第97話 図書室の少女 (9)
※ご注意※
物語の中に暴力的な描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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駅までの遠い帰り道。
静と達彦は立ち寄った公園で、退学になった牧原と
執念深い牧原から静を守るため、男子高校生をひとり撃退した達彦だった。
しかし――
楽しそうな笑みを浮かべる牧原。
「じゃあねぇ、谷(達彦)くん。死んだら、ごめんねぇ~」
牧原は、達彦にウインクした。
ガゴッ
ドサッ
その場に倒れる達彦。
「谷くん!」
静が後ろ振り向くと、特殊警棒を持ったもうひとりのナンコウの男子高校生が、にやけながら立っていた。
男子は三人いたのだ。
「谷くん! 谷くん!」
達彦の身体を揺さぶる静。
「あぁ~、あんまり揺らさない方がいいと思うよぉ~、思いっ切り頭にヒットしたから」
牧原は、倒れた達彦を見てケラケラ笑っている。
特殊警棒を持った男子高校生が、達彦が倒した巨漢を足蹴にした。
「図体ばっかりでかくてもダメだな……」
この男がリーダー格のようだ。
「ねぇ、牧原さん。この女、さらうんでしょ。味見していい?」
倒れている達彦にすがる静を、舐めるように見るリーダー格。
「あー……そいつ多分処女だからダメ。高く売れるから」
リーダー格は、チッと舌打ちした。
「憂さ晴らしに、その男、ボッコボコにしていいわよ」
顎で倒れた達彦を指す牧原。
「倒れてるヤツをイジメる趣味はねぇけどな……」
リーダー格は、達彦を見据えながら特殊警棒を構えた。
バッ
「おぉー、中々根性のある女だな」
静が倒れている達彦の前で、片膝を付きながら両手を広げる。
目に涙をため、身体はガクガク震えていた。
中腰になり、静の顔に手を伸ばし、顎を軽く掴むリーダー格。
顔を近づけ、しげしげと静の顔を見る。
「チッ、ブスかよ……これで可愛けりゃなぁ~」
リーダー格は、鼻で笑った。
「安心しな、お前みたいなブス、相手にしたくねぇからよ」
へらへらとしながら侮蔑の言葉を吐くリーダー格を、涙ながらに睨みつける静。
そして、静の顔の横から二本の腕が伸びる。
その二本の腕が、静の顎を持つリーダー格の側頭部を掴んだ。
「静から手を離せ」
側頭部を掴んだ両手の親指がリーダー格の両目に入る。
「ギャーッ!」
特殊警棒を落とし、目を押さえて悶絶するリーダー格。
静が振り向いた。
「谷くん!」
「あぁ、いってぇ……これ以上、静先輩にカッコ悪ぃとこ、見せらんねぇからな」
「谷くん! 谷くん!」
達彦に抱きつく静。
達彦は、静の頭をそっと撫でた。
「静先輩、アイツら躾けてくるから、ちょっと待っててな」
ガッ
立ち上がった達彦は、悶絶するリーダー格の顎を下から蹴り上げた。
ドサッ
そのまま後ろに倒れ込んだリーダー格。
気を失ったのか、ピクリとも動かない。
達彦は、牧原と最後のひとりとなった男子高校生に向き合う。
「あとはオマエらだけだけど、降参するなら――」
男子高校生は、制服の内ポケットからナイフを取り出した。
その光景に息を呑む静。
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
牧原が男子高校生を煽っている。
「んじゃ、最後まで付き合ってやるか」
ナイフ男と向き合った達彦。
お互い身動きしない時間が流れる。
ナイフ男は、達彦をナイフで切り刻もうと、腕を大振りした。
それを見越したように、その腕をサイドステップで避け、そのまま懐に飛び込み、ナイフ男のみぞおちに拳を入れる達彦。
