春休み

第177話 春うらら - 紡がれる物語たち

 季節は巡る。


 幸子たちが高校生になって、二度目の春を迎えた。

 朝夕はまだ冷える時があるものの、桜が満開な時期も過ぎ、新緑の季節。

 新しい一年が、また始まろうとしていた。


 ――春休み 戸神・森の里公園


「楽しかったー! ボウリング初めてやったよ!」


 太と腕を組んで、楽しそうに満面の笑みを浮かべている詩穂。

 春休みなので、太の元へ遊びに来ているのだ。


「詩穂ちゃんに喜んでもらえて良かったよ」


 太も嬉しそうに微笑んでいる。


「幸子姉ちゃんにも、静姉ちゃんにも勝っちゃったもんね!」


 ふふん! とふんぞり返った詩穂。


「詩穂ちゃん、すごく上手いんだもん……ちょっと悔しいな」

「今度、澄子さんも誘って三人でやろうよ。で、詩穂ちゃんを見返せるように練習しよう、ね!」


 幸子は、手をつないでいる駿と目を合わせて笑っている。


「私は運動不足です……ふたりについていけなかった……」

「静先輩は、本ばっか読んでっからだろ」


 ガックリしている静の頭を、達彦が優しくポンポンと叩いた。


 今日は、太と詩穂、駿と幸子、達彦と静のトリプルデート。

 詩穂がこちらに来るタイミングで、せっかくだからと、みんなで出掛けることになったのだ。


「しっかし、太にこんな可愛い彼女がいるとはな。正直驚いたぜ」

「キャーッ! 太兄ちゃん、聞いた? 聞いた? 可愛い・か・の・じょ・だってー! 達彦兄ちゃん、ありがとう!」


 『太の彼女』と言われ、大喜びの詩穂。


「タッツン、あんまり詩穂ちゃんを煽らないでね」

「あー、詩穂が彼女じゃご不満ですかー、そうですかー」


 詩穂は、太の頬をキュッとつねった。


「いたたたたた……す、すごく嬉しいです!」

「ホントー?」

「ホント、ホント!」


 太は、笑顔で詩穂をなだめている。


「じゃあ……詩穂のこと……好き?」

「へ?」

「詩穂は、太兄ちゃんが好きだよ。お正月に告白したよね?」

「う、うん……」

「でも、太兄ちゃんから返事聞いてない」

「あー……」


 弱り果てた太。


「やっぱり、詩穂みたいなガキは嫌だよね……でも! もう少し待ってくれたら、詩穂、きっと幸子姉ちゃんや静姉ちゃんみたいに可愛い女の子になるから! きっとなるから! だから……! だから……」


 詩穂は、うなだれてしまう。


「おい、太。オマエ、詩穂ちゃんに恥かかすつもりかよ。本気には本気で応えろよ」

「タッツン……」

「よく冗談で駿のことをチキンなんて言うけどよ、詩穂ちゃんの真剣な告白に応えられねぇんだったら、オメェは本物のチキンだ」


 悔しそうな表情を浮かべた太。


「なぁ、太。オマエから見たら、詩穂ちゃんって従妹いとこだし、きっと『可愛い妹』みたいな存在だと思うんだよ」

「うん……」


 太は、駿の言葉に小さく頷く。


「でもさ、詩穂ちゃんだっていつまでも子どもじゃない。詩穂ちゃんの言ってる『好き』は、子どもが口にする『好き』じゃなくて、ひとりの女性として、太という男性に対して、愛や恋心を込めて言っている『好き』だ」

