第32話 カラオケ (4)
カラオケ屋にやってきた駿、達彦、亜由美、太、そして幸子の五人。
ランチが終わり、改めてドリンクを注文した後、いよいよカラオケが始まる。
「いっちば~ん♪」
一番手は亜由美。人気アイドルグループのヒット曲をフリ付きで歌っている。
(亜由美さん、すごく可愛い!)
目を輝かせた幸子。
幸子にとって、亜由美は一番身近にいる憧れの女性である。そんな亜由美の新たな一面を見ることができ、幸子の気分は一気に高揚した。
「次、俺な」
二番手は達彦。三十年前に発表された日本のバンドの曲を歌う。
今聞いても古さをまったく感じさせないその歌を、ちょっとダミ声ちっくに、叫ぶように歌っている達彦。歌詞に合わせて、三人も叫んでいる。
(不思議な歌……タッツンさんもカッコイイなぁ……)
ラフなファッションと、歌う姿がマッチしており、幸子もちょっとキュンとしてしまう。
「一発目はこんなので」
駿がマイクを握った。これまた三十年前に大ヒットした海外のロックバンドの代表曲だ。
緩急の大きな展開がある曲調に合わせ、英語の歌詞を同様に緩急付けながら、太さ・厚さを感じる声でダイナミックに歌う。その立ち振舞いや声に、圧倒される幸子。
(やっぱり駿くん、カッコイイ……一番カッコイイ……)
駿から目が離せない幸子。
「この歌、好きなんだよね~」
太の出番だ。ヘビーメタルを連想させるギターのリフがスピーカーから響く。
日本の食文化を賛美する歌で、こんな歌があるのかと幸子は驚いた。正直、音外しまくりで、高いキーの声が出ず、非常に苦しそうだが、笑顔でとても楽しそうに歌っている。
(太くん、楽しそう! こっちも楽しくなる!)
「次は、こんな感じで」
(わっ! 私の好きな曲だ……!)
亜由美が二番目に選んだのは、日本の実力派女性ボーカリストが率いるバンドの代表曲のひとつで、映画の主題歌にもなった曲だ。
気怠げな雰囲気を漂わせながらも、サビでは力強く歌う。亜由美の声に、本物がもつ太さ・厚さは無いが、美しくキレイに歌い上げた。
(亜由美さん、今度はカッコイイ……やっぱり亜由美さんはステキだなぁ……)
亜由美を憧れの目で見つめる幸子。
「次、これ」
日本のフォークシンガーの重鎮の歌だ。時々しゃがれる達彦の声が、曲の雰囲気とマッチしていた。
サビで力強く叫ぶように歌う達彦に、ただ胸が熱くなる幸子。
(歌が心に響くって、こういうことなのかな……)
「タッツンの予約した歌を見て、真似してみました」
達彦が歌った歌と同じフォークシンガーの代表曲を駿が歌う。
シリーズ化された映画の主題歌にもなった曲で、幸子もそのフレーズに聞き覚えがあった。人生模様を歌うその歌を、優しく、かつ力強く駿が歌い上げていく。
胸に去来するものを感じた幸子。
(やだ、泣いちゃいそう……駿くんの歌、すごい……)
「流れ断ち切ってスマン」
太は、先程歌った歌と同じアーティストの曲だ。ファストなビートに乗せて歌うのは、同じく日本の食文化讃歌。幸子以外の三人は大盛り上がりで、拳を振り上げながら一緒に歌っていた。
(す、すごい盛り上がり……楽しいー!)
