第125話 初詣 (3)
――元旦 朝
駿、亜由美、幸子の三人は、学校から少し離れた場所にある神社へ初詣に来ていた。
大勢の参拝客でごった返す神社。
亜由美は、幸子とふたりきりになるべく、駿のすきをついて逃げ出した。
しかし、人気のない本殿の裏手でおしゃべりを楽しんでいたふたりに、明らかに素人ではない五人の男が襲いかかってくる。
すんでのところで駿が救出に駆け付け、ふたりの男を倒し、亜由美と幸子は逃げ出すことに成功。
しかし、駿は残りの三人の男の足止めをするため、その場に残ったままだ。
一方、逃げ出したふたりは、偶然出店のお好み焼き屋のお姉さんに出会う。
「それより、どうしたんだい。ふたりとも泥だらけじゃないか」
お姉さんにすがりつく亜由美。
「お姉さん! 警察を呼んでください! 駿が……駿が……!」
亜由美は、涙をこぼしながら叫んだ。
◇ ◇ ◇
「こっちです! 急いで!」
亜由美と幸子の先導で、お好み焼き屋のお姉さんと出店の屈強な男たち五人が、駿の元に急いでいた。
「いました! 駿! 駿!」
駿の周りに五人の男が倒れていた。
お姉さんは、その倒れている五人の男を見て愕然としている。
駿の元に駆け寄った亜由美と幸子。
「駿くん、怪我は……」
駿は、肩で息をしている。
「あぁ、大丈夫だ……何発かもらっちまったけどな……」
「駿! ごめんなさい、ごめんなさい!」
胸に飛び込んできた亜由美の頭を、ポンポンと軽く叩いた駿。
「なんで、ここにお姉さんが……」
「坊や、悪いね。詳しい説明は後でするからさ……」
お姉さんは、出店の時とは違い、厳しい表情をしている。
「この子たちを本部へ。賓客だからね、親分さんたちと同じように、頼んだよ!」
「はい、承知しました」
屈強な男のひとりが、お姉さんに頭を下げた。
「さぁ、こちらへどうぞ」
「駿……」
不安そうな亜由美。
「お姉さんを信じよう。万が一の時は、オレが何とかするから。さっちゃんもいいかい?」
「はい、駿くんがいるなら、怖いものなしです」
駿はふたりに手を差し出した。
「よし、行こう。ほら、亜由美、さっちゃん」
ふたりは、駿と手を繋いで、出店者の本部テントへと向かっていった。
◇ ◇ ◇
本部テント内にいる駿、亜由美、幸子の三人。
本部テント内は、真ん中にストーブがあり、その周囲に折りたたみの長テーブルや、折りたたみ椅子が並んでいる。
三人は、テント内で手厚くもてなされ、ホットココアを飲んでいた。
バサッ
しばらくすると、お姉さんと年配の男性がテントに入ってくる。
そして、そのまま三人の前まで来ると、いきなりその場で土下座をした。
「!」
「お嬢さん方に怖い思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
年配の男性が詫びの言葉を述べる。
「三人とも本当に申し訳ない……警察沙汰だけはなにとぞ……」
お姉さんも土下座したまま、詫びていた。
「ちょ、ちょっと、やめてください。頭を上げてください」
慌てた亜由美が、土下座をやめるように訴える。
「やめません。お許しいただけるまで、やめません」
男性が平伏したまま言った。
困惑している亜由美と幸子。
駿が口を開いた。
「お姉さんも、こちらの男性も、相当の立場の方だとお見受けします。そのような方がこのようにされているのは、忍びないです。私たちは、皆さんのようなテキヤさんのことも、社会のことも理解できていない高校生です。椅子に座り、私たちと同じ目線で、私たちに分かるように話をしていただけませんでしょうか。そうでないと、許す、許さないの判断ができません」
お姉さんと男性がゆっくりと顔を上げる。
駿はふたりに訴えた。
「お願いします」
お姉さんと男性は立ち上がり、椅子に座る。
お姉さんが口を開いた。
「私とこちらの方は、テキヤのまとめ役、まぁ、いわゆる『組長』だ」
お姉さんの口から出た『組長』という言葉に、ビクッとする幸子。
「あぁ、ゴメンね、怖がらせちまったね……別に私らはヤクザじゃないんだ。商売柄、そういうところとの付き合いはあるけどね」
「大丈夫です、お姉さんが優しいの、知ってます」
幸子が微笑む。
「ありがとね……で、こちらの方は、さっきの五人の親方でね……」
