第79話 歪んだ悪意 - Distortion (1)
文化祭でのライブは成功したものの、後夜祭の後、幸子は何者かに階段から突き落とされた。
「高橋くんを返せ」
犯人の残した言葉に(高橋)駿たちは警戒を強める。
同時に、幸子の意向ですぐには警察沙汰にしないこととなり、駿たちは独自の調査を始めた。
――月曜日の昼休み
入院中の幸子を除いた、いつもの七人が談笑している。
「あ、そうだ。駿」
亜由美が駿に、思い出したかのように話し掛けた。
「防犯カメラのこと、担任にそれとなく聞いてみたのよ。あれってちゃんと動いてるんですか? って」
「うん、どんな感じだった?」
「『多分動いている』だってさ」
「多分?」
「だからさ、それって大丈夫なんですか? って聞いたら『コンピューターが自動的にやってくれてるらしいよ』って」
「らしい……って……」
「まぁ、そんな認識みたいよ」
「う~ん、誰か特定の管理担当者がいるのかな……」
亜由美からの情報に、頭を悩ませる駿。
「ねぇねぇ、それってさぁ、誰かがカメラのスイッチ入れたりしてんのかなぁ?」
ジュリアの素朴な疑問。
「誰が、朝スイッチ切ってるのぉ~?」
ココアも疑問を呈す。
「そもそも、生徒がいるとか、いないとか、誰が判断してるの?」
キララも不思議に思ったようだ。
「…………」
顎をさすりながら考える駿。
「うん! 三人とも、それってスゲェいい疑問だわ! ナイス!」
駿は、笑顔で三人にサムズアップした。
「おっ! あーしみたいなバカも、たまには役に立つっしょ!」
「私、バカじゃない~」
「いや、ココア。オマエもバカだ」
キララの言葉に頬を膨らますココアを見て、ジュリアとキララが笑っている。
駿は、そんな三人の様子を微笑ましく見つめた。
「太、放課後ちょっとだけつきあってくれるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「悪いな。帰り、何か奢ってやるから」
「ホント⁉ 駿、太っ腹! 何食べようかな……!」
大喜びする太。
「オレ、破産しないよな……」
駿は、自分の言ったセリフに少しだけ後悔した。
◇ ◇ ◇
――その日の放課後
駿と太は、幸子が倒れていた階段の踊り場に来ていた。
「さっちゃん、この階段を落とされたんだ……」
上り階段を見上げ、ぶるっと震える太。
「大きな怪我がなかったのは、本当に奇跡だよな……」
駿は、救急車で搬送される幸子を思い出した。
そして、天井に設置されている黒いドーム形状の防犯カメラを指差す。
「太、あれの型番とか性能とかって分かんないかな……?」
「あの防犯カメラのこと?」
「そう」
「あー……ボク、PCとかはそれなりに詳しいけど、防犯カメラまでは……」
申し訳無さそうな太。
「専門外か……」
駿は困った表情をした。
何とかしたいと防犯カメラを見つめる太。
「あっ!」
太は、何かをひらめいた。
「何とかなるかも!」
おもむろにスマートフォンを取り出し、何か操作をしながら防犯カメラを撮影。
「駿、見て!」
駿が覗き込むと、スマートフォンにはズームアップされて撮影された防犯カメラが表示されている。
「うん、カメラだね」
「そうじゃなくて! ここを拡大すると……」
肉眼では判別できない、カメラの型番やシリアルナンバー表示が確認できた。
「おぉ~!」
「で、この型番をネットで検索すれば……と」
ブラウザを起動して、キーワード検索をかける。
検索結果の中からカメラの製造元と思われるWEBサイトを開いた。
「駿、もうちょっと待ってね……」
「いいよ、いいよ、慌てないでやってくれ」
リンクを辿っていく太。
「仕様表発見! はい、駿。欲しかった情報があればいいけど……」
太は、仕様表が映し出された自分のスマートフォンを駿に手渡した。
「おぉー! さっすが、太! ウチのバンドの屋台骨だ! 頼りになるぜ!」
「ボクもたまには役に立たないとね!」
笑顔で太の坊主頭をペシペシ叩く駿。
駿は、仕様を確認した。
「ネットワークカメラか……学校のどっかにサーバーがあるのかな……」
「クラウドを利用している場合もあるから……」
「あー……そっか……無い場合もあるのか……」
仕様を読み進める。
「人感センサーは付いてなさそうだな……」
「まぁ、センサーに引っ掛かるとオフになるなんて、防犯カメラの意味がまったくないしね……」
「確かに……」
仕様書のページのスクリーンショットを撮りながら、悩ましい表情の駿。
「次はちょっと心苦しいけど……大谷先生にご協力いただくか……」
「大谷先生?」
太の疑問を無視するように続ける。
「太、オマエ、家にUSBメモリってある? できるだけ容量の大きいヤツ」
「128GBでいい?」
「おぉ、十分。それフォーマットして、明日学校に持ってこれる?」
「それは構わないけど……」
「頼むな!」
太の肩をポンポンと叩いた駿。
「じゃあ、何か食いにいくか!」
