第29話 カラオケ (1)

 ――戸神本町駅北口の駅前交番前 十二時三十五分


 刺すような日差し、うだるような暑さ。バスターミナルの地面からは陽炎が立ち上っている。


 亜由美は、絡まれていた。


「ねぇ、いいじゃん、おれらと一緒に遊び行こうよ!」

「ほら、あそこに車停めてあるからさ!」


 チャラ男全開の金髪男とピアス男に、しつこくナンパされているのである。


「だから、さっきから言ってる通り、ツレ待ってるんで……」


 うんざり顔の亜由美。

 今日の亜由美は、黒いスポーツブランドのキャップを被り、ネイビーブルーの肘先まで袖のあるTシャツ、ストーンウォッシュのスキニージーンズに黒いサンダルを履き、黒いボディバッグを身体にかけていた。

 そんなストリート系ファッションに、派手な金髪がマッチしており、カッコよくて可愛いコーデが決まっている。

 そんな誰もが振り返るような美少女に、金髪男とピアス男は欲望を隠せない様子だった。


「そんなの無視無視! キャンセルでOK!」

「そうそう、こんな暑い中、キミみたいな可愛い子待たせるなんて、ろくなもんじゃない!」


 ニヤニヤ笑っている金髪男とピアス男。

 亜由美は、交番に助けを求めたいところなのだが「只今巡回中」の札が机に掲げられているのを知っていた。通常は、誰かしら警官が常駐しているのだが、何か緊急性の高い事件や事故があったのか、運悪く全員出払ってしまっていたのだ。

 それを知ってか、金髪男&ピアス男はしつこかった。


「ね! おれらと行こ!」


 亜由美の腕にぬぬっと手を伸ばす金髪男。

 が、その腕が横から掴まれる。


「俺のツレに何か用か?」

「タッツン、やっと来た」


 ホッとした亜由美。

 金髪男の腕を力を込めて握っていく達彦。


「いてててて!」


 金髪男が慌てて腕を振りほどいた。


「何すんだ、てめぇ!」


 ピアス男が声を荒げ、金髪男も一緒に達彦を睨みつける。

 一触即発の雰囲気が漂った。


「面白そうなことやってんな」


 金髪男とピアス男の後ろから、駿が指をポキポキ鳴らしながらやって来る。


「タッツン、オレも混ぜろよ」


 二対一が二対二になり、ちょっと慌てだした金髪男とピアス男。


「ボクも参戦しようか?」


 タイミングよく太もやってくる。

 太はいつものようにニコニコしていた。


 形勢逆転で、さすがに分が悪いと感じたのか、金髪男&ピアス男は「ちっ」を舌打ちして、駿たちを憎々しげに見ながら止めてある車の方へ去っていった。


「お前たち、ご苦労であった」


 亜由美がふふんっとふんぞり返る。


「放っときゃよかった」

「そうだな」

「あはは」


 やれやれと肩をすくめる達彦と駿、笑っている太。


「ところでさぁ、アンタ達もうちょっとオシャレしてくるとか、そういう気持ちはないの……?」


 呆れた様子で3人の男衆をじとっと見た亜由美。

 駿は、黒のロックバンドのTシャツにジーンズ、白いスニーカーを履いており、シンプルですっきりとした格好だ。

 達彦は、赤いバンダナを目深に巻き、白いTシャツにオリーブ色のカーゴパンツ、そして黒い安全靴を履いている。

 太は、黒に所々白があしらわれた半袖のポロシャツに、クリーム色のハーフパンツを合わせ、濃紺のクロックスを履いている。


「特に、駿!」


 駿を睨みつける亜由美。


「な、何……?」

「さっちゃん来るのに、またそんなラフな格好で……もう!」

「ほ、ほら、オレあんまり服とか持ってないし……」

「買え!」

「それに、さっちゃんにはもうポンコツな正体、バレてるから……」


 たははっ、と頭を掻いた駿。

 亜由美は、はぁ~、と深いため息をついて頭を抱える。


「すみません、ちょっと遅れちゃいました……」


 四人の元に走ってきた幸子。

 髪をポニーテールにして、純白の長袖ブラウス、ライトブルーのロングフレアスカート、少しヒールのあるシルバーのサンダルを履き、手には小さめのキャメルカラーのトートバッグを持っている。

