第46話 夏の思い出 (9)

 蒸し暑さが残る夏の日暮れ。

 亜由美、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の五人は、駿の部屋で夕飯を食べていくことになった。


「ただいまー」


 駿と幸子、亜由美がスーパーから部屋に帰ってきた。


「お帰り……」


 迎えに出てきたキララがそっと声を掛けてくる。


「あれ? どうしたの? 何かあった?」


 心配そうな駿。


「あ……いや……ちょっと……」

「?」


 駿が部屋の中を覗く。

 ジュリアとココアが、駿のベッドで布団に包まれて寝息を立てていた。


「緊張の糸が切れたみたいで……」

「いいよ、いいよ、寝かしときな」

「悪いね、色々と……」

「あんな男くせぇベッドで良けりゃ、いくらでも使ってくれ」


 視線を落としたキララ。


「あのね……あのふたり、今日を最後にするつもりだったらしいの……」

「最後……?」

「うん……私やみんなと会ったり、遊んだりするのを……だから今日はたくさん思い出作って、二学期からはふたりで頑張ろうって、ジュリアとココアとで話してたらしくて……」

「そんなに追い詰められて……」


 亜由美と幸子は愕然とする。

 手を口元に当て、嗚咽することを我慢したキララ。


「私、ぜ、全然気付けなくて……全然知らなくて……」


 キララは、小さく嗚咽をもらしながら、膝から崩れ落ちてしまう。

 跪いて涙を流すキララの肩を、駿はそっと抱いた。


「キララ、お前は悪くない。キララが悪いことなんてひとつもない」

「でも、でも……!」

「いいか、キララ。人の心の中を知ることはできない、友達であってもだ。それは仕方ないことなんだよ」


 涙でくしゃくしゃの顔を駿に向けるキララ。


「でも、キララはふたりの心のうちを知ったよな」


 キララは頷いた。


「じゃあ、今キララがふたりにできることは何だい?」

「そばにいてあげること……」

「その通りだ。山口(ジュリア)と竹中(ココア)が目を覚ました時、最初に見るものがキララであってほしい。笑顔でふたりに『おはよう』って言ってあげてほしい。オレはそう思う」


