第104話 クリスマスイブ (5)

 ――クリスマスイブ カフェ&ライブハウス BURN


 駿、幸子、ジュリア、ココア、キララの五人は、ライブハウスで開催されているクリスマスパーティに参加し、みんなで舌鼓を打っている。

 隣のテーブルでは、若いカップルがカクテルを楽しんでいた。

 見た目にもキレイなカクテルに想いを馳せる四人の女の子。

 そんな四人に、駿はプレゼントをあげたいと、席を立ったのだった。


「じゃあ、みんな、ちょっとだけ待っててね」


 そのままどこかへ立ち去っていく駿。


「駿くんのプレゼントって何でしょうね?」

「なんだろう、楽しみだね、さっちゃん」

「はい!」


 幸子とキララは笑顔を交わした。


「あれ? あそこにいるのって駿じゃね?」

「あ~、ホントだ~」


 バーカウンターの中にいる駿の姿を見つけたジュリアとココア。

 駿は、バーカウンターの中を忙しく動き回っている。

 どうやら、グラスを用意したり、氷を用意したりしているようだ。


 そして――


 カッシュ カッシュ カッシュ カッシュ


「えー! 駿って、バーテンも出来んの⁉」


 カウンターの中でシェイカーを振っている駿。

 その顔は真面目だ。


「ヤバイ……駿はやっぱ天然のタラシだわ……あーし、ノックアウト……」

「あー……実際、カッコイイもんね……」

「駿、カッコイイね~……」


 そんな駿の姿を見つめるジュリアたち。


「駿くん、やっぱりステキだなぁ……」


 呑気なことを言っている幸子に、ギャル軍団が揺さぶりをかけた。


「さっちゃん、早く駿をモノにしないと、あーし、いただいちゃうよ!」

「私のオッパイで悩殺しちゃうぞ~」

「だってさ、さっちゃんどうする?」


「駿くんの隣にいるのが、ジュリアさんやココアさん、キララさんだったら、私、嬉しいです! あっ、亜由美さんもいいな!」


 満面の笑みを浮かべる幸子。


「そ、そこになぜさっちゃん自身がいないの……」


 キララの呟きと共に、ギャル軍団は揃ってガックリ。


「何でギャル軍団は、みんなしてうなだれてんの?」


 駿が帰ってきた。


「あーなーたーが、しっかりしないからですっ!」


 駿に言葉をぶつけるキララ。


「ま、またオレ……? わ、悪かったよ……何だかよく分かんねぇけど……」


 駿は、何か釈然としない。


「まぁ、これで機嫌直してよ、はい」


 テーブルの上に置かれた銀トレイの上には、五つのカクテルが並んでいた。


「さっき駿が作ってたヤツ~?」

「うん」

「シェイカー振る姿、あーし、正直ドキッとしちゃったよ!」

「ホント、私もドキドキしちゃった……」

「駿くん、カッコ良かったです!」


 顔を赤くして照れる駿。


「ホント? やったね! でも、やっぱり本職には敵わないよ」

「え~、駿もカッコ良かったよ~?」

「ココア、ありがとな。でも、本物のバーテンダーは、もうシェイカーを振る姿や所作、ひとつひとつの動きが全然違うんだ。人によっては芸術の域に達して、美しさすら感じるよ。機会があったら、みんなにも見せてあげたいな」

「それでも、あーしたちは、駿の方がカッコイイと思う」

「はい、そう思います!」


 ジュリアと幸子の言葉に、駿は顔を真っ赤にして、頭を掻いた。


「み、みんな、褒めすぎだっての……」

「でも、駿、アルコールはヤバイでしょ? カクテルって、アルコール度数、かなり高いっていうし……」


 心配そうにキララが尋ねる。


「うん、だから、ノンアルコールのカクテルを作ってきたんだ」

「ノンアルコール?」

「そう。『モクテル』なんて言い方をすることもあるね」

「そういうのがあるんだ」

「これなら、みんなでも飲めるから、雰囲気だけでも楽しんでもらえるでしょ。クリスマスパーティの思い出のひとつになればいいなって思ってね。これがみんなへのプレゼントです」


