第176話 ホワイトデー - 運命の日 (9)

 駿や亜由美たちの尽力で、自分を取り戻した幸子。

 これ以上逃げたくないという思いから、自分が抱えていた<声>を仲間たちに告白。また、ひた隠しにしていた身体中のそばかすも、女性陣へ明らかにした。


 辛い過去を受け入れた幸子。

 そして、まだ心に不安を抱える幸子を受け入れた『本当の友達』である仲間たち。

 幸子と仲間たちの絆は、より強固なものとなった。


 そんな喜ばしい状況の中、亜由美が声を上げた。


 ――三月十四日 放課後 保健室


「つーまーりー……ここで告白のやり直しをした方が良くない?」


「えーっ!」


 亜由美の提案に、駿と幸子は絶叫した。


「ちょ、ちょっと待て! 何でみんなの前でそんなことしなきゃいけないんだよ! イヤだよ!」


 必死で拒否する駿と、それに同意するように何度も頷いている幸子。


「っていうか、私たち一部始終見てたし……」

「はぁっ⁉」


 亜由美の言葉に驚く駿と幸子。

 駿がキララたちに目を向けると、三人とも慌てて目をそらした。


「オ、オマエら、悪趣味すぎるだろ……」


 怒る気力も無くなる駿。

 幸子は、苦笑いするしかなかった。


「でもよぉ、駿。オマエがさっちゃんのこと、本気なんだって、見せるいい機会なんじゃねぇのか?」

「…………」


 達彦の言葉に、真剣な顔付きになる駿。


「駿の本気、見せてちょうだいよ」

「亜由美……」


 駿が亜由美に目をやると、亜由美は笑顔でウインクした。

 ふとギャル軍団に目を向ければ、三人揃って、笑顔でサムズアップを送ってくれている。


「駿、ボクら全員が立会人だよ。誰よりもカッコいい駿を、ボクらみんなに見せてよ」


 太が駿に優しく微笑んだ。


 頭をかきながら、小さくため息をつく駿。

 そして、幸子に向き直った。


 見つめ合う駿と幸子。

 駿は、意を決したように口を開いた。


「さっちゃん」

「はい……」

「改めて……オレの気持ちを伝えたい……いいかな?」


 微笑みを浮かべながら小さく頷く幸子。


 駿は、一度大きく深呼吸した。


「正直、初めて声を掛けた時は、ただ『すごく真面目な女の子』って認識だった。でも、その真面目さが報われないで、引っ込み思案で、いつも寂しそうで……だから何とかしてあげたいって……上から目線も入ってたかも」