 頷くキララ。


「ふたりの噂……どうにかなるかな……」

「オレが解決する」

「ホントに? ホントに解決してくれる……?」


 キララは、駿にすがった。


「約束する。必ず解決してやる」


 ふと幸子と亜由美に目を向けるキララ。


「さっちゃん、中澤(亜由美)、ゴメン……少しだけ……少しだけ駿の胸を貸して……」


 キララは、そっと駿の胸に顔をうずめ、嗚咽を漏らした。

 そんなキララの肩を抱き、頭を撫で続ける駿。


 ジュリアとココアは、ベッドの中で幸せそうに寝息を立てていた。


 ◇ ◇ ◇


 キッチンで、夕飯の支度をする駿と亜由美。

 キララと幸子は、ベッドで寝ているジュリアとココアのそばに付いていた。


「駿、野菜は一口大の大きさで切ればいい?」

「うん、それでOK。鶏肉もそんな感じで」


 キッチンに野菜を切る音が響く。


「ねぇ、駿」

「ん?」

「私、あんな伊藤(キララ)初めて見た」

「そうだな、オレも初めてだよ」

「誰よりも理知的でさ、強気で、相手が誰でも物怖じしないあの伊藤が……なんかもう小さな子どもに戻っちゃったみたいで……」

「アイツはアイツで、ずっと気を張ってたんだろうな。きっとあれがホントのキララなんだと思う」

「そうだね……」


 下ごしらえを続けるふたり。

 駿が口を開いた。


「例の噂なんだけどさ……」

「うん」

「何か人為的なものを感じるんだよ」

「どういうこと?」

「キララの噂だけ無いって、何か変じゃねぇか?」

「確かに、いつも三人一緒にいるのに……」

「だろ?」

「山口(ジュリア)と竹中(ココア)が狙い撃ちにされた……ってこと?」

「もしくは、三人の絆を壊そうと、あえてキララだけ外したか……」

「それって、性格悪過ぎない……?」

「まぁ、実際どうなのかは、噂をばら撒いたヤツしか分からないし……これだけ広まってると、そいつを特定してとっ捕まえるのは難しいだろ」

「じゃあ、解決って……」

「とりあえず、ふたりの誤解を解く」

「解ける……?」

「約束するとは言ったものの、正直分からん……」

「…………」

「でも、あの三人と約束した以上、必ずやり遂げる」


 決意を固めた駿の目を見た亜由美。


 バンッ


「いてっ!」


 亜由美は、駿の背中を思い切り叩く。


「駿、頼んだからね!」

「おぅ! 任せとけ!」


 ◇ ◇ ◇


 ぐつぐつぐつぐつ……


 鼻孔をくすぐる良い匂いに、ゆっくり目を覚ましたジュリアとココア。


「おはよ」


 キララが笑顔でふたりに挨拶する。


「うん、キララ、おはよ」

「キララ、おはよ~」


 微笑み合った三人。


「あ~、お鍋だぁ~」


 テーブルの上にはカセットコンロが置かれ、その上に蓋をした土鍋が置かれている。


「夏なのに悪いな……! でも、ちょうど眠り姫も腹ペコのようで。タイミング、バッチリ!」


 駿の言葉に、幸子や亜由美たちから笑いが起きた。


「あー……高橋(駿)、ゴメンな……ベッド借りちまった……」

「いいよ、いいよ……つーか、男臭くなかったか……?」


 苦笑いする駿。


「高橋の匂いだもん、全然気になんねぇよ……」


 駿は、ジュリアの言葉に顔を赤くした。


「オマエは、そういうことをサラッと……」

「高橋~」

「ん、何?」

「ヨダレたらしちゃった~」


 枕にヨダレの跡がはっきりと残っていた。

 てへっ、と笑うココア。


「オ、オマエー!」


 爆笑した五人。


「あ、そうそう。時間確認して、家とか親に連絡するの忘れないようにね!」


 駿は、時計を指差す。


「はーい」


 女性陣は元気に返事するとともに、スマートフォンを取り出して、連絡を入れているようだ。

 その間に、駿は割り箸と深めの紙皿、紙コップ、ペットボトルの烏龍茶を準備する。


「テーブルが小さいから、こぼしたりしないように気をつけてね」

「部屋、汚さないようにしないとね」


 ふんふんと頷いたキララ。


「いやいや、そうじゃなくて、みんなの着てるものとか火傷の心配をしてるの! 床なんて拭きゃいいんだから、気にしないって」

「あ、そういうことか」


 駿は、ふきんを持ってきて、土鍋の蓋をそっと開ける。

 トマトの香りが部屋に広がった。


「わ、すげぇ! トマトの鍋だ! 初めて食べる!」


 興奮するジュリア。


「お、良かった! 今夜はトマト鍋にしてみたんだ」

「駿くん、こんなオシャレなお鍋を作れるんですね!」


 幸子は、尊敬の眼差しを駿に向けた。


