第66話 文化祭直前

 朝夕はだいぶ涼しくなり、秋の訪れを感じる。


 ――早朝


 学校の花壇の前に三人の姿があった。


「おはようございます!」


 用務員の菅谷に挨拶する駿と幸子。


「おはよう、ふたりとも。毎日ありがとうね」

「こちらこそ、いつも丁寧にコスモスの世話をしていただいて、本当にありがとうございます」


 幸子の言葉に、駿も一緒に頭を下げた。


「いやいや、今年は台風の直撃もなかったし、楽なものだよ」


 菅谷はニコニコ顔だ。


「ふたりの努力の甲斐あって、蕾も出来てきたし、文化祭の頃が一番の見頃じゃないかな」


 わぁー、っと喜びの表情で顔を合わせる駿と幸子。


「山口(ジュリア)さんとかも手伝いに来てくれてたしね。おふたりの人徳だね」


 菅谷は、優しい笑顔で微笑んだ。


「オレは、本当に友達に恵まれています」

「私、この高校に入って、本当に良かったです……」


 ふたりの言葉に、満足そうにうんうんと頷く菅谷。


「菅谷さん、せっかくのコスモス畑なので、文化祭の時にたくさんの人に見てもらえるように、生徒会と文化祭実行委員に話をしておきますよ」

「あ、それがいいですね! 校内放送とかで案内してもらいましょう!」

「たくさんの人に喜んでもらえると、私も嬉しいよ」


 菅谷は、ふたりの提案に満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、さっちゃん! 早速水やりしよう!」

