第75.5話 後夜祭
日が暮れて、教室の窓から漏れる明かりに照らされた薄暗い校庭。
古びた大きなラジカセから流れる音質の悪い音楽にあわせて、生徒たちがフォークダンスを楽しげに踊っている。
曲の合間には、市販の打ち上げ花火が打ち上がった。
ポポン ポン ポポン
小さくしょぼい花火にも、生徒たちは歓声を上げている。
◇ ◇ ◇
「やっと片付け終わったな……」
「谷(達彦)、お疲れ!」
疲れた顔で腰をポンポンと叩いている達彦の背中をパンッと叩くキララ。
「小泉(太)、色々ありがとね~」
「あーしたちの照明、ほとんど全部運んでくれたもんな。ありがとな」
「あんな重いもの、女の子に運ばせられないでしょ」
「やさしい~」
「……のワリにモテねぇよな、おデブちゃん」
「おデブちゃん、言うな!」
苦笑いする太を、ココアとジュリアがケタケタ笑っていた。
「駿とさっちゃんは踊ってんのかな?」
校庭のフォークダンスの輪をキョロキョロ見渡すジュリア。
「そのために片付けから開放してやったんだから」
「最初、三人から『あのふたり、追い出そう』って言われた時は、何事かと思ったけどね」
キララと太は笑いあった。
「こうでもしなきゃ、アイツらまったく進まねぇからな」
呆れた表情で小さくため息をつく達彦。
「ねぇねぇ! あーしらも行こうよ!」
「みんなで踊ろぉ~」
ジュリアとココアはノリノリだ。
「相手は俺らしかいねぇぞ……」
「ボクらでいいの?」
申し訳無さそうな達彦と太。
「しょうがないから我慢してあげる」
「まぁ、しゃーねぇよな」
「かわいそうだからカワイイギャルがお相手してあげますよ~」
ギャル軍団は、三人ともいやらしくニマニマと笑っている。
「……感謝します……」「……ありがとうございます……」
仕方ないという言葉にガックリくる達彦と太。
ギャル軍団は大笑いだった。
◇ ◇ ◇
フォークダンスの輪の中にいる駿とさっちゃんを見つけた。
ふたりとも本当に楽しそうだ。
あんな幸せそうな駿の顔は見たことがない。
こんなに長い付き合いなのに。
こんなにずっと一緒にいるのに。
何でも知っているつもりでいたのに。
私の前では見せない顔を、駿は今している。
『好きです』
たった四文字の言葉を言う勇気がなかった。
だから、初恋が宙ぶらりんだと、人のせいにして言い訳した。
誰に?
自分に。
だから、いつも道化を演じた。
なぜ?
諦めたはずじゃない。
何をいまさら。
でも、道化を演じ続けなきゃ。
どうして?
自分の心の中を見透かされないように。
どうして?
自分の想いが外へ漏れ出さないように。
どうして?
諦めたはずじゃない。
諦めたはずじゃない。
諦めたはずじゃない。
本当に?
わからない。
でも、閉じておかなきゃ。
『どうしてそこにいるのが私じゃないの?』
そんな黒い思いが漏れ出さないように。
心の蓋を閉じておかなきゃ。
ふたりの邪魔はしたくない。
それも嘘偽りない本心。
諦めたはずよ。
私は恋の舞台から降りたんだ。
心の中でくすぶっているものも錯覚。
きっと錯覚。
駿とさっちゃんが幸せになってくれれば、それでいい。
だから、私は道化を演じ続ける。
それでいい。
◇ ◇ ◇
「よーし、みんなで踊りに行こう!」
「おー!」
ジュリアの掛け声に、みんなが賛同する。
そんな中、自分たちと少し離れたところで、ひとりでポツンと立っている亜由美の姿をキララが見つけた。
亜由美は、フォークダンスの輪を見つめている。
おどかそうと、そっと近づくキララ。
(!)
亜由美は、喜び、悔しさ、悲しさ……そんないくつもの感情が複雑に絡み合ったかのような表情を浮かべていた。
そして、その目には涙が浮かんでいるように見えた。
「中澤(亜由美)……?」
そっと声をかけたキララに、笑顔で振り向いた亜由美。
「ん? 伊藤(キララ)、どうしたの? ……あっ、みんなで踊りに行く感じ?」
「あ、うん……」
「行く行く! 私も踊るー!」
「うん……よし、行こうか!」
「あっ! さっちゃん発見! さっちゃーん(ハート)」
フォークダンスの輪にひとり突撃する亜由美。
そして、駿から幸子を奪い取り、楽しそうに踊っている。
(フフフ、さっきのは見間違いだな、薄暗いしな)
キララは、楽しそうな亜由美の姿にホッと胸を撫で下ろした。
その後、フォークダンスの輪に加わったキララたち。
亜由美は幸子と踊り、ココアは達彦と踊った。
が、ここでジュリアとキララがペアを組んで踊り出してしまう。
残されたのは、駿と太だった。
「太……」
「ん……」
「踊ってみる……?」
駿の言葉に吹き出し、大笑いする太。
「よし! 踊ろう!」
太の一言で、駿と太のペアが踊り出す。
周囲は大爆笑であった。
「ねぇ~、谷(達彦)~、駿とも踊りたいんだけど~……」
「そう言わずにもう一曲踊ろう! な! な!」
ココアにペアを離れられると、太と踊る羽目になりそうなので、達彦は必死であった。
ココア越しに、駿と踊る太と目が合う達彦。
太は、ニヤリと笑った。
背筋に冷たいものがゾゾゾッと走る。
「た、竹中(ココア)! 頼む、も、もう一曲! もう一曲だけ!」
「え~……」
困り顔のココア。
女の子へ必死にお願いをしている達彦という、とても珍しい光景が見られた後夜祭であった。
◇ ◇ ◇
フォークダンスの輪の中にいる高橋くんとあの女を見つけた。
高橋くんは楽しそうだと装っている。
あんな辛そうな高橋くんの心は見たことがない。
こんなに長い付き合いなのに。
こんなにずっと近くにいるのに。
何でも知っているつもりでいたのに。
私の前では見せない辛い心を、高橋くんは今している。
『好きです』
たった四文字の言葉を言う勇気がなかった。
でも、恋心は宙を駆け抜け、私の気持ちとして彼に届いた。
誰に?
高橋くんに。
だから、いつも彼を見ていた。
なぜ?
きっと私のところに戻ってきてくれるって。
当たり前よ。
だから、彼を見つめ続ける。
どうして?
自分の心の中を見透かしてもらえるように。
どうして?
自分の想いをもっと伝えたくて。
どうして?
高橋くんの幸せは、私の元にあるかもしれないから。
高橋くんの幸せは、私の元にあるだろうから。
高橋くんの幸せは、私の元にあるから。
本当に?
本当よ。
でも、彼は今惑わされている。
『どうしてそこにいるのが私じゃないの?』
そんな私の想いが熱く燃え上がり、心の蓋から溢れ出す。
ふたりの関係は
それは嘘偽りだらけの関係。
絶対に諦めない。
私が恋の舞台の主演女優。
心の中で燃え上がる恋慕と憎悪。
きっとそれは愛。
高橋くんとあの女が幸せになることなどあり得ない、絶対に。
だから、私は高橋くんを取り戻してみせる。
必ず。
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