最終話 春うらら - 明日もきっといい日になる

 肩を抱き、そのままそっと幸子を抱き寄せた駿。


「私、これ以上幸せになったら、死んじゃうかもしれません……」

「死んじゃわないように、オレにしっかりつかまって……」


 顔を寄せる駿の首に手を回す幸子。


「さっちゃん……好きだよ……」

「駿くん……大好きです……」


 ふたりの顔がゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。

 まぶたを閉じるふたり。


 そして、そっと唇が重ね合――


「ちょっと待ったーっ!」


 ――唇は重ね合わなかった。


 驚いたふたりが目を開けると、そこには亜由美を先頭に、いつもの女性陣がいた。


「バカッ、亜由美! 我慢しろって言っただろ! ジュリア、亜由美を押さえとけよ!」

「コイツ馬鹿力で、あーしを振り切っていったんだよ!」

「あはははははは、駿とさっちゃん、残念でした~」


 唖然とする駿と幸子。


「えーと……なんでオマエらがここに……?」

「ぐ、偶然だよ! 偶然! たまたま通りがかって!」


 必死で言い繕うキララ。


「そ、そうそう、たまたまステージワンのボーリング場で駿たち見かけて、たまたま公園で駿たちを見かけたの! すっごいたまたまじゃね?」


 えへえへ笑いながらジュリアも必死で言い訳している。


「あれ~? トリプルデートを覗きに行って、後で駿とさっちゃんを冷やかすんじゃなかったっけ~?」


 ココアは、バカ正直だった。

 あわあわしているキララとジュリア。


「やだーっ! ファーストキスは私のなのーっ!」


 その横で、亜由美はガチ泣きしていた。


「ま、まぁ、オマエらの悪趣味な覗きは一旦置いておいてだ。何でこのふたりもいるの……?」


 駿が視線向けた先には、倫子と光がいた。


「あ、あの、ちょっと誘われて、ちょっと興味があったので……」

「倫子先輩は、そういうキャラじゃないでしょ!」

「あはははは……」


 顔を赤くして、笑って誤魔化す倫子。


「いや、倫子ちゃんは、アタシが高橋(駿)と山田(幸子)をものにしたら、高橋をレンタルして、押し倒す予定だぞ」


 光は、しれっと言い放った。


「それは、長嶺(光)先輩がそそのかしたんでしょ、どうせ」


 冷たい視線を浴びせる駿。


「な、なんで分かったんだ! 高橋はエスパーだったのか⁉」


 駿は、光を相手にすることをやめた。


「やだーっ! 駿も、さっちゃんも、私のなのーっ!」


 ガチ泣き続行中の亜由美。


「亜由美、オマエは落ち着け」

「やだーっ! 駿のファーストキスも、さっちゃんのファーストキスも、私のなのーっ!」


 さすがの幸子も苦笑い。


「オマエ、ホワイトデーのときは、散々キスキス煽ってただろうが」

「駿はチキンだから絶対できないと思ってたのーっ!」

「シバクぞ、オマエ」

「ぷっ! あはははははは!」


 幸子も思わず声を上げて笑ってしまった。


「オマエは手のかかるヤツだな、まったく」


 ベンチから立ち上がり、涙と鼻水を垂らしている亜由美の顔をハンカチで拭く駿。


「ほら、亜由美、しっかりしろ」

「だって……だって……」


 ヒックヒックと中々落ち着かない亜由美。


「亜由美さん……」

「さっちゃん……」

「私のファーストキスは、駿くんの予約済みなんです……ごめんなさい……」


 幸子は、申し訳無さそうに頭を下げた。


「オレのファーストキスは、さっちゃんの予約済みです……」

「う~……」


 うらやましそうに、ふたりをじとぉっと見つめる亜由美。


「じゃあ、セカンドキスでいい……」


 亜由美は、食い下がった。


「オマエは何を言っとるんだ?」

「私だって、駿と、さっちゃんと、キスしたいんだもん……」

「したいんだもん、じゃないだろ、コラ」

「あ、じゃあ、アタシ三番目な」


 乗っかってくる光。


「だったら、あーし四番!」

「五ば~ん」

「あらあら、だったら私は六番目ね」


 ジュリア、ココア、倫子がそれに続いた。

 駿は、助けを求める目でキララを見る。

