第160話 卒業生謝恩会 (3)
※ご注意※
物語の中に暴力的な描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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――三月初旬 卒業生謝恩会 当日
謝恩会は、卒業生の親が出席するため、日曜日の開催。
今日は雪が降りしきり、寒さが一段と厳しい。
学校の校庭は、足を踏み入れるものがおらず、一面美しい銀世界の様相を見せていた。
一方、体育館の中は、急遽大型ヒーターなどの暖房器具を複数台設置。
卒業生やその親が、寒さに震えるようなことは、幸いにしてなさそうだった。
◇ ◇ ◇
――謝恩会 開宴二時間前 音楽室
音楽研究部、吹奏楽部、コーラス部が準備に追われている。
「長嶺先輩、体育館に持っていくもの、他に無いですか?」
駿が光に声を掛けた。
「あぁ、さっきので最後だ、助かったよ。高橋、小泉(太)、ありがとな」
「いえいえ、体力と力には自信ありますから、力仕事があればいつでも声かけてください」
光に笑顔を向ける太。
「そう言ってくれると助かる。吹奏楽部は女所帯だからな」
駿と太に、頭を下げたり、手を小さく振ったりしている吹奏楽部の部員たち。太も照れながら笑顔で手を小さく振り返した。
「倫子先輩、コーラス部の方は大丈夫ですか?」
「うん、私たちは身ひとつだから」
にこやかに答える倫子。
「いつも気にかけてくれて、ありがとう」
「いえ、マイクとスタンド、貸していただけて助かりました」
「うふふ、それくらいお安い御用よ」
頭を下げる駿に、倫子は優しく微笑んだ。
「太、こっちも大丈夫か?」
「うん、アンプも、エレアコも、タッツンが運んでくれた」
「タッツン、悪かったな。重かっただろ」
「バイト先の荷物に比べたら、屁でもねぇよ」
ニッと笑う達彦。
「タッツンも、太も、助かったよ。ありがとな」
太と達彦は、笑顔で駿に応えた。
「女性陣はステージ上の電源の位置、頭に入っているかい?」
「大丈夫、全員頭に入っているし、どこから、どの機材の電源を取るかまで決めて、みんなでシミュレーションしてある」
亜由美の説明に、幸子とギャル軍団がサムズアップする。
「みんな、くれぐれも怪我だけは気をつけてな」
「出た! 駿の心配性」
キララがからかうように笑った。
「あーしたちを信じろって」
「ばっちりだよ、駿~」
「小柄な私は、こういうの得意ですから!」
ジュリアも、ココアも、幸子も、皆楽しそうに笑っている。
(みんな、ホント頼りになるよな……オレも頑張らないと……!)
「OK! じゃあ、みんな歌や演奏の最後のチェックをよろしく!」
◇ ◇ ◇
――謝恩会 開催一時間前 音楽室
「駿くん……」
幸子が駿の元にやってきた。
「どうしたの、さっちゃん」
「ココアさんが出たっきり、戻ってこないんです……」
心配そうな表情を浮かべる幸子。
「あー……ココア、また緊張してるんだな……」
「私、探してきましょうか……?」
「オレ、心当たりあるから、ちょっと行ってみるよ」
「私もご一緒します」
「うん、さっちゃんが一緒の方が心強いし、ココアも安心するな。一緒に来てくれるかい?」
「はい!」
駿と幸子は音楽室から出た。
冷える廊下を、身体を縮こませながら歩くふたり。
窓の外では、まだ雪が降っている。
「さっちゃん、ちょっとお願いがあるんだ」
「はい、何でしょう?」
「ココア、緊張しいでさ、実は文化祭の時もひとりになって、講堂の裏で戻しちゃってたんだよ」
「そうだったんですか……」
「だから、もしかすると、同じような感じになってるかもしれないから、驚かないであげてね」
「はい、もちろんです! 緊張が解けるように、ギュッて抱き締めちゃいます!」
「それがいいね! 頼むね、さっちゃん!」
