第150話 コーラスライン (11)
――体育館 ステージ上
コーラス部と軽音楽部の勝負のステージ。
紆余曲折を経て、いよいよコーラス部の実力を見せる時が来た。
駿が生徒たちに向かって叫ぶ。
「お待たせしました! コーラス部の発表を行います!」
生徒たちから大きな拍手と歓声が飛んだ。
駿が生徒たちに、落ち着いて、静かに、と手で合図を送る。
シーンとした体育館。
ステージ後方中央にドラムと太、その前にはリードボーカルを守るかのように緩い孤を描いて、コーラス隊の部員たちが並んでいる。
ステージ左端(待機スペース側)のピアノには亜由美、少し離れて、アコースティックギターの達彦。
ステージ右端(電源室側)には、コントラバスを抱えた駿が立った。
そして、ステージ前方中央に、リードボーカルの倫子と幸子が並ぶ。
「ひっこめデブ!」
「チビブス!」
グルーピーが叫んでいるようだ。
心無いヤジに動揺を隠せない倫子と幸子。
「倫子先輩! さっちゃん!」
自分たちを大声で呼ぶ駿に、ふたりは顔を向けた。
「歌で黙らせろ! 目にもの見せてやれ!」
駿の言葉に、力強く頷くふたり。
駿は、亜由美に合図を出した。
亜由美の弾くピアノから美しい旋律が紡ぎ出される。
そして、倫子と幸子が歌い始めた。
マイクとスピーカーを通していない生の声。
それが体育館中に響き渡る。
その歌声に、生徒たちは言葉を失い、ヤジを飛ばしていたグルーピーたちも黙ってしまう。
そして、コーラス隊が美しいハモりを生み出し、倫子と幸子の歌声を引き立てる。
生徒たちは、ステージへ釘付けになっていた。
曲の中盤、ドラム、アコースティックギター、コントラバスが入り、音の厚みが一気に増す。
それでも倫子と幸子の歌声、そしてコーラス隊のハーモニーは、それらに負けること無く生徒たちに耳に飛び込んでいく。
曲の終盤、亜由美のピアノソロに入る。
静かに終わりを迎える思われた曲は、徐々に曲調が変わっていく。
そのまま曲の続きが始まると思われた、その時だった。
バッ
生徒たちの中から三人の女子が立ち上がった。
三人は、ステージの待機スペースに続く扉へ走っていく。
(えっ? あれは……)
その三人に見覚えがあった倫子。
そして、待機スペースに隠してあった金色に輝く金管楽器を手にステージへ上がり、倫子と幸子の横に並ぶ。
それぞれ、トランペット、サクソフォン、トロンボーンを持っていた。
「倫子ちゃん、水臭ぇな! 何で相談してくんなかったの!」
トロンボーンを持っている長身短髪の美女が、倫子に笑顔で話し掛けた。
「光ちゃん、なんで……」
ステージに駆け付けたのは、吹奏楽部のメンバーだった。
曲調は大きく変わっており、太のドラムと駿のコントラバスが小気味いいリズムを刻み、亜由美のピアノと達彦のギターからはノリの良いサウンドが生み出されている。
「こまい説明はあとあと! みんな、いくよ!」
そして、三人のホーン隊が演奏を始めた。
生徒たちも皆立ち上がり、ノリノリで手を叩いている。
心強い援軍を得たコーラス部。
倫子と幸子、そしてコーラス隊も、ホーン隊に負けじと声を絞り出す。
ラスト、ホーン隊の演奏でフィニッシュ。
生徒たちから大きな歓声と拍手が沸き起こった。
その反応に、お互いに顔を見合わせて喜び合う倫子と幸子、そしてコーラス部員たち。吹奏楽部の三人も満足そうだ。
しかし、マイクを持っている澪の声が体育館に響く。
『コーラス部は、ルール違反としてゼロ票扱いとします』
突然澪から告げられた一方的なコーラス部の敗北。
澪は、倫子や駿たちを見てニヤリと笑った。
意味が分からず、生徒たちはザワついている。
幸子やコーラス部の面々も、どういうことかと不安気な表情を浮かべていた。
『コーラス部の発表なのに、音楽研究部や吹奏楽部が出てくるのは、ちょっといかがなものかと……』
(これを説明しようと思ったら、お前らの不祥事も表に出さなきゃいけない……文句があるなら言ってみろ……!)
