第3話 昼休み (1)

 キーンコーンカーンコーン♪


 ――あぁ、やっと授業終わったな。

 ――腹減った~

 ――ねぇねぇ、今日はどこでご飯食べる?


 午前中の授業が終わり、昼休みになった。ざわつく教室の中、様々な会話が聞こえてくる。

 幸子は、そんな周囲の喧騒をBGMに、自分の席でお弁当を出した。


 ぼっちの幸子は便所飯を考えたこともあったが、母親が忙しい中作ってくれたお弁当を便所で食べるのはあまりに申し訳ないと、自分の席で食べることにしている。

 幸子の席は、小柄なため、一番前の一番廊下側。目立つ場所ではあるが、誰に相手をされるわけでもないため、あまり周りを気にせず、今日も自席で昼食を取ろうとしていた。


「山田さーん」


 教室の後ろの方から大きな声で幸子を呼ぶ声がした。

 幸子が振り返ると、駿が自分に手を振っている。駿の友達もいるようだ。


(えっ、わ、私?)


 突然駿に名前を呼ばれ、慌てる幸子。


「こっちで一緒に食べようよ」


 駿が笑顔で手招きしていた。


 一瞬の静寂。

 そして、ざわつく教室。

 不思議な顔をしながら幸子を見る男子。怪訝な顔をしながら幸子を見る女子。

 今まで誰も相手にしていなかった陰キャぼっちの幸子が、突然クラス全員の注目を浴びているのだ。


 幸子は固まる。


(ど、どうしよう……)


 自分に自信が持てず、悩む幸子の頭に<声>が響いた。


 <気持ち悪ぃんだよ>

 <山田菌が感染る>


(そうだよね、やめた方がいいよね……それがいいよね……)


 身振り手振りで断るようなポーズを取りながら、幸子は答える。


「あ、あの、私は……」


 駿が幸子の言葉を遮った。


「早く早く、こっちおいで!」


 大振りな手招きで駿が幸子を呼んでいる。

 それを見た幸子は、一瞬心に迷いが生じた。

 そして、幸子は決心する。


(私が前を向ける最後の機会かもしれない……ここで断ったら一生後悔する……死ぬまで……きっと死ぬまで後悔する……!)


 頭の中で響く<声>を振り切るように、意を決してお弁当を手に立ち上がった。そして、駿がいる教室の一番後ろの一番窓側の席へ歩いていく。

 クラス中の注目を浴び、幸子の顔は恥ずかしさで真っ赤だった。


 ――誰、あれ? あんな女子、ウチのクラスにいたっけ?

 ――高橋くんって、ああいう女の子が好きなのかな?

 ――すっげえブスのくせに生意気じゃね? 高橋くんって、ブス専?


 興味や嫉妬、羨望の視線が痛い。普通の女子であれば、嫉妬や羨望の視線に優越感を感じながら、喜び勇んで駿の元へ向かうシチュエーションだろう。

 しかし、異性との交流に乏しく、ぼっち気質の幸子は、昼食に同席する決断をし、誘われたことを嬉しく思う反面、どんな態度を取るのが正解なのかが分からず、内心困っていた。そんな相反する自分の気持ちに、幸子は混乱気味だ。


 駿の席の周りには四人が座っていた。駿と、バンダナを巻いたツンツンヘアーの男子、派手な金髪の長いストレートヘアーの女子、かなり大柄だけど優しそうな太った坊主頭の男子だ。


「山田さん、今朝は色々ありがとね」


 にっこり笑う駿。


「あ、い、いえ、こちらこそ、ありがとうございました……」


 幸子は、ペコリと頭を下げた。


「ちょっと、早く紹介しなさいよ」


 駿に紹介を促す金髪女子。


(さっき音楽室の窓から高橋くんを呼んでた女の子、中澤さんだ)


 ふいに幸子と目が合うと、金髪女子はニッとやんちゃな笑顔を浮かべた。


「山田さん、座って座って」


 駿の誘導で幸子は空いている席の椅子を借りて、駿たちの輪に入る。


「こちらが今朝話をした山田 幸子さん」


 ガガガ、ガコン


 駿に紹介されて慌てて席を立ち、椅子をひっくり返した幸子。

 気にせず自己紹介する。


「あ、あの、山田 幸子と申します。どうぞよろしくお願いいたします……」


 幸子は、深々と頭を下げた。

 幸子とひっくり返った椅子を見て、ケタケタ笑う金髪女子。


「いいねいいね、山田さん!」

「な、すごく真面目ないい子だろ?」


 金髪女子に同調するように話した駿。


「うんうん、真面目さが滲みでてるよ」


 金髪女子は、腕を組んでうんうんと満足そうにうなずいている。


「幸子だから、さっちゃんだね!」


 突然あだ名で呼ばれ、ちょっと驚いた幸子。

 金髪女子は、そんな幸子にぐっと顔を近くに寄せた。


(うわぁ、中澤さんって、近くで見るとすごい美人……)