「はい!」
幸子は笑顔で答えた。
「あ……さっちゃん……オレもすげぇ緊張してきた……」
「えっ?」
「あー、誰かにギュッて抱き締めてほしいなぁー」
にやけた顔でチラチラと幸子を見る駿。
幸子の顔が真っ赤になった。
「駿くん! もうっ!」
「あはははは、作戦失敗!」
頬を膨らませた幸子の頭をポンポンと叩き、駿は体育館に急いだ。
――体育館裏
人気の少ない体育館裏。
ひさしの下の部分だけは、雪が積もっておらず、コンクリートがむき出しになっている。
「いた。さっちゃん!」
「はい!」
そこには、体育館の壁に片手をついて、えずいているココアがいた。
ココアに駆け寄る駿と幸子。
「ココア、大丈夫か?」
「ココアさん……」
「駿、さっちゃんまで……おぅ……おごっ……」
バシャシャッ
黄色い胃液を吐き出すココア。
何度も吐き戻した跡がある。もう胃の中には何も入っていないのだろう。
「こほっ……こほっ……」
口から胃液とよだれをしたたらせている。
幸子はココアの背中を擦っている。
「おぅえ……さっちゃん、ありがとう~……」
涙と鼻水とよだれにまみれながらも、必死で笑顔を作るココア。
「ほら、ココア、こっち向いてごらん」
駿は、ハンカチでココアの顔を拭った。
「駿、ゴメンね~……おぇ……ハンカチ汚しちゃって~……」
「ハンカチは汚すためにあるんだよ」
ココアの頭を撫でる駿。
「お口、もうちょっと拭きますね」
幸子は、ココアの口元をハンカチで拭った。
「さっちゃん、ありがとう~……ゴメンね~……」
「いつもココアさんから抱き締めてもらってるんだもん……」
「えっ?」
「たまには、私から……」
ココアに手を伸ばす幸子。
「さっちゃん、私また吐いちゃうかもしれないから――」
ココアの言葉を無視して、幸子はココアを抱き締めた。
「ココアさん、大好きです……」
自分を気遣う幸子の心に触れ、目に涙を溜めるココア。
「さっちゃん、私も大好き……」
ココアも幸子の背中に手を回した。
その様子を優しい笑顔で見守る駿。
(ココアも緊張が解けたみたいだな……さっちゃん、ありがとう!)
ココアは、幸子と微笑み合った後、駿に向き直った。
「駿もありがとう~」
「うん、ココアはやっぱり笑顔じゃないとな!」
「えへへへ……ねぇ、駿~」
「ん?」
「お礼に、オッパイ揉む~?」
ゆさっ、と大きな胸を持ち上げるココア。
パコン
「いたい~」
駿は、ココアの脳天にチョップした。
「アホか! そういうことしないの!」
顔を真っ赤にしている駿。
「さっちゃんからも言ってやってくれ!」
駿が幸子を見ると、一生懸命両手で自分の胸を寄せていた。
「何やってんの……?」
「わ、わたしにだって……何とか、た、谷間ぐらいは……ぐむむむむ……」
幸子の様子に頭を抱える駿。
ココアは、ケラケラ笑っていた。
「キミら、謝恩会終わったら説教ね……」
「え~」「谷間できなかった……」
「ココア」
「はい~」
「オマエはプラス正座だ」
「正座や~」
しょんぼりするココア。
「まったく……」
小さくため息をついた後、駿はふたりの頭を撫でた。
「ほら、寒いから戻ろう」
「は~い」「はい!」
三人が音楽室に戻ろうとした、その時だった。
「なんで音楽研究部が入ってんだ!」
「そ、それが……」
駿たちのいる位置のさらに先にある体育館の裏口のあたりから、男の大声と、怯えているような女の小さな声が聞こえた。
それは間違いなく、軽音楽部部長の小太郎と、生徒会長の澪の声だった。
三人は顔を見合わせたが、駿が人差し指を口に当て「静かに」とふたりに合図する。
体育館の裏口のあたりは、壁や屋根があり、死角になっており、姿形は見えない。
静かに近づく三人。
「排除しろって言っただろうが!」
「でも、山辺先輩の強い要望があって……」
「それをどうにかすんのがお前の役目だろうが!」