駿の言葉に太が反応する。
「南口のカフェレストラン行こうよ! 今月限定のスペシャルサンドイッチがあるらしいんだ! ドリンクバーもつけていい⁉」
「わかった、わかった。OKだよ! 丁度バスも来るから、急ごう!」
「うん!」
ふたりは階段を下り、バス停へと急いだ。
◇ ◇ ◇
――翌日 火曜日の昼休み
職員室を訪れた駿。
コンコン カラカラカラカラ
「失礼します」
音楽研究部の顧問である大谷の姿を見つけ、職員室に入っていく。
「大谷先生、こんにちは」
デスクワークをしていた大谷が振り向いた。
「あら、高橋(駿)くん、こんにちは。文化祭のライブ、見させてもらったわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
頭を下げる駿。
「正直驚いたわ、本当に素晴らしいステージだった」
「そ、そんなに褒められると……」
駿は、顔を赤くして頭を掻いた。
「コーラス部のみんなが言ってたわ。『悔しい、次は負けない』って」
「えーっ! コーラス部の歌声の方が素晴らしいじゃないですか!」
「カーテンコールまでしてくれたもんね」
優しく微笑む大谷。
「あれは、本当に素晴らしかったから……」
「コーラス部の子、泣いてた子もいたでしょ。高橋くんと山田(幸子)さんのカーテンコールが本当に嬉しかったみたいよ」
「そう言っていただけると、オレも嬉しいです」
「それで、高橋くんたちのステージも応援に行こうってことになって、みんなで講堂に行ったのよ」
「ありがとうございます!」
「それで……ちょっと自信を失っちゃった子もいて……」
「へ……?」
「高橋くんの力強い歌声、山田さんの感情豊かな歌声にやられちゃって、最後のデュエットのハモリでノックアウトされたみたい」
「えー……」
「『応援なんておこがましかった』『勉強させてもらった』って、だから『悔しい、次は負けない』って話になったの」
「そこまで言っていただけるとは……」
「だから、高橋くんたちのカーテンコールをしたの」
「あっ! あれってコーラス部の……!」
うふふっ、と笑った大谷。
「良いライバルになりそうね」
「コーラス部からエールを送られたって、みんなに伝えておきます」
大谷は、嬉しそうに頷く。
「そうそう、コラボやりましょう! 吹奏楽部も絡めちゃいましょう!」
「あら、ステキな提案ね! ぜひやりましょう!」
駿と大谷は、固く握手を交わした。
「それで、今日はどうしたのかしら?」
ハッとする駿。
「あ、そうだった。実は、今度DTMに挑戦しようかと思っていまして……」
「DTM?」
「コンピューターを使った作曲ですね」
「へぇー、面白そうね。いいじゃない」
大谷は前向きな姿勢を見せた。
「それで、今学校にある大型コンピューターを参考に見せていただきたいのと、仮にコンピューターを設置するのであれば、一緒に置かせてもらえないかなと思いまして……まぁ、お金のかかる話でもあるので、実際に実現できるかは分かりませんが……」
苦笑する駿。
「大型コンピューターねぇ……学校にそんなのあったかしら……」
「夏に設置した防犯カメラ用のコンピューターとかは……?」
「防犯カメラ用? 生徒指導室の隣の部屋が映像を記録するためのスペースって聞いてるけど……ビデオデッキが並んでいるだけじゃないのかしら……?」
(ビンゴ!)
「今時は、映像を全部データにして、コンピューターへ残すようにしていると思いますよ」
「あら、随分進んでるのね」
「確か、生徒がいる時、防犯カメラは動いていないと聞いていますが、先生方が持ち回りでスイッチ入れたり、消したりされてるんですか?」
「そんな話はないわね……少なくとも私は知らないわ」
「じゃあ、コンピューターが自動的に制御しているのかもしれませんね」
「何だか最近のはスゴいわね……そうしたら、見に行くのは放課後で良いのかしら?」
「はい、放課後にまた伺いますので、カギをお借りできればと思います」
「イタズラしちゃダメよ?」
(ドキッ!)
「学校の大切なセキュリティですからね、イタズラなんてしないです。あと、コンピューターの置き場所があるかと、ネットワーク環境を確認させていただく位ですかね」
「私では難しいことが分からないから、放課後カギを貸すわね」
「はい、それでは放課後に改めて伺わせていただきます」
笑顔で頷いた大谷。
「では大谷先生、失礼します」
「はい、午後の授業もがんばってね」
駿は大谷に頭を下げる。
「失礼しました」
カラカラカラカラ
職員室を出た駿。
(サーバーは校内にあった……あとは、サーバーを操作できるかと、映像が残っているかどうかだな……)
幸子を階段から突き落としたのは誰なのか。
駿は、心に怒りの炎を静かに灯しながら、職員室を後にした。
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