第105話 クリスマスイブ (6)
――クリスマスイブ カフェ&ライブハウス BURN
駿、幸子、ジュリア、ココア、キララの五人は、ライブハウスで開催されているクリスマスパーティに参加し、音楽と、駿が作ったノンアルコールのカクテルを楽しんでいた。
「サイケデリック・ファンキー・バニーズ見参! 皆さん、メリークリスマース!」
バニーズは数曲演奏し、会場のボルテージが上がったところで、リーダーのMCが入った。
そして、リーダーが駿に近づいてくる。
「よぉ、駿。カワイコちゃんたち連れて、ご機嫌じゃねぇか」
「あ、はい、こんばんは……」
リーダーとのやり取りがスピーカーから漏れ、客はこちらに注目していた。
「おう、どうだ、また一曲やらねぇか?」
(おい、ウソだろ……)
「いや、今日のところは――」
「そうか! やってくれるか! はい、皆さーん、コイツがウチとセッションするそうでーす!」
「えっ⁉ い、いや、バニーさん――」
駿を無視したリーダーの言葉に、客は大いに盛り上がる。
「駿、こんなのはどうだ?」
駿の耳元で、演奏したい内容をボソボソっとリーダーが呟いた。
駿の顔から血の気が引き、顔面蒼白になる。
「それって、ツインベースですよね……まさか、もうひとりって……レイカさん?」
「他に誰がいんだ? ウチ自慢のスラッパーとやらせてやるよ……レイカ!」
バニーズのレイカに目を向ける駿。
黒髪のベリーショート、艶やかな赤いルージュに口元のほくろが色っぽい女性ベーシストだ。
白いベースを置き、駿の元へやって来たレイカ。
「は~い、駿。私とやりたいんだって?」
レイカは、獲物を見つけた獣のように舌舐めずりする。
駿は、レイカがスゴ腕のスラッパーであることを熟知していた。
彼女を参考に自分の演奏技法を磨いたこともあった。
リーダーが示した曲は、ツインベース、かつ全編スラップ奏法を用いる楽曲であり、双方でのベースソロも含まれる高度な技術が求められる一曲だった。
駿も演奏できないことはないが、明らかに比較され、自分が貶められる曲の選択に駿は何も答えられなかった。
「…………」
「おい、駿。まさかビビってんじゃねぇだろうな」
「あら、駿たら、怖いの? 優しくしてあげるから、やりましょうよ」
駿を挑発するバニーズのふたり。
「みなさーん、コイツ、ガールフレンドたちにみっともないとこ見せたくなくて、ケツまくるそうでーす」
客からたくさんのブーイングが飛び交う。
「見込み違いだったみたいね……つまんねぇ男」
ガッ
駿の座っている椅子を蹴飛ばすレイカ。
テーブルのあちらこちらから笑い声が漏れ聞こえた。
腹に据えかねた幸子やキララたちが、レイカを睨みつける。
「あら~、駿ちゃん、女の子たちに守ってもらえて良かったでちゅねぇ~」
レイカは、視線を幸子たちに向けた。
「こんな情けない男、やめといた方がいいわよ。大事な時に守ってもらえないからね」
駿に嘲りの視線を送るレイカ。
怒りのあまり、幸子とキララは席を立とうとした。
しかし、その前に、駿が立ち上がった。
「やってやろうじゃねぇか」
駿の決断に、客から歓声が飛ぶ。
「あら、駿、アンタのテクニックで私を満足させられるかしら?」
「やってみりゃ分かんだろ」
「ふふん、じゃあ、しっかりイカせてちょうだいね」
レイカは、駿にウインクした。
そんなレイカを睨みつける駿。
リーダーは、ニッと笑った。
「イェー! ようし、やろうぜ、駿!」
客から歓声と拍手が飛ぶ。
「駿、ベース持ってくるわね」
綾が倉庫に走っていった。
「駿!」
ステージに向かおうとする駿が振り向くと、キララが立ち上がり、テーブルの上に手を伸ばしていた。
ジュリア、ココア、幸子も立ち上がり、腕を伸ばして、手を重ねる。
四人は、力強い眼差しで駿を見つめていた。
(まったく……頼りになるな、オマエらは……)
テーブルに戻り、腕を伸ばして手を重ね、円陣を組む駿。
「あんな女に負けんな!」
「あーしたちがついてる!」
「失敗したって気にすんな~!」
「駿くんなら、絶対大丈夫!」
笑顔の四人に、駿も笑顔で答えた。
「よっしゃ! いっちょやってやるぜ!」
「おーっ!」
全員の掛け声と共に、腕を高く上げる駿たち。
客も大きな歓声と拍手で、駿をステージに送り出した。
ステージ上でかんたんな打ち合わせを行い、綾が持ってきたサンバーストカラーのジャズベースを抱える。
「私と同じジャズベース? 随分生意気ね」
レイカは、ポラールホワイトのジャズベースを抱えていた。
