第95話 図書室の少女 (7)

 牧原の罠に嵌り、蔵書保管室に閉じ込められた静と吉村。

 静は、幸子に救出を求めた。

 幸子は苛烈な暴行を受けながらも、牧原を退け、達彦に連絡。

 達彦と駿が救出に急行し、静と吉村は助け出された。


 いつの間にか、非常ベルは止まっていた。

 そして、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえる。


「おい、何だこれは! いったい何があった!」


 教師がふたりやってきた。


 突然の非常ベルに駆けつけたのだが、怪我した幸子や壊れた扉、一年生から三年生まで揃っている状況に、やってきた教師たちも状況がまったく分からず、目を白黒させる。


 怪我している幸子は、駿に抱きかかえられて、そのまま保健室へ。

 それ以外は、その場で事情聴取となった。


 ――静は牧原から日常的にイジメを受けていたこと。

 ――静は牧原から水を掛けられ、着替えを使って蔵書保管室に誘導され、部屋に監禁されたこと。

 ――吉村は、牧原から援助交際を求めている女子がいると騙され、蔵書保管室に来て、牧原に金銭を支払ったこと。

 ――吉村は、静の様子に、牧原から騙されたことを知り、実際に性行為には及ばなかったこと。

 ――静は、幸子にLIMEで救出を求めたこと。

 ――幸子は、静の救出の求めに応じたが、牧原に捕まり、暴行を受けたこと。

 ――幸子は、身の危険を感じ、緊急避難的に火災報知機のボタンを押したこと。

 ――幸子は、達彦たちにLIMEで救援を求めたこと。

 ――救援に来た達彦が、蔵書保管室の扉を壊して、静と吉村を救出したこと。


 教師たちは、静たちの話に戦慄した。

 校内で、生徒主導かつ生徒を対象とした売春斡旋行為が行われ、買春しようとした生徒がいたというのである。

 教師たちは、静たちに、いつでも学校から連絡がつく状態にいるよう指示し、一旦ここは解散となった。


 この日の放課後、緊急の職員会議が開催。

 静たちからの証言の情報に、教師たちは騒然となる。

 様々な意見が飛び交ったが、学校や生徒たちへの影響を考慮し、緊急で牧原を親同行で呼び出し、事情聴取を行い、早急な処分を行うことになった。


 ◇ ◇ ◇


 ――翌日


 母親と共に学校を訪れた牧原は、校長と担任教諭からの事情聴取に対して、一切を否定。

 それに対し、学校側は早急な処分を進めるため、静、吉村、幸子を同席させることを決断した。


 静、吉村、幸子は学校側からの呼び出しに応じ、事のあらましについて証言。


 静は、イジメと監禁について、日頃から陰湿なイジメを受けていたことと、意図的な蔵書保管室への誘導について語った。

 牧原はそれらを否定したが、吉村は、金銭のやり取りがあり、静が蔵書保管室で援助交際を求めていると騙され、性行為に及ぼうとしたことを明らかにした。


 ふたりの証言に、牧原は沈黙してしまう。


 最後に、幸子からの証言があった。

 幸子は、幸いに骨折などはしていなかったものの、鼻にはテープで止めたガーゼが、左頬には大きな絆創膏が貼られており、その痛々しい姿はその場にいた校長や静たちから大きな同情を買うことになる。

 そして、牧原から苛烈な暴力を振るわれ、自分のことは言うな、裸を撮影してネットに流すと脅迫を受けたことを証言。

 また、客を取らせると、売春を強要させるような発言があったことも明らかにした。


 幸子の言葉に牧原は何も言えず、その横で母親は涙を流しながら、静や幸子に何度も頭を下げていた。


 静、吉村、幸子は、ここで退室。

 学校側は、牧原の態度から今回の話が真実であると判断した。

 詳しい話をするよう求められた牧原は、静と達彦の仲が良く、袖にされたことを逆恨みし、吉村を使って静を陵辱するつもりだったことを告白。

 幸子には、図書準備室に出入りするところを見られたため、情報が漏れないように暴力を振るったと説明。

 学校側が一番懸念していた生徒間の売春斡旋については、今回が初めてで、幸子には脅しのつもりで言ったとのことで、校長や担任教諭はホッと胸を撫で下ろした。


 結果、学校側は売春斡旋と暴行について庇いようがなく、また学校や生徒たちに及ぼす影響があまりにも大きいことから、厳しい処分を下さざる得ないことを牧原と母親に説明。

 牧原に示された選択肢は、懲戒処分としての強制的な退学と自主退学のふたつだけだった。


 嗚咽を漏らしながら涙を流す母親を横目に、牧原は自主退学を選択。その場で退学届を書くことになり、学校側はそれを受理した。


 また、牧原の両親は、静と幸子の自宅を訪れ、涙ながらに謝罪。

 静と幸子は、牧原が退学という社会的制裁を受けていることや、おかしな噂が広がらない様、これ以上大事になることを望まない意向だったため、警察沙汰にはしないことを牧原の両親を伝え、この一件は幕を閉じることになった。


