第47話 夏の思い出 帰り道
――暑さの引かない夏の夜。駅北口のバスターミナル、二十一時。
「みんな、やっぱり順番に送っていこうか……?」
若干オロオロしている駿。
「大丈夫だって! あーしらも気をつけるし」
「うん、危ないところは歩かないよ~」
「心配してくれて、ありがとね」
ギャル軍団の三人は、大丈夫そうだ。
「駿は、ちょっと過保護~」
ツッコむ亜由美。
「駿くん、大丈夫ですよ。まっすぐ帰りますし」
幸子も笑っていた。
「いや、もう九時だしさ、心配なんだよ……」
「大丈夫だって! 心配し過ぎ!」
駿の肩をポンポンと叩く亜由美。
「オマエら、もうちょっと自分が可愛い女の子だってこと、自覚した方がいいぞ、マジで」
駿の言葉に、顔を赤くした五人。
「『可愛い』って言われて、顔赤らめてる場合じゃねぇだろ……」
駿は頭を抱える。
「ほ、ほら、あーしら、そういうの言われ慣れてねぇから……」
たははっ、と照れ笑いした五人。
「あ~、バス来たよ~」
「じゃあ、あーしら、こっちだから」
「じゃ、駿、またね」
駿たちに手を振った三人。
バスに乗って去っていく三人に手を振り続ける駿たち。
「あ、亜由美さん、こっちも来ましたよ!」
「うん、じゃあ、さっちゃん行こうか!」
「駿くん、今日は助けてくれて、ありがとうございました……あの……すごくカッコ良かったです!」
そのまま、そそくさとバスに乗り込んだ幸子。
「カッコ良かったってさ、良かったじゃん」
亜由美は、ニマニマしながら駿を肘でつつく。
顔が赤くなり、頭を掻いた駿。
「色々ありがとね、ご馳走様でした」
「亜由美も気をつけてな」
「うん、家着いたらLIME入れるから」
「わかった」
ふたりを乗せたバスが走り去っていく。
駿は、バスが見えなくなるまで手を振っていた。
◇ ◇ ◇
――バスの中のギャル軍団
バス最後方の座席に、一列になって三人が座っている。
「ヤベェくらい楽しかったわ、こんなの久々」
「ね~、色々あったけど楽しかった~」
ジュリアとココアの様子を見て微笑んだキララ。
「だ、男子の部屋、初めて入っちまったしな……」
「う、うん……す、すごくドキドキした~……」
キララは目を細める。
「オマケにふたりは、その男のベッドでぐっすりおネムだったしな」
キララの言葉に顔を赤くしたふたり。
「そ、そうだった……! アイツのベッドで……!」
「きゃ~、今思うと大変なことを~……」
キララは、クククッと笑う。
「でもさぁ、アイツに『臭くなかったか』なんて言われたけどさぁ……ま、確かに男臭い感じはしたけど……ホントにイヤじゃなかったんだよな……」
「うん、私、今回の一件から男ってイヤなんだけど~……駿のベッドで、そんな風には全然思わなくて、ぐっすり寝ちゃった~……」
複雑な表情のジュリアとココア。
キララは、それを見てピンと来た。
「それは……ズバリ、恋だね!」
「えーっ!」
キララの言葉に声を上げるふたり。
「あぁ、駿には、さっちゃんと中澤(亜由美)がいるのに、そこに横恋慕するジュリアとココア……なんて罪深い……」
大げさに頭を抱えたキララ。
「よ、よこれんぼ……?」
「汚れん棒~?」
「そこからかよ!」
頷くふたり。
「す、素直だな……横恋慕ってのは、相手がいる人に恋しちゃったりすること!」
「いや、恋とか、そんなんじゃ……」
「私も違います~ 恋とかじゃないです~」
「ふたりとも気付いていないだけなんだよ……ね、素直になりな。駿が好きなんだよね?」
「…………」
ジュリアとココアは、顔を真っ赤にした。
ウヒヒっと笑うキララ。
「そ、そんなこと言うなら、あーしも知ってるからね!」
「私も気付いている~」
「な、何が……?」
ドキッとするキララ。
「キララだって、駿のこと好きでしょ!」
「そうだ、そうだ~」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「バレバレだって!」
「バレバレ〜」
「…………」
キララも顔を真っ赤にした。
――車窓に夜の街の景色が流れていく。
「何か……虚しくない?」
「あーしもそう思う……」
「はい~……」
三人揃って撃沈。
「駿には、さっちゃんなり、中澤(亜由美)なりがいるからねぇ……」
「あーしは、彼氏とか、しばらくはどうでもいいや……」
「私も~……男、すごくイヤ~……あと、噂を何とかしないとねぇ~」
「それは駿が何とかするって約束してくれたから、しばらくの我慢だよ」
「あーしらのこと、守るって言ってくれたもんね……」
「やっぱり、優しいし、頼りになるよね~……」
――バスのエンジン音が響く。
「ね、ねぇ、ちょっと怖いこと言っていい……?」
恐る恐るジュリアとココアに尋ねたキララ。
「あのさぁ……」
ジュリアとココアは、ぐぐっとキララに顔を寄せる。
「駿よりいい男、見つかると思う……?」
――再び響くバスのエンジン音。
「ああぁー……」
頭を抱える三人。
前途多難な乙女たちを乗せて、バスはただ無情に走るのだった。