「レイカさん、その白いジャズベースが言ってますよ」
「?」
薄ら笑いを浮かべる駿。
「アンタのプレイじゃ満足できないってよ」
レイカの額に青筋が浮かんだ。
「なめんじゃねぇぞ、小僧……!」
MCを挟むリーダー。
「はい、みなさん、お待たせしました! この曲は、ドラムとキーボード、そしてツインベースのみ! ふたりのベーシストのスラップの共演をお楽しみください!」
ステージ前面に立った駿とレイカ。
照明が落ちていく。
そして、演奏が始まった。
ドラムがリズムを刻み、駿とレイカのベースが同時に唸りを上げる。
素早く的確にスラッピングしていくふたり。
傍から見ると、ふたりはまったく寸分たがわず同じ動作をしていた。
そして、メインのメロディーラインに入ると、駿は一歩後ろに下がり、リズムを刻み始める。
レイカは一歩前に出て、スラッピングでメロディーを奏でた。
しばらくすると途中で立場が交代し、レイカは一歩下がり、駿が前に出てスラッピングでメロディーを奏でていく。
今のところ、ふたりの演奏にミスは無い。
すでに、プレッシャーで駿は汗だくになり、着ているパーカーの色が黒く変わり、額や髪から汗を滴らせながらベースをかき鳴らしている。
しかし、焦りの色を強く見せているのは、レイカの方だった。
たかが高校生が、何百回とステージをこなす自分に敵うわけがないと考えていたのだ。
ミスすることも、音やリズムを外すこともない駿の技量は、完全に想定外だった。
短いキーボードのソロに入り、ふたりは横一線に並んだ。
いよいよ、ベースソロである。
駿とレイカがソロを順番に奏でていく――
――はずだった。
ここで駿が予定にない行動に出る。
(!)
レイカのパートに駿がなだれ込んだのである。
(こ、このクソガキ……)
ふたつの重なった音がスピーカーから流れ出た。
レイカも駿のパートになだれ込む。
まったく同じ動作、同じ音を紡ぎ出すふたりに、観客は大いに盛り上がった。
ベースソロパートをしのぎ切るふたり。
メインのメロディーラインに戻り、後ろに下がる駿。
(何でこの子ミスしないの……⁉)
前半同様に、途中でレイカが後ろに下がり、駿が前に出て、メロディーラインを奏でていく。
この時点で、すでに駿とレイカは精神的な立場が逆転していた。
プロについていけていることで、絶対的な自信を持ってベースを弾く駿。幸子たちが精神的な後ろ盾になっていることも大きかった。
逆にレイカは、すぐに音を上げると考えていた「たかが高校生」に、自分が優位であることを示せず、完全に追い詰められていた。
そして、曲はラスト、再度ベースソロに入る。
駿は、同じようにレイカのパートになだれ込んだ。
(くっそ……また……)
そして――
(しまった!)
――レイカは、音を外してしまう。
観客は誰も気付かないレベルの、しかしバニーズのメンバーたちなら気付いてしまうミス。
(ダメ……やられたのは、私の方だわ……)
そして、フィニッシュ。
観客は総立ちで大きな歓声と拍手を送り、ふたりのプレイを称賛した。
肩で息をし、汗だくの駿がレイカに話し掛ける。
「レイカさん……オレはいかがでしたか……?」
レイカは駿を抱擁して、耳元で囁いた。
「駿、すごいじゃない……私、ホントに濡れちゃったわよ……」
そして、駿の頬へキスした。
突然のことに驚く駿。
レイカが駿のいたテーブルを見ると、幸子たちがあんぐり口を開けていた。
「ふふふっ、唇は残しといてあげるわね」
駿の頬に流れる汗を舌で舐め取るレイカ。
「!」
幸子たちは、そんなレイカを憎々しげに睨みつけた。
幸子たちを挑発するように、しなをつくって駿にもたれるレイカ。
そして、リーダーがステージに上がる。
「おいおい、駿、スゲェじゃねか! ウチのスラッパーを喰っちまうなんてよ!」
「駿、私をホントに食べてくれてもいいのよ?」
微笑みを浮かべてウインクするレイカ。
観客から冷やかしの声が上がった。
しかし、駿は、冷静に首を左右に振る。
「一曲でこれですからね……まだまだ力不足です……いつか、バニーさんやレイカさんたちをアッと言わせてみせますよ」
前向きな駿の言葉に、ハグを求めるリーダー。
駿はそれに応えた。
「駿、ご苦労さん……よくやった……」
リーダーに背中を叩かれながら、その言葉を聞けて、満足する駿。
観客、そして幸子たちから、駿に惜しみない拍手が送られた。
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