第26話 夏祭り (3)

 小学生時代、自分をイジメていた男・林が目の前で土下座している。

 生殺与奪の権を持つ幸子が告げる。


「私は……私は、彼を――――」


 悔しそうに目をつぶった幸子。


「――――彼を許します」


 会話が途切れる。

 遠くから祭り囃子が聞こえた。


 好香が問う。


「それでいいのね……?」


 目をつぶる力が強くなった幸子。身体を震わせている。


「いいわけない……」


 幸子は、急に顔を上げた。


「いいわけないじゃない!」


 涙を流し、林と好香へ噛み付くように怒鳴る幸子。



「あれだけ私のことイジメてたくせに! 今度は悪かった? 許してくれ? 勝手なこと言うな! 謝る位なら、はじめからイジメなんかするな!」


「『気持ち悪い』? 『ボツボツ女』? 『山田菌』? 気持ち悪い顔していて悪かったな! 私だって好きでこんな顔に生まれたんじゃない!」


「アンタもそうだ! 『私も分かる』? 分かるわけないじゃない! 私の心の中なんて分かるわけないじゃないか!」



 何年にも渡る鬱積。幸子はもう止まらなかった。



「お前を殴ったって、蹴飛ばしたって、私の心の傷は癒えない! 『殺してもいい』? できるわけないじゃない! 死にたかったら、勝手に死ね!」


「『罰を与えた』? 『真摯に反省してる』? 知らないわよ、そんなの! 全部アンタたちの自己満足じゃないか!」


 好香も林もうつむき、言葉がなかった。


「つまんない小芝居しやがって! 『ずるいかもしれないけど、決着をつけるには、これしかない』? ふざけんな! 全部全部アンタたちの都合を押し付けてるだけじゃない! 卑怯者! 私はアンタたちのオナニーを満足させるためのオモチャじゃない!」


 好香は、口に手を当てて泣いている。


「いいわよ! だから許してやるわよ! それでアンタたちは満足するんでしょ! 許してもらって良かったねーって言いながら、お手々繋いで幸せな気分で帰れるんでしょ! 許してやるわよ!」


