第93話 図書室の少女 (5)

※ご注意※


物語の中に暴力的な描写がございます。

お読みいただく際には十分ご注意ください。

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 牧原の罠に嵌り、蔵書保管室に閉じ込められた静。

 そこに現れたのは、素行の悪い三年生・吉村。

 静は、牧原の策略で吉村に売られたのだった。


 図書準備室から廊下に出た牧原。


「あ……」


 牧原は、声がした方を見る。

 そこには、小柄な一年生の女子がいた。


 幸子だ。


 幸子は、振り返って逃げた。

 牧原と目が合った瞬間、危険を感じたのだ。


 しかし――


「ぐえっ……」


 後ろから牧原に襟首を掴まれる。


 ブンッ ドッ


 そして、そのまま床に投げ倒された。


 バヂッ


 倒れた幸子の頬を拳で殴りつける牧原。

 幸子の髪の毛を掴み、そのまま図書準備室に連れ込んだ。


 バタッ


 床に倒される幸子。


 パンッ パンッ ゴッ パンッ ゴッ

 

 牧原は、幸子の顔を殴り続けた。

 鼻血を流し、ぐったりする幸子。


(チッ! こんな邪魔が入るとは……)


 牧原は、予定が崩れたことに苛立ちを隠さない。

 幸子の胸ぐらをつかむ牧原。


「おい、クソチビ! 私がここいたことは絶対言うんじゃねぇぞ! もっと酷い目にあわすぞ!」


 牧原は幸子を脅した。

 幸子は、そんな牧原を睨みつける。


 パンッ ガッ


 また幸子を殴りつけた牧原。


「そばかすだらけの気持ち悪ぃツラしやがって……」


 鼻血で息がしづらい状態で、幸子は声を絞り出す。


「おばえのぼうがぎもぢわでゅい……」

(オマエの方が気持ち悪い……)


 その言葉に、達彦から拒否された時のことを思い出す牧原。

 牧原は怒りに支配される。


「こ、このクソチビーッ!」


 幸子を思い切り殴ろうと、目を見開き、右腕を大きく振り上げる牧原。


 ペッ


「ギャッ!」


 幸子は、牧原の顔を目掛けて、口に溜まっていた血を思い切り吐いた。

 その血が目に入り、悶絶する牧原。


(お願い……動いて……!)


 幸子は、恐怖で身動きが取れなくなったことを思い出す。

 幸子は飛び上がった。


(動いた!)


 部屋の扉に手を掛ける。


 ガラガラガラガラッ バンッ


 図書準備室から逃げ出した幸子。


(もう少し……もう少し……)


「ぐっ」


 しかし、すぐに牧原に捕まってしまう。


 ダンッ


 牧原に襟首を掴まれ、壁に叩きつけられる。


「逃げちゃダメじゃな~い、クソチビちゃ~ん。私、足速いのよぉ~」


 ニタァ~っと笑った牧原。

 そして、自分の顔を幸子の顔に寄せて凄む。


「逃げられるわけねぇだろ、ここじゃ助け呼んでも誰もこねぇよ」


 校舎の端にある図書室は、授業中のこの時間、周囲には誰もいなかった。

 それでも幸子は、牧原を睨みつける。


「よくわかった、オマエも裸にひん剥いて写真撮影だな……オマエにも客を取らせるか……」


 スマートフォンを取り出し、ニヤつく牧原。


 この状況に、なぜか鼻血まみれの幸子もニヤッと笑った。


「わだじ いっがいやっでみだがっだんだ」

(私、一回やってみたかったんだ)


 その言葉に、牧原は微笑む。


「あらぁ~、おチビちゃんもやってみたかったのねぇ~。ちょっと男の人と寝れば、たくさんお金もらえるからねぇ~、たくさん気持ち良くしてもらえるわよぉ~」


 幸子は呆れた。


「ぞれは おごどわりです」

(それは、お断りです)


「あらぁ、アンタみたいな気持ち悪い女、このままにしてたら誰ともできないわよぉ~」


 牧原は、嫌らしい笑みを浮かべる。


「おあいにぐざま、ごんなわだじでぼいいっでいっでぐれでるひどがいばすので」

(お生憎様、こんな私でもいいって言ってくれてる人がいますので)


 また達彦に拒否された時のことを思い出した牧原。

 牧原の額に青筋が浮かぶ。


「てめぇの素っ裸、ネットに流してやるよ……」


 その言葉に、笑みを浮かべる幸子。


「でぎるわげない」

(できるわけない)


「私はやるって言ったらやるわよ」


 牧原は鼻で笑った。


「いっだでじょ やっでみだがっだっで」

(言ったでしょ、やってみたかったって)


「?」


 幸子の言っている意味が分からない牧原。


 牧原は、勘違いをしていた。

 牧原は幸子を捕まえたが、幸子はこの時点で逃げ切っていたのである。


「わだじがやっでみだがっだのば ごれだ」

(私がやってみたかったのは、これだ)


 左腕を横に大きく伸ばす幸子。


 パチン


『ジリリリリリリリリリリリリリリ』


 幸子は、壁の火災報知機のボタンを押した。

 大音量で校内に響き渡る非常ベルの音。


 牧原は突然のことに驚き、幸子を見る。

 幸子は、にへらっと笑った。


「ざぁ どうずる?」

(さぁ、どうする?)


 ガッ ドサッ


 幸子は牧原に顔面を殴りつけられ、その場に倒れる。

 そのままどこかに逃げ出した牧原。


『ジリリリリリリリリリリリリリリ』


 非常ベルは鳴ったままだ。

 幸子は何とか身体を起こし、スカートのポケットに入れていたスマートフォンを取り出した。


(タッツンさんに……タッツンさんに……)


 スマートフォンの画面に鼻血が落ちる。

 幸子は、朦朧としながらLIMEのグループチャットにメッセージを投稿した。


 ◇ ◇ ◇


 幸[タッツンとしょしつかわなか]


 ◇ ◇ ◇


 フラフラになりながら、蔵書保管室に向かう幸子。


 バン バン バン バン


 幸子は扉を叩いた。


「がわなかぜんばい いばすが⁉」

(川中先輩、いますか⁉)

「山田(幸子)さん⁉ 来てくれたんだね!」


 扉の向こうから静の声がする。


「ぶじなんでずね?」

(無事なんですね?)


「うん、大丈夫。ちょっと危なかったけど……」


「あぶながっだ?」

(危なかった?)


「襲われそうになったけど、今は大丈夫」


「ぜんばいいがいに だれがいるんでずが?」

(先輩以外に、誰かいるんですか?)


「三年の吉村だ。彼女には何もしていないし、何もしない」


 男性の声がして驚く幸子。


 ◇ ◇ ◇


 ――少しだけ時間を遡る


 吉村は、牧原に一万円を支払い、静を買った。

 事情を知らない吉村は、静が「乱暴されるような激しいプレイが好き」だと聞いていたため、静に襲いかかっていた。


「いやぁーっ! やめて、やめて!」


 暴れる静を押さえつける吉村。


「こんなのが好きなんて、オマエもよっぽどだな!」


 吉村はいやらしい笑みを浮かべた。


「お願い! やめて、やめてーっ!」


 無理矢理ジャージの上着のチャックを下ろそうとする吉村。

 静は、涙を流しながら叫んだ。


「助けて! 谷くん! 谷くん、助けて! 谷くん!」


 涙をボロボロこぼす静を見て、吉村の手が止まる。


「あのさぁ……一応確認だけど、こういうのが好きなんだよな?」


 静は、涙ながらに答えた。


「ど、どういうことですか……?」


 身体を離す吉村。


「ちょっと待った……キミはウリしてるんじゃないの?」

「ウリ……?」

「援助交際的なこと」


 静は驚いた。


「し、していません! そんなことしていません!」


 頭を抱える吉村。


「あー……騙された……ホントにゴメン。もうキミには触れないから」


 吉村は立ち上がり、一歩後ろに下がった。

 静は震えている。


「ホントに申し訳ない……絶対キミには何もしない、約束する」


 吉村の言葉に、震えながら頷いた静。


「あ、あの、どういう状況なんですか……?」


 静は、恐る恐る吉村に尋ねる。


「あー……牧原ってヤツと仲良くてね。援助を求めている女子がいるからって……乱暴な激しいプレイが好きだって聞いて……」


 唖然とした静。


「俺、前にちょっとしでかしちゃって、評判悪いから……三年の吉村って、悪い意味で有名だろ。それでも牧原とは仲良かったから、信用したんだが……」


 静も、吉村の噂は聞いている。


「今度はこれか……いや、本当にゴメン、同意しているつもりだったんだ……」


 静に深々と頭を下げた吉村。


「あ、あの……」

「ん?」

「事情は理解しました……でも、買春行為は違法ですし、同じ高校生が相手となると……もうこういうことは、誘われたりしてもおやめになった方が良いと思います……」

「そうか……」


 吉村は、両手で頭を抱える。


「卒業直前で退学か……」

「…………」


 静は何も言えなかった。


 そんな時だった。


『ジリリリリリリリリリリリリリリ』


 けたたましく非常ベルが鳴る。


「え? なに⁉」

「立てるか?」


 吉村が静を気遣うが、腰が抜けてしまっているようだ。


「嫌かもしれんが、つかまって」


 吉村が伸ばした手につかまる静。

 静は、何とか立ち上がった。


「よし、あとは扉を開けないと……」


 ガヂンッ


 吉村が扉を開けようとするが、南京錠がかかっているせいで開けることができない。


「くそっ、ダメだ」


 扉を叩いて、人を呼ぼうとした時だった。


 バン バン バン バン


 扉の外から扉を叩く音がした。


「がわなかぜんばい いばすが⁉」


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