「…………」


 何も言えない太。


「詩穂ちゃんは、従妹いとこや『可愛い妹』の垣根を飛び越えようと必死で頑張ってる。次は太、オマエの番だ。どんな答えであれ、太の気持ちを伝えるべきだと思う」

「そうだね……うん……駿やタッツンの言う通りだ」


 太は、詩穂に向き合う。


「詩穂ちゃん」

「うん……」

「ボク、口下手だから、はっきり言うね」

「うん、どんな答えでも大丈夫だよ! 太兄ちゃんの気持ちが知りたいんだ!」


 きっと断られるであろうと、必死で笑顔をつくる詩穂。


「詩穂ちゃん、好きだよ」


 驚きの表情を浮かべる詩穂を、太は優しく抱き寄せた。


「太兄ちゃん……ありがとう……ずっと……ずっと大好きだったよ……」


 詩穂は、太の胸で歓喜の涙を溢れさせる。


「太くんと詩穂ちゃん、良かったですね、谷(達彦)くん」

「そうだな、太はいい男なのに女っ気がなかったからな。それに世話を焼きたいタイプだから、年下の詩穂ちゃんはお似合いだろ」


 達彦は嬉しそうに微笑んだ。


「谷くんのそんな嬉しそうな顔、初めて見たかもしれません」

「ん~、そうか? 自分じゃよく分かんねぇな」


 静の言葉に、照れくさそうにする達彦。


「谷くん……」

「ん?」

「私、言っておきたいことがあるの……」

「なに?」


「私、谷くんが好きです」


 驚いた達彦が静を見ると、顔を真っ赤にしていた。


「ちゃんと言ってなかったなって……詩穂ちゃんを見て、勇気が湧きました……」

「あー……そうか……」


 困惑している様子の達彦。


「タッツン、本気には本気で応えろよ。オマエさんが言った言葉だぜ」

「タッツンさん、頑張って!」


 駿と幸子が達彦に声援を送った。


「谷くん、ゴメンね……困らせるつもりはないの……でも、私みたいなブスを隣においてくれて、本当に嬉しくて……でも、自信が無くて……で、でも、谷くんが好きなの……」


 うつむいてしまう静。

 駿と幸子だけでなく、太と詩穂も心配そうにふたりを見ていた。


 しかし、期待を裏切り、不満そうな表情をする達彦。


「俺は嫌いだね」

「!」

「何言ってんだ、オマエ?」


 達彦は静を睨みつけた。

 うなだれる静。


「タッツ――」


 間に入ろうとする幸子を、駿が腕を伸ばして止めた。


「駿くん、だって……」


 駿は笑顔を浮かべている。


 達彦は静に言い放つ。


「あのよぉ、そうやって自分のことをすぐにブスとか言うけどな、そういうのが一番嫌いなんだよ」

「…………」

「俺が好きになった女は、そんなにダメな女なのか?」

「谷くん……」

「いいか、静。可愛いだとか、ブスだとか、そんなのは関係ねぇんだ。俺が好きなのは、川中静というひとりの女なんだ。覚えとけ」


 目にいっぱいの涙を溜めて、達彦の胸に飛び込んだ静。

 駿たちもお互いに顔を見合わせながら、笑顔がこぼれる。


「ったく、しょうがねぇなぁ……静、オマエはお仕置きだ」

「お仕置き……?」


 達彦の胸の中で顔を上げ、きょとんとした静。

 珍しく顔を真っ赤にしている達彦。


「オマエをもらうぞ……俺がどれだけ静を好きか教えてやる……」


 静は目に涙を湛えながら、パァッと明るい表情になった。


「今日は帰さねぇからな……覚悟しとけよ……」


 満面の笑みを浮かべ、涙を溢れさせながら嬉しそうに頷く静。


「すべて……すべて差し上げます……ありがとう、谷くん……」


 静は、しがみつくように達彦に抱きついた。

 達彦は、そんな静の頭を優しく撫でていた。


「今日は、ここで解散しようか。それぞれふたりになりたいだろ」

「気ぃ使わせちまって悪ぃな、駿」

「いや、川中先輩とふたりでゆっくり過ごしな」


 駿の横で、達彦にサムズアップを笑顔で送る幸子。


「さっちゃん、生意気になりやがって」

「へへへ」


 幸子は、恥ずかしそうに笑った。


「さっちゃん、駿を頼むな」

「はい」

「おいおい、普通はオレに『さっちゃんを頼むな』だろ」


 そんな駿を無視して、達彦は続ける。


「コイツ、いつも強がってるけどよ、ホントはすげぇナイーブなヤツでな。だから、さっちゃんがコイツを支えてやってくれ」

「はい、お任せください」

「それと、さっちゃんも知ってると思うけど――」


 達彦の言葉を察したのか、幸子は駿の手を握り、ニッコリ笑った。


「――いや、うん、何も言うことはねぇ。駿、さっちゃんに感謝しろよ」

「あぁ、分かってる」

「じゃあな。ほら、静、行くぞ」


 静は、駿や太たちに軽く頭を下げた後、達彦にもたれ掛かるように腕を組んで、去って行く。


「アツアツですね」

「まったくだな。見せつけやがって……」


 頭をかく駿を見て、幸子は笑っていた。


「太兄ちゃん! 詩穂にも『帰さない』って言って!」

「詩穂ちゃんにはまだ早い! ダーメ!」

「いいじゃん、いいじゃん! 詩穂なら大丈夫だから! 言ってーっ!」


 頭を抱える太。


「詩穂ちゃん、最近美味しいお好み焼き屋見つけたって、太言ってたよ」


 詩穂の目が輝いた。


「駿兄ちゃん、ナイス情報! 太兄ちゃん、行こうよ!」

「よし、じゃあ食べに行こうか!」

「やったー! お好み焼きデートだー!」


 大喜びする詩穂の傍ら、太は駿に感謝の意を込めて、頭を軽く下げる。

 駿も、小さく笑顔で頷いた。


「じゃあな、太、詩穂ちゃん」

「詩穂ちゃん、また遊ぼうね」


 手を振る駿と幸子に、とびっきりの笑顔を見せる詩穂。


「じゃあねー、駿兄ちゃん、幸子姉ちゃん! またねー!」


 手をぶんぶん振りながら、太と去っていく。


「さっちゃん、お疲れ」

「駿くんこそ」


 ふたりは微笑み合うと、近くのベンチに座った。


「タッツンも、太も、幸せそうだったな……」

「そうですね。何だかむず痒くなっちゃいました」


 あははっと笑う幸子。


「オレたちも、そんな風に見えるのかな……」

「うーん……他から見てどうなのかは分かりませんが……」


 駿の手を握る力が強くなる。


「駿くんと手をつないでいる今、私とっても幸せです」

「オレもだよ、さっちゃん」


 笑い合うふたり。


「さっちゃん」

「はい」

「オレ、さっちゃんをもっと幸せな気分にしてあげたいんだ」


 幸子の手を離し、肩を抱き、そのままそっと抱き寄せた駿。


「私、これ以上幸せになったら、死んじゃうかもしれません……」

「死んじゃわないように、オレにしっかりつかまって……」


 顔を寄せる駿の首に手を回す幸子。


「さっちゃん……好きだよ……」

「駿くん……大好きです……」


 ふたりの顔がゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。

 まぶたを閉じるふたり。


 そして――


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