「さっちゃん、これ超かんたんに作れるんだ。あとでレシピ教えてあげるよ」

「あー! あーしも、あーしも!」

「わかった、わかった。みんなに教えるって」


 わぁーっと盛り上がる女性陣。


「はいはい、じゃあ、食べようよ。はい、いただきます!」

「いただきまーす!」


 女性陣は全員笑顔で箸を伸ばした。


 ◇ ◇ ◇


 コンロの火は消え、その上には空になった土鍋が乗っている。


「やっべぇ……超うまかった……ウケる……」

「私も大満足です~」

「今度ウチでもやってみよ!」


 ギャル軍団には満足してもらえたようだ。


「最後のリゾットは卑怯だわ……ノックアウトされたわ……」


 亜由美も満足している様子。

 駿と幸子は、片付けを始めていた。


「あー、さっちゃん、土鍋はオレ持っていくからいいよ!」

「大丈夫ですよ、これくらい」


 土鍋を持って、キッチンシンクに向かう幸子。


「洗っておきますので、カセットコンロをお願いしてしまって良いですか?」

「さっちゃん、悪いね、ありがとう」


 申し訳無さそうにしている駿に、幸子は笑顔で応える。

 キッチンから水の音と、カチャカチャと洗い物をする音が聞こえた。

 そんな音をBGMに、カセットコンロを片付けて、テーブルを拭く駿。


「お嬢様方、食後のお茶はいかがですか?」


 駿は、新しい紙コップを出して、烏龍茶をついでいる。


「さっちゃんも、こっちでお茶にしようよ」

「はーい」


 キッチンからとてとて戻ってきた幸子。


「なーんか夫婦みたーい」


 キララの言葉にニヤニヤするジュリア、ココア、亜由美。

 駿と幸子は、顔を真っ赤にした。


「か、からかわないでください!」


 テーブルに笑いが起きる。


 ◇ ◇ ◇


「ねぇ、高橋……あーしらにも何かできるかな……」

「私、何にもできないけどいいの~……?」


 伏し目がちなジュリアとココア。

 キララの表情が明るくなり、駿を見つめる。

 駿は、満面の笑みで答えた。


「もちろん! オレたちは山口、竹中、キララを大歓迎するよ!」

「あの……」


 うつむくココア。


「私のこと……『ココア』って……呼んでほしいかなぁ~……なんて……」


 ココアの顔は真っ赤だった。


「OK、ココア。よろしくな! オレのことも『駿』でいいからな」


 明るい笑顔で顔を上げるココア。


「え~と、駿……あの……よろしく~」

「当然あーしも『ジュリア』だよね!」


 ジュリアは、テーブルに頬杖をついて、そっぽ向いている。

 頬が赤い。


「わかったって、ジュリア。よろしくな! オマエも『駿』でいいから」


 ニッと笑うジュリア。


「こうして、駿のハーレムが出来ていくわけね……」


 キララが、ぽつりとつぶやいた。


「できねぇよ!」


 駿のツッコミに爆笑する五人。


「で、どうしよっか? トリオで何か歌う? どんな歌が得意?」


 駿が三人に尋ねた。


「いや、あーしら、それは無理だわ。さっちゃんのアレ聴いちゃったら……」


 ジュリアの言葉に、うんうんと頷くココアとキララ。


「あー、さっちゃんの本気を聴いたんだ」

「駿、それがね……また一段とグレードアップしてて……」


 亜由美の言葉に「?」の駿。


「この間カラオケ行った時に、私が歌った歌、覚えてる?」

「あー、うん、覚えてる」

「あの歌をさっちゃん、初めて歌ったんだけど……少なくとも私は超えてる……」


「えっ⁉ そんなにスゴかったの?」


 頷く亜由美。

 幸子は、自覚が無いのか、少し困惑気味。


「そっか……でも、そうなると裏方になっちまうぞ……」


 悩む駿。


「あーしは、全然いいよ。何でもやるからさ」

「うん、私も~。がんばっちゃうよ~」

「私は力仕事もやるから、何でも言って!」


 意外にも裏方に前向きな姿勢を見せた3人。


「わかった! 重要な仕事をお願いすることになると思うけど、頼まれてくれる?」


 笑顔で頷く三人。


「よーし! じゃあ、またまた乾杯だ! みんなコップを持って!」


 駿の音頭で、コップを持って立ち上がる女性陣。


「オレたちの永遠の友情と、ライブ開催を祈念して……乾杯!」

「かんぱーい!」


 ギャル軍団三人を同好会に迎え、部への昇格が現実味を帯びてきた。

 笑顔で乾杯する三人のギャルの活躍に、駿は期待を寄せるのだった。


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