第31話 カラオケ (3)

 今年の春、入学直後の部活のオリエンテーションで、駿・達彦・亜由美の三人は、軽音楽部に体験入部をした(太は、この時不在だった)

 ところが、軽音楽部の部長は入部の条件として、亜由美自身を要求すると共に、突然亜由美の胸に触れるという暴挙に出る。

 しかし、三人はそのことを教師などに報告していなかった。


「実は――」


 亜由美の顔を心配そうに見つめる幸子。


「――その時、三人でそいつら全員、締めちゃったの……」


 ポカンとした幸子。


「えっ? 締め……えっ?」


 駿が助け舟を出す。


「あー、言い方変えるとね、平和的な解決が望めそうになかったので別の手段で話し合った、って感じかな」

「話し合ってねぇだろ」


 笑う達彦。


「タッツンと亜由美が暴力に訴えるのを、オレは必死で止めたんだよ、さっちゃん……」


 駿は、悲しげにうなだれた。


「うそつけ!」


 声を合わせてつっこむ達彦と亜由美。


「お前が一番大暴れしてただろうが!」


 笑いながらつっこんだ達彦。


「うーん、覚えてないなぁ……」


 とぼける駿。


「んじゃ、具体的にお前が何やったか、さっちゃんに俺が説明しようか。さっちゃん、多分ドン引くぞ」


 達彦が駿をじとっと見た。


「だって、あん時私やったのふたり……いや、ひとりだけだよ。もうひとりは、駿がすでにやった後のあの部長とやらの股間を蹴っ飛ばしただけだし」


 過去を思い出しながら話す亜由美。


「俺、ふたりだ。じゃあ、後の三人……部長入れたら四人か、その四人やったの誰だよ」


 全員の視線が駿に集まった。


「お、おま、だって、亜由美があんなことされたら、誰だって怒るだろ!」


 焦る駿。

 亜由美は、フフッと笑った。


「まぁ、そういうことで、その話を公には出来なかったの」

「その、逆に駿くんやタッツンさん、亜由美さんには、お咎めは無かったのですか?」


 幸子が亜由美を心配そうに見つめる。


「無かったわ。多分だけど、新入生に自分たちの半分以下の人数で、しかもそのうちのひとりが女の子に自分たちがボコボコにされたなんてことを公にすることは、プライドが許さなかったんでしょうね。その場にいたグルーピーの女の子たちも、それ以来彼らとつるむの止めたらしいし」

「そうなんですか……であればいいのですが……」


 ホッした幸子。


「そんな感じで軽音楽部とは大揉めに揉めて、結局四人で第二軽音楽同好会を結成したってわけ」


 駿が説明を続ける。


「顧問の先生はすぐに決まったんだけど、活動が中々ね……」

「顧問の先生はどなたなんですか?」


 幸子が尋ねた。


「コーラス部の顧問の大谷先生だよ。ほら、優しそうなオバちゃん先生」

「あー、あの音楽の先生ですね」

「そうそう、あの先生。最初は渋ってたんだけど、一度オレたちの演奏見てもらって、真剣に音楽やっているのを理解してもらってさ。ただ、コーラス部に力を入れたいから、あまり面倒は見られないって言われたんだけど、その条件でOKしたよ。迷惑かけてるの、こっちだしね」


「あ! 大谷先生からコーラス部とのコラボの話があったの、駿に言うの忘れてた! ゴメン……」

「太、それいつの話?」

「終業式のちょっと前くらい……」


「OK、OK、問題ないよ。二学期始まったら先生に聞いてみるわ」

「ホントにゴメン……」

「そんなこと気にすんな! 何の問題もないから、な!」


 駿は、太を笑顔で励ました。


「活動と言えば、ほぼ毎日朝練してますよね、皆さん」


 幸子が尋ねる。


「実は、それがすべてだったりするんだよね……」

「えっ? どういうことですか?」

「防音の音楽室か音楽準備室を使いたいんだけど、放課後は吹奏楽部やコーラス部、軽音楽部のスケジュールで埋まってて、オレたち使えないんだよ……」

「あっ! だから朝に……」

「そういうこと」

「で、誰かさんは、さっちゃんとイチャコラしてっから、朝練に遅れると」


 達彦がニヤニヤしながら駿に視線を投げかけた。


「鼻の下、びろーんって伸ばしてね」


 じとーっと駿を見ている亜由美。


「イチャコラなんてしてないってば!」


 焦った駿。


「あの、駿くん……花壇の世話は、私がやるので朝練を優先してください……」


 困ったように微笑む幸子に、さらに焦る駿。


「ちょ、ちょっと待って、さっちゃん! オレ両立できるから、大丈夫! オレも花壇の世話するよ!」


 駿の様子を見て、大笑いした他の三人。

 ここで亜由美がハッと何かに気がつく。


「あのさぁ、さっちゃんも同好会に入ってもらおうよ。五人いれば、部活へ昇格もできるかもしれないしさ」


 手をポンと打った駿。


「亜由美、それいいアイデア!」

「わ、私、楽器とか、何にもできません……」


 あわあわしている幸子。


「文化祭まであと三ヶ月あるし、それにちょっと考えてることもあるから、その手伝いをしてもらおうかな」


 駿は、幸子を笑顔でじっと見つめた。


「う、裏方のお手伝いですよね……」

「ちょこっとステージにも立ってもらうよ。パソコンをちょちょっと操作するだけだから安心して!」


 顔が真っ青になる幸子。


「さっちゃん! 大丈夫だよ、私たちもいるんだから!」


 亜由美が幸子に抱きついた。

 が、幸子の顔は暗く、不安に覆われている様子が見て取れる。

 そして、駿も視線を落とし、渋い表情になっていく。


「あとは、文化祭で本当にオレたちがライブできるかどうかだな……多分、亜由美が言った部活への昇格は必須だと思うし……」

「勝算はあんのか?」


 達彦は、真面目な表情で駿に問うた。


「正直、分からん……ただ、分からんからと言ってボーっとしててもしょうがねぇし、やるだけのことは全力でやる」


 顔を上げる駿。


「オレは、ここにいる五人で、何としてもステージに立ちたい。だから、みんなも協力してほしい」


 駿の決意表明だった。


「駿、それでいい。やるだけやってダメだったら、また考えようぜ」

「私もそう思う。まずは、できることを全力で取り組もうよ」

「うん、ボクもその姿勢に賛成」


 優しい微笑みを浮かべる駿。


「さっちゃん、オレ全力でフォローするから、ついてきてくれないか?」


 駿はその微笑みのままに、幸子を見つめた。

 自分を見つめる駿の瞳の奥に、力強い光を感じる幸子。

 しかし、自分に何ができるのか分からない幸子は、駿に気圧されてしまっていた。


「は、はい……」


 駿から目を逸らし、力無く答える幸子。


「さっちゃん、大丈夫だからね!」


 不安そうな幸子を抱き寄せた亜由美。


「よし! みんなドリンクのグラスを持って!」


 立ち上がり、音頭を取る駿。

 全員がそれに従って、立ち上がりグラスを手にした。


「オレたち五人の永遠の友情と、文化祭でのライブ開催を祈念して……乾杯!」

「乾杯!」


 声を上げる四人。


 チン チチン チン


 グラスを合わせる駿たち。


「よっしゃ! 今日は歌うぞー!」


 一方で、四人のやる気に気圧される幸子。

 心の中では、大きな不安が渦巻いていた。


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