 涙に濡れた目を大きく開いて、土下座する林を睨みつける幸子。


「その代わり、私に関わらないで! 二度と関わらないで! お願いだから、もう放っておいて!」


 はぁ、はぁ、と肩で息をしている幸子。

 誰も言葉を発せなかった。

 好香は、肩を震わせながら泣いている。林も土下座しながら泣いているようだ。

 駿にかけてもらったシャツは、地面に落ちてしまっていた。

 手をぎゅっと握る幸子。

 駿は、後ろからそっと幸子の肩に手を置いた。


「う……うぅ……あぁぁ……うわぁぁぁぁぁ! ああぁぁぁ!」


 感情の高ぶりが抑えられず、大声で泣き出す幸子。

 駿は、そっと幸子の頭を胸にうずめさせ、抱き寄せた。


「うわあぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!」


 薄暗い神社本殿の裏手に、幸子の大きな嗚咽が響き渡る。

 駿は、ただ幸子を抱きしめながら、頭を撫でていた。


 ◇ ◇ ◇


「ごめんなさい、おふたりの気持ちを無視して、勝手なことを言ってしまいました……」


 落ち着いた幸子が、好香と林に話しかける。

 駿は、幸子の肩を優しく抱いていた。


「いいえ、山田さんが先程おっしゃられた通りです。当事者のあなたを無視するようなことをしてしまい、本当にごめんなさい……」


 頭を下げる好香と林。


 ――無言の時間が流れる。


 意を決したように幸子が話す。


「林くん、好香さん。おふたりがどんな二年間を過ごしてきたのか、それを聞かせていただけますか? それをもって判断したいと思います」


 顔を合わせ、頷く好香と林。

 ふたりは、ゆっくりとこれまでのことを話し始めた。


 ――中学二年の頃からの付き合いであること。

 ――付き合い始めてすぐの頃、好香がイジメられていたことを話したことがきっかけで、林が幸子をイジメていたことを告白したこと。

 ――好香は、林に対して、イジメの件を幸子に謝罪し、解決しない限り、手すら触れさせないことを決め、現在までそれを守っていること。

 ――好香は、林に対してイジメに関する書籍を常時読むように指示し、現在までそれを守っていること。

 ――林は、自分のやったことの罪深さを自覚し、罪悪感で押し潰されそうになっているが、好香が時に励まし、時に叱責しながら、支えていること。

 ――林は贖罪として、将来子どもたちの力になれるよう、スクールカウンセラーになることを目標として、臨床心理士を目指して勉強に励んでいること。

 ――今日は、もしかしたら幸子がここにいるかもしれないと思い、ふたりで来てみたこと。


 要点を絞り、幸子にこれまでのことを説明した林と好香は、息を呑んで幸子を見つめる。

 肩を抱いている駿の手に、そっと自分の手を重ねた幸子。

 駿は、幸子の耳元に顔を寄せた。


「大丈夫、オレがいる」


 駿が囁く。

 幸子は、駿の手をきゅっと握り、そして手を離した。

 真剣な眼差しでふたりを見据える。


「決めました」


 ふたりに緊張の色が見えた。


「林くん」

「は、はい……」

「私は、林くんを――――」


 息を呑む林。


「――――林くんを赦します」


 ハッとした顔になった林。


「今の気持ちを忘れないで、これからも目標に向かって頑張ることを切望します。将来、林くんの力で、子どもたちの世界からイジメを少しでもなくしてください。期待しています」


 林に向かって微笑む幸子。林を前に身体がすくむことは、もうなかった。


「あ……あぁ……ああぁぁぁ……」


 その場で泣き崩れた林。好香は林の頭を抱き寄せる。

 ふたりは大粒の涙を流していた。


 手をつなぎたかっただろう、抱きしめたかっただろう。

 その抱擁に二年分の思いが詰まっていることを幸子は感じ取った。

 そして、自分のこの決断に、心が軽くなったことを感じていた。




==========


<作者より>


 物語と繋がりはありませんが、よろしければ、ぜひお目通しください。

 皆様に知っていただきたい・覚えておいていただきたい情報です。


(以下、文部科学省、厚生労働省、法務省 WEBサイトより抜粋)


 ◇ ◇ ◇


24時間子供SOSダイヤル(文部科学省)

0120-0-おう


◯ 24時間受付(年中無休)

◯ 通話料無料

◯ SNSによる相談窓口も紹介しています(NPO法人などが窓口となります)

◯ https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm


 いじめで困ったり、ともだちや先生のことで不安や悩みがあったりしたら、

 ひとりで悩まず、いつでもすぐ電話で相談して下さい。


 いじめやその他の子どものSOS全般について、子どもや保護者などが夜間・休日含めて24時間いつでも相談できる都道府県・指定都市教育委員会などによって運営されている全国共通の電話番号です。


 ◇ ◇ ◇


子どもの人権110番(法務省)

0120-007-110


◯ 受付時間: 平日8:30~17:15(土・日曜、祝祭日、年末年始はお休み)

◯ 通話料無料

◯ メールやLINEでの相談も可能(LINEは一部地域のみ)

◯ https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html


 友だちから「いじめ」にあって学校に行きたくない、家の人にいやなことをされる、部活動で暴言・暴力を受けているなど、先生や親には話しにくいけど、このままではどうしていいか分からない、誰も気付いてくれない……

 このような悩みがあったら、迷わず電話してください。

 「まわりでこんなことで困っている人がいる」という相談でもいいです。


 ◇ ◇ ◇


 もう限界だと感じたら、

 一度下記にアクセスしてみてください。


まもろうよ こころ(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/


 もしも、あなたが悩みや不安を抱えて困っているときには、気軽に相談できる場所があります。

 相談方法もいろいろなものがあるので、ご希望の窓口を選んで話してみませんか?


 ◇ ◇ ◇


 友だちの力になりたい。

 誰かの助けになりたい。

 そんな貴方に『ゲートキーパー』という考え方があります。


 『ゲートキーパー(命の門番)』とは、悩んでいる人に気づき、声をかけてあげられる人のことです。特別な研修や資格は必要ありません。誰でも『ゲートキーパー』になることができます。

 周りで悩んでいる人がいたら、やさしく声をかけてあげてください。

 声をかけあうことで、不安や悩みを少しでも和らげることができるかもしれません。


 『ゲートキーパー』は「変化に気づく」「じっくりと耳を傾ける」「支援先につなげる」「温かく見守る」という四つの役割が期待されていますが、そのうちどれか一つができるだけでも、悩んでいる方にとっては大きな支えになるでしょう。


 難しくとらえすぎる必要はありません。

 悩んでいる人に寄り添い、話を丁寧に聴くことは大きな心の支えになるはずです。困ったときには相談窓口や専門家の力を頼っても良いと思います。


 変化に気付く: 家族や仲間の変化に気づいて声をかける

 じっくりと耳を傾ける: 本人の気持ちを尊重し耳を傾ける

 支援先につなげる: 早めに専門家に相談するよう促す

 温かく見守る: 温かく寄り添いながらじっくりと見守る


ゲートキーパーになろう(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/gatekeeper.html


 ◇ ◇ ◇


 ここまでお目通しいただき、ありがとうございました。


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