「おごっ!」
男は、ナイフを落とし、身体がくの字に折り曲がる。
ゴッ
その頭を両腕で持ち、顔面に思い切り膝を叩き込んだ達彦。
ドサッ
男は倒れた。
牧原の方を向く達彦。
牧原は、一目散に逃げ出していた。
(
「ぐえっ!」
誰かに襟首を掴まれる牧原。
振り向くと、そこには笑みを浮かべた達彦がいた。
「俺、足速いんだわ」
サッカーで鍛えられた俊足は、今も健在だった。
「た、谷くん、ほ、ほんの冗談だから、ね」
引きつった笑顔を浮かべる牧原。
達彦はニヤリと笑みを浮かべた。
「もう遅ぇ。オマエ、この街にいられなくしてやるよ」
襟首を掴まれたまま、倒れている三人の男子高校生の元へ牧原を引きずっていく達彦。
(い、いくらなんでも、谷くんはそんな酷いことできないはず……とりあえず、謝りまくっておけば、そのうち開放されるでしょ……今は、再起の時を待つしかないわ……)
この期に及んで、牧原はまったく反省していなかった。
◇ ◇ ◇
夜の公園で、静と達彦の前で正座をしている牧原と三人のナンコウの男子高校生。
その姿をスマートフォンで写真に撮っている達彦。
リーダー格が声を絞り出した。
「オマエ、このままじゃ済まさねぇからな……絶対返してやる……」
達彦は、目もくれずにスマートフォンを操作している。
「あっそ、返せればいいな」
まったく意に介していない。
~♪
達彦のスマートフォンの着信音が鳴った。
スマートフォンを耳に当て、会話を始める達彦。
「もしもし……おぉ、久しぶり。元気か……あぁ、そうだ、LIMEで送ったメッセージと写真の件だ……あぁ……わかった、ちょっと待ってろ。今、スピーカーに切り替えるから」
スマートフォンを持ち直し、スピーカー通話に切り替えた。
そして、三人の男子高校生の前に差し出す。
「お前らのよく知っているヤツだ。ほら、話せ」
三人は顔を見合わせながら、訝しがっている。
そして、リーダー格が口を開いた。
「も、もしもし……」
『俺が誰か分かるか?』
「えっ?」
『分かんねぇのか、話になんねぇな』
「だ、誰だ、てめぇ……」
『「てめぇ」だと? 誰に口聞いてんだ! オイ、ゴラァ!』
三人の男子高校生の顔色が蒼白になっていく。
「ハ、ハヤテくん……?」
『ようやく分かったか』
達彦を見たリーダー格。
達彦は、ニヤリと笑っている。
『俺はいつも言ってるよな、筋の通らねぇことはするなって』
三人の男子高校生は震えていた。
『女には手を上げるなって』
「ハ、ハヤテくん! ち、ちが……!」
『違わねぇだろ、全部話聞いたぞ』
冷や汗が流れ出るリーダー格。
ハヤテと呼ばれる電話の向こうの声のトーンが一段低くなった。
『オマエら、今すぐ今回の件から手を引け』
「わ、わかりました……」
『手を引いたから終わりじゃねぇぞ、分かってんだろうな』
「…………」
何も言えず、身体を震わすリーダー格。
他のふたりも同じ状況だった。
『それと、そこにいる姉ちゃん。牧原って言ったか』
牧原は、突然名前が出て焦る。
「は、はい!」
『なんだオマエ、売春組織の元締めにでもなろうとしてたのか』
「!」
答えられない牧原。
『返答が無いってことは、そういうことなんだな』
「だ、だから何よ。何か文句あるの!」
牧原は、必死でハヤテに抗う。
『俺は文句ねぇよ。ただ、文句のある人たちはいるよな。分かるか?』
「…………」
電話の向こうで、鼻で笑う声がした。
『オマエ、バカだろ。同じような商売してる人らが文句言わねぇと思うか?』
「…………」
『そういう商売してる人らのケツ持ってんのは誰だよ』
「!」
牧原は息を呑んだ。
『気付いたか? オマエはそういう人たちにケンカ売ってんのと同じことをしてんだよ』
