その後の物語 1 - ひるまゆうじ君 (1)

 ボクのなまえは「ひるまゆうじ」、4さい!

 みんなにはナイショなんだけど、ボクは『ゆうしゃ』なのだ!

 おひめさまをまもるのが、ボクのしめい!

 ボクといっしょにだいぼうけんした「さちこひめ」……げんきかな……

 さちこひめにあいたいな……


 あっ! オヤツのじかんだ!

 きょうはユカリおばさんがきてる!

 いつもみたいにおいしいケーキをかってきてくれてるかも!


 ◇ ◇ ◇


 二階の自分の部屋から一階の居間に向かうゆうじくん。

 居間からお母さんとユカリおばさんの声が聞こえてくる。


「そう……由美子ちゃん、大変ね……」

「そうなの、姉さん……二学期が始まっても、もう学校行きたくないって……」

「子どもって残酷だから……相当酷いことを言われてるのかもね……」

「ビタミン剤飲ませたり、美白クリーム塗ったり、色々試してるんだけど……」

「病院には行ってみた?」

「ううん……行きたくないって……病院に行くと、自分がおかしいと認めることになるって、そう思ってるみたいで……」

「そう……」

「もうどうしたらいいのか……」


 うなだれて両手で顔を覆うユカリ。


 ◇ ◇ ◇


 おかあさんとユカリおばさん、なんかむずかしいおはなししてる……

 ユカリおばさん、すごくかなしそう……

 よしっ! こんなときこそ『ゆうしゃ』であるボクのでばんだ!


「ユカリおばさん、こんにちは!」


 ◇ ◇ ◇


 元気な挨拶にユカリが顔を上げると、そこにはゆうじくんがいた。

 笑顔を作るユカリ。


「あら、ゆうじくん。挨拶できてお利口ね! ケーキ買ってきたから、食べる?」

「ゆうじ、良かったわね! ゆうじの好きな甘~いケーキよ!」


 お母さんも笑顔でゆうじくんに微笑みかけた。

 しかし、ゆうじくんはケーキに興味を示さずに言った。


「ユカリおばさん、なにかこまってるなら、ボクにまかせて! ボク、ほんとうは『ゆうしゃ』なんだ!」


 そんなゆうじくんに驚くユカリ。

 お母さんは、ゆうじくんに優しく微笑んでいる。


「ねぇ、ユカリ。明日、ゆうじを連れてあなたの家に行くわ。由美子ちゃんにゆうじを会わせたら……何か変わるかもしれないわ」


 どこか確信めいた態度のお母さんに、ユカリは笑顔で頷いた。


「そうね、元気なゆうじくんを見たら、嫌な気持ちを忘れられるかもしれないわね」


 そんなやり取りを見て、ゆうじくんは満面の笑みを浮かべる。


「ユカリおばさんのウチ、いきたい!」

「ふふふっ、ゆうじは由美子ちゃん大好きだもんね」

「うん! ゆみこおねえちゃん、やさしいからだいすき!」

「じゃあ、勇者様。明日は我が家へ来てくれますか?」

「はい! いきます!」


 元気に答えるゆうじくんに、ふたりも微笑んだ。


「勇者様、旅立ちの前にケーキを食べて、元気をつけていきましょう!」


 お皿に乗ったショートケーキを見て、ゆうじくんも大興奮。


「わーい! いただきまーす!」


 お母さんの隣に座って、お行儀よくケーキを食べるゆうじくん。


「ゆうじ、勇者は夕ご飯のお野菜もちゃんと食べなきゃダメなんだからね?」


 ケーキを食べる手が止まる。


「えー……」


 勇者も野菜モンスターには敵わないようだ。

 居間を包むお母さんとユカリの笑い声。


 こうしてゆうじくんは、ユカリおばさんの家へ行くことになった。


 ◇ ◇ ◇


 ――翌日


 ガチャリ


 ゆうじくんの家から車で三十分程度。

 ユカリおばさんの家に着いた。

 家に入ったゆうじくんは、違和感を感じた。


(ゆうじくん、いらっしゃい!)


