第39話 夏の思い出 (2)
終盤に入った夏休み。
亜由美、太、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の六人は、駅前のショッピングセンターの中にある大きなゲームセンターへ来ていた。あちらこちらから電子音が響き渡り、賑やかだ。
「あ~、ぐったリスのぬいぐるみ~、ジュリアちゃん取って~」
ココアが指差すぬいぐるみキャッチャーの中に、一部の若者の間で人気のゆるキャラ「ぐったリス(ぐったりと気の抜けた動物たちのゆるキャラ)」のぬいぐるみがあった。
「おーし、あーしに任せろ!」
ジュリアの挑戦。
チャリン ♪~
軽快な音楽とともに、クレーンアームが動いていく。
アームが降りていき、いい感じにぬいぐるみへ引っ掛かる。
「よっしゃ!」
ジュリア、勝利の雄叫び。
しかし、ぬいぐるいはアームからヌルンと落ちる。ぐったリスは、ぬいぐるみ自体もぐったり仕様だった。
「ぜってぇ取れねぇよ、こんなの!」
憤るジュリアに、他の五人が笑っている。
ふと周りを見渡した幸子。
隣のぬいぐるみキャッチャーの中の小さなイルカのぬいぐるみが目にとまる。
(ボクをここから出して)
そんな声が聞こえた。
「これ、挑戦してみていいですか……?」
「あ、さっちゃん、コレ欲しいの? 自分でやる? あーし、やろうか?」
ジュリアが尋ねる。
「まずは自分で挑戦してみます!」
「お! じゃあ、さっちゃんガンバレ!」
チャリン ♪~
「あー……」
アームが空を掴む。
「これ結構難しいんですね……」
チャリン ♪~
アームは、ぬいぐるみに触れるものの、掴むことは出来なかった。
幸子の肩をトントンと叩く太。
太は、振り向いた幸子に、ボクに任せろとジェスチャーしていた。
「あっ、太くん、よろしくお願いいたします!」
不敵な笑みを浮かべながら太が挑戦する。
チャリン ♪~
アームは空を掴んだ。
幸子の方に向き、やれやれとポーズを取る太。
パシンッ
亜由美が太の頭をはたく。
「つかえねぇな、デブ!」
みんな大爆笑であった。
――しばらく経ち
「あ、あの、私、もういいですから……諦めましょう……」
いまだイルカは取れず、皆意地になっていた。
「いや、何としてもイルカをさっちゃんに……」
キララが硬貨を握りしめる。
チャリン ♪~
アームをするりと抜けるイルカ。
どよーんとした雰囲気がみんなを包んだ。
「すみません、失礼いたします……」
後ろから中年の男性店員が声を掛けてきた。
スススッと道を開ける六人。
店員はぬいぐるみキャッチャーのガラス戸をカラカラカラっと開け、ぬいぐるみの位置を変えた。六人の様子を見ていた店員が、取りやすい位置にぬいぐるみを置き直してくれたのだ。
カラカラカラっとガラス戸を締める店員。
「しっぽの部分を引っ掛けるようにしてみてください」
六人にコツを教えて、にっこり笑った。
「ありがとうございます!」
頭を下げる亜由美に、笑顔で去っていく店員。
「ここまでやってもらいましたので、最後は私が!」
幸子が硬貨を握った。
「さっちゃん、がんばれ~」
「よっしゃ! さっちゃん、行け!」
声援を送るココアとジュリア。
チャリン ♪~
アームが尻尾に引っ掛かった。
「おぉ⁉」
全員が声を上げて、アームの行方を見守る。
残念ながら、ぬいぐるみの位置が少しズレただけだ。
「あぁー……」
全員ガッカリ。
しかし、穴にグッと近付き、もう一歩というところ。
「行け、さっちゃん! 次で取れる!」
「がんばれ、さっちゃん!」
幸子に声援を送ったキララと亜由美。
ゲームセンターの中でこの一角だけ異常な盛り上がりを見せている。
「次こそ!」
幸子が硬貨をマシンに投入。
チャリン ♪~
アームが尻尾の部分に引っ掛かる。
「おぉ?」
全員が期待を寄せる。
アームは、そのままイルカの尻尾を持ち上げ――
「おぉー?」
ガタンッ
――イルカが穴に落ちた。
「やったー!」
六人は、ハイタッチしながら大盛り上がり。
取り出し口からイルカのぬいぐるみを取り出す幸子。そして、イルカを掲げた。
「取れましたー!」
パチパチパチパチ
周囲からの拍手に、我に返る六人。
周りを見ると、ちょっとした人だかりが出来ていた。盛り上がり過ぎたようだ。
全員顔を真っ赤にしながら、その場をそそくさと立ち去った。
――ゲームセンター内の自販機コーナー
「さ、さすがに囲まれるとは、あーしも思わなかったわ……ウケる……」
「びっくりしちゃったねぇ~」
「盛り上がりすぎたな……」
さすがのギャル軍団も驚いたようだ。
「あ、あの、イルカ、プレゼントしていただいて、ありがとうございました!」
五人に頭を下げる幸子。
「プレゼントできて良かったよ、ホントに……」
苦笑いした亜由美。
「あーしたちの友情の印だからね! 大事にしてよ!」
「はい! 大切にします!」
微笑むジュリアに、幸子は笑顔で答えた。
(友達からの初めてのプレゼント……大切にしないわけないよ!)
