第138話 帰省先の少女 (2)

 ――元旦


 年末年始、田舎に帰ってきていた太は、仲の良い従妹の詩穂と初詣に来ていた。

 そこで出会った詩穂の同級生たち。

 彼らは、市会議員の親の威光を利用する雅彦を先頭に、詩穂の身体的特徴(長身、鼻のホクロ)を馬鹿にする言葉を吐き、日頃から詩穂をイジメていたのだった。


「お、おい! 『ジャンボ』! オマエの親、クビにしてやるからな!」


 詩穂は太のハンカチをギュッと握りながら、雅彦の脅しに涙をポロポロとこぼし、嗚咽をもらす。

 そんな詩穂の肩を抱き、太が口を開いた。


「やれるもんなら、やってみろよ」

「な、なんだと!」


 反論してきた太に、不快感を覚えた雅彦。


「何度も言わすな。やれるもんなら、やってみろ」


 太は無表情だ。

 得も言われぬ怖さを感じる雅彦。


「あ、そうそう。ひとつ予言してあげるよ」

「よ、予言……?」

「そうだね……三が日……うん、三が日のうちに、雅彦くんは詩穂ちゃんへ謝ることになるよ」

「お、俺が謝るだと……?」

「そう……あ、見えてきた……あー……雅彦くん、めっちゃ謝ってるよ」

「ウ、ウソだ!」


 雅彦は焦りを見せた。


「ボクの予言、結構当たるよ~」


 ニヤつく太。


「じゃあ、詩穂ちゃん、そろそろ行こうか。あ、そうそう……」


 太は、詩穂に何かを耳打ちした。

 見つめる詩穂に、太は微笑みながら頷く。

 立ち上がった太と詩穂。


「はっ……」


 詩穂の姿に息を呑む少年少女たち。

 詩穂は顎を引き気味に、胸を張って、背筋を伸ばした状態で立った。

 その凛とした姿は、まるでファッションモデルのようであった。

 そんな詩穂の姿に一瞬魅せられ、引き込まれたのだ。


 少年少女たちには一瞥もくれず、太と腕を組む詩穂。


「じゃあね、雅彦くん」


 太は雅彦に手を振り、休憩所を後にした。

 神社を出たふたり。詩穂は震えている。


「詩穂ちゃん、憂さ晴らしにこのままどっかへ遊び行こうよ」

「太兄ちゃん……」

「全部ボクに任せて、ね」


 目に涙を溜めながら頷いた詩穂。


「よし、行こう」


 太は詩穂の肩を抱きながら、参拝客の流れに逆らって歩いて行く。


(ボクに駿の真似事ができるかな……いや、いつまでも駿にばかり頼れない! 詩穂ちゃんのためにもボクがやるんだ!)


 決意を新たにした太は、震える詩穂の肩を強く抱くのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ――カラオケ屋


