第96話 図書室の少女 (8)

※ご注意※


物語の中に暴力的な描写がございます。

お読みいただく際には十分ご注意ください。

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 牧原が退学となり、平穏な学生生活を送っている静。

 達彦はその後も図書室に通い、期末試験に向けた数学の勉強を続けていた。


「谷くん、今三十分経過しました」

「えっ、もうそんなに!」


 達彦は、静の言葉に驚く。


「はい、時間配分にも気をつけてください。あと十分ですよ」


 問題用紙に向かう達彦。

 今、達彦は静が作成してきた模擬試験に挑戦中。

 数学の問題を解く楽しみは知りつつあったが、試験の時間配分まで考えておらず、残った問題の量を見て、焦っている。

 それでも、諦めずに問題を解いていく達彦。


「五分前です。解答のチェックをしてください」

「おう」


 何とか最後まで問題を解いた達彦は、解答内容をチェック。


「あっ! ここ違うじゃねぇか!」


 慌てて問題を解き直す。


「はい! そこまで! 手を止めてください」


 静の声に、達彦は手を止め、シャーペンを置いた。


「じゃあ、採点しますね」

「おう……頼む……」


 イマイチ自信のない達彦。

 静は、答案用紙を受付カウンターに持っていき、赤ペンを入れていく。


 採点の終わった静が、答案用紙を持って達彦の元に帰ってきた。


「谷(達彦)くん……何点だと思いますか……?」


 達彦の顔を覗き込むように尋ねる静。


「半分位は……五十……四十点位か……?」


 静は、小さなため息をついた。

 そして、答案用紙を達彦に見せる。


「七十五点です」


 達彦の表情がみるみる明るくなっていく。


「マ、マジで⁉ いや、そ、それって静先輩が手心を……」

「加えてませんよ」


 ニッコリ微笑んだ静。


「…………」


 達彦は、言葉が出ない。


「失点箇所もケアレスミスが多いですから、落ち着いて試験に臨めば、谷くんはもっと点数を取れるはずです」


 胸から熱いものがこみ上げてくる。

 目頭が熱くなり、思わず顔を隠すように手を当てた。


「俺……基本バカだからよ……数学はもう諦めてたんだ……」

「うん」

「何やっても理解できなくて……数学なんてつまんねぇって……」

「うん」

「静先輩……本当にありがとう……」


 手を下ろし、顔を上げると、静が優しい眼差しで微笑んでいた。


「私は、谷くんができる、ということを証明しただけ。すべては谷くんの力だよ」

「俺の力……」


 静は、達彦を見つめながら頷く。


「じゃあ、ケアレスミスしたところをもう一度、一緒に確認しましょう」

「おう! やろう!」


 達彦の隣に座り、静は赤ペンを答案用紙の上で走らせながら、ひとつひとつ間違っている点、解くためのポイントを説明していった。


 ◇ ◇ ◇


「丁度、閉館の時間ですね」


 静の言葉に、達彦は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「静先輩、ありがとうございました!」


 それを見て、慌てる静。


「た、谷くん! や、やめてください……」

「静先輩のおかげです!」

「本番は、来週の期末試験ですからね。頑張ってください!」

「おう!」


 達彦は、笑顔で力強く頷いた。


「じゃあ、静先輩、行こうか」

「うん」


 図書室のカギを閉めて、バス停に向かうふたり。

 達彦は、バス停に貼ってある注意書きに気付いた。


「あっ! ヤバいかも……」


 慌てて時刻表を確認する。


「あー……次、三十分後だ……」


 バス停の注意書きは、ダイヤ改正についてだった。

 ガックリする達彦。


「あ、あの、谷くん!」

「ん?」

「あの……歩いていきませんか?」


 薄暗くて分からなかったが、この時、静の顔は真っ赤だった。


「駅まで一時間位かかるぜ、いいのか?」

「谷くんと、色々お話ししたいですし……」


 静は、思わずうつむく。


「んじゃ、たまにはのんびり歩いていくか」

「うん!」


 笑顔で顔を上げた静。

 ふたりは、駅までの薄暗い道を歩いていった。


 ◇ ◇ ◇


 とりとめのない会話を交わしながら、ふたりはゆっくり歩いていく。


「でも、これで谷くんも図書室を卒業ですね」

「へ?」

「教えられることは、もう無いと思いますし」

「いや、ちょ――」

「正直、ちょっと寂しいです……」

「いやいやいや、待てって」


 不思議そうな顔をした静。


「えーと、期末試験終わったら、図書室行っちゃいけないの、俺?」


 達彦は困惑気味だ。


