第80話 歪んだ悪意 - Distortion (2)
何者かに階段から突き落とされた幸子。
校内の防犯カメラは、生徒がいるうちは「動作していない」はずなのだが、その情報に疑問を呈す駿。
防犯カメラの映像が、校内の施錠された部屋に設置されたサーバーへ記録されている可能性があることのわかった駿は、そこに犯人の痕跡が残っていることに一縷の望みを託すのであった。
――火曜日の放課後
廊下を歩いている駿と太。
「それでカギを借りてきたんだ」
「そう、大谷先生にお願いしてね」
駿の手の内にあるカギが鈍く光った。
「本格的なサーバーとかだったら、お手上げだよ……?」
不安そうな太。
「その時は諦めよう」
駿は、笑顔で太の背中をポンポンと叩く。
生徒指導室の隣の部屋の前までやってきた。
引き戸を開けようとしたが、やはり施錠されている。
持ってきたカギを使った駿。
カチャリ
太にOKマークを出す。
カラカラカラカラ…… パチン
部屋に入り照明を付けると、サーバーラックなどはなく、部屋の端のテーブルにタワー型のサーバーとディスプレイが鎮座していた。その脇には、エンコーダーと思しき機器や、チカチカ光っているハブらしき機器が並んでいる。
「これか……太、頼むな」
「うん、ちょっと見てみるね」
太がマウスを動かすと、デスクトップの画面が表示された。
「えっ! 何のセキュリティもしてないの⁉」
驚く太。
太のマウスやキーボードの操作で、画面にいくつものウィンドウが開いていった。
「駿、多分これならボクでも操作できると思う」
「おぉ、良かった!」
「あと、防犯カメラの管理アプリケーションも見てみたけど、カメラのオンとオフは時間で制御してるっぽい」
「時間で?」
「うん、平日は十九時から翌朝七時まで、週末は二十四時間動くように設定されてる」
「例えば、火曜日とか水曜日とかの祝祭日は?」
「十九時から翌朝七時だね……日別に設定も出来るけど、それをやっていないっぽい……」
太は苦笑いしている。
「い、意味ねぇ……」
頭を抱えた駿。
太がポツリと呟く。
「あの日は土曜日だったから……」
駿が色めきたった。
「映像が残っている可能性大だな……!」
「うん!」
微笑む太。
部屋の中をマウスのクリック音が響く。
「太、あの日の映像、探し出せるか?」
太は、管理アプリケーションの設定状況を確認した。
「いけそう。動画データの保存ディレクトリが分かった」
指定のディレクトリに潜っていく。
「あった……! ファイル名がカメラのシリアルナンバーと日付、記録した時間になってるから、間違いないと思う!」
「それ、USBメモリに落とせるか?」
「あー……正直わからない……セキュリティが厳しくなければ……USB接続の記録装置はブロックされることが多いから……」
ポートにUSBメモリを差した太。
「問題なく使える……こんなスカスカのセキュリティでいいのか……? 多分ログも取ってないだろうから、何でもやり放題だな……」
動画ファイルをUSBメモリにコピーしていく。
「うん、OK! コピーできた!」
「とりあえず、証拠になりそうなものは確保できたな……」
「ねぇ、駿……」
「ん?」
太は、駿に恐る恐る尋ねた。
「念の為、ここで映像の内容、確認してみる……? これで見られるよ」
駿は一瞬悩む。
犯人の正体を見たい反面、何か怖さを感じたのだ。
「やめてお……いや、やっぱり見てみよう」
太は、動画ファイルをダブルクリックした。
動画プレイヤーが起動する。
階段と廊下の一部が、想像以上に鮮明に映し出された。
階段の方は少々暗めで、廊下の方は教室から明かりが漏れているからなのか、薄明るいのが分かる。
「早送りできる?」
三倍速再生に設定する太。
そして――
「あっ! ストップ!」
幸子が階段から突き落とされた瞬間が映っていた。
確かに誰かが立っている。
「ここからコマ送りで戻していける?」