◇ ◇ ◇
――バスの中の幸子と亜由美
バス後方のふたり掛けの座席に並んで座っている。
「さっちゃん、今日は楽しかった?」
「はい! 怖かったことや恥ずかしかったこともありましたが……」
汚れたスカートと下着が入った紙袋を見た幸子。
「それよりも楽しい思い出がたくさんできました!」
幸子は、トートバッグからイルカのぬいぐるみを取り出す。
「あ、みんなで取ったイルカだ!」
「はい! これと皆さんとのプリナイは、私の一生の宝ものです!」
イルカを抱きしめた幸子。
「それに、ジュリアさんたちも頑張ることになりましたし!」
「うん! まだハードルはあるけど……」
「駿くんなら……!」
「そうだね!」
幸子と亜由美は、笑顔を交わす。
「あと、初めて男の子の部屋に……」
「あー、おませさんだなぁ、さっちゃんはー」
幸子をからかうように笑った亜由美。
「ふふふっ、内心すごくドキドキで興奮しちゃいました!」
「トマト鍋も美味しかったね!」
「はい! 締めのリゾット、最高でした!」
「あれは反則だよね~」
ふたりは、楽しげに笑い合う。
そして、幸子の表情が変わった。
「あの……亜由美さん……笑わないで聞いていただけますか……?」
「うん、もちろん!」
「実は、こうして亜由美さんとふたりでお話しできるのが、今とても嬉しいんです……」
「え? 私と?」
「はい……」
「そんな大げさな……」
「亜由美さんは……」
顔を真っ赤にして、亜由美を見つめる幸子。
「亜由美さんは、私の……私の憧れの女性なんです……」
幸子の言葉に微笑んだ亜由美。
「キレイで……可愛くて……優しくて……憎まれ口叩いたり、私をからかったりするのも、相手や私のことを気遣ってのことですよね」
「…………」
「こういったら大げさに聞こえるかもしれませんけど……いつも亜由美さんの優しさに包まれてるなって、そう感じています……」
「さっちゃん……」
「亜由美さん、本当に、本当に、いつもありがとうございます」
幸子は、亜由美に頭を下げる。
『自分の気持ちが、想いが、きちんと届いている』
それを実感した亜由美は、ウルッときたのをごまかすように、幸子の肩を抱いた。
「な~に言っちゃってんの、さっちゃん! そんなカワイイこと言うヤツは……こうだ!」
「きゃ~~~! あははははっ! や、やめてください! あはははっ!」
幸子をくすぐる亜由美。そして、耳元でそっと囁いた。
「駿とのこと、私、応援してるからね」
幸子は、囁いた亜由美の顔を見る。
笑みを浮かべた亜由美の美しい顔が目の前にあった。それは、自分のそばかすだらけの顔との対比をいやでも幸子に思い起こさせる。
そして、心の奥底から滲み出てくる黒い思いが、幸子の心を埋めていく。
(やっぱり……やっぱり私では……)
「ほら、さっきもさっちゃん、勇気出して『すごくカッコ良かった!』って言ってたじゃん! ああいうのイイね、駿も喜んでるよ!」
幸子は笑顔だが、どこか乾いていて、暗い影が落ちているように亜由美には見えた。
「どうしたの、さっちゃん? 駿と何かあった?」
首を左右に振る幸子。
「いいえ……何もありません……」
やはりどこか諦めたような笑みを浮かべていた。
「私は、駿くんの隣に立つ資格はありません……」
幸子の発言に驚く亜由美。
「えっ? だって、駿も絶対さっちゃんのこと――」
幸子は、亜由美の言葉へ被せるようにして話した。
「駿くんの隣には、キレイで、可愛くて、優しい……亜由美さんみたいな方がいいと思います」
幸子は、亜由美にニッコリ笑う。
そのどこか諦めたような笑顔に慌てた亜由美。
「い、いや、ちょっと待って、さっちゃん、何を……」
『次は、市民センター前、お降りの方はブザーでお知らせください』
(あ、もうすぐ着いちゃう……)
亜由美は、降車ブザーを押した。
ぴんぽーん
『次、止まります。バスが停まってから……』
「ゴメン、さっちゃん! 今度ゆっくり話そう! ね!」
ただ優しい微笑みを浮かべる幸子。
キィーッ ビー バタン
「じゃあね、さっちゃん! 気をつけて帰って!」
「はい、亜由美さんもお気をつけて」
亜由美はバスを降りた。バスの外で手を振る亜由美。
幸子も手を振り返した。
ビー バタン ブオオォォォ……
(最近<声>はあまり聞かなくなったけど……勘違いしちゃいけない……)
トートバッグに入れていた恋愛成就のお守りを見つめる幸子。
(私は駿くんが好き……でも、これ以上望んではいけない……)
ふと流れる車窓に映る自分の顔を見た。
亜由美の美しい顔を思い出す。
心の奥底から次々と滲み出てくる黒い思い。
そっと目を閉じる幸子。
(こんな気持ち悪い女と、一緒にいてもらえるだけで幸せだもの……)
ふぅ、と小さなため息をついた。
(二学期に入ったら、練習頑張らなきゃ……!)
幸子は、力強い目で前を向く。
幸子にとって、正念場となる二学期が、もうすぐ始まる。
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