 パチパチパチパチ


 拍手をする太。


「詩穂ちゃん、歌上手いね!」

「太兄ちゃん、ありがとう! ストレス発散しちゃった!」


 詩穂は、太にサムズアップした。

 太の隣に座る詩穂。


「兄ちゃん……」

「ん?」

「お父さん、クビになっちゃうのかな……」


 詩穂はうなだれていた。


「絶対にならないよ」


 自信満々に答える太。


「だって……相手は市会議員だよ……会社にお父さんのクレームとか入れられたら……」


 詩穂は、目に涙を浮かべていた。


「その前に手を打つ」

「手を打つ?」

「詩穂ちゃん、これ何だか分かる?」


 太は詩穂の前に握った手を差し出し、手を開いた。

 そこには、小さな黒い機械のようなものがあった。


「んー……何だろ……」

「これ、小型のカメラなんだよ」

「これが?」

GoOnゴーオンって知ってるかな?」

「あー、知ってる! ウィーチューバー(動画サイト・WeTubeで活動しているパフォーマーなどの総称)の人たちが使ってるよね!」

「そうそう、それの最新型なんだ。ちょっと待ってね……」


 自分のスマートフォンを取り出した太。

 何やら操作をしている。


「ほら、詩穂ちゃん、見てみて」


 スマートフォンの画面に動画が再生された。


「あっ、私だ!」

「実は、初詣の時にこっそり撮影していて、あとで詩穂ちゃんと見ようと思ってたんだ」

「そうだったんだ!」


 太は、早々に動画の再生を止めてしまう。


「ありゃ……止めちゃった……」

「ここから先は、詩穂ちゃんが見たくも、聞きたくもないシーンが映っていると思うんだ」

「あ……」

「あのシーン、その議員先生に見せたら、どうなると思う……?」

「佐々木(雅彦)が怒られる……?」


 首を左右に振った太。


「そんなもんじゃすまないよ」

「えっ……?」

「これを動画サイトに投稿したら、どうなるかなぁ……」

「!」

「これをマスコミにリークしたら、どうなるかなぁ……」

「そ、それって……」


 太は力強く頷く。


「ボク、詩穂ちゃんを助けるよ」

「太兄ちゃん……」


「詩穂ちゃん」

「うん……」

「アイツら、ああやって背が高いことを馬鹿にしてたけど、数年後にはアイツら全員、詩穂ちゃんを羨むと思うよ」

「そうかな……」

「さっきだって詩穂ちゃんが姿勢を良くして立ったら、アイツら、みんな見とれてたでしょ? だって、詩穂ちゃん、モデルさんみたいだもん」

「い、言い過ぎ、言い過ぎ!」


 顔を赤くして、照れ笑いした詩穂。


「そのホクロだって、すごく可愛いよ」


 詩穂は、ハッとして鼻を隠し、背中を丸め、うなだれてしまう。


 中学校へ入学後、背が高いことや、ホクロを馬鹿にされていた詩穂は、自然と背の高さを誤魔化すために、またホクロを見られないように、身体を丸め、猫背になり、下を向くことが常になっていた。詩穂は、気持ちの上でも本来の明るさが消えていき、陰鬱な気持ちに支配されていった。


 そんな詩穂が心の拠り所にしたのが、太との触れ合いだ。

 すべてを優しい笑顔で受け止めてくれる太。詩穂が素の自分を出せるのは、もはや太の前だけであった。

 お盆の帰省から四ヶ月半、太と会うことだけを楽しみに、詩穂はただひたすらイジメに我慢してきたのだ。


「ホントに……?」

「ホントだよ。だから、背筋伸ばして、前を向いてごらん」


 詩穂が前を向くと、太が笑顔で迎えてくれた。


「ほら、可愛い」

「ホントにホント?」

「ホントにホントだよ」

「太兄ちゃん……ありがとう……」


 太は、詩穂の頭を優しく撫でた。


(さて、行動を起こさないとね……)


 ◇ ◇ ◇


 太は、撮影した動画をスマートフォンで編集し、クラウドのストレージにアップ。その読み取り専用の共有アドレスを記載したDMを、市会議員・佐々木彦三が利用している各種SNSへ送信。また、後援会にもウェブサイト経由でメッセージを送信。その際、息子の雅彦にイジメの被害を受けていることを書き添えた。

 反応は早く、一時間も経たずして、直接話を聞きたいとの返信があった。


 太は、詩穂には内密にした上で、事情を詩穂の両親に説明。

 詩穂の両親は、詩穂が置かれた状況を知らず、何もしてあげられなかったことを後悔した。

 そして彦三とは、太の強い意向により、太が交渉へあたることになった。


 十八時。約束通り、太は佐々木邸を訪問。彦三に、神社での出来事をすべて説明した。

 太からは、雅彦のイジメの即時停止と謝罪を求めると共に、雅彦が発言した「会社に圧力かける」「何人かクビにしてやった」ということについて、説明を求めた。

 彦三からは、動画の内容からも太の話が真実であると判断し、雅彦にはイジメを止めさせるとともに、詩穂にも謝罪させることを約束した。また自身も、後日佐倉家へ赴き、謝罪することを約束した。


