第151話 コーラスライン (12)
――体育館 ステージ上
コーラス部と軽音楽部の勝負のステージ。
軽音楽部と生徒会による卑怯な工作や計画も、駿の事前の準備と施策により、すべて排除。
倫子と幸子の圧倒的な歌唱力と、コーラス部の生み出すハーモニー、バックバンドをつとめた音楽研究部の演奏、そして吹奏楽部が参加するというサプライズで、生徒たちからは高い評価を得たのだった。
今、生徒による人気投票の開票が、教員と生徒立ち会いのもと、進んでいる。
その間、ステージ上で談笑しているコーラス部、音楽研究部、吹奏楽部の面々。
「光ちゃん……なんで……」
倫子が吹奏楽部の部長である光の手を両手で包み込むように握っている。
吹奏楽部部長の高校二年生。
身長一七五センチメートルの長身でスレンダー、黒髪ショート、姉御肌の正統派美人。ただし、恋愛ごとになると……
吹奏楽部では、トロンボーン担当。
「高橋(駿)がアタシんとこ来たんだよ」
「高橋くんが……?」
「コーラス部の窮状を聞いてね。で、次は吹奏楽部だから気をつけてくれって」
「そうだったの……」
「軽音のヤツら、気持ち悪ぃんだよな。あの目……!」
苦虫を噛み潰すような表情の光。
トランペットとサクソフォンのふたりも渋い顔をして頷いている。
待機スペースにいる小太郎たち、軽音楽部メンバーは、それが聞こえたのか、こちらから目をそらした。
「で、高橋からは、サプライズでやってくれないかって言われてな。そりゃおもしれぇって話で、アタシと、ウチの腕利きのふたりがここにいるってワケ」
「高橋くん……本当に色々とありがとう……」
倫子は、駿に頭を下げる。
笑顔でサムズアップした駿。
「倫子先輩、あの功労者も褒めてやってくれませんか?」
駿が指差した先には、部員たちと健闘を称え合っているキララ、ココア、そしてジュリアがいた。
三人の元へ駆け寄る倫子。
「キララさん、ココアさん、ジュリアちゃん……」
目に涙をたたえる倫子に、キララとココアが抱きつく。
「東雲(倫子)部長、すごくステキな歌声でした……」
「部長、今度は一緒に歌おうね~」
倫子は、ふたりを強く抱きしめた。
そして、ジュリアに向き直る倫子。
「ジュリアちゃん……」
「倫子ちゃん……いえ、東雲部長……大変ご迷惑をおかけしました……」
ジュリアは、深々と頭を下げた。
そんなジュリアを、優しく包み込むように抱きしめる倫子。
「ご迷惑……? 今日、あんなに頑張ってくれたのに……?」
「でも、あーし……」
「また一緒に歌ってくれますよね……?」
「…………」
「みんな、ジュリアちゃんを待ってるわ……」
「あっ……あぅ……あぁ……うぁぁ……」
嗚咽をもらすジュリアを、倫子は優しく抱きしめた。
周りにいる部員たちも、皆優しい目で見守っている。
「ところで、高橋」
「はい、長嶺先輩、なんでしょうか?」
「アタシとは、いつデートしてくれんだ?」
「はぁ?」
突然の申し出に、素っ頓狂な声が出た駿。
周りにいた幸子、亜由美、キララ、ココア、そして女子部員たちが驚いた顔でふたりを見ている。倫子とジュリアさえ、驚いた顔をしている。
吹奏楽部のふたりは、頭を抱えていた。
「な、何ですか、その話……オレ、知りませんけど……」
「オマエが言ったんだろうが。困ったことあったら、何でも言ってくれって」
「は、はい……それがなぜデートに……」
「ほら、アタシこんなんだから、男が相手してくれなくて困ってんだよ」
「い、いや、困り事って、そういう意味じゃ……」
ゆっくりと迫りくる光に、たじたじの駿。
「どうだ、高橋。アタシと一晩しっぽりと楽しまないかい……?」
「オ、オレ、童貞なんで、長嶺先輩のご要望には添えないかと……」
「あぁ、大丈夫。アタシも経験ないから」
「はぁ?」
駿は、すでに意味がわからず『何言ってんだ、コイツ』状態である。
「今週末どうよ」
「す、すみません、予定が……」
「じゃあ、来週末」
「予定が……」
「いつならいいんだよ!」
キョロキョロしだした駿。
「キャッ!」
唖然としている幸子の腕を掴んで、自分のところに引き寄せる。
「すみません! 週末は、ぜーんぶこの子との予定で埋まってます!」
「へ?」
驚いた幸子。
「ね、ね、そうだよね、さっちゃん!」
(ウソは言ってない! 週末にさっちゃんの家に行ってるんだから!)