「はい! ライブの練習もしないといけませんしね!」


 ライブという言葉を聞いた菅谷が思い出す。


「そうそう、山辺(生徒会長)くんから聞いたよ。ふたりが文化祭でコンサートするとか……」

「はい、一般公開日の十六時十五分から講堂でやりますので、もしもお手すきでしたら、足を運んでいただけると嬉しいです!」


 幸子がにこやかに答えた。


「私に最近の音楽が分かるかねぇ……」

「今回は、来校者に向けたものでもあるので、古めの曲を多く演奏します。ですので、菅谷さんもご存知の曲もあると思います」


 自信なさげな菅谷に、笑顔で答える駿。


「ただ、三十分だけのミニライブなので、演奏できる曲数自体が少ないですけど……」


 駿は苦笑した。


「そうか、ではお言葉に甘えて、見に行かせてもらおうかな。当日、楽しみにしているね」


 微笑みを浮かべる菅谷。


「はい、お待ちしております!」


 幸子も笑顔で応えた。


「さぁさぁ、練習があるなら、水やりをさっさとやってしまおう。私はゴミ拾いの手伝いに行くので、花壇の方はよろしくね」

「はい!」


 駿と幸子は元気に返事をすると、ジョウロを持って水道へと向かっていく。


 初秋の涼しげな朝の風に、開花を待つコスモスの蕾が揺れていた。


 ◇ ◇ ◇


 ――放課後


 文化祭でのクラスの出し物「メイド喫茶」について、クラスメイトたちが話し合いを進めている。

 すでに、ロングホームルームでおおまかな役割分担は決まっており(女子が給仕、男子が裏方)、今日はより細かいところを決めることになっていた。


「じゃあ、教室の装飾は、今の人たちでよろしく!」


 教壇の上で、文化祭推進係の 渡辺 遥 が全体を取り仕切っている。



 渡辺わたなべはるか

 高校一年生で駿や幸子の同級生。

 身長一五五センチメートル、スリムで引き締まった身体、黒髪のベリーショート。

 陸上部所属のスプリンターで、見た目通りの活発な性格。



「そうそう、高橋(駿)くんと谷(達彦)くんは、ひとりは教室で用心棒、もうひとりは宣伝のための校内練り歩きを順番でやってね!」

「よ、用心棒……?」


 ハテナマークの駿。


「そう、変な客来たら追っ払って!」

「あー……まぁ分かった……」


 駿は、軽くため息をついた。


「あとねー、ふたりは重要な収入源だから」

「?」


 駿と達彦は首をかしげる。


「女子で話し合ったんだけど、ほら、ふたりって校内では有名人でしょ?」

「ガラが悪いって意味でだろ」


 ふんっ、と一瞥する達彦。


「違う違う、ファンが多いでしょ、ってこと!」


 吉村糾弾の事件以来、知らない女子から話し掛けられたりすることが多かったが、ここ最近はかなり落ち着き、現在ほぼそういったことはなかった。


「それ、もう今はそんなことないよ」


 駿が説明した。

 指をチッチッチッと振る遥。


「高橋くん、分かってないわねぇ~。今落ち着いているのは、すでに一巡したってこと! ファンは結構いるのよ!」


 遥はニヤリと笑った。


「だから、ウチの店で飲食した客には、特別に! 有料で! 高橋くん、谷くんと一緒に写真を撮れるっていうサービスをするの!」


 遥の言葉に頷く女子たち。


「待て待て待て待て」


 立ち上がる駿。


「オレら、そんな話は一切聞いてないんだけど」

「だって、さっき女子の間で決まったんだもん」


 遥は、しれっと答えた。


「女子の間で……?」


 幸子に目を向ける駿。

 気付いた幸子は、目をそらした。


 キララに目を向ける駿。

 キララは、駿を見てニヤニヤしていた。


 ジュリアは、肩を震わせて笑いを堪え、ココアに至っては我慢する素振りも見せず、駿を指差しケタケタ笑っていた。


(ア……アイツら……!)


「はい、決定! 高橋くん、谷くん、よろしくね!」


 女子から拍手が湧く。


「駿、しょうがねぇよ、諦めようぜ……それにそんな客なんて来ねぇよ」


 珍しく達彦がかんたんに折れた。


「う~ん、まぁ、タッツンがそういうなら……」


 達彦の言葉に、渋々諦める駿。


(駿、すまん。オマエに任せた。俺は逃げる)


 達彦は、裏切る気満々であった。


「あっ、渡辺(遥)さん、オレら一般公開日の午後は、部活の方に行かなきゃいけないから、それだけよろしくね」

「うん! 講堂でライブやるんだよね! 手の空いた人は、みんな見に行くと思うから!」

「お! それは嬉しいね! 待ってるから!」


 駿にサムズアップする遥。


「それじゃあ、それぞれ役割のグループに別れて、進め方を話し合ってください! 決まったら、私に教えてね!」


 みんな、それぞれのグループに別れた。

 駿と達彦は、教室の飾り付けを手伝おうと、そのグループと合流する。


「山田さん、それと山口(ジュリア)さんたち、ちょっと来てくれる?」


 幸子とギャル軍団三人は、手に紙袋を持った遥に連れられて、教室から出ていった。


 ――しばらくして


「キャー! カワイイー!」

「わっ、カワイかっこいい!」

「すっごくイイ!」


 突然、教室の出入り口あたりから、女子の黄色い悲鳴が聞こえる。


「ね! 私の見る目は確かなのよ! 絶対似合うと思ったんだ!」


 遥の自信満々な声が響いた。

 何事かと見に行く男子。


「えっ! あれって山田(幸子)さん⁉」

「うっわ、カワイイ……」


 そこには、男装した幸子がいた。

 いや、正確には男装ではなく、男性ライクなパンツルックの格好だ。

 白いワイシャツに黒の蝶ネクタイ、黒のカマーベストに黒のパンツ、髪はポニーテールにしている。


 そして、クラスメイトたちの目を引いたのは、その顔だ。

 ファンデーションでそばかすは薄く隠され、下品にならない程度のグロスが乗った唇は、男子たちの目を引いた。

 厚めの化粧ではあるのだが、ナチュラルメイクっぽくしており、幸子の可愛さを引き出すメイクだ。


「やっべぇ、山田さんて、あんなに可愛かったの⁉」

「あれは惚れるわ……」


 男子も幸子の変身振りに驚いていた。


 一方、そんなクラスメイトに囲まれ、幸子は困惑していた。

 幸子は、パニックを起こす寸前だ。


(な、何なの、コレ……み、みんな私を見てる……)