 幸子を呆然と見つめる四人。


「あ、あの、お、遅れてゴメンナサイ……」


 四人をきょろきょろ見ながら不安そうな表情を浮かべた幸子。

 駿がつぶやく。


「さっちゃん……」

「は、はい!」

「今日もめっちゃ可愛い……」

「!」


 顔が赤くなった幸子。


「いや、ホントに可愛いぜ、さっちゃん」


 達彦の言葉に、真顔でウンウンと力強く頷く太。


 カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ

 カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ


 亜由美はスマートフォンを構えて、無言で写真を撮っていた。


 カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ

 カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ


 メモリが無くなりそうな勢いである。


「あ、亜由美さん……撮りすぎです……」


 その様子を見ていた駿が、そっと亜由美に話し掛けた。


「亜由美……いいもん見せてやろうか……?」


 自分のスマートフォンを亜由美に見せようとしている駿。

 嫌な予感のする幸子が、亜由美と一緒にそれを覗き込んだ。


 そこには、夏祭りの時の浴衣姿の幸子が映っていた。


「い、い、いつ撮ったんですか!」

「すまん、さっちゃん……撮っちゃった……」

「撮っちゃったじゃないです!」


 その騒ぎに、達彦や太も覗き込み「おぉ~」と感嘆の声を漏らす。


「駿……」


 これまでにない真剣な顔で駿に迫った亜由美。


「亜由美さんからも駿くんに言ってください!」


 救いを求める眼差しを向ける幸子に、優しく微笑む亜由美。

 そして、亜由美は真剣な顔で再度駿に迫った。


「五万までなら出す……」


 その言葉に、熱く握手を交わす駿と亜由美。


「人の写真を売買しないでください!」


 握手する様子を見て「おぉ~」と拍手した達彦と太。


「なに拍手してるんですか!」


 はぁはぁ、と肩で息をして、顔が真っ赤な幸子。


「さっちゃんからかうと、おもしれぇな」


 達彦の言葉にニマニマする三人。


「もーっ! みんな、だいっきらいです!」


 ◇ ◇ ◇


 駅の南口にあるカラオケ屋へ、それぞれ談笑しながら向かう五人。

 幸子と駿は、最後尾にいた。幸子の後ろを歩いている駿。


「さっちゃん、ゴメンって~」

「しりません!」


 駿は、幸子に両手を合わせて謝り通しだった。


「機嫌直して! ね!」

「あんな風にからかうなんて、ヒドいです!」


 幸子はご機嫌斜めなままだ。

 ふぅ、と小さなため息をつく駿。


「さっちゃん、これだけは信じてほしいんだけど……」


 幸子の耳元に顔を寄せて、駿がそっと囁く。


「めっちゃ可愛いって言ったのは、オレの本音です……」


「!」


 突然の言葉に思わずバッと振り向いた幸子。

 幸子が見たのは、顔を真っ赤にして、はにかみながら頭を掻いている駿の姿だった。

 顔に熱を感じながら、うつむく幸子。


(駿くんは、いつもいつも、ズルいです……)


「駿くん……」

「は、はい!」

「今日、一緒に歌ってくれますか……?」


 心から元気が湧いてきた駿。


「もちろんだよ! 一緒にデュエットしようよ!」


 顔を覗き込んだ駿に、幸子は微笑みで応える。


「おーい、そこでイチャコラしてるおふたりさん、置いてくぞー」


 先行する達彦から冷やかしの声を掛けられた。

 先行組を見ると、三人ともこちらを見てニヤニヤしている。

 ふたりは恥ずかしさにうつむきながら、三人を足早に追い掛けていった。


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