第9話 春の週末 (4)

 週末、駅南口のカフェレストランでランチを楽しんだ幸子と駿。

 店内は、相変わらず盛況である。


「お皿お下げしますね」


 ウェイトレスがサンドイッチの皿を下げていった。


「いやぁ、食ったね……想像以上だったわ……」


「そうですね、私もお腹いっぱいです……」


 野菜たっぷりサンドも、名物のBLTサンドも、味はばっちり、かつメニューの写真以上のボリュームで、男子高校生の胃袋をもってしても十分満腹になるレベルだった。

 幸子は、野菜たっぷりサンドを一切れと、BLTサンドを半切れほど食べた。

 また、駿が一緒ということもあり、緊張で胸がいっぱいという状況。

 駿は、残りのすべて、野菜たっぷりサンドを二切れと、BLTサンドを二切れ半平らげた。


「あれはメニューの写真詐欺だよね……美味しかったけど……」

「期待を裏切るすごいボリュームでした……」

「動ける……?」

「動けません……」


 たははっと笑い合うふたり。


「もうちょっと休憩しようか……」

「はい……」


 ぷふぅ、と食後の一息をついた。


「さっちゃん……LIME(チャットアプリ)やってる?」

「母との連絡用に使ってるくらいです……」

「じゃあさぁ……LIME交換しない?」


 ドキッとする幸子。


「わ、私でいいんですか……?」

「さっちゃんがいいの!」


 駿は、お腹をさすりながら答えた。


「あの、あの、ぜひ、お願い、いたします……」


 お腹をさすりながら、ニコッと笑う駿。


「ゴメン……今動くと出そうだから……ちょっと待ってね」


 幸子は、ぷぷっと思わず吹き出してしまった。


「くそぉ~、しまらねぇなぁ、オレってヤツは……まったくもう……」


 頭を掻く駿。


「駿くん、実は三枚目ですか?」


 笑いながら幸子が尋ねた。


「くっそ~、もうさっちゃんにバレた……」


 楽しく笑い合うふたりであった。


 ◇ ◇ ◇


 ~♪


「ありがとうございましたー、またお越しください」


 まだまだ日は高く、これから遊びに行けそうな時間だ。


「駿くん、ご馳走さまでした。すごく美味しかったです」


 頭をペコリと下げる幸子。


「お、おう、とんでもないです……ゲップ」


 BLTサンドは腹持ちが良い様子。

 駿は、お腹をさすりながら、少し仰け反って手を挙げた。どこかの政治家のようだ。


「さっちゃん!」

「はい」

「本来であればだ! これから遊びに行こう! ……と言いたいところだけれども!」

「はい」


 幸子は笑いをこらえている。


「えー、すいません……今日は……無理です!」

「そうですよね」


 クスクス笑った幸子。


「さっちゃん、マジすまん」

「いいえ、今日はあんなに良くしていただいて、本当にありがとうございました」


 幸子は、駿に頭を深々と下げる。


「あ、教えてもらったLIMEだけど、オレらのグループに招待するからぜひ入ってね。亜由美とかすげぇ喜ぶと思うから」

「はい、ありがとうございます」

「何かあったら、気軽にLIME送ってよ。いや、何も無くても送っていいから。つーか、オレ送っちゃうから」

「はい、わかりました」


 幸子は、笑顔で答えた。


 街の喧騒に包まれながら歩くふたり。


「さっちゃん」

「はい」

「今度、みんなで遊びに行こうな。オレらバカしかしないから、楽しいぞぉ~」


 ニヒヒッと笑った駿。

 幸子は、自分を気遣う駿の言葉に涙が溢れそうになる。


「こら、泣かないの。また目がうさぎちゃんになっちゃうぞ!」


「うん……泣かない。駿くん、ありがとうございました!」


 目に涙をためながら、笑顔で答えた幸子。


「帰り道、気をつけてね」


 駿は、ニヤッとして続ける。


「さ・ち・こ・ひ・め」

「えっ……」

「実は、こっそり見てました」

「えっ……あれを……えっ……えーっ!」


 涙が引き、これまでに無い位に顔を真っ赤にした幸子。


「じゃあね、幸子姫。また学校で」


 駿は、ニヒヒッと笑いながら去っていく。


「もーっ! 駿くん、だいっきらい!」


 ◇ ◇ ◇


 ――午後


 幸子は自宅に帰ってきた。


「ただいま」


 母親の澄子が居間から出てくる。


「おかえりなさい、さっちゃん。随分遅かったけど、お昼は食べる?」

「ううん、いい。偶然友達と会って、ご馳走してもらっちゃった」


 友達という言葉を口にして、ちょっと恥ずかしくなり、照れた幸子。

 澄子は、その表情を見て喜ぶ。


「あら、素敵じゃない! そのお友達って、男の子? 女の子? どっち?」


 母親の急な質問に焦った幸子。


「え、えーと……お、男の子……」

「きゃー! いいわねぇ、ボーイフレンドができたのね! ステキ!」

「と、友達なだけだから。変な関係じゃないから!」

「否定するあたりが怪しいわねぇ~」


 澄子は、イジワルな目で幸子を見つめる。


「もう! お母さん、からかわないで!」

「はいはい、冗談ですよ。うふふふふ」

「まったくもう……」

「あ、さっちゃん、夕ごはん、お昼の残りでいいかな?」

「うん、ぜんぜんいいよ」

「ごめんね、楽しちゃって、助かるわ。夕ごはんは七時頃でいいかな」

「うん」

「じゃあ、準備が出来たら呼ぶからね」

「はーい」


 二階の自分の部屋へ向かう幸子。

 そんな幸子を、澄子は暖かい目で見守っている。


「良かった……あの子にお友達が出来て、本当に良かった……」


 澄子は、安堵の涙をこぼした。


 ◇ ◇ ◇


 カチャッ パタン


 自分の部屋に帰ってきた幸子。


「ふぅー」


 大きく息を吐いて、着替えもそこそこにベッドへ横になる。


(今日は色々あったなぁ……)


 ふと今日の出来事を思い返した。


(ゆうじ君のお母さん探して、本屋で駿くんと会って、今日も駿くんの優しさに触れて、駿くんとカフェレストランに……)


 心の中の暖かい気持ちが、黒い気持ちに覆われていく。

 そして<声>が響く。


 <ちょっと勘違いし過ぎじゃないの?>

 <アンタ気持ち悪いのよ! すっごくね!>

 <アンタ見て勃つ男いないでしょ>

 <アンタ一生処女だよ、絶対>


(うるさい!)


 <その気持ち悪い顔で友達とか彼氏ができると思ってんの?>


(ちくしょう……)


 <ボツボツ女>

 <山田菌>


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!)


 幸子は頭の中の<声>にさいなまれ、ベッドの上で頭を抱え、身体を丸めていた。

 それでも<声>は止まない。

 それは、ゆっくりと、そして確実に幸子の心を蝕んでいった。


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