駿、達彦、亜由美、太の四人は、ここでひと休憩。というのも、幸子が歌う歌を決めかねていたため、あえて曲の予約を止めていたのだ。
「さっちゃん、何歌う?」
「え、えーと……」
駿の問いに、端末に表示されるたくさんの楽曲を見ながら焦る幸子。
「さっちゃんは、好きな歌とか、好きなアーティストとか無いの?」
亜由美は、横から端末を覗き込みながら尋ねた。
「うーん、普段は流行りの歌を聞く位ですが、歌まできちんの知っているのは……あっ! でも、さっき亜由美さんが歌っていた歌のアーティストは好きです!」
「そうなんだ! なるほど、なるほど……」
横から端末を操作して、そのアーティストの楽曲一覧を表示させる亜由美。
「それじゃ、この中から選んだら? ね?」
幸子は、端末の画面をスクロールさせた。
「あ! この曲、大好きです!」
ある曲を指差す幸子。このアーティストの代表曲のひとつだ。
「お~、さっちゃんは、こういう元気な歌が好きなんだね!」
亜由美は、笑顔で幸子を見つめる。
「はい! 元気をもらえる歌ですよね!」
満面の笑みを浮かべた幸子。
「じゃあ、これいっちゃおうよ!」
「あ、で、でも、亜由美さんみたいに上手く歌えないと思います……」
幸子は、視線を落としてしまう。
「さっちゃん、さっちゃん、ボク、歌ヘタだったでしょ」
幸子が視線を戻すと、太がニコニコしながら自分を見ていた。
「高い声出ないし、音は外すし」
にししっと笑う太。
「カラオケは上手に歌う場じゃなくて、自分が歌いたい歌を歌う場だから」
太は、ニッと笑った。
「お、デブもたまにはまともこと言うじゃん」
「そうでしょ、姉御。それじゃ、ポテト追加していい?」
「ブレねぇな! 勝手に追加しろよ!」
ふたりのやり取りにみんなが笑う。
「じゃあ、これ歌ってみます……これをタッチして、このボタンでいいんですか?」
「そうそう、それでOK! じゃあ、ほら、マイク持って! ステージに立って!」
亜由美の言うがままに、マイクを持って四人の前に出てステージに立った幸子。
ほどなく伴奏が始まる。
ドラムとギターのサウンドがスピーカーから流れ出した。ノリノリになる元気なナンバーだ。
幸子は、緊張で直立不動のまま、歌詞が流れるモニターを見ながら歌っていく。歌っている最中に四人の方を見る余裕は無い。
曲の間奏でチラリと四人を見ると、真顔で幸子を見ていた。
慌てて視線をモニターに戻す幸子。
(な、なに? わ、私、なんか間違ってたの? え? え?)
盛り上がりを見せない四人の様子に頭が混乱した。
とりあえず、最後まで歌い切る幸子。
四人は同じように真顔で幸子を見ていた。
伴奏も終わり、静寂が訪れるカラオケルーム。
(え……何かマズかったのかな……ど、どうしよう……)
マイクを持ったまま、ステージの上で困惑した幸子。
「さっちゃん」
真剣な表情で、駿が呼びかける。
「は、はい!」
「申し訳ないんだけど、今の歌、もう一回歌ってもらえないかな」
「え? もう一回ですか?」
「うん、今度は全力で歌ってほしいんだ」
「全力……?」
「大声で叫ぶとか、声の大きさのことじゃなくて、恥ずかしいとか、照れるとか、そういうの一切なしで、さっちゃんが一番歌いやすいかたちで、一番上手に歌ってほしいんだ」
「む、難しそう……」
「できる範囲でいいからね。オレらの目が気になるようだったら、歌い終わるまで歌詞が流れるモニターだけ見てればいいから」
にっこり微笑む駿。
「は、はい……」
「じゃあ、もう一回いくね」
亜由美が端末を操作した。
腕を組んで幸子を見ている達彦。太も幸子に注目しているようだ。
曲が始まり、伴奏がスピーカーから流れる。
(歌詞の画面だけ見て、アーティストになりきる……)
どう歌うのが一番良いのか分からない幸子は、四人の視線を無視して、自分がアーティストになりきることで、恥ずかしさを振り切り、上手に歌えるのではないかと考えたのだ。
モニターだけに注目して、自分なりの本気で歌う幸子。明らかに先程とは声の通りが違った。決して太くはない声質だが、歌声に力強さを感じる。キーを外すようなこともほぼ無く、緩急をつけて感情豊かに歌う幸子。これは、先程見た駿の歌い方を、幸子なりに真似ているのだ。
間奏の時間も、モニターから視線を外さない。
サビの部分では、お腹から声が出やすいように、身体の姿勢を変える。
そして、最後まで歌い上げた。
パチパチパチパチ
駿以外の三人が笑顔で拍手していた。ホッとして笑顔を見せる幸子。
ただ、駿はひとり、真面目な顔をして考え込んでいた。
(駿くん、どうしたんだろ……私、何かやっちゃったかな……)
駿が幸子に目をやり、手招きをする。
先程まで座っていたソファの場所に戻った幸子。
その場にいる四人に対して、駿が話し掛ける。
「さっき話した文化祭の件、ちょっと変えようと思う」
幸子を除く三人は、その言葉に頷いた。
三人は、駿が考えていることが、もう分かっているようだ。
「さっちゃん」
「は、はい……」
「ちょっと真面目な話するね」
真剣な様子の駿に、姿勢を正した幸子。ごくりとツバを飲む。
「さっちゃんにボーカルをやってほしい」
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