澪は、コーラス部と軽音楽部との約束を反故にしようとしていた。
生徒たちからも「今さら何を言っているんだ」とブーイングが飛び交うが、まったく気にする様子のない澪。
そんな澪の態度に、意を決した倫子が動く。
澪の元へ向かった倫子。
『ズルをしたコーラス部の部長さん、何でしょうか?』
澪は、小馬鹿にしたような笑みを倫子に向ける。
手を差し出し、マイクを要求した倫子。
澪はマイクのスイッチを切り、倫子に差し出す。
「敗北宣言かしらね……そういうのは早い方が潔くていいわ……」
ぼそりと囁いた澪。
倫子はそれを無視して、マイクを受け取り、生徒たちと向かい合う。
『コーラス部部長の東雲(倫子)です。ここにいる全校生徒の皆さんに、今回の発表会について、すべてを説明いたします』
「えっ……⁉」
澪は、倫子の言葉に驚く。
『今回の発表会は、私たちコーラス部と軽音楽部とのいざこざが元になっています』
生徒たちがザワつき始めた。
『私たちコーラス部は、軽音楽部の追っかけの方々に、毎日のように練習を邪魔されていました。そして、それを注意した際、揉み合いになり……』
言葉に詰まる倫子。
『その方を怪我させてしまいました……』
生徒たちは、真面目に倫子の話を聞いていた。
『その後、音楽研究部の高橋部長に仲立ちしていただいた結果、軽音楽部側から、傷害事件の不祥事の報告と、音楽室利用の権利を賭け、今回の人気投票というかたちでの勝負を持ちかけられました。私たちのいざこざに、皆さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ございませんでした……』
倫子は、生徒たちに頭を深々と下げる。
そして、ステージ脇の待機スペースにいる軽音楽部の面々に身体を向けた。
『軽音楽部の薄井(小太郎)部長! あなたは私に言いましたね! 私の起こした傷害事件の不祥事を合唱協会に報告されたくなければ、音楽室を明け渡せと! 軽音楽部と勝負しろと!』
今回の発表会の裏側を知り、大きくザワつく生徒たち。
『報告したければ勝手にしろ!』
涙声の倫子が絶叫した。
『コンクールに出られなくなったっていい! 私は、今ここで私たちの歌を聴いていただいた全校生徒に評価をしてもらいたい!』
倫子の熱弁に、ザワついていた生徒たちも口を閉じていく。
『私たちは負けない! 毎日、音楽準備室に女の子を連れ込んで、何をやってるのか分からないようなオマエらに! 私たちは絶対に負けない!』
小太郎たちは、倫子の行動にただ驚いていた。
そして、ステージ上にいるコーラス部の部員たちに向き合う倫子。
『みんな、ゴメン……私、どうしてもあんなヤツらに負けたくないの……ゴメンなさい……』
そんな倫子に、部員たち全員が笑顔でサムズアップを送った。
『みんな、ありがとう……』
倫子の頬を涙が伝う。
倫子の元へ向かった駿。
そのまま倫子からマイクを預かる。
『みんな、申し訳ない。今、東雲部長が話した通りなんだけど、いくつかオレから補足したい』
駿に注目する生徒たち。
『まず、東雲部長が軽音楽部の追っかけの子を怪我させたって話だけど、これ、ちょっと違うんだよ。最初に手を出したのは追っかけの子の方で、東雲部長は髪を引っ張られたりして、それを振り払ったときに怪我させてしまった、というのが正しいんだ』
生徒たちは、またザワつき始める。
『それと、オレたち音楽研究部と吹奏楽部がバックバンドを務めた件だけど、これも事前の交渉で、軽音楽部側からOKをもらっているんだ。だから……ガッ』
澪が駿からマイクを奪い取った。
『こ、この発表会を取り仕切っているのは生徒会です! 軽音楽部とコーラス部とのいざこざや取り決めは関係ありません! コーラス部の得票数はゼロです!』
澪の横暴な発言に、生徒たちからブーイングが巻き起こる。
そして、駿がマイクを要求しても、澪はマイクを離そうとしなかった。
駿は、生徒たちに手を上げて、静かにするようにジェスチャーする。
静まり返った体育館。
「それでは! 電源のことを説明してください!」
駿の生声が、倫子や幸子以上に体育館へ響き渡る。
あまりの大声に澪も驚いている。
「軽音楽部の演奏が終わって三分も経たないうちに、電気が使えなくなりました! 電源室の前にはすでに生徒会の人間がいて、中に入れませんでした! これはどういうことですか!」
