話 文化祭 (1)

 ついに文化祭の開催日がやってきた。

 文化祭は二日間開催され、各クラスの出し物はもちろん、体育館のイベントも両日に渡って行われる。

 ただし、一日目の今日は、外部からの来校者はなく、在校生だけが対象だ。


 駿や幸子の音楽研究部のミニライブは、近日取り壊し予定の講堂で生徒会主催の「さよなら講堂」という来校者向けのイベントに乗っかるかたちのため、イベントの性質上、二日目のみとなる。

 今日は一日目終了後に、機材のセッティングと音響のセッティング、照明の最終リハーサルを行う予定だ。


 ――教室 メイド喫茶


「高橋(駿)くん! 後がつかえてるから、写真撮ったらすぐ次の写真!」

「う、うん、わかった」

「いつまでも鼻の下伸ばして、女子とくっちゃべってんじゃないの!」

「はい、はい……」


 駿は、クラスの文化祭推進係である遥に、顎でこき使われていた。


「山田さん! 山田さんも、次のお客さんが待ってるから!」

「は、はい!」


 幸子も同様だった。

 メイド喫茶利用者への有償サービスである駿との写真撮影は、遥の想定以上に人気で、すでに廊下に行列が出来ている状態だ。

 さらに、幸子の男装が、噂が噂を呼び「カワイかっこいい」と女子の間で大きな話題になり、幸子目当ての女子も並びに加わっていた。

 そのため、メイド喫茶なのに、メインの客層が女子というワケのわからない状態になったのである。


 また、放っておくと、客が滞留してしまうため、メニューはコーヒーのみにし(別メニューのお菓子は、お土産として退店時に無償で提供)、十五分単位で客の強制的な入れ替えを実施。そして、他のクラスからのクレームも出始めたため、行列を整理する係を急遽設け、廊下で案内にあたらせた。


「高橋くん! 谷(達彦)くんはどうしたの⁉」

「オレが聞きてぇよ! 交代の時間、過ぎてんのに……!」

「あ~、もう! そしたら、昼過ぎまで何とか頑張って! 山田さんも! いい⁉」

「は~い……」「は~い……」

「元気がない! もう一度!」

「はい!」「はい!」


(メイド喫茶なのに体育会系……)


「高橋くん! 考え事してるヒマないから! 早く、次のお客さんと写真!」

「分かったって……」

「行列整理係! 写真撮れない可能性があること、並んでるお客さんに伝えて!」


(やれやれ……)