 さらに、吉村に対する処分も下ることに。

 三ヶ月前に十日間の停学になったにも関わらず、買春行為を行い、なおかつその対象が下級生だったことは、学校側に大きな衝撃を与えた。

 これについて、吉村の退学は避けられない見通しとなり、吉村本人も自身の行いを反省し、それを受け入れる意向だった。

 しかし、買春行為を援助交際などと言い換え、間違った行為であることを認識していなかったこと。

 そして、何よりも強制的な性行為に及ばなかったことや、誤解を解いた後は紳士的だったことなど、静から情状酌量の嘆願があったため、学校としても最後のチャンスを与えることになった。

 吉村には五日間の停学処分が下され、以降小さなことでも問題を起こした場合は、問答無用で退学処分となることを言い渡され、それを了承した。


 牧原の取り巻きふたりについては、静がイジメを訴えることもなかったため、罪に問われるようなことはなかったが、罪悪感にさいなまれ、ホームルームの時間にクラスメイトたちの前で静へのイジメを告白。

 この行動に静も驚いた。

 静は、彼女たちから直接的な暴力を振るわれなかったことや、トイレでの一幕で自分を庇ってくれたこと、また今回の謝罪で心から反省しているとしてそれ以上のことは求めなかったが、本人たちがそれを良しとせず、懲罰として学校からの三日間の停学処分を受け入れた。

 以降、静へのイジメは無くなった。


 ◇ ◇ ◇


 ――その翌日の放課後


 教室の幸子の席で談笑する駿と幸子。

 幸子の顔には、まだ鼻にガーゼが当たっており、左頬にも大きな絆創膏が貼られている。


「そっか、さっちゃんは、図書室の川中先輩を知っていたんだね」

「はい、私は図書室の常連なので、図書委員の川中先輩とは顔見知りでした」

「さっちゃん、本、好きだもんね」

「はい、川中先輩も本が好きで、進んで図書室の受付をしていたんです。それで話が合いまして……」

「で、LIMEも交換してたと」

「そうなんです、たまに新しい本が図書室に入るので、その時にLIMEで教えていただいていました」

「タッツンと川中さんの関係も知ってたの?」

「あー……うっすらとですが……本を借りに行った時、タッツンさんと一緒に勉強しているのを何度かお見かけして……その時は、声を掛けずに帰りました」

「テスト勉強つながりだったのか!」

「おそらく、そうだと思います」


 駿が優しい表情になった。


「いやタッツンにはさ、あんな感じの大人しくて、でも陰ながらタッツンを引っ張ってくれるような、ちょっと年上のしっかりした女の子が似合うなって勝手にそう思ってたからさ」


 微笑む幸子。


「私も、あのおふたりはお似合いだと思います。もうすぐ期末試験ですが、試験が終わっても、仲良くしてほしいなって思います」


 駿は、にこやかに頷いた。

 が、すぐに心配そうな表情になる。


「ところで、さっちゃん。顔の怪我は……」

「はい、ぜんぜん大丈夫です。すぐに絆創膏とかも取れると思いますので」

「でもさ、さっちゃん、女の子だし……」


 何てことのないように笑う幸子。


「私、元々こんな顔ですからね。ちょっと位キズがあっても、気にならな――」

「さっちゃん!」


 駿は、幸子の言葉に被せるように叫んだ。

 驚く幸子。

 教室に残っているクラスメイトも、何事かとふたりを見ている。

 駿は、その場に片膝をつき、幸子の手をそっと握った。


「し、駿くん……」

「生きた心地がしなかった……」

「えっ?」

「血まみれになってるさっちゃん見て、オレ、生きた心地がしなかった……!」


 駿が涙目になっていることに気付く幸子。


「駿くん……」

「本当に……本当に生きた心地がしなかったんだよ……」


 幸子は、自分の手を握っている駿の手を、強く握り返した。


「心配かけて、ごめんなさい……」

「ううん、オレもさっちゃんを守れないで、本当にゴメン……」


 うなだれる駿。


「駿くんのせいじゃありません! もっと……もっと駿くんを頼るようにします……」

「約束したもんな、お互いに支え合っていこう」

「はい!」


 ふたりは笑顔を交わした。


「おふたりさ~ん、ここ教室だよ~」


 クラスメイトの声に周りを見渡すふたり。

 クラスメイトたちが、ニヤニヤしながら見ていた。

 慌てて手を離し、立ち上がる駿。

 ふたりとも顔が真っ赤だ。


「高橋(駿)! リア充は爆ぜろ! 山田(幸子)さんとイチャイチャしやがって!」


 男子がニヤニヤしながら駿を冷やかす。


「お、オマエら、リア充って……イチャイチャもしてねぇっての!」


 慌てて弁解した駿。


「山田(幸子)さん、いいなぁ~、私もカッコいい男の子にそんな情熱的に愛を囁かれたいわぁ~」


 女子のひとりがニヤニヤしながら幸子を冷やかす。


「あ、愛⁉ 囁かれてません! こ、これは、と、友達としてですね……」


 幸子も慌てて弁解した。


「と、友達……? 見ろ! オメェらが冷やかすから振られちまっただろうが!」


 教室が爆笑の渦に包まれる。

 クラスメイトたちの暖かい冷やかしに、ふたりはただ頬を赤く染めるのだった。


 ――その頃、達彦は図書室にいた。


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