小さなイルカのぬいぐるみ。それは幸子にとっては、とても大きなものだ。
イルカのぬいぐるみが、幸子に向かって微笑んだ気がした。
幸子は、イルカのぬいぐるみを優しく抱きしめた。
「次『プリナイ』やろうよ! みんなで撮ろ!」
『プリナイ』コーナーへとみんなを誘導するジュリア。
『プリナイ』とは『プリントNICE!』のことで、写真シールを手軽に作れる機械のことだ。
以前は、ただ撮影した写真をシールにするだけだったが、最近は背景を変更したり、写真を加工したり、文字を追加したりできるなど、多彩な機能が備わっている。
(友達とプリナイできるなんて! こんなに幸せでもいいのかな……)
初めてのプリナイにドキドキが止まらない幸子。
チャリン チャリン
「えーと、背景は……シンプルなのでいっか。人数は……」
準備を進めているジュリア。
「ほら! 撮るから、みんな来て!」
ジュリアの元にぞろぞろ集まる五人。
「さっちゃん、おいで! ほら真ん中!」
ジュリアに手を引かれ、一番前の真ん中に来た幸子。
「キララと中澤(亜由美)でさっちゃん挟んで!」
幸子の左右にキララと亜由美が来る。
「小泉(太)はデカいから後ろの真ん中ね! で、あーしとココアが挟むと」
ニコニコの太をジュリアとココアが挟んだ。
「ほら、腕組んでやっから! あとで金よこせよ!」
「腕組みは有料で~す」
両隣からふたりの可愛いギャルに腕を組まれて、ちょっと照れる太。
「照れるな、デブ!」
亜由美は、振り向きもせずにツッコんだ。
「ノールックツッコミ、姉御さすがです……」
ふたりのやり取りに爆笑する四人。
「ほらほら、撮るよ! みんな笑顔で!」
撮影のカウントダウン。
バシャリ!
「どれどれ……あ、イイんじゃね! 一発でイイの来たんじゃね!」
「ほんとだ~、すごくイイ感じ~」
画面で出来を確認したジュリアとココア。
他の四人も画面を見ているが、みんな笑顔で頷いている。
「じゃ、これキープね! ほら、次、次!」
六人で小さいながらもポーズをとって……
バシャリ!
「ハイハイ! デコるよー!」
落書きブースで写真をデコる六人。
ネコミミつけたり、ありがちだけど「ずっとも」とか落書きしたり。
六人みんなでゲラゲラ笑いながらデコる。
お金を追加して、六枚印刷。全員一枚ずつ手に出来た。
(やった……私と友達のプリナイだ……夢みたい……)
幸子は六人の写真シールを見つめて、感慨に耽る。
「さっちゃん、次……ど、どうしたの!?」
幸子の顔を見て驚いた亜由美。
幸子は目に涙をためていたのだ。
「ご、ごめんなさい……皆さんと一緒にプリナイ撮れたのが嬉しくて……夢みたいです……」
そんな幸子の肩をグッと抱き寄せるジュリア。
「次は、あーしとふたりで撮ろうな」
ニッと笑った。
「は、はい! ぜひお願いします!」
幸子は、満面の笑みで答える。
「え~、ず~る~い~、私もさっちゃんと撮る~」
幸子の頭を抱き寄せたココア。
そんな様子を微笑ましく見つめる亜由美、キララ、太だった。
――再び自販機コーナー
「たくさん撮ったね!」
「はい! 全部私の宝物です!」
楽しげに話をしているキララと幸子。
その横で太が渋い顔をしている。
「あ、姉御……」
「ん? どうした?」
「お……」
「お?」
「お腹いたい……」
太は、ゲームセンターの中でもエイティーンアイス(自販機アイスのブランド)のチョコミントを食べていた。
「おま! ……どうしようもねぇな、デブ!」
太の様子に気付く幸子。
「太くん、大丈夫……? 下の階に薬屋さんあるから……」
「あー、大丈夫だよ、さっちゃん。ゴメンね、心配かけて……」
「さっちゃん、コイツは放っときゃいいから! まったく!」
亜由美は呆れた様子だ。
「ちょっとトイレ行ってくる……」
いそいそとお手洗いに向かう太。
「みんなゴメン、デブがお腹壊したみたいで、ちょっと待っててあげて」
「オッケー。じゃあ、あーしらもちょっと休憩だね」
「悪いね」
亜由美は、ジュリアたちに両手を合わせて謝罪した。
備え付けのベンチに座って談笑する五人。
「み~つけた」
金髪男とピアス男。
欲望の獣たちがやってきた。
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