駿は必死である。
「は、はい! 週末は、いつも駿くんと一緒です!」
頬を赤らめながらも、笑顔で答えた幸子。
「じゃあ、こうしようぜ。三人でデートして、そのまま三人でしっぽりと……」
「はぁ?」
駿と幸子は、理解の限界を超えた。
パシンッ
「いてっ!」
「光! いい加減にしなさい! 高橋くんたち、困ってるでしょ!」
「いや、だって……」
光を睨みつける吹奏楽部のふたり。
「わ、わかったよ……せっかくのチャンスだったのに……」
吹奏楽部のふたりに怒られて、うなだれた光。
「さっちゃん、ありがとね……」
「モテる男は辛いですね」
「モテるっつーか、完全に獲物……エサだよな……」
駿の言葉に、幸子は苦笑いする。
そして、駿は思った。
(超肉食女子、怖すぎだろ……そりゃ、誰も近寄らねぇって……)
光は、とても残念な美人であった。
◇ ◇ ◇
そして、開票が終わる。
その場にいる全員が、開票場所に集合した。
生徒会長の澪が口を開く。
「それでは、開票の結果、得票率を発表します」
澪にメモを渡した開票担当者。
「!」
メモを開いた澪は、驚きの表情を隠さない。
「け、軽音楽部の得票率は……」
息を呑む小太郎と軽音楽部の面々。
「二・三パーセントです……」
「たった……?」
ガックリと落胆した小太郎たち。
「じゃ、じゃあ、コーラス部は……」
倫子の表情が明るくなっていく。
「コーラス部の得票率は……九十七・七パーセントです……」
「勝ったーっ!」
コーラス部の部員たちは、身体全体で喜びを表した。
音楽研究部の面々は、お互いにハイタッチしている。
倫子は、光に抱きしめられながら、喜びの涙を流していた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ
開票に立ち会った生徒たちも、祝福の拍手をコーラス部に送った。
この結果は、ステージパフォーマンスの評価だけではない。
生徒たちは、駿のステージ上でのやり取り、コントラバスを背負ったジュリアとの一幕、電源室の一件での生徒会との衝突、倫子の涙の告白、そのすべてを見ていたのである。
その結果、生徒会と軽音楽部は、生徒たちの中で完全に「悪役」になり、コーラス部は悪役にイジメられる「ヒロイン」、音楽研究部は悪役に必死で抗う「正義の味方」という図式が、生徒たちの頭の中で構築されたのだ。得票率の極端な偏りは、それを示していた。
生徒会と軽音楽部の策略は、すべて裏目に出てしまったのである。
小太郎たちに対峙する駿。
「おい」
ガックリとうながれてた小太郎が顔を上げた。
「約束は守れよ」
「くっ……お、おい、行くぞ!」
「こ、小太郎、待てって……」
体育館を出ていく小太郎たち。
コーラス部、音楽研究部、吹奏楽部の面々に、笑顔で向き直る駿。
「よっしゃ! みんな、音楽室で乾杯するか!」
駿は勝利の喜びに打ち震えるメンバーたちを引き連れて、晴れ晴れしい気持ちで音楽室へ帰っていった。
◇ ◇ ◇
――音楽室
コーラス部、音楽研究部、吹奏楽部の面々は、ジュースを片手に勝利の余韻に浸っていた。
「高橋くん……」
「はい、倫子先輩」
「本当にありがとうございました……」
駿に深々と頭を下げる倫子。
「いえ、オレたちも部室をゲットできました。オレら、できるだけオープンにしていきますので、コラボの話をもっと進めていきましょう」
「うん! 今後ともよろしくね!」
「こちらこそ!」
駿と倫子は、ガッチリと握手を交わした。
