第161話 卒業生謝恩会 (4)
――体育館
外ではまだ雪がちらつく中、謝恩会が開宴した。
前半は、卒業生から教員や親へ感謝の気持ちを伝えるイベントだ。
こちらが本来の「謝恩会」である。形式張った内容ではあるが、卒業生からすると、お世話になった人たちへ感謝の気持ちを伝える最後のイベントであり、皆緊張して望んでいた。
そして、「謝恩会」が終わると、小休止を挟んで、後輩たちによる「第二部」が始まる構成だ。
「第二部」の方は、卒業生たちにとって、笑いあり、涙ありのイベントが続くことになっている。
駿たちが準備を終え、体育館の待機スペースに直結している裏口で待機し始めた時には、すでに「謝恩会」は終わっており、「第二部」が始まっていた。
体育館の中から聞こえる笑い声や拍手などから、盛り上がっているのが分かる。
ガチャッ
裏口の扉が開いた。
倫子が顔を出す。
「高橋(駿)くん、歌ってきます!」
「倫子先輩、頑張ってきてください!」
「ここ寒いから風邪引かないようにね」
お互いに微笑み合うふたり。
扉の奥、待機スペースには、コーラス部の面々が駿に笑顔で手を振っている。駿が手を振り返すと、大喜びしていた。
バタンッ
扉が閉まり、しばらくすると、きれいな歌声が聞こえてくる。
顧問の大谷の指揮の下、美しいハーモニーが紡ぎ出されている。
そして二曲目は、先日の発表会のように、倫子がリードボーカルを取ったようだ。力強い倫子の歌に、部員たちがハモっていく。
二曲を歌い終えたところで、卒業生たちの盛大な拍手が聞こえてきた。
これまでのどの部活よりも大きな拍手だ。
ガチャッ
光が顔を出した。
次は、吹奏楽部のようだ。
「よぉ、高橋。ちょっと一発決めてくるぜ!」
「長嶺先輩、盛り上げてくださいよ!」
「まかしとけって! じゃあ、行ってくる!」
光の影から笑顔でサムズアップするトランペットとサクソフォンの奏者。先日の発表会の時に、サプライズで協力してくれた女の子たちだ。
駿も笑顔でサムズアップを送った。
バタンッ
そして、体育館はノリノリの音楽に包まれる。
跳ねるようなリズムとホーンで、卒業生たちも手拍子で応えていた。
光も、部員たちも、楽しそうに演奏しているであろうことが目に浮かぶ。
そして、そのまま二曲目へ。
ブルース調の胸に響くトランペットとサクソフォンの音色。
光が吹いているのは、テナートロンボーン、いや、バストロンボーンであろうか。目立つ音ではないが、太い音がふたりの演奏をしっかり支えている。
そして、静かに演奏が終わった。
卒業生からは、コーラス部に負けず劣らずの大きな拍手が送られている。
あの発表会以来、コーラス部と吹奏楽部が注目されていた。
コーラス部は、これまでのコンクールの実績なども知れ渡り、学校誇りの部活として見られるようになった。
吹奏楽部は、その高い演奏技術だけでなく、目を引く光の美貌やスタイルもあり、色々な意味で注目されるようになったのだ。
そして、それらをまとめ、見事なコラボを成功させた音楽研究部の手腕もまた注目されるようになり、駿の評価もうなぎ登りとなった。
そして、ラス前、軽音楽部の出番となる。
ドラムセットとアンプが業者によって手際良く設置され、小太郎たちがステージに上がった。
同時に、裏口から直結している体育館ステージ脇の待機スペースへ駿たちは移動する。
三年生にもグルーピーがいるのだろう。数名から黄色い声援が上がっている。
しかし、文化祭や発表会の時のように、ステージ前に詰めかけることはなかった。謝恩会という場をわきまえてのことだ。
――そして、演奏が始まる。
「なぁ、駿……」
訝しげな顔をしている達彦。
「何でアイツら、こんなにヘタなんだ……? 練習してりゃあ、もうちょっとどうにか……」
文化祭の頃からまったく成長のかけらも見せない軽音楽部。
「音楽を、女の子を引っ掛ける道具としてしか見てないからだろ」
駿は、不快な表情を浮かべた。
「最低ね……」
亜由美の言葉に、頷く幸子と太。
「気持ち悪い連中……」
「不快だわ……」
ジュリアとキララが吐き捨てる。
ココアはひとり、言葉には出さず、強烈な嫌悪感を顔に出していた。
――軽音楽部は三曲目に入る。
「ねぇ、駿。ボクたちの出番、もう予定を過ぎてるけど……」
不安そうな太。
「だな……」
駿は、スマートフォンの時計に目をやり、ため息をついた。
――軽音楽部は「最後の曲です」と四曲目に入る。
「駿……」
心配そうな顔をした亜由美。
駿は、笑顔で亜由美の頭をポンポンと叩く。
「どうすんだ、駿」
イラつきを隠さない達彦。
「まいったな……このまま待って、出番無しのようなら……引き上げだ」
「おい、マジか……待たせてる例の人らはどうすんだ」
「詫び入れてくるよ……」
ざわつく音楽研究部の面々。
「みんな、すまん……オレの軽音対策不足が原因だ。本当に申し訳ない……」
駿は、メンバーたちに深々と頭を下げた。
「やめろ、駿! オマエが悪いわけじゃねぇだろ」
「駿くん、ダメだったら、また別の機会に皆さんへお披露目しましょう」
「あーしたちのハモりも、もっとスゴいレベルにしとくから、な!」
達彦、幸子、ジュリア、皆が駿に励ましの言葉をかける。
「すまん……」
うなだれる駿の肩に手を置く太とキララ。
「駿~、元気出せ~。オッパイ揉んでいいよ~」
「しょうがないわねぇ、ほら、私のも揉んでいいわよ」
ココアと亜由美はニヤニヤしながら、自分の胸を差し出している。
他のメンバーたちは、それを見てクスクス笑っていた。
「ばーか! まったく、オマエらは! ありがとな……」
ふたりの頭を撫でる駿。
ココアと亜由美は嬉しそうだ。
――そして
まばらな拍手と共に、軽音楽部がステージを降りる。
待機スペースに、駿たちがいるのを分かっているのだろう。反対側の電源室の方へとはけていった。
生徒会長の澪からの無情なアナウンスが流れる。
『各部活によるステージイベントは、これにて終了いたします』
業者がステージ上のドラムセットやアンプを片付けていく。
プログラムには「音楽研究部」の名前がはっきりと明記されているだけに、卒業生や来賓の親たちも、大きくざわつき始めた。
そして、待機スペースにいた駿はつぶやく。
「引き上げだ……」
無言でエレアコやアンプを片付けるメンバーたち。
「ふざけんな!」
体育館に響き渡る怒りの叫び。
ステージ前で、澪に声をあげているのは光だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます