第94話 図書室の少女 (6)
牧原の罠に嵌り、蔵書保管室に閉じ込められた静。
静を襲おうとした吉村も、牧原に騙されたことを知り、謝罪。
静はそれを受け入れた。
蔵書保管室の外では、牧原に暴行を受けた幸子が機転を利かし、牧原を退ける。
幸子は、自分の怪我もそのままに、静と吉村が閉じ込められている蔵書保管室に向かった。
蔵書保管室は、南京錠で施錠されており、幸子も開けることができない。
「ぜんばいいがいに だれがいるんでずか?」
(先輩以外に、誰かいるんですか?)
幸子は、鼻血まみれで、鼻で息ができない状態だ。
「三年の吉村だ。彼女には何もしていないし、何もしない」
男性の声がして驚く幸子。
「この非常ベルは、何かあったのか?」
男性が幸子に尋ねた。
「いいえ なにぼないでず わだじがおじまじた」
(いいえ、何もないです。私が押しました)
「わかった、じゃあ、あとは扉を開けるだけだな……」
廊下から誰か走ってくる音がする。
図書準備室に走り込んでくる達彦と駿。
「さっちゃん!」
幸子は、達彦の呼び掛けに振り返る。
「!」
血まみれの幸子に驚く達彦と駿。
「さっちゃん、どうしたんだ!」
駿が幸子に駆け寄る。
よく見ると、床にも点々と幸子のものと思われる血痕が残っていた。
「わだじはだいじょうぶでず だっづんさん ながにがわながぜんばいが……!」
(私は大丈夫です。タッツンさん、中に川中先輩が……!)
幸子の必死の訴えに、達彦が頷く。
「わかった、わかったから、さっちゃん一回横になろう」
駿は制服の上着を脱いで、床に引き、その上に幸子を寝かした。
「静先輩! そこにいんのか⁉」
扉の向こうに呼びかける達彦。
「谷(達彦)くん?」
「おう、俺だ!」
「谷くん! 谷くん!」
扉の向こうから聞こえる静の声は震えていた。
「静先輩、もう大丈夫だからな!」
「うん! こっちは吉村さんもいるから大丈夫!」
「吉村?」
「あー……谷か……久しぶりだな……」
聞いたことのある男の声が扉の向こうから聞こえてきた。
駿と達彦の表情が変わる。
「何でてめぇがそこにいんだ!」
叫ぶ達彦。
「ちょ、ちょっと待てって、彼女には何もしてねぇよ……」
扉越しでも吉村がビビっているのが分かる。
「谷くん、本当に私は何もされてないから! 吉村さんも騙されてここにいるの!」
「静先輩がそういうなら……」
「谷くん、心配してくれてありがとう」
「心配すんのは当然だっつうの……」
扉の向こうで静が呟いた『本当にありがとう』は、達彦の耳には届かなかった。
「静先輩、カギ壊すから扉から離れて」
「うん、わかった」
扉の向こうから人の気配が消える。
「あら……よっと!」
ガキッ
錠前の部分を蹴飛ばす達彦。
南京錠はびくともしていないが、扉が木製のため、蹴ったところが壊れかけた。
「かてぇな、ちくしょう……オラァーッ!」
バキンッ
達彦が思い切り蹴飛ばすと、扉の方が壊れた。
南京錠は意味をなさず、柱へネジ止めされた錠にブランとぶら下がっている。
カラカラカラカラ
「谷くん!」
ジャージ姿の静が、達彦に駆け寄ってきた。
「静先輩!」
達彦に抱きつく静。
「谷くん……谷くん……」
自分の胸の中で身体を震わせる静。
達彦は、これまでに感じたことのない感情に支配され、静をただただギュッと抱きしめた。
涙に濡れたままの顔を上げる静。
「谷くんは、どうして私がここにいるって……」
「さっちゃんが教えてくれたんだ」
「さっちゃん……? 山田さんのこと?」
達彦は、幸子を静が知っていたことに驚いた。
「えっ? 静先輩、さっちゃんのこと知ってんの?」
微笑む静。
「ええ、図書室の数少ない利用者のひとりですもの」
「さっちゃんも図書室を利用していたのか」
「私、牧原さんにここへ閉じ込められた後、一か八か、山田さんにLIMEを送ったの」
「そうか、だから……」
「山田さんは? お礼を言わないと……」
静は達彦の手を離れ、扉の外、図書準備室に入った。
「山田さ――」
静の目に飛び込んできたのは、シャツの胸元が血だらけになって、床に横たわっている幸子の姿だった。
「キャーッ! 山田さん、山田さん!」
幸子に駆け寄る静。
幸子の周りには、血がついたハンカチやティッシュが散らばっており、血まみれだった顔は駿が拭ってキレイになっていたが、頬が腫れているようだった。
幸子は、静に気付く。
「がわなかぜんばい よがっだ ぶじでずね」
(川中先輩、良かった、無事ですね)
「あなたが無事じゃないじゃない!」
涙を流し絶叫した静。
「あのおんだぼ げぎだいじてやでぃまじだ」
(あの女を、撃退してやりました)
幸子は、血に塗れた震える手でピースサインをする。
その手をそっと握った静。
「ありがとう……山田さん……ありがとう……」
幸子が優しく微笑む。
「さっちゃん、とりあえず保健室行こう、ね」
駿の言葉に、ヨロヨロと立ち上がろうとした幸子。
「さっちゃん、そのままでいいよ」
幸子をひょいっと持ち上げる駿。
「!」
いわゆるお姫様抱っこだ。
「じ じゅんぐん わだじあるげでゅ!」
(し、駿くん、私歩ける!)
「はい、はい、怪我人は大人しくする」
達彦は、その様子を見て、静に声を掛ける。
「静先輩は、怪我とかない……?」
「はい、大丈夫です」
微笑んだ静。
「あー……そうか……うん、何よりだ……」
達彦は、どことなくガッカリしている。
いつの間にか、非常ベルは止まっていた。
そして、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえる。
「おい、何だこれは! いったい何があった!」
教師がふたりやってきた。
突然の非常ベルに駆けつけたのだが、怪我した幸子や壊れた扉、一年生から三年生まで揃っている状況に、やってきた教師たちも状況がまったく分からず、目を白黒させた。
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