 雅彦の発言の内容については、雅彦から「イジメを受けた」との訴えがあり、対象者の両親に直接連絡したことは何度かあるが、勤め先に圧力を掛けたりしたことはなく、特定の人を自分に関係のない会社で解雇させることはできないし、当然したことがないとのことだった。

 とはいえ、息子が市会議員である自分の威光を利用し、脅迫まがいのことをしていたことについて、責任を取る意向であることを話した。


 太は――


 1) 雅彦からの詩穂への謝罪とイジメ停止の確約

 2) 彦三からの佐倉家への謝罪

 3) 彦三が責任を取る


 ――この三点を確認できた時点で、この動画を削除することを約束し、彦三もそれを了承した。


 ◇ ◇ ◇


 ――元旦 夜


 どた どた どた どた どた ガチャッ


「太にいちゃーん! 遊ぼーっ!」

「詩穂ちゃん、ノックくらいしようね……」


 ニへッと笑う詩穂。


「いいじゃん、いいじゃん、私たちの仲でしょーっ!」

「はい、はい……」

「スヴィンチ(任電堂のゲーム機)やろうよ! スヴィンチ!」

「よし! アタシス(対戦型アクションゲーム『爆裂! アタックシスターズ』の略称)やるか!」

「やろう! やろう!」

「と、その前に飲み物とおやつ買ってこようか」

「うん! じゃあ、それは詩穂が――」

「兄ちゃんが買いますから大丈夫です!」

「うーん……じゃあ、ご馳走になっちゃいます!」


 笑い合うふたり。


「コンビニ行ってくるから、待っててね」

「えー、詩穂も行くーっ!」

「寒いよ?」

「人間カイロであったか、ほかほかー」


 太に抱きつく詩穂。


「はい、はい、兄ちゃんはおデブだからねー」

「あははははは」


 ふたりは支度をして、コンビニへ向かった。


「寒いね、兄ちゃん!」


 太と腕を組み、ぴったりくっついている詩穂。


「家で待ってれば良かったのに……」

「いいの! 太兄ちゃんとお出掛けしたいの!」

「まったくもう、可愛いこと言っちゃって……好きなお菓子買っていいよ」

「やったーっ!」


 詩穂は大喜びした。

 そんな詩穂の頭をポンポンと叩く太。


 しばらく歩くと、最寄りのコンビニに着いた。

 ジュースとお菓子を色々カゴに入れていくふたり。


「太兄ちゃん! アイス買っていい?」

「寒くないの?」

「兄ちゃん、わかってないなぁ~。寒い冬に、暖かい部屋で冷たいアイスを食べるのが最強なんだよ!」

「ボクも食べる……」

「いぇ~い、あはははは」


 大きな袋を持った太と詩穂がコンビニを出た。


「詩穂、アタシス、めっちゃ練習したからね!」

「ふふん、兄ちゃんに勝てるかな?」


 談笑しながら、コンビニを後にする。


「あっ! 『ジャンボ』!」


 駐車場に止められた車から声がした。

 その声に、ビクッとする詩穂。


 ガチャッ


 車から降りてきたのは、雅彦と、背の高い男だった。


「兄貴! アイツだ! あのデブが神社で俺をカツアゲしたんだ!」


 雅彦は、太を指差す。


「へっ?」


 太を睨みつけた大男。


「お前が俺の弟をカツアゲしたのか」


 大男は、駿と同じ位の背丈(一八〇センチメートル超)で、ガッチリした体型だ。

 その大男がゆっくり太に迫ってくる。

 雅彦は、その様子を見てニヤニヤしていた。


「ふ、太兄ちゃん……」


 詩穂を自分の後ろに庇う太。


(また面倒なことになったなぁ……)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る