第30話 カラオケ (2)
戸神本町駅の南口を出て、すぐ目の前にあるカラオケ屋「カラオケ万歳」。
様々な種類の部屋、多彩な料理、豊富なドリンク類、各種割引もあり、ヒトカラからファミリーまで幅広い客層が集う、地域のオアシスのような店だ。
「すみません、十三時から予約している高橋ですが……」
受付カウンターで店員に声をかける駿。
「えーと……はい、承っております!」
予約表を確認して、元気に答えた女性の店員さん。
「あちらからお持ちになるもの選んでください。全部無料ですので」
タンバリンやマラカス、色々な衣装などが並んでいる。
「この衣装も借りられるんですか?」
亜由美が店員に尋ねた。
「はい、ご自由にどうぞ! クリーニングにも出してますので、キレイですよ」
ほ~、と衣装に近付き、青いキラキラのチャイナドレスを手にする亜由美。
そのままゆっくり振り返った。
「さ、さっちゃん……こ、これ――」
「着・ま・せ・ん!」
亜由美のお願いにかぶせて拒否する幸子。
顔に「しょぼーん」と書いてあるかのような表情の亜由美。
「亜由美さんまで何やってるんですか! もう!」
その様子を見て、男衆三人は大笑いしている。
結局、タンバリンと鈴、マラカスを借りた5人。
「では、お部屋にご案内しますね~」
マイク二本と操作端末をカゴに入れ、店員の案内で部屋に通される。
五人でも十分余裕を持てる広い部屋だ。
「今日はお客さんの入りがあまり良くないので、広めの部屋に変えさせていただきました。料金は変わりませんので、こちらでお楽しみください」
五人は、皆店員にお礼を言い、店側の気配りに感謝した。
「フードメニューはこちらにございます。それでは、ごゆっくり」
笑顔で頭を下げて、部屋を出ていく店員。
部屋では、皆ソファーに座り、思い思いにくつろいでいた。
が、ひとり、幸子だけは緊張している。
(カラオケ屋さん……大人の世界……大人の社交場……)
今までカラオケをしたことがなかった幸子は、本気でそう思っていた。
「お腹減ったから、何か頼もうよ」
太がフードメニューを開いて、テーブルの上に乗せる。
「そうだな、ランチを食べてからカラオケやろうか」
五人でワイワイと自分の食べたいメニューを決めて、注文。
次々と料理が運ばれてくる。皆で談笑しながら、楽しいランチの時間だ。
「駿、最近体調の方はどうだ?」
達彦が駿に尋ねる。
「あー……まぁ、変わんねぇな……」
「そっか……慌てず行け、な」
そんなふたりを亜由美が冷やかした。
「出た! タッツンの古女房モード!」
ブホッと吹き出して笑う太。
「タッツン、ホント駿のこと好きだよね~」
「あー、はいはい。そうね、好き好き」
乗ってこない達彦に、亜由美はムーっとむくれた。
「あ、そういえば、文化祭どうすんの?」
思い出したかのように話題を切り出す亜由美。
駿に全員の注目が集まった。
「一応、ライブをやりたいところなんだけどさ……」
「だけど?」
歯切れの悪い駿に太がつっこむ。駿は困った顔をした。
「軽音のヤツらもやるからさ、バッティングしちゃうんだよね……それに同好会のオレたちでは、体育館とか使えない可能性大だし……」
「あー……」
諦めの声を上げる太。
シーンとした部屋。
「あ、あの……」
おずおずと小さく挙手しながら幸子が口を開く。
「皆さん、第二軽音楽同好会、でしたよね……」
頷いた四人。
「軽音楽部に入部する、というのはダメなんでしょうか……?」
「それは絶対に無いね」
亜由美が答える。
不思議そうな顔をした幸子。
「さっちゃんには言っといた方がいいんじゃねぇか? さっちゃんにちょっかい出してくるバカもいるかもしんねぇし」
駿に促す達彦。
「あー……確かにそうだな。そうするか……」
駿は、幸子の方へ身体を向き直した。
「実はさぁ……元々軽音楽部に入るつもりだったんだよ、オレら四人とも」
駿が当時のことを語っていく。
◇ ◇ ◇
――今年の春
入学直後の部活動のオリエンテーションの一環で、各部活へ体験入部できることになり、中学時代からバンドを組んでいた駿・達彦・亜由美の三人は、軽音楽部の活動拠点である音楽準備室へ向かった(太はこの時、用事があって先に帰宅していた)
音楽準備室も防音施工されているため、吹奏楽部やコーラス部と比較すると人数の少なかった軽音楽部は、この部屋を活動拠点にしていたのである。
部屋の中に入ると、七人の軽音楽部の先輩とグルーピーと思われる女子生徒が数名たむろしていた。三人に近寄ってくる軽音楽部の部長。彼は三人に「軽音楽部に入りたければ、その女を寄越せ」と亜由美を要求し、その亜由美と肩を組んだかと思うとそのまま腕を伸ばし、何とその場でいきなり亜由美の胸に触れたのだ。
結果、軽音楽部と大揉めに揉めたのである。
◇ ◇ ◇
「えーっ! 最低ですね! 絶対許せない!」
幸子が驚きと怒りの声を上げる。
「もちろん先生に報告して処分されたんですよね、その部長!」
四人が顔を合わせて苦笑いした。
亜由美が口を開く。
「えーとね、さっちゃん……先生には報告しなかった……というか、できなかったの……」
「えっ、泣き寝入りなんですか……」
心配そうな表情を浮かべた幸子。
亜由美が説明を続ける。
「実は――――」
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