顔面蒼白の牧原。
「や、やめます! もう二度としませんから……!」
牧原は涙目だ。
『あぁ、ちょっと遅かったねぇ』
「えっ?」
『オマエの写真、名前付きでその筋に流しといたから。あなたたちの商売の邪魔をしようとしてますよって』
「えーっ!」
絶叫する牧原。
『名前と顔、出身校が分かれば、家バレすんのもすぐだろ』
牧原は、ガクガクと震え出した。
『オマエさん、可愛いギャルだからな。怖いオジサンたちにたくさん可愛がってもらえるだろ。その後は、地方の温泉の置屋にでも売り飛ばされるだろうな。未成年ともなれば、かなり良い値がつくし』
「いや……いやだ……いやだ……」
『良かったじゃねぇか。毎日、嫌っていうほど色んなオッサンに抱かれるんだぜ? そういうのが好きなんだろ? 性病にかかんなきゃいいけどな。 まぁ、かんたんには逃げられねぇから、たっぷり楽しんでこいよ』
地面に手を付き、絶望する牧原。
「もしもし、達彦だ。悪かったな、手間かけて」
『いや、こっちも迷惑かけてすまねぇ。ウチが絡んでること、駿も知ってんのか?』
「いや、まだ知らねぇ」
『じゃあ、そのまま黙っててくれ。アイツ、ひとりでもウチにカチ込んできそうだしな』
「負けるの分かっててもいくだろうな。そんときゃ、俺も一緒だ」
『やめろ、やめろ、面倒クセェ』
「駿は、ウチの学校の男全員相手にしようとしたしな」
『アイツは相変わらずだな……どうせ青クセェ理由だろ?』
「正解!」
『まぁ、それがアイツのいいところだからな……俺もオマエや駿と揉めたくねぇ』
「揉めねぇよ。お互い筋の通らねぇことは嫌いだしな」
『そうだな。冬休みに入ったら、駿も呼んで、メシでも食いに行こう』
「そうだな、また連絡する」
『おう、待ってるわ。じゃあな』
プツン
スマートフォンをしまう達彦。
「俺、オマエらの頭のハヤテと知り合いなんだわ。アイツ怒らすと、鬼のように怖ぇよな。知ってんだろ?」
三人の男子高校生は、身体の震えが止まらない。
「学校でハヤテに再教育されてこい。もう行け」
すごすごと去っていく三人。
残ったのは、牧原ひとり。
「さぁて、大変なことになっちゃったねぇ」
牧原は地面にひれ伏しながら、涙を流して震えている。
「お、お願い……助けて……」
牧原の前に立つ達彦。
「オマエ、静先輩が吉村に襲われて、抵抗する声を上げているとき、どうしてた?」
「…………」
「オマエのやってきたことが全部、今返ってきてるな……因果応報ってやつだ……」
自分のしてきたことに、今さらながら後悔する牧原。
「わ、私はどうしたら……」
「とりあえず、しばらくは家から出ないようにするか、外出するときはひとりきりになるな」
牧原は、素直に頷いた。
「その上で、もう一度てめぇの人生を見つめ直せ。このまま行ったら、オマエはいつか必ずお縄になって塀の向こう側に行くか、死ぬより辛い生き地獄へ落とされる羽目になるぞ」
涙をこぼす牧原。
「それでもいいなら好きに生きな」
牧原は、首を左右に振った。
「だったら、すでに退学っていう負の遺産を抱えちまっているんだ。真剣に自分の人生を考えるこったな」
うなだれる牧原。
「谷くん……お願いがあるの……」
静が達彦に懇願するように話し掛けた。
「牧原さんを家まで送ってあげて……私も行くから……」
「そうだな、分かった……」
「うぅ……川中さん、ごめんなさい……ごめんなさい……」
静の心遣いに嗚咽する牧原。
「ほら、牧原さん、立って……」
静と達彦は、懺悔の言葉を聞きながら、牧原を家まで送り届けた。
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