「谷くんは、本がお好きなんですか?」

「いや、別に好きではねぇけど……」

「じゃあ、図書室に来る理由は無くなっちゃいますね」


 寂しそうに笑う静。


「無くはねぇだろ」

「?」


「静先輩と会いに行くため、ってのは理由になんねぇか?」


「!」


 達彦は特に他意無く言った言葉だったが、静にとっては、異性からそんなことを言われたことがなく、パニックを起こしかけていた。


「あー、いえ、その、理由というか、えーと……」


 自分の言った言葉の意味に気付く達彦。


「あ、悪ぃ、何かスゲェこと言っちゃったな、俺……」

「い、いえ、私も谷くんとおしゃべりするの楽しいですし……」

「じゃあ、また図書室行っていいか?」

「もちろんです! お待ちしていますね」


 静は、頬を赤く染めながら優しく微笑んだ。


「お! よっしゃ!」


 ガッツポーズを取る達彦。


(私みたいなブスが相手でもいいのかな……でも、嬉しい……)


 静は、達彦のそんな姿を見て、喜びの気持ちが心の中に溢れた。


(もうちょっと谷くんとおしゃべりしたいな……)


「た、谷くん、こっちから帰りませんか……?」


 静が指差したのは、公園だった。

 駅までは遠回りになるのだが、達彦と一緒にいたい静は、あえて公園の中を通っていくことを提案した。


「別にいいぜ」


(やった!)


 公園に入るふたり。

 あたりは大分暗くなり、街灯には明かりが灯り始めた。

 肌寒い冬の風が吹いていたが、ふたりは会話を楽しみながら、公園の中を歩いていく。


「しーずーかーちゃ~ん」


 聞き覚えのある声に振り向くふたり。


「牧原さん……」


 そこには、退学になった牧原と、ふたりの男子高校生が制服姿で立っていた。

 そのうちのひとりは、身長一九〇センチメートルはあろうかという巨漢だ。


「ズルいじゃな~い、谷くんといい関係になっちゃって~」

「えっ、いい関係……?」

「谷くんを公園に連れ込んで、そこらの茂みで盛っちゃおうって感じぃ~?」

「そ、そんなことしません!」


 否定する静を尻目に、達彦に話し掛ける牧原。


「ねぇ、谷くん。そんな根暗ブス、抱いたってどうせマグロよぉ~? どうせやるなら、可愛くて、男を喜ばすテクニックがある方がよくなぁ~い?」


 そう豪語するだけあり、牧原は可愛いと言って差し支えないレベルの女子だった。

 牧原は、媚びた視線を達彦に送っている。


 しかし、達彦はそれを鼻で笑った。


「この間も言ったよな。オマエなんかと金貰ってもやりたくねぇって」


 牧原の表情が凍る。


「静先輩を抱けるんだったら、何でもするけどな」


 達彦の言葉に、真っ赤になった静。

 そして、牧原の額には青筋が浮かんだ。


「アイツ、やっちゃって……」


 その言葉を合図に、一九〇センチメートルの巨漢が一歩前に出る。


「ナンコウか……」


 ふたりの男子高校生が着ているのは、駅の反対側にある県立戸神南高校(通称・南高ナンコウ)の制服だった。

 達彦を見て、ニヤリと笑った巨漢。


「おい、お前。その女を寄越せ。そしたらお前は許してやるよ」


 達彦は、静の前に立つ。


「アホか、オマエ」


 達彦のその言葉に、掴みかかろうと距離を詰めた巨漢。

 達彦は、逆に一歩前へ出る。


「フンッ!」


 ガッ


 巨漢の手をかわし、巨漢の懐に入り、身体をひねって思い切り顎に肘を入れる。


 ドサッ


 脳を揺らされた巨漢は、そのままその場に崩れ落ちた。

 白目を剥き、動く様子はない。


「なんだ、こんなもんかよ。次はオマエか?」


 巨漢を撃沈させ、もうひとりの男子高校生を挑発する達彦。


 しかし、牧原は笑みを浮かべていた。


「谷くん、こわぁ~い」


 そう言いながら、笑っている。


「でもねぇ、静ちゃんには、稼いでもらうことになってるから。お前みたいなブスでも女子高生ブランドは強いからねぇ~」


 静は、蔵書保管室での一件を思い出した。

 身体中に虫酸が走る。


「退学になった私には、怖いものなんてないのよぉ~」


 ニタァ~っと笑った牧原。

 思わず、達彦の後ろに隠れる静。

 達彦も、静を庇っている。

 それを見て楽しそうな笑みを浮かべた牧原。


「じゃあねぇ、谷くん。死んだら、ごめんねぇ~」


 牧原は、達彦にウインクする。


 ガゴッ


 ドサッ


 その場に倒れた達彦。


「谷くん!」


 静が後ろを振り向くと、特殊警棒を持ったもうひとりのナンコウの男子高校生が、にやけながら立っている。


 男子は三人いたのだ。


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