 キララは、手をパーとチョキにして、たははっと笑っていた。


「七番目ってことね……」


 頭を抱える駿、そして困惑する幸子。

 駿は叫んだ。


「オレは、さっちゃんとしかキスしません!」

「え~っ」

「さっちゃんも、オレとしかキスさせません!」

「え~っ」


 幸子を抱き寄せる駿。


「横暴だー」

「恋人同士だからってズルイぞぉー」

「私たちの権利を無視するな~」


 駿と幸子のベンチを中心とした騒ぎに、徐々に人が集まり始めた。


「し、駿くん……」

「もう~、さっちゃんといい雰囲気だったのに~……」


 スススッとふたりに近づく亜由美。


「場所変えた方が良くない……?」

「誰のせいだよ!」


 駿は、思わずツッコんだ。


「じゃあさぁ、この話の続きは……駿の部屋ってことで!」

「さんせ~っ!」


 ギャル軍団と倫子・光は大喜び。


「ま、またこのパターンかよ! 大体こんな大人数入れねぇよ! ぎゅーぎゅー詰めになるぞ!」


 いつものパターンに巻き込まれ、慌てる駿。


 クイッ クイッ


 幸子が駿の袖を引っ張っていた。


「駿くん、今日はもう諦めましょう……」


 苦笑いする幸子。


「たぁー……まったく……」


 駿はベンチに座り、諦め顔だ。


「んじゃ、ウチ行くか。もうしょうがねぇ……」

「やったーっ!」


 大喜びの女性陣。


「さっちゃん、ゴメンな。亜由美には後でキツく言っとくからさ」


 幸子は笑顔で首を左右に振った。


「賑やかでいいじゃないですか、楽しくいきましょう!」

「ん、まぁ、そうだな。そう考えるか!」


 駿にそっと耳打ちする幸子。


「機会はたくさんあります。私、待ってますから……」


 耳打ちし返した駿。


「さっちゃんの唇、必ず奪うからね……」


 幸子はニッコリ微笑む。


「唇も、その先も……私の初めては、すべて駿くんのものです……駿くんの初めてで、私の初めてをすべて奪ってください……」

「さっちゃん……」

「予約済みでキャンセルできませんからね、ふふふっ……」

「ありがとう……大好きだよ、さっちゃん……」

「駿くん、大好き……」


 お互いの額をコツンを合わせ、優しく微笑み合った。


「はいはーい、イチャイチャの内緒話は終わりましたかー」


 亜由美の冷やかしに顔を上げると、全員がニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「そんな冷やかしするなら、ふたりきりにしてくれよ!」

「はーい、みなさーん、駿の部屋はこちらでーす。バス乗りますよー」


 駿の言葉を無視して、亜由美の先導に他のみんなもゾロゾロついていく。


「ア、アイツ、あとで絶対お仕置きしてやる……!」

「ふふふっ、駿くん、行きましょう! 私も駿くんのお部屋に行くの、楽しみです!」

「何度も来てるでしょ!」


 駿の手を引っ張って、急かした幸子。

 その向こうでは、早くおいでと亜由美たちが笑顔で手招きしている。


「何度だって、楽しみなものは楽しみなんです! 早く、早く!」



 幸子は、これ以上ないほどの幸せを感じていた。


 自分には友達や、ましてや恋人なんてできるわけがない。

 そう思っていたのも過去のこと。

 自分を受け入れてくれたたくさんの仲間たち。

 そして、自分の身体や心の秘密を知っても、自分を好きだと言ってくれた駿。


 時に逃げ出し、時に涙を流しながらも、未来へ向かって一歩ずつ踏み出していった結果、こんな自分にも恋人ができたのだ。


 この先、大人への階段を登っていく中で、これまで以上に辛いことが降り掛かってくるかもしれない。


 しかし、幸子は確信している。

 『明日もきっといい日になる』と。

 不確かな未来にあって、これだけは確信しているのだ。


 未来への希望の光を心に灯し、幸子は駿と仲間たちとの物語を紡いでいく。

 それはきっと、幸せに満ちた物語になるだろう。



〈了〉


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