太の操作で、映像がカクカクと巻き戻っていく。
幸子が階段を降りようとした瞬間に、その誰かが幸子の背中を押していた。
スカートを履いているので、女性だと思われる。
髪は肩くらいまでの長さで、少しウェーブがかっている感じだ。
しかし、暗くて誰かはわからない。
さらに巻き戻っていく。
幸子にそっと近づいていた犯人が薄明るい廊下に戻る。
そして、光がその顔を照らした。
「!」
ガンッ
壁を思い切り蹴飛ばす駿。
「ちくしょう……!」
駿は悔しげに叫んだ。
「し、駿……」
太はどうしたら良いのか分からず、困惑している。
「太、このことはまだ誰にも言うな……みんなにもだ。いいな」
「わ、わかった……」
「明日、この動画を再生できるPCを持ってきてくれ……それでさっちゃんに説明する」
「う、うん、わかった……」
「今日はこれで終わりだ。撤収しよう……」
太がサーバーの操作をしている横で、駿は悔しげな表情を浮かべながら、頭を抱えていた。
◇ ◇ ◇
――翌日 水曜日の昼休み
パン パパン パン
教室の中で、突如響き渡る破裂音。
「さっちゃん、退院おめでとうー!」
亜由美、ジュリア、ココア、キララがクラッカーを鳴らしたのだ。
紙テープまみれになる幸子。
「あ、ありがとうございます……でも、ちょっとやりすぎ……」
教室中の視線を集めていた。
「いいじゃん、いいじゃん! とっても嬉しいことなんだからさ!」
ジュリアはニコニコ顔だ。
「さっちゃん、お帰り~」
幸子の顔を自分の胸にうずめるココア。
「あー! 竹中(ココア)ズルい! 私もー!」
そこに抱きついた亜由美。
キララと達彦は、ヤレヤレという表情をしている。
「ほらほら、嬉しいのは分かるけど、紙テープ片して、ご飯食べようよ」
「はーい」
床に散らばった紙テープを集めて、亜由美たちがゴミ箱へ捨てにいった。
ちょっと困惑気味の幸子に、そっと近付く駿。
幸子の耳元で囁いた。
「……ご飯食べたら時間頂戴……ひとりで社会科準備室に来て……」
幸子は、ハッとして駿の顔を見る。
駿は真顔だ。
言葉を出さずに、軽く頷く幸子。
「片付けたよー」
亜由美が手をパンパンッと払いながら席についた。
「はい、じゃあ、いただきます!」
「いただきまーす」
数日振りの八人全員での昼食が始まった。
◇ ◇ ◇
――昼食後 社会科準備室
狭い部屋の中に、駿、太、そして幸子の三人。
小さなテーブルの上には、太のノートPCが置かれ、その前に幸子が座っている。
駿が小さく息を吐いた。
「さっちゃん、犯人が分かった」
「!」
「防犯カメラに映像が残っていたよ」
「…………」
「その映像がここにある」
ツバを飲み込む幸子。
「さっちゃん、見てみるかい? やめておくかい?」
幸子は、一瞬悩んだ様子を見せた。
しかし、駿の目を見据え、ゆっくり頷いた。
「わかった。太、頼む」
太がノートPCを操作して、動画プレイヤーが表示される。
「太、さっちゃんが怪我するシーンは避けてくれ。本人が見るにはショッキングだと思うから」
「うん、わかった」
動画プレイヤーのスライドバーを操作した太。
「ここからだよ」
通常の速度で再生される防犯カメラの映像。
廊下と階段が映っている。
幸子が映った。
廊下から階段へ向かっていく。
その後ろから近寄る女性。
一瞬、その顔が明かりに照らされた。
「!」
動画が停止される。
「太、顔が確認できるところまで巻き戻して」
頷いた太。
映像がコマ送りでゆっくり戻っていく。
顔を確認できるところで一時停止。
言葉の出ない幸子。
ゆっくりと、悔しそうに目をつぶり、うつむく。
「どうして……そんなに私のことが憎かったの……?」
静寂の空気が部屋を包んだ。
駿も残念そうな表情を浮かべている。
「さっちゃんが見た通りだ。犯人は――」
「――委員長だ」
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