 申し訳無さそうに頭をかく駿を、クスリと笑う幸子。


「でも……常に相手のことを思いやって行動するさっちゃんを、いつしか意識するようになっていったんだ……」


 駿は、少し恥ずかしそうに話していた。


「小さな迷子を助けてあげたり、友達を守るために戦ったり、自分を怪我させた相手にさえ、厳しくも思いやりをもって接したり……」


 その頃のことを思い出して、はにかむ幸子。


「さっちゃんがどんどん手の届かない女の子になっていくのに、オレは……」


 拳を握りしめる駿を、幸子が心配そうに見つめていた。


「オレなんかダメだって……絶対無理だって……そう思ってた……」


 事情を知らない亜由美たちが、静かにざわつく。


「でも、そうじゃないって教えてくれたのは、さっちゃんだった」


 シーンとした保健室。


「こんな情けないオレを、いつもステキだって言ってくれたよね」


 幸子は、駿を見つめながら笑顔で頷く。


「そんな優しいさっちゃんと、いつもそばにいて、いつも手をつないでいたいって……心からそう思ったんだ……」


 駿は、幸子を力強い目で見つめた。


「そばかすとか! 背が小さいとか! 胸の大小とか! そんなのオレには関係ない!」


 大きく息を吸う駿。


「山田幸子さん!」


 そして――



「あなたのことが好きです! オレと付き合ってください!」



 わぁっと、亜由美やキララたちが小さな歓声を上げた。


 ――一瞬の静寂


 幸子は微笑んだまま、ゆっくりと口を開く。


「駿くん」


 声が震えている。


「あなたを好きでいることを……許していただけますか……?」


 駿は、笑顔でゆっくり頷いた。


 幸子の瞳から一筋の涙が流れ落ちる。

 そして、駿を見つめた。



「私も駿くんのことが好きです! 大好きです!」



 駿の胸に飛び込む幸子。

 幸子を力強く抱きしめた駿。

 幸子も駿の背中に手を回し、お互いに強く抱き締め合う。


「やったーっ!」


 亜由美、キララ、ジュリア、ココアの四人は、大はしゃぎでハイタッチし合い、抱き締め合っている。

 達彦と太も笑顔を浮かべ、拳をぶつけ合わせた。


「まったく、手のかかるヤツらだぜ、面倒臭ぇ……」


 憎まれ口を叩きながらも、本当に嬉しそうに微笑んでいる達彦。


「さっちゃん、ありがとう……」

「駿くん、大好きです……」


 嬉しそうに抱き締め合うふたり。


「はい、キーッス、キーッス、キーッス」


 手を叩きながら、ふたりを囃し立て始めた亜由美。


「バッ、で、できるわけねぇーだろうが!」


 駿は慌て、幸子も顔を赤くして何度も頷いている。

 そんなふたりを見て、ニヤリと笑ったギャル軍団。


「はい、キーッス、キーッス、キーッス」

「オ、オマエら……」


 キスを要求する大合唱が始まる。


「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇんだから。ブチュッとやっちゃえよ」

「うん、うん、ボクも幸せなふたりのキスシーンを見てみたいな!」


 達彦と太も、他人事のように同調した。


「う、裏切りもの……」


 ふたりを憎々しげにジトッと睨む駿。

 達彦と太は、それをニヤニヤして見ていた。


「ぃよぉーしっ、やってやろうじゃねぇか!」

「おぉ~っ」


 半ばヤケクソ気味な駿に、周囲から歓声が上がる。

 幸子に向き直った駿。


「え、え、え、ホ、ホントにするんですか⁉」


 駿は、優しく幸子の頬を両手で包み込む。


「さっちゃんは……イヤかい……?」

「ううん……駿くんなら……私のファーストキス、もらってください……」

「オレも初めてだよ……相手がさっちゃんで良かった……」


 お互いに優しく微笑み合った。

 そして、ふたりの顔がゆっくりと近づく。

 息を呑む亜由美たち。


 駿は、そっとキスをした。


 幸子の頬に。


「この根性無しのチキン野郎!」


 駿に罵声を浴びせる亜由美。


「オメェらの前で、できるわけねぇーだろ!」

「かぁ~、やっぱ意気地無しだわ」


 キララは呆れ返っていた。


「オレも、さっちゃんも、ファーストキスだぞ! オメェらに囲まれてできるか!」

「一生の思い出になったのに~」

「アホか! 一生残る黒歴史になるわ!」


 クスクス笑っているココア。


「ちっ……」

「ジュリア! オマエは何でスマホ構えてんだ、コラッ!」


 決定的瞬間を逃したジュリアは、少し機嫌が悪くなった。