 いつもなら可愛らしい笑顔で迎えてくれる由美子がいないのだ。


「あれー……ゆみこおねえちゃん、いないのー……?」


 寂しげな表情のゆうじくん。


「お部屋にいると思うわ。おばさんと一緒に行ってみようか?」

「うん! ゆみこおねえちゃんにあいたい!」


 ユカリは、ゆうじの頭を優しく撫で、一緒に二階の由美子の部屋へ向かう。


 コン コン


 部屋の扉をノックするユカリ。

 しかし、部屋の中から反応は無い。


「由美子、ゆうじくんが来たわよ」

「ゆみこおねえちゃん、こんにちは!」


 ゆうじくんは、元気に声をあげた。

 部屋の中から消え入りそうな声がする。


「ゆうじくん、こんにちは……ゴメンね、おねえちゃん、今ゆうじくんと会えないの……」

「えー……そうなんだ……」


 ガッカリするゆうじくん。


「ねぇ、由美子。少しだけでも会えない?」

「お母さんだって、会えないの知ってるでしょ!」


 由美子は、震えた声で叫んだ。

 ユカリが怒りの表情に変わる。


「ゆうじくんは由美子と会いに来たのよ! 大好きな由美子お姉ちゃんに会いたいって! あなたは、そんなゆうじくんの純粋な気持ちをも無下にするの⁉」


 ユカリの怒鳴り声にゆうじくんは慌てた。


「ユカリおばさん、ボクだいじょうぶだよ。だから、おこらないで、ね。ゆみこおねえちゃん、つぎきたときにあそぼうね!」


 必死で笑顔を作るゆうじくん。

 お母さんとユカリは、ゆうじくんの頭を優しく撫でた。


 そして――


 カチャリ


 うつむいた由美子が部屋の扉を開けた。


「ゆみこおねえちゃん! ……だいじょうぶ? げんきないよ……?」

「うん、大丈夫だよ……」



 石井いしい由美子ゆみこ

 ゆうじくんのお母さんの妹の娘。小学三年生。

 肩にかかる位の黒髪セミロング。笑顔になると見える八重歯が可愛らしい。

 普段は明るく元気な女の子なのだが……



 ゆうじくんは、あることに気がついた。


「ゆみこおねえちゃん、おかおに……」


 ハッとして、慌てて顔を隠す由美子。


「ゆみこおねえちゃん……」


 由美子は、ゆうじくんの指摘に涙を浮かべる。

 その頬には、薄っすらとそばかすが出来ていた。

 由美子は、学校でこのそばかすをネタにイジメられていたのだ。


『顔くらい洗えよ、カス子』


 それが由美子に対する決まり文句。

 周りの女子は皆由美子を庇っていたが、イジメっ子の安田は乱暴な男の子だったため、強く言うことは由美子も含め、誰もできず、由美子はただひたすら我慢した。

 由美子は頬が擦り切れるほど何度も顔を洗い、タオルで拭い続けたが、当然ながらそばかすを消すことはできず、夏休みが終わった後、登校することを拒否していた。


 しかし、そんな由美子とは対象的に、ゆうじくんはパァッと明るい表情になっていく。


「ゆみこおねえちゃん、おひめさまだったんだね!」

「えっ……?」

「おかあさん! ゆみこおねえちゃんのおかおみて! ほら! おひめさまのしるしがあるよ!」


 由美子のそばかすを「お姫様の印」だと言うゆうじくん。

 迷子だったゆうじくんを救ってくれた幸子のことを思い出すお母さん。


「わっ! 本当だね! 由美子お姉ちゃんは、お姫様だったんだね!」

「すごいや! すごいや、ゆみこおねえちゃん!」


 ゆうじくんは、目を輝かせながら由美子を見つめる。


「ゆうじ、勇者はお姫様に挨拶しなきゃ!」


 お母さんの言葉にハッとするゆうじくん。


「ゆみこひめ! ボクは『ゆうしゃ』! ゆうしゃのゆうじです!」


 ゆうじくんは、オーッと右腕を振り上げた。

 呆然とする由美子。


「ゆうじ、由美子お姉ちゃんね、今すごくつらい目にあってるの。勇者ゆうじは、どうする?」

「ハイ! ボクがゆみこひめをおまもりします! ゆみこひめをくるしめるモンスターを、ボクがみんなやっつけます!」


 むふぅー! と力強い笑顔で由美子を見つめるゆうじくん。

 そんなゆうじくんの姿を見て、由美子の瞳から涙が溢れる。


「ゆみこひめ、なかないで。ボクがついてるよ!」

「うん……うん……ゆうじくん……ありがとう……」


 涙をこぼしながらも、笑顔でゆうじくんを抱きしめる由美子。

 そんな子どもたちを見て、お母さんとユカリは安堵の微笑みを浮かべるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る