『だって、危ないでしょ。酷い故障で、漏電とかしそうだったもの。だから、立入禁止の判断を下したの。安全第一よ!』
胸を張って答えた澪。
「ということは! 会長は故障した場所を見たんですね⁉ 会長が見ても危険な有様だったと、そういうことなんですね⁉」
『え、えぇ、そうよ! 生徒を危険な目にあわせられないでしょ! 修理業者を待つしかないような状態だったのよ!』
駿は、ニヤリと笑う。
「では、用務員の菅谷さんを呼びます!」
『は?』
「菅谷さんは、電気工事士の資格を持ってる! 危険なことはない!」
だからこそ、校内の防犯カメラ設置の際に、菅谷は作業の立ち会いや作業の補助を請け負ったのだ。
一気に血の気が引く澪。
『い、いや、ちょっ――』
「駿くん!」
幸子がステージ上から叫んだ。
「指示ください! 私、菅谷さん、呼んできます!」
「さっちゃんが呼んだら、どんなに忙しかろうが、すぐに来てくれるな!」
大きく頷く幸子。
澪は、顔面蒼白だ。
『わ、わざわざ調べるまでも――』
「まさか! ブレーカーが落ちてるだけとか、そんなことは無いよな! 酷い故障の現場を見たって、さっき言ってたよな!」
駿が訴えたいことを理解した生徒たちが、猛烈なブーイングを澪に浴びせる。
手を上げて、生徒たちを制止した駿。
「投票を実施してくれ! オレたちが望むのはそれだけだ! コーラス部が負けたら、軽音楽部との約束を守る!」
『…………』
澪は何も答えられず、ステージ脇の待機場所にいる小太郎へ、助けを求めるように視線を向けた。
しかし、小太郎やメンバーたちは、あからさまに目をそらす。
(!)
「投票! やってくれるよな!」
生徒たちは、澪に注目している。
悔しげな表情を浮かべ、ゆっくりと顔を上げた澪。
『皆さん……投票を……お願いいたします……』
澪の敗北宣言だった。
体育館は大きな拍手と歓声に包まれる。
ステージ上のコーラス部の部員たち、吹奏楽部、そして音楽研究部のみんなも大喜びしている。
うなだれる澪に、駿と倫子が近寄っていく。
そして、周囲の生徒たちには聞こえないように駿が澪の耳元で囁いた。
「会長さん、もうアイツらと付き合うのはよせ……」
「!」
「アンタが必死でオレたちと戦っている時、アイツらは何してた……? 隠れてただけじゃねぇか……」
「…………」
「いいように使われて、いざという時に助けてくれないなんて有り得ねぇだろうが……」
「こ、小太郎くんは……」
「オレも細かいことは言わねぇよ……でもな、今のような関係を続けていたら……最後に泣くのは女のオマエだ……」
「!」
身体の関係を暗に示唆された澪。
「このまま突き進んでいったら、オマエさん、とんでもないことになるぞ ……よく考えろ……」
「…………」
澪は、何も言えず、うなだれたままだ。
「いつでも相談にのる……だが、どうにもならなくなってからじゃ遅いからな……」
駿をキッと睨みつける澪。
「だ、だれがアンタなんかに……」
「すべてはオマエさん次第……ガキじゃねぇんだ……好きにしろ……」
駿は、澪からマイクを奪った。
取り返す気力も無いのか、何の抵抗もしない澪。
『皆さん、長い時間お疲れ様でした。投票箱は出入口のところに置いてあるので、忘れずに投票をお願いします。忖度は不要です。皆さんが良いと思った方を入れてください』
拍手で答える生徒たち。
『それでは、これで生徒集会を終わります。いつものように、後ろから順番に退出をお願いいたします。あっ、そうそう。開票はこの後、この体育館で行うので、時間のある方、興味のある方は、このまま残ってください』
生徒たちは、駿の挨拶をきっかけに、投票用紙を握って順番に退出していく。
開票に立ち会おうと考えている生徒も少なからずいるようで、投票後に戻ってきている生徒もいた。
「はいよ」
スイッチを切ったマイクを澪に渡した駿は、そのまま倫子と共にステージ上へ戻っていく。
結局、ステージ脇の待機スペースから出てくることはなかった小太郎たち。
澪はひとり、渡されたマイクをただ見つめていた。
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