 目を輝かせながら、四人はカクテルを見つめた。


「それぞれ、みんなのイメージと合ったカクテルを作ってみたんだ」

「えっ? 私たちそれぞれに合わせて作ってくれたの⁉」

「オレの勝手なイメージだけどね。口に合うかどうかは別の話だし……」


 駿は、苦笑いする。


 カクテルのひとつに手を伸ばす駿。

 駿が手に取ったのは、透明感のある琥珀色のカクテルが入ったコリンズグラス。

 それをジュリアの前に置く。


「これは……?」

「『サラトガクーラー』っていうカクテル。ジュリア、今日は色々あったからさ、嫌なこと忘れられるように、飲みやすくて、爽やかなコレがいいかなって」

「わぁ、ありがとう……」


 ジュリアは、目を輝かせながら、グラスを見つめた。


 次に駿が手に取ったのは、ピンクがかった乳白色のカクテルが入ったカクテルグラス。

 それをココアの前に置く。


「かわいい~」

「だろ? 生クリームが入ってるから、フルーティでトロッとした飲み心地で、ココアの笑顔みたいに甘~い『アリス』ていうカクテルなんだ」

「駿、ありがとう~」


 ココアは、カクテルグラスを爪でチンッと弾いた。


 三番目に駿が手に取ったのは、透明感のあるブルーのカクテルが入ったコリンズグラス。

 それをキララの前に置く。


「きれい……」

「いつもオレたちを海のように広い心で見守ってくれてるキララだけど……怒らないでね……? たまに見え隠れする、子どもみたいに無邪気なところがキララの魅力のひとつだと思うんだよね。だから、海のような青さと、ちょっと甘口な『アクアマリン』にしてみた」

「駿は、私をそんな風に見てたのね。ふふふっ」


 キララは、美しいブルーのカクテルに見とれた。


 最後に駿が手に取ったのは、オレンジがかった黄色いカクテルが入ったカクテルグラス。

 それを幸子の前に置く。


「駿くん、これは……」

「さっちゃん、どんどん本当のお姫様みたいになっていくよね……何か手の届かない女の子になっちゃう気がして……そんなさっちゃんに、この『シンデレラ』を贈ります」

「すごく……すごく嬉しいです……」


 幸子は、そっとカクテルグラスに触れた。


「ちょっと酸っぱ目だから、苦手だったらゴメンね」

「大人の味ですね」


 笑い合うふたり。


「駿のその黒いのもカクテルなの?」


 ジュリアが尋ねた。


「うん、コーラとコーヒーのカクテルで『コークブラック』っていうんだ」

「へぇ~」

「みんな、とりあえず飲んでみて。二杯目は、みんなの好みを聞いて、新しいのを作るから」

「じゃあ、乾杯しよ~」

「おっ、じゃあ、言い出しっぺのココアから一言!」


 驚くココア。


「え~、駿じゃないの~」


 駿は、ウッシッシっと笑った。


「こほん。では皆さん、グラスを持って~」


 グラスを持ち、みんなココアをニコニコと見つめている。


「あの~……その~……」


「ココア、難しく考えるな……気楽に行こうぜ」


 駿の言葉に、笑顔になったココア。


「う、うん! え~と、私たちの友情と、私たちのカクテルに……カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 チン チチン チン