 一瞬、駿が幸子の視界に入る。

 駿もこちらが気になっているようだ。


「ご、ごめんなさい、すみません……」


 周囲に謝りながら、人混みをかき分けて、とてとてとてっと駿の元へ向かう。


「おぉー! さっちゃん、超カワイイ!」


 明るい笑顔に変わった駿。

 幸子は、その笑顔にホッとする。


「ジュリアさんたちにお化粧してもらったんです……変じゃないですか……?」


 ギャル軍団三人に目を向けると、三人ともこちらに向かって笑顔でピースしていた。


「すっごいカワイイよ! ホントに!」


 駿の答えに、幸子は満面の笑みを浮かべる。


「どう、私企画の山田さん変身大作戦は!」


 遥が自信満々に胸を張っていた。

 幸子を見て感心している様子の達彦。


「渡辺さん、ホントにすげぇな。新しいさっちゃんを引き出した、って感じ」

「うん、新しいさっちゃんの魅力が見られて、嬉しいよ!」


 駿も満足気だ。


「ところで高橋くん、ちょっと周りを見てみ……?」


 駿が周りに目を向けると、クラスメイトの女子たちが、ふたりを見てニマニマしていた。


「まぁ、おふたりが仲良いのは、みんな良く知ってるけど……イチャつくのは、私たちがいなくなってから……」


 ニヤァ~っと笑う遥。

 ふたりの顔が真っ赤になった。


「イ、イチャついてません!」


 必死で否定する幸子。

 駿は、隣で頭を掻いていた。


「あっ、オレから渡辺さんに提案!」


 何かを思い付いたように話す駿。


「なになに⁉ 売上につながる話⁉」


 遥が食いついた。


「つながると思うよ」


 幸子をチラッと見てニヤリと笑う駿。


「?」


 幸子は、駿の不気味な笑みに不安な気持ちが湧いた。


「さっちゃんと写真を撮るサービスとかどうだろ?」

「!」

「いいわね……そのアイデアもらった!」


 ガッチリ握手する駿と遥。


「イ、イヤです……知らない男の人と写真とか撮られたくないです……」


 幸子は、本気でイヤそうだ。


「じゃあ、女の子限定だったら?」


 駿が幸子に尋ねた。


「そんな女子、いないと思い――」


 幸子が言葉を言い終える前に、遥がクラスメイトたちの方へ向く。


「山田さんと一緒に写真撮りたい女子、手ー挙げてー!」


 大半の女子が挙手した。


「え……」


 絶句する幸子。


「はい、決定!」


 遥の一言に、女子たちから小さな歓声が上がった。

 恨みがましい目で駿を見る幸子。


「さっちゃ~ん、一緒に頑張ろうな!」

「もーっ!」


 それを見て、達彦は大笑いしていた。

 ご立腹気味な幸子。

 駿は、そんな幸子の耳元でそっと囁く。


「ホントにさっちゃん、カワイイです……」


 驚いて駿の顔を見た幸子。

 囁いた駿も、囁かれた幸子も、顔を赤くしている。

 えいっ、とグーで駿の胸を軽くパンチした幸子。

 そのままジュリアたちのいるところへ、とてとてとてっと戻っていった。


 その様子を見ていたクラスメイトの男子は、というと――


「高橋(駿)め……」

「何でアイツばっかりモテんだ……」

「リア充、爆ぜろ……」


 ――恨み節だった。


 そんな男子たちに、ススッと近付くキララ。


「アンタたちさぁ、女の子救うために、学校中の男子全員、敵に回すことできる?」

「…………」


 誰も答えることが出来なかった。


「じゃあ、駿には絶対勝てないね」


 ヤレヤレと去っていったキララ。

 男子たちは、どよーんとした重苦しい空気に包まれた。


 こうして、ナイーブな男子の心に傷を残しながら、文化祭の準備は進んでいくのだった。


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