第43話 夏の思い出 (6)
夏休みの終盤に、亜由美、太、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の六人は、駅南口のカラオケ屋「カラオケ万歳」に来ていた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
部屋を出ていくカラオケ屋の店員。
先日来た時と同じ部屋で、六人でも十分広いスペースが確保されていた。
注文したドリンクが届くと、みんなで順番に曲を入れていく。
「あーし、トップバッターね!」
ジュリアが歌うのは、人気女性アーティストのヒット曲。女子高生であれば、誰もが知っている名曲だ。
切ない恋の歌を切々と、そして時に力強く歌うジュリア。
(ジュリアさん、上手! 美人で歌も上手いって……純粋に羨ましい……!)
「にば~ん」
次にマイクを握ったのはココア。明るいメロディに明るい歌詞を、ココアの甘い声で可愛く歌う。
いわゆるアニソンらしく、それを黒ギャル・銀髪のココアが歌っているそのギャップがたまらない。
(ココアさんらしいカワイイ歌! ココアさんにピッタリ!)
「真打ちの実力を見せてやるわ」
三番目は亜由美がマイクを握った。人気女性アーティストのヒット曲だ。
カラオケで最も歌われているとも言われている曲を、しっとりと歌い上げていく。
(やっぱり亜由美さんには憧れるなぁ……本当にステキ……)
「中澤(亜由美)の後は歌いづらいな……」
苦笑いしながらマイクを握るキララ。人気男性アイドルユニットの新曲だ。
ブラックミュージックに影響されたその曲を、手振り身振りを加えながら、落ち着いた感じでアダルティに歌っている。
(亜由美さんが憧れの女性なら、キララさんは私の王子様! カッコイイ!)
「流れを切るよ」
太は、例のアーティストの歌だ。ギターのノイジーなリフとファストなビートがスピーカーから流れ出る。さらに、亜由美もマイクを握り、太と絶叫した。
(太くんらしい曲! すごくイイ! 楽しいー!)
いよいよ、幸子の順番である。
先日のカラオケで、亜由美が歌った曲に挑戦。家で散々聴いてきたとはいえ、初めて歌うので緊張していた。
スピーカーからドラムと気怠げなギターが鳴り響く。
「おぉ、さっちゃん、選曲が渋い!」
「きゃ~、さっちゃ~ん」
「さっちゃん、こんなの歌うんだ。へぇー」
幸子の歌に興味津々のギャル軍団。
亜由美と太は、顔を合わせてニマッと笑った。
気怠げな雰囲気を残しながらも、感情豊かに歌う幸子。
サビでは、力強く、そしてどこか切なげに歌い上げていった。
(さっちゃん、初めてだよね、これ歌うの……私より上手い……)
先日のカラオケでの幸子の歌声が、その才能の一端でしかないことに気が付き、身震いする亜由美。
ギャル軍団をチラリと見れば、皆呆然と聞き入っていた。ジュリアに至っては、涙ぐんでいるようにも見える。
そして、曲が終わった。
「さっちゃん、すげぇ! ホントにすげぇよ!」
「わ、私、感動しちゃいました~」
興奮冷めやらないジュリアとココア。
キララが亜由美に目をやる。
「さっきコソコソ話してたの、コレのことか……」
亜由美が真顔で答えた。
「ゴメン、伊藤(キララ)。私の想像を超えてた……」
太も度肝を抜かれた顔をしている。
そんな様子を見て、照れ照れの幸子。
「亜由美さん、どうでしたか?」
幸子が先程まで座っていた席に帰ってきた。
「さっちゃん……」
「はい!」
「もう私を超えてるよ」
「え……?」
「いや、マジで、すごかった。歌ったの初めてだよね?」
「は、はい……」
「あー、やっぱ駿は見る目あるわ……」
想像以上の高評価に、困惑気味の幸子。
曲の予約が途切れ、部屋に静かな時間が流れる。
「ねぇ、三人にお願いがあるんだけど、今いいかな?」