「自分の教育が足りず、本当に申し訳ございません……」
頭を下げた男性。
「私らは、ここらを仕切っている親分さんに話を通して、その上で店を出させてもらってるんだ。ここは警察の介入が緩くてね……だからこそ、私らは自らを律して商売をしている。ここで店を出しているのは、そういう連中だ。だからトラブルも少ない。でも……」
「はい、アイツらが皆さまに無礼を働きました……」
「無礼ってレベルじゃないよね……だから、今回の件はここに店を出してる連中は大激怒してる。加えて、私らを害するようなことをしない限り、お客様に手を上げるようなことは断じてあってはいけないからね……」
「それを、アイツらはやってしまった……」
「これで警察が介入してしまうと、締め付けが厳しくなって、真面目にやってる連中も店が出せなくなってしまう可能性が高くてね……こっちの都合を押し付けているのは分かってる。ただ、何とか警察に訴えるのは許してほしい……」
改めて頭を深々と下げるお姉さんと男性。
駿が口を開いた。
「アイツらはどうなりますか? 彼女たちは、危うく一生消えない傷を背負わされるところでした。普通に考えたら警察に訴えざる得ません」
「テキヤにはテキヤのルールがあってね……それに、アイツらの行為は、ここらを仕切る親分さんの顔に泥を塗るのと同じことでね。ただじゃ済まないよ」
「私共は、もうこの一帯には店を出せないでしょう……」
「こちらの方は、私らの間でも信頼されていて、慕われている方でね。親分さんの覚えも良い。それでも、もうここには店は出せないね……」
「アイツらがどのような目に会うか、どうしてもお知りになりたいようであれば、すべてご説明いたします。ただ……お嬢さん方もいらっしゃいますし、あまり聞いて気持ちの良い話ではございません……」
静寂の空気がテント内を流れる。
「どうする、亜由美、さっちゃん……」
亜由美が頭を下げた。
「元はと言えば、私の迂闊な行動が今回の件を誘発しました。そして、大切な友人の身を危険に晒してしまいました……」
「いや、お嬢さん、頭を上げてください。自らを律することの出来なかったアイツらの……いや、私の責任です。お嬢さんはまったく悪くありません」
幸子が思い切ったように口を開く。
「わ、私は、お姉さんのお好み焼きが食べられなくなるのはイヤです……ベビーカステラも美味しかったです……」
駿は、笑顔で頷いた。
「ねぇ、亜由美、さっちゃん。今回は警察に訴えるのは無しにして、テキヤさんたちの自浄努力をお願いすることで、チャラとしないかい?」
「うん、今回は私自身も反省してる……」
「はい、私は駿くんの意見に賛成です」
「ありがとうございます!」
頭を下げるお姉さんと男性。
「それで自浄努力ってのは、何すりゃいいんだい?」
「今回の件を教訓として、出店される皆さんで共有して、毎回それを確認し合ってはいかがでしょうか? それであれば、新規で出店されるテキヤさんにも徹底できるのではないでしょうか」
「うん……なるほどね……一番わかりやすくて、効果的だね」
「今回のように女性絡みの場合、被害者が泣き寝入りしてしまうこともあるでしょうから、今後については、本当に皆さん次第です」
「わかった、約束するよ。文書にして、私らの間で徹底するようにする。見回りとかもした方がいいね」
「それでは、これで手打ちということで」
お姉さんと男性は立ち上がり、改めて深々と頭を下げ、テントを出ていった。
亜由美は、暗く沈み込んでいる。
そんな亜由美を自分の胸に抱き寄せた駿。
「亜由美、本当に無事で良かった……」
「駿……ごめんなさい……ごめんなさい」
亜由美は、肩を震わせている。
そして、幸子も抱き寄せた駿。
「さっちゃん、怖かったな……もう大丈夫だからな……」
「怖かった……怖かったです……あぅ……うああぁぁぁぁ……うわあぁぁ」
幸子は、駿の胸の中で号泣した。
「さっちゃん……ゴメンね……ゴメンね……」
「ふたりを傷付けるヤツは絶対に許さない……何があっても、絶対オレが助けに行くからな……」
駿はふたりを強く強く抱きしめた。
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