 写真撮影地獄は、昼過ぎまで延々と続いた。


 ◇ ◇ ◇


 ――午後


「ようやく休憩取れたね……」

「はい……タッツンさんは……?」

「知らん……」

「…………」


 駿と幸子は疲れ切っていた。


「さっちゃん、丁度コーラス部のステージがあるから、休憩がてら見に行かない?」

「ぜひ見に行きたいです」

「じゃあ、体育館行こう」


 体育館に向かうふたり。


 ステージには、まだ緞帳が降ろされている状態だった。

 この体育館は、多目的ホールとしても利用できるように、緞帳が備えられているのだ。

 コーラス部のステージは、立ち見ではなく、観客席として折りたたみ椅子が並べられていた。

 あまり興味のある生徒がいないのか、観客はポツリポツリで、まばらだ。

 ふたりは、ステージが見やすい席を取り、教室でもらったお菓子をペットボトルの水で流し込みながら、開演を待つ。


 ビーッ


 開演のブザーが鳴り、ステージの緞帳が上がっていく。

 総勢十数名の部員が二段に分かれて並んでおり、指揮は顧問の音楽教員である大谷だ。


 礼をする部員たち。

 ふたりは拍手を送る。


 ピアノが鳴り、合唱が始まった。

 昔から歌われている唱歌や民謡、童謡、最近人気の歌をアレンジしたものなどを、美しい旋律で歌っている。

 時に優しく語り掛けるように、時に激しく激情をあらわにするように、大谷の見事な指揮に従って、部員たちは歌った。


 何曲歌っただろうか。

 素晴らしい時間は、時が経つのを忘れてしまうもの。

 やがて最後の曲を終え、大谷と部員が頭を下げる中、緞帳が下がっていく。


 駿と幸子は立ち上がり、これ以上無いほどの拍手を送った。

 緞帳が下り切った後も、ふたりは拍手を送り続ける。


 ふたりの気持ちが通じたのか、再度緞帳が上がった。

 カーテンコールだ。

 整列した大谷と部員たちがもう一度頭を下げる。

 部員の何人かは、涙ぐんでいるようだ。

 ふたりに向かって手を振る大谷。

 幸子も笑顔で手を振り返し、駿は部員たちに笑顔でサムズアップを送る。

 何人かがサムズアップし返してくれた。

 そして、再度緞帳が降りた。


 やがて、次の軽音楽部のステージに向けて、椅子が片付けられていく。

 緞帳の裏からも準備をする音が聞こえた。

 邪魔にならないよう、ふたりは体育館の端に寄る。


「さっちゃん、コーラス部、凄かったな!」

「はい! 聞き入っちゃいました!」


 真顔になった駿。


「さっちゃん」

「はい」

「明日は、あのコーラス部が競合相手になる」

「はい」

「コーラス部のステージを見た人が、オレたちのステージを見た時に『大したことねぇな』と思われないようにしないといけない」

「はい!」

「『音楽研究部が一番凄かった』と、絶対に言わせなきゃいけない」

「はい!」

「明日、頑張ろうな!」

「はい!」


 駿の目にも、幸子の目にも、熱を帯びた光が輝いている。


 軽音楽部のステージの時間が近付き、観客が徐々に集まり始めていた。


「この後の軽音楽部のステージも見ていく?」

「あっ、私見たことないので、ちょっと見てみたいです……」

「OK、じゃあこのままちょっと待ってようか」

「前の方とか行かなくていいんですか?」

「実際の音を聴いてもらってからの方がいいと思う……」

「?」


 観客もそれなりに入っており、体育館の三割程度が大きな隙間はあるが埋まっている感じだ。

 ステージに近いところは、グルーピーの女子数名が陣取っている。


 ビーッ


 開演のブザーが鳴り、ステージの緞帳が上がっていく。


「キャー!」


 グルーピーの黄色い歓声が上がった。

 最近人気のロックバンドの曲の演奏を始める軽音楽部。


「し、駿くん、コレ……」

「さっちゃんはどう思う?」

「思いっ切り……下手ですよね……」

「でしょ?」

「ドラムのリズムがめちゃくちゃ……ベースもギターも自分の世界に入ってるっぽいし……なにより、歌が下手過ぎます……」


 クククッと笑った駿。


「こ、これって、人前で演奏して良いレベルなんですか……?」

「だから、ほら見てみ」


 駿は、観客を軽く顎で指す。

 まだ一曲目の途中なのに、帰り始めている客があちらこちらで見受けられた。


「でも、軽音楽部の人たち、あまり気にしてなさそう……」


 ステージ上の軽音楽部に侮蔑の視線を送る駿。


「グルーピーの視線を引ければいいんだろうな」

「えっ⁉ それはいくらなんでも志が低すぎませんか……?」

「音楽準備室を占拠して、グルーピー連れ込んで何やってんだか……って話」

「!」

「ごめん、さっちゃん。変なこと言っちゃったね……」


 幸子は、首を左右に振った。


「まぁ、今回のミニライブで差を見せつけて、来年音楽準備室を奪取しようとは思ってる」

「そうですね、放課後も練習したいですもんね……」

「それに、あそこで放課後に練習できるってことは、コーラス部や吹奏楽部なんかと顔を合わすことも増えるから、コラボの話とかも積極的にできると思う」

「あっ! それすごく面白そうですね!」

「吹奏楽部とビッグバンドやってみても面白いだろうし、さっちゃんが活躍する場もすごく増えると思う」


 目を輝かせる幸子。


「コーラス部とコラボすれば、きっと、さっちゃんのライバルも出来るだろうしね」

「ライバル、ですか……」

「うん。良いライバルと出会えればお互い切磋琢磨できるから、勝ちとか負けとかだけじゃない、良い関係が築けると思う」

「何だか、マンガの世界みたいです。ライバルとか……」

「いいじゃない、そのマンガの主人公になってよ、さっちゃん」

「私が主人公……」

「うん、明日のミニライブで、さっちゃんが主人公であることをみんなに見せてやろうよ!」


 幸子の目に輝く光が強くなる。


「はい!」


 力強い笑みを浮かべた幸子。


「ところで、駿くん……」

「ん?」

「もう出ませんか……? この演奏、聞くに堪えません……」

「そうだね……」


 ふたりは、騒音が鳴り響く体育館から出ていき、校舎へと戻っていく。


「さて、また写真撮られに戻りますか……」

「はぁー……」


 深くため息をついた幸子。


「タッツンさんに、なに奢ってもらいましょうか……?」

「焼肉だな……」

「賛成です……」


 ふたりはトボトボと地獄へと戻っていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――一日目終了後


 講堂前にハザードを焚いている白いワンボックス。

 達彦たちが講堂の中に楽器や機材を運び込んでいた。


「叔父さん。音響の方、一通りやってもらっちゃって、すいません」

「いいよ、いいよ。やるって言ったの俺だしな」


 講堂の入口で、叔父である龍司と会話を交わす駿。


「達彦のヤツがえらく働いてるぞ。何か珍しいな」

「あれは罰だから。もっと働かせて」


 駿の目から感情が無くなった。


「お、おぅ……」


 ハテナマークの龍司。


「あと、店の方に何度もジュリアとかが行ったと思うけど……」

「あぁ、照明の件な。倉庫連れてって、調光器とか色々イジってもらったよ」

「すげぇ、助かったよ。叔父さん、ありがとう」

「最初はJKのギャルが来たっつって、ウハウハだったんだけどよ、あんだけ真面目にやってるの見ちまうとな……」


 龍司は苦笑した。

 講堂の中を見ると、ステージが赤く照らされたり、青く照らされたりしている。

 ギャル軍団の三人が、スマートフォンで連絡を取り合いながら、セッティングした照明機材を操作して、最終のリハーサルをしていた。


「どうだ、うまくいきそうか……?」


 真面目な表情で龍司が尋ねた。


「当たり前だろ、絶対にうまくやってみせるよ」


 駿は、決意を新たにする。


「オマエも生意気に男の顔になってきたな……明日は思いっ切りやれ!」


 力強く頷いた駿。


 そして、講堂に入る。


「みんな、お疲れ様! 一度集まってくれ!」


 駿の元に集まった七人。


「みんな、遅くまでお疲れ様」


 全員笑顔だ。


「いよいよ明日が本番だ。泣いても笑っても、明日の三十分にかかってる」


 みんなの顔が引き締まる。


「これまでたくさんの練習を重ねてきた。必ず成功する!」


 全員が頷いた。


「よし、明日に向けて、気合を入れよう!」


 みんなで円陣を組み、腕を伸ばし、手を重ねる。


「ライブ、絶対成功させるぞ!」

「おーっ!」


 全員が気合の入った雄叫びをあげた。


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