亜由美の真剣な表情を見て、何事かとジュリア、ココア、キララが亜由美に耳を傾けた。
「あー、そんなに構えないでも……」
苦笑いする亜由美。
「今ね、今度の文化祭でライブやろうと思ってて、夏休み明けから準備を進めようと思ってるの」
「あれ? 中澤たちって、結局軽音楽部に入ったんだっけ?」
キララが亜由美に尋ねた。
「入ってないよ。体験入部の時に揉めて、入るのやめた」
言葉に感情がこもっていない亜由美。
「今は、私と駿、太、タッツン、さっちゃんの五人で同好会やってる。さっちゃんは、この間入ってくれたんだ、ね」
幸子は笑顔で頷く。
「さっちゃんもボーカルやるから、楽しみにしてて!」
「すごいね、さっちゃん! ……でも、同好会でイベントとか開けんの?」
その言葉に、表情が渋くなった亜由美。
「伊藤の言う通りでさ……多分部活動としてじゃないとダメだと思う」
「だよね……」
「まぁ一応五人いるしさ、駿が中心になって、二学期に入ったら部への昇格目指して動くつもりなんだ」
「おぉー、頑張ってよ」
亜由美は、改めて三人に真剣な眼差しを向ける。
「三人にお願いなんだけどさ……同好会に入らない……?」
「あ~、人数集めってことね~、いいよ~」
「うん、あーしも別に名前貸す位は」
にこやかに答えたココアとジュリア。
「あ、そうじゃなくて……ちゃんと入ってほしい」
「えっ?」
驚くギャル軍団。
「名前貸しとか、そういうの駿、多分嫌がるから」
太は、うんうんと頷いている。
「あ、あーし、何にもできないってば!」
「昔、ピアノ挫折した~」
「わ、私も何にもできないよ……」
突然の話に困った様子の三人。
「そこは大丈夫だと思う。まだ時間はあるし」
「三人なら駿も大歓迎だと思うよ。ボクも大歓迎!」
亜由美と太は笑みを浮かべる。
「でもさぁ……」
ココアと顔を見合わせ、困った様子のジュリア。
「だったらやめとく~。部への昇格とか~、大事な時期だし~」
ココアは、亜由美の申し出を断った。
「昇格の話とか関係ないでしょ? それだって、いてくれた方がいい訳だし」
首をかしげる亜由美。
「通る話が通らなくなるっていうか……」
亜由美は、ジュリアの言葉にピンと来た。
「あー……そういう話ね。全然問題ないから」
「いやいや、問題あっから。あーしらがいるとマズいって」
「マズくないって」
「いや、どう考えたってマズいっての」
「私たち、陰から応援する~」
首を縦に振らないジュリアとココア。
キララは、そんな様子を見守っている。
「あ、あの……いっしょに……やりませんか……?」
おずおずと声を上げ、三人を誘った幸子。
しかし――
「さっちゃん……ゴメンな、あーしはダメだよ……」
「さっちゃん、ゴメンね~」
ふたりの頑なな態度に、亜由美と太が顔を合わせて、ふぅ、と軽いため息をつく。
「一度、駿を交えて話しようか、ね」
「うん、それがいいよ。そうしようよ、ジュリア、ココア」
亜由美の提案に乗るように、ジュリアとココアを促したキララ。
しかし、ふたりはどこか悲しげな表情を浮かべている。
パンッ
亜由美が手を叩いた。
「ほらほら、暗くなっちゃってどうすんの! おい、デブ! 景気イイの歌え!」
「うん!」
太が端末を操作している。
「そうですよ! みんなで歌いましょう!」
三人を鼓舞した幸子。
「そうだな……暗くなっててもしょうがねぇしな! 歌うか!」
「さんせ~」
「よっし! 小泉(太)、盛り上げてくれよ!」
スピーカーから明るいノリのいい音楽が流れる。
太が野太い声で叫ぶ。
「ノッてるかーい!」
「いぇーい!」
六人全員で大合唱。全員笑顔でノリノリだ。
こうして時間いっぱいまで六人は大いに盛り上がったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます