第8話 春の週末 (3)

 ショッピングセンターの階段の踊り場。

 設置されていたベンチで、涙を流す幸子を気遣う駿。


「駿くん、ごめんなさい……何かみっともないね。面倒くさい人でごめんなさい……」


 幸子は少し落ち着きを取り戻した。


「何言ってんだよ、さっちゃん。誰だって泣きたい時くらいあるだろ」

「駿くんも、そんな時があるの……?」

「あるある、いーっぱいあるよ。あ、じゃあ、今度オレが泣きたくなったらさ、どどーんと胸を貸してね! オレ飛び込んでいくから!」

「こんなぺったんこな胸で良ければ……いつでもお貸ししますよ?」

「そこに胸の大小は関係ないだろ!」


 駿と幸子が笑い合う。


「落ち着いたかな……?」


 微笑みを浮かべた駿が、隣に座る幸子の顔を覗き込んだ。


「はい、もう大丈夫です……ご面倒をおかけしました」

「そっか、良かった」


 駿は、ホッした笑顔を浮かべる。


「さっちゃん」

「はい」

「そしたら、南口のカフェレストランでも行ってさ、目を冷やしつつ、ランチ食べようか?」

「目?」


 首をかしげた幸子。


「腫れた目のまま帰れないと思って」

「腫れてますか?」

「ちょっとね」

「あー……そうしたら、駿くんの提案に乗らせてもらっていいですか……?」

「もちろん!」


 駿は、満面の笑みで答える。


「じゃあ、混み合う前に店行こうか」

「はい」


 駿と幸子は、ショッピングセンターを出ていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――南口駅前のカフェレストラン


 ~♪


 意図的に古さや渋さが演出されていて、落ち着いた雰囲気の店内。昼時なので、多くの客が食事を楽しんでいる。

 すぐにウェイトレスがやってきた。制服も落ち着いた感じで、清潔感を感じる。


「いらっしゃいませ、二名様ですか?」

「はい、禁煙席でお願いできますか?」


 駿が応対した。


「はい、すぐにお席をご案内できます。こちらへどうぞ」


 駿と幸子は、窓際のテーブル席に通される。


「いい席が空いていて良かったね!」

「はい、窓際なので開放感があっていいですね」


 お互い向かい合って座った駿と幸子。


「さっちゃん、ちょっと待っててくれる?」

「はい、わかりました」


 駿は席を立ち、どこかへと向かう。


(お手洗いかな……?)


 やがて、手にタオルを持って帰ってきた駿。


「さっちゃん、お待たせ。はい」

「?」


 幸子は、駿が持ってきたタオルを受け取る。


「冷たい!」


 ケタケタ笑った駿。


「店の人にお願いしてさ、氷水におしぼり浸して、しぼってもらったんだ。事情説明したらすぐに対応してくれたよ。ぬるくなったらまた冷たくするから、いつでも声かけてくれって」


(駿くん、わざわざ私のために……)


「ごめんなさい、駿くん……面倒ばかりかけて……」


 幸子は、うつむいてしまう。


「あー、オレの欲しい言葉はソレじゃないなぁ……」


 拗ねる駿を見て、焦った幸子。


(え? え? どういうこと? 私、また何か間違ってた? ごめんじゃなければ……あっ!)


「あ、あの、駿くん、ありがとうございました!」


 幸子は、ペコリと頭を下げる。

 それを見てニコッと笑みを浮かべた駿。


「いいえ! どういたしまして!」


 幸子は目をつぶり、冷たいタオルを瞼に当てる。


(気持ちいい……)


 幸子は、冷たいタオルの気持ち良さよりも、駿の優しさと気遣いで、暖かくなった心の気持ち良さを感じていた。


(駿くん、本当にありがとう……)


 <ちょっと勘違いし過ぎじゃないの?>


 頭の中で<声>が響く。お前は絶対に逃さないと、まるで呪いのように。


(わ、私だって幸せになりたい! カッコイイ男の子とランチしたい! 何がダメだっていうの……?)


 <アンタ気持ち悪いのよ! すっごくね!>

 <アンタ見て勃つ男いないでしょ>

 <アンタ一生処女だよ、絶対>


(う、うるさい! 駿くんはそんなこと思わない! 絶対思わない!)


 <ボツボツ女>

 <山田菌>


(あ……ぅ……ちが……あ……ぁ……もう……ダ……)


「さっちゃん!」


 駿に肩を揺さぶられて我に返る幸子。


「大丈夫…?」


 幸子は、ゆっくりと周りを見渡した。

 間違いなく先程入ったカフェレストランだ。みんな楽しそうに食事をしている。


「うん……うん、大丈夫……」

「顔色悪いよ……呼吸も荒いし……体調悪いの?」

「すぐ良くなるから……すぐ……」


 明らかに様子のおかしい幸子。


「ご注文はお決まり……やだ、お連れ様、大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ」


 注文を取りに来たウェイトレスが、幸子の様子を心配そうに見ている。


「大丈夫です……ちょっと気分が悪くなっただけなので……もう大丈夫です……」


 幸子は、冷や汗を浮かべながら、ウェイトレスに笑顔を向けた。


「さっちゃん、本当に大丈夫? 無理するのは絶対ダメだよ?」


 幸子の顔を覗き込む駿。


「うん、たまにあることだから……ほら、初めて一緒にお昼食べたときも、こんな感じだったでしょ? 貧血みたいなもので、具合が悪いわけじゃないから……ほら、もう大丈夫です!」


 幸子はジェスチャーを交えながら、駿にも笑顔を向けた。

 ふぅ、と軽いため息をつく駿。


「わかった。さっちゃんを信じるよ」

「ありがとう」

「あ、注文、もう少し待っていただけますか?」


 駿はウェイトレスにお願いした。


「はい、承知いたしました。それでは、ご注文の際はそちらのボタンでお呼び出しください。あと、ご気分悪いようであれば、従業員用の休憩スペースで横になれますので、いつでも声掛けてください」


 頭を下げて、去っていくウェイトレス。駿は、ウェイトレスの優しい心配りにホッとした。


「じゃあ、さっちゃん、何食べようか。調子悪いようだったら、軽めのものがいいかもね」


 メニューを開きながら、軽く注意をうながす駿。


「そうですね……じゃあこの野菜たっぷりサンドにします」

「いいねぇ~、じゃあオレは名物のBLTサンドにしようかな。お互い美味しそうだったらシェアしようよ!」

「いいですね、そうしましょう」

「じゃあ、ウェイトレスさん呼ぶね」


 ぴんぽ~ん


 駿は、テーブルに備え付けの呼び出しボタンを押した。


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