「まぁ、駿らしいオチだよね」

「チッ、つまんねぇの……」


 そんな太と達彦を睨む駿。


「太……オマエ、春休みに詩穂ちゃん来たら、覚えとけよ……」

「えっ!」

「気付いてないとでも思ってんのか……?」


 真っ青になった太。

 クククッと笑う達彦。


「タッツン、オマエもだ……次に川中(静)先輩といる時、オマエが悶え死ぬ命日にしてやるからな……」


 達彦は、ヤバイ……という表情に変わった。


「まったく……」


 クイッ クイッ


 そんな駿の袖を引っ張る幸子。


「駿くん、いい事思いつきました。耳貸してください」

「おっ、下品なアイツらをぎゃふんと言わせる方法かい? なになに?」


 駿は、身体をかがめた。

 周囲のみんなも、幸子を怒らせてしまったかと内心焦る。

 駿の耳元に顔を近づけた幸子。


 チュッ


 幸子は、駿の頬にキスをした。

 駿の頬に、柔らかな幸子の唇の感触が広がる。

 ゆっくり幸子の唇が離れていった。


「わぁ~っ!」


 幸子の思い切った行動に、亜由美たちが大きな歓声を上げる。


「すみません、皆さん……ここではキスはできません……」


 キララたちは、残念そうに笑っていた。


「さっちゃん、ファーストキスの予約はできるかな?」


 駿がいたずらっぽく笑う。


「はい、駿くんの予約を入れてあります!」


 ヒューヒューと、冷やかしの声が上がった。


「駿くん……ファーストキスは……駿くんから……あの……その……」


 顔を真っ赤にしてうつむく幸子。


「オレからさっちゃんの唇を奪うよ。約束する」


 幸子は満面の笑みを浮かべた。


「はい! その日を楽しみに、お待ちしています!」


 駿は、幸子の頭を撫でる。


「あぁあー、甘ったるくて胸焼けするぜ! 何か口直しにメシでも奢ってもらわねぇとな! なぁ、みんな!」

「さんせ~っ!」


 駿にメシを奢らせようと一致団結した達彦たち。


「オマエらは、オレたちをふたりきりにするとか、そういう心配りが出来んのか⁉」


 駿は、ごもっともな主張をする。


 しかし――


「いつものカフェレストランでいいんじゃない?」

「どうせ駿の奢りなんだから、もっといいとこ行こうよ」

「あっ! あーし、いい店知ってるー」

「あっ、デザートの美味しいあのカフェだね~」


 女性陣の頭の中は、すでにデザートでいっぱいだった。


 頭を抱える駿の背中を、ポンポンと優しく叩く達彦と太。


「やっぱり、持つべきものは、男友達……」


 と思って顔を上げると、ふたりともニヤニヤしていた。


「悪ぃな、ごちそうさん。あ、静先輩も呼ぶか……」

「駿、ボク遠慮せずにたくさん食べるね!」


 ガックリうなだれる駿。

 そんな駿の手を握った幸子。


「駿くん、私も出しますから、ね?」


 幸子の気遣いが胸に沁みる。


「大丈夫だよ、さっちゃん。彼女に食事代なんて出させないって」


 駿の『彼女』という言葉に胸が熱くなった幸子。


「んじゃ、みんなでその店行くか! 全部奢ってやる!」

「いぇ~い!」


 みんな大喜びだ。

 駿は、自分の手を握っている幸子の手を、笑顔でそっと握り返した。


 この時、幸子は思っていた。

 辛い過去がなければ、駿との出会いは無かった。

 ただただ普通の高校生活を送っていたに違いないと。


 そう考えると、心が少し軽くなった気がした。

 幸子が初めて辛い過去を肯定的に捉えたのだ。


 それは、またひとつ幸子が成長した証であり、駿や仲間たちとの明るい未来を思い描いた【希望】が、幸子の心に根付きつつある証でもあった。


 駿とどんな物語を紡いでいけるのか。

 手に駿の温もりを感じながら、幸子は心躍らせるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ポコン


 スマートフォンからLIMEのメッセージの着信音が鳴った。

 LIMEを起動して、メッセージを確認する。

 幸子からだった。


『駿くんとお付き合いすることになりました。

 お母さん、ありがとう』


 スマートフォンに表示されたメッセージが涙で滲んでいく。


「良かった……本当に良かった……」


 スマートフォンを胸に抱く。


「さっちゃん、おめでとう……良かったね、良かったね……」


 居間のテーブルの上に、喜びの涙が模様を描いた。


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