 乾杯と同時に、照明が暗くなっていく。

 観客の拍手と共にバンドが登場。ジャズの生演奏が始まった。

 落ち着いたジャズのリズムとサウンドを身体で感じながら、カクテルを楽しむ五人。

 数曲の演奏を終え、観客から拍手を得ながら、バンドはステージを下りていった。


「音楽聞きながら、カクテル飲んで……何だか、すごく大人になった気分です……」


 頬を赤く染めながら、どこか気怠そうに幸子が呟く。


「あれ? さっちゃん、酔っちゃった?」

「ほら、駿! さっちゃんを介抱しないと!」

「ご休憩~、ご休憩~」


 幸子と駿をからかう三人に、駿は思わず頭を抱えた。


「酔うわけねぇだろ……」


 立ち上がる駿。


「はい、はい、お嬢様方、おかわりはいかがですか?」


 キララが挙手した。


「私、まろやかな感じのがいいな」


 キララに続いて、他の三人も駿にリクエストしていく。


「私は、フルーティーで、さわやかなの~」

「あーしは、ちょっと変わり種みたいなのに挑戦したいな!」

「私は、もうちょっと甘酸っぱくて、さっぱりしてるのがいいです」


 ふむふむと頷いた駿。


「OK! じゃあ、次のバンドが出てくる前に、急いで作ってくるよ!」


 そのままカウンターへ急いで向かう駿。


「どんなカクテルを作ってくれるのか、楽しみですね!」


 幸子の言葉に、ギャル軍団の三人も笑顔で頷いた。


 しばらくして、戻ってくる駿。


「お嬢様方、たいへんお待たせしました」


 銀トレイを手に、駿は頭を下げた。


「うむ、苦しゅうないぞ」


 ジュリアの返しに、みんなが笑う。


「まずは、キララ」


 黄色いカクテルとレモンスライス、それにチェリーがちょこんと乗ったコリンズグラスを置く。


「ちょっと飲んでみて」


 グラスに口をつけるキララ。


「わっ! 甘酸っぱくて、とろりとまろやか……」

「これ卵を使った『ラバーズドリーム』っていうカクテルなんだ」

「卵!」

「意外と美味しいでしょ?」

「うん! ありがとう!」


「んじゃ、次はココア」


 美しいブルーのカクテルに、カットパインが添えられたトロピカルグラスを置く。


「え~、すごいキレイ~!」

「アルコールなしの『ブルーハワイ』を作ってみたんだ。さっきはこってり甘めだったから、見た目にもキレイで、爽やかなコレで、口直ししてもらおうと」

「うふふ~、これもかわいいなぁ~」


「んで、ジュリア」


 見た目にドロッとした真っ赤なカクテルに、カットレモンが添えられたタンブラーグラスを置く。


「な、なにこれ……?」

「ジュリアも飲んでみて」


 恐る恐るグラスに口をつけたジュリア。


「あ! トマトジュースだ!」

「正解! 『バージンメアリー』っていうカクテルでね、『ブラッディメアリー』っていうトマトジュースベースのカクテルのアルコール無し版なんだ」

「トマトジュース、大好き!」

「オレ、ジュリアがトマトジュース飲んでるとこ、見たことあってね。それでコレにしてみた」


 ジュリアは満足そうだ。


「最後は……はい、さっちゃん」


 透明感のある赤いカクテルに、カットレモンが添えられ、グラスの縁に何か透明な粉末がついているデザートグラスを置く。


「これも……何か変わってますね……」

「『クランベリーキューティー』っていうカクテルで、クランベリージュースを使ってるんだ。レモンも入って酸っぱいから、その縁についたグラニュー糖と一緒に飲んでみてね」

「なんか本物のカクテルみたい……駿くん、ありがとう!」


 幸子にサムズアップした駿。


「駿のは『モヒート』?」

「おっ! キララ、よく知ってるな! 『バージンモヒート』っていう、アルコールが入っていないモヒートだよ。飲んでみる?」


 キララは、駿からグラスを受け取り、一口飲んでみる。


「ミントが爽やかで美味しい! これ好き!」

「じゃあ、交換しようか。オレ、そっち飲むよ」

「ううん、この『ラバーズドリーム』がいい! 駿が私のために作ってくれたカクテルだからね!」


 にっこり微笑んだキララ。


「そっか、作った甲斐があったよ」


 すっと照明が暗くなっていく。

 そして、客の拍手と共に、大所帯のバンドがステージに上がる。


「駿くん、バニーさんですよ!」


 手をふる幸子にリーダーが気付き、手を上げて微笑んだ。


「あ、あの人たちは、この稼ぎ時にウチの店でなにやってんだ……?」


 切れの良いファンキーなサウンドが会場を包む。


「サイケデリック・ファンキー・バニーズ見参! 皆さん、メリークリスマース!」


 リーダーの叫びに、客が盛り上がる。

 跳ねるベースとドラムに、負けじと追従するギターとキーボード、ホーン隊、そこにリーダーのパワフルなボーカルが乗る。

 幸子だけでなく、ギャル軍団の三人も笑顔で手を叩き、ノリノリだ。


 数曲演奏し、会場のボルテージが上がったところで、リーダーのMCが入る。

 そして、リーダーが駿に近づいてきた。


「よぉ、駿。カワイコちゃんたち連れて、ご機嫌じゃねぇか」

「あ、はい、こんばんは……」


 リーダーとのやり取りがスピーカーから漏れ、客はこちらに注目している。


「おう、どうだ、また一曲やらねぇか?」


(おい、ウソだろ……)


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