「や、山辺先輩、学校とのつながりも強いから、私の力では……」
「ちっ! 使えねぇ女だな!」
「ごめんなさい……」
音楽準備室を音楽研究部に奪われてからというもの、小太郎はずっと荒れている。そして、その苛つく怒りの矛先は、澪に向かっていた。
「何で言う事聞けねぇんだ! いつも抱いてやってんだろうが、あぁ?」
「痛っ! 痛いっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
澪は、自分の髪を小太郎に掴まれていた。
「お前みたいな女を抱いてやってんのは誰だ?」
「こ、小太郎くんです……」
「抱いてほしいか?」
「う、うん! わ、私、何でもするよ! だから……痛いっ!」
「抱いてほしけりゃ、言う事聞けや!」
澪の髪を掴み上げる小太郎。
「あぐっ!」
小太郎は、おかしな声を上げた後、急に澪の髪から手を離す。
澪が恐る恐る顔を上げると、そこには小太郎に掴みかかる駿がいた。
「高橋(駿)くん……」
ドダンッ
「がぁっ!」
駿は憤怒の表情を浮かべ、胸ぐらを掴んだまま、小太郎を壁に叩きつける。
「てめぇは人間のクズだ……」
小太郎を壁に押し付けたまま、左手を振り上げる駿。
「ひぃっ!」
小太郎は、怯えた声を上げた。
「やめて!」
駿を止めようと、振り上げた左腕にしがみつく澪。
「お願いだから、やめて!」
澪は、涙ながらに駿へ訴えている。
左手を下ろし、小太郎から手を離した駿。
「や、野蛮な暴力男め!」
ガチャッ バタンッ
小太郎は、裏口から体育館の中に逃げていった。
「あの人、自分をかばってくれた会長さんを置いて……」
「女の子に暴力振るってたのは誰よ……最っ低……」
小太郎のあまりに身勝手な言動と行動に、幸子とココアも呆れかえる。
そして、澪は、何もかも諦めたような表情でうなだれていた。
「会長さん、もういいだろ……アンタがこれ以上傷つく必要はない……」
駿は、心配そうに澪を見ている。
「そうですよ、中山(澪)会長……そうだ、私たちとお友達になりましょうよ!」
涙ながらにうなだれる澪に、幸子は笑顔で申し出た。
「それがいいよ~! 駿は、会長さんを利用しようとしたりしないよ~」
「駿くんは、誰よりも私たち女の子を大切にしてくださいますものね」
「駿、さっき私のオッパイ、触らなかった~!」
「ココア、それはオレがチキンだってバレるから、あまり外で言わないように」
笑いの花が咲く三人。
「ふふふふっ、ありがとう……」
それを見て、澪は思わず笑みが漏れた。
「会長さん、笑顔可愛い~」
ココアも嬉しそうだ。
しかし、その笑顔は、すぐに憂いと諦めに満ちた表情へ変わる。
「でも……でもね……私には、小太郎くんしかいないの……」
「そんなことはない! 会長さんだったら、もっとステキな彼氏ができるさ!」
駿の説得に、首を左右に振った澪。
「これ以上、私に優しくしないで……私を惑わせないで……もう放っておいて……」
ガチャッ
澪は、裏口の扉を開けて、体育館の中に入った。
「小太郎くん! 小太郎くん!」
扉がゆっくりと閉まり、嬉しそうに小太郎の名前を呼ぶ澪の姿が見えなくなっていく。
バタンッ
残された三人の間に、どこか虚しさを感じる風が吹いている。
「いいように使われてるだけじゃない……セックスの相手をさせられてるだけじゃない……暴力まで振るわれて……そこに愛なんてないよ……」
ココアは目に涙を溜めていた。
「心をつなぎとめるために、身体を捧げるなんて……間違ってる……」
悲しげな表情を浮かべている幸子。
「しかも、相手は心が無いときている……愛なんざ無ければ、セフレなんかでもねぇ……ただただ一方的に弄ばれてるだけだ……」
澪を救い出せなかった駿。
胸には、虚しさと悔しさが渦巻いていた。
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