「ところで、軽音楽部はいつ部屋を明け渡してくれるんでしょうね……?」
「そうですね、ちょっと話を詰めますか……音楽研究部、集合ー!」
ぞろぞろと集まる達彦たち。
「これから、部屋の明け渡しの話をするんで、付き合ってくれる?」
全員、特に何事もなく頷いた。
「ジュリアは、音楽室にいな」
駿は、ジュリアを気遣う言葉を掛ける。
しかし、首を左右に振ったジュリア。
「駿、あーしも行く。いつまでも男から逃げてられない」
「わかった。タッツン、ジュリアのサポート頼むな」
「あぁ、問題ねぇ。山口(ジュリア)に近付こうとするバカをしばけばいいんだろ」
「なるべく穏便にな」
「努力はする」
「まぁ、いいか……太、例のモノ、持ってきてるか?」
「うん。ほら、ここに」
太は、ノートパソコンを持っていた。
「OKだ……できれば使いたくねぇな……」
苦笑する太。
「アタシも行くー」
光もついてきた。
「…………」
何も言えず、無言で許可する駿。
そして、音楽研究部と倫子、光は、音楽準備室に向かった。
コンコン
ガヂッ
扉にはカギが掛かっていた。
カチャッ ガチャリ
内側から扉が開き、そこには小太郎の姿があった。
「高橋か……とりあえず入れ……」
音楽準備室に入る駿たち。
中には、小太郎をはじめ、軽音楽部の面々が揃っていた。
そして、生徒会長の澪もそこにいた。
「薄井先輩、部屋の明け渡しについてですが……」
「それ、無しにしようぜ」
「は?」
小太郎の言葉に、イラッとする駿。
「不祥事の件は言わねぇから、今回の勝負はノーカンにしてくんねぇか?」
「それは約束が違いますよね」
「だから、その約束もノーカンだ」
怒りの表情を浮かべた達彦が一歩前に出る。
「おぉ? 以前みたいに、俺たちに暴力を振るうか? いいぜ、やれよ。その代わり、処分が下るのはお前たち、音楽研究部の方になるけどな。ここにいる生徒会長が証人だ」
「な、なんてヤツなの……卑怯者!」
倫子が叫んだ。
小太郎たちと澪は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
苛立ちが限界を超えた光が、指をポキポキ鳴らしながら、前に出た。
「な、何だよ、吹奏楽部も俺たちに暴力を振るうのか? やるなら、やれよ!」
「高橋、コイツらボコボコにしていいか?」
「…………」
光の言葉にも無反応な駿。
そして、駿は、大きなため息をひとつ吐いた。
「長嶺先輩、亜由美、さっちゃん、ジュリア、キララ、ココア。今、呼んだ女の子は、全員部屋から出てくれ。倫子先輩は、当事者なんで残ってほしい」
頷く倫子。
「アタシも役に立つ――」
残ろうとする光の言葉を遮り、光を真剣な顔で見つめる駿。
「――わかった。出るよ」
「みんなも出てくれ」
「ねぇ、駿。私たちも当事者よ」
亜由美が食い下がった。
「正直、ここから先のことは、みんなには見せたくない……」
「駿、気遣いは嬉しいけど、私たち大丈夫だよ。だから一緒にいさせて?」
キララの言葉に、他の女子たちも頷く。
「わかった……ただし、ここで見たこと、聞いたことは、他言無用だ。約束してくれ」
「じゃあ、アタシは出てるね」
ガチャリ バタン
光が部屋から出ていった。
カチャリ
扉のカギを閉める駿。
何が始まるのか、小太郎たちは戦々恐々としていた。
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