 金髪女子に見とれる幸子。


「私は隣のクラスの 中澤 亜由美 って言うの。よろしくね」



 中澤なかざわ亜由美あゆみ

 高校一年生。身長一六〇センチメートル弱、標準体型だが少し細身。派手な金髪で、背中まで伸びるストレートヘアー。端正な顔付きで、結構な美人。

 駿とは小学生の頃からの長い付き合い。中学生までは活発でお転婆な女の子だったが「高校デビューして可愛いギャルになる!」と一念発起。自慢だった長い黒髪を金髪にした。が、その後どうしたらギャルになれるのかが分からず、結局これまで通り、駿たちとつるむことに。

 美人で人当たりも良いため、男女ともに人気は高い。中学生の頃から何度も告白されているが、すべて断っており、特定の彼氏はいない。



「中澤さんですね、よろしくお願いいたします」

「あー、違う違う。亜由美でいいよ。亜由美で」

「あ、亜由美さん……」

「さっちゃん、固い! 呼び捨てでいいって!」


 亜由美は笑いながら幸子に迫る。


「亜由美、いきなり距離感詰め過ぎだって。山田さん、困ってるよ」


 苦笑いしながら間に入った駿。


「むっ、そっか……じゃあ、さん付けでいいよ……」

「ははは……」


 幸子は、拗ねる亜由美に苦笑いで答える。


「俺は 谷 達彦。同じクラスだから知ってるよな」


 バンダナ&ツンツンヘアーの達彦が幸子に挨拶した。



 たに達彦たつひこ

 高校一年生で幸子の同級生。駿と同じく身長は一八〇センチメートル近くあり、彼も細マッチョ。黒髪のツンツンヘアーと額に巻いたバンダナがトレードマーク。バンダナは、目が隠れる位まで深く巻いている。

 無愛想で口が悪いので、友達は少ないが、心根は友達を思いやれる優しい男の子。駿とは幼い頃からの幼馴染みで、親友の間柄。

 色恋にあまり興味がなく、特定の彼女もいない。



(た、谷くん、怖い……)


 ムスッとした表情で腕を組んだまま挨拶されたせいか、達彦から威圧感を感じ、少し怖気づく幸子。


「こいつ、いつもこんな感じだから、気にしないで大丈夫だよ」


 駿は、空気を察してフォローした。


「オレら、コイツのことはタッツンって呼んでる。山田さんもいいだろ」


 達彦に声を掛ける駿。


「ああ、問題ねぇよ。さっちゃん、よろしくな」


 達彦は、幸子に目をやり、口元に軽く笑みを浮かべた。


「こちらこそよろしくお願いいたします、タッツンさん」


 一拍おいて、大柄な坊主頭の男子がつぶやく。


「ねぇ、お腹空いた……早くご飯食べようよ……」


 大柄な太った男子は。空腹に耐えかねてか、机にアゴを乗せて悲しそうな表情を浮かべている。


「太、自己紹介しろよ! 飯はその後!」


 駿が笑いながら、大柄の男子に突っ込んだ。亜由美も、達彦も、それを見て笑っている。

 幸子に顔を向ける太った男子。


「小泉 太 って言います。姉御……じゃない、亜由美と同じクラスです。太って呼んでください。さっちゃん、よろしくね」



 小泉こいずみふとし

 高校一年生。身長一七〇センチメートル、体重一〇〇キロの大柄な体格で、坊主頭。見た目通りの大食漢。駿たちとは、中学生の頃からの付き合い。

 いつもニコニコしていて、物腰も柔らかいため、男女ともに人気が高い。が、その人気の高さが色恋にはつながらず、特定の彼女はいない。



「さっちゃん、こいつのことなんてデブって呼んどきゃいいから」


 亜由美がやらしい笑顔で辛辣な言葉を吐いた。


「姉御、ひどいッス……」


 落ち込む太。亜由美は、それを見てケラケラ笑っていた。


「太くん、よろしくお願いいたします」


 太に頭を下げる幸子。


「デブでいいって言ってるのに、もう、さっちゃんてば優しいなぁ~」


 亜由美は、幸子に抱きついた。

 硬直して顔を真っ赤にする幸子。


(亜由美さん、こんな気持ち悪い私に触れてくれるんだ……嬉しいな……)


 パンッ パンッ


 駿が手を叩いた。


「はい、はい、いつまでもじゃれてないで、自己紹介も終わったし、ご飯食べようよ」


 みんなでお弁当を出したところで、駿が音頭を取る。


「はい、じゃあ、いただきます!」


 幸子や亜由美たちも一斉に手を合わせて声を上げた。


「いただきまーす」


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