第61話 少年の過去 (2)
――中学生時代の駿
所属していたサッカー部の先輩・天木とマネージャー・絵美里による、天木のポジション取りのための謀略にかかり、駿は練習試合で結果を残すことができなかった。また、絵美里により心を深く傷付けられた駿は、県大会を待たずしてサッカー部を退部してしまう。
その後、天木の能力では、駿の代わりは果たせず、県大会も予選一回戦で敗退。不甲斐無い結果に、チームメイトたちは涙していた。
この時、チームメイトのひとりが涙ながらに叫んだ。
「アイツが俺たちを裏切ったからだ!」
この瞬間、本来天木に向かうべきチームメイトの怒りが、駿に向いてしまったのである。
達彦は、必死でチームメイトをなだめたが、その怒りの渦が収まることはなかった。
喜んだのは、天木と絵美里である。
ここまでの展開は考えていなかったが、あまりに良いように転がり、ふたりは笑いが止まらなかった。
翌日から、駿を見る周囲の目が侮蔑の目へと変わっていった。
当時から背が高く、体格の良かった駿に直接的に絡んでくる者はいなかったが「裏切り者」「県大会敗退の戦犯」と噂されるようになる。
それを見かねた亜由美が、駿と行動を共にするようになるが、これも裏目に出た。
男子に人気のあった亜由美が駿と行動することで、男子からいらぬ嫉妬を買うようになってしまい、「女に守られている」「中澤(亜由美)は騙されている」と別の視点からの良からぬ噂が広まってしまったのである。
それでも、駿は沈黙を守った。反論したくても、絵美里との関係は、達彦と亜由美以外は誰にも知られていなかったためだ。また、ふたりが一緒にいる姿は、達彦も亜由美も見ていなかった。
さらに「練習試合で結果を出す」という自分への誓いを守ることが出来なかったのに加え、脳裏にちらつく天木と絵美里の口づけが、駿の心を完全に折っていたのだ。
ある日、状況が悪くなる一方の駿を、達彦と亜由美が呼び出した。
達彦は、もう一度サッカーをやろうと、文句のあるヤツは実力で黙らせようと、駿を鼓舞。
亜由美は、駿が頑張るなら、全力でサポートすると約束。
この時点で、達彦も、亜由美も、駿と仲の良いことが原因で悪い噂が流れ始めていた。
達彦は、駿とともに喫煙や万引きを繰り返すような不良だという噂が、亜由美に至っては駿と身体の関係があるという噂が広まりつつあり、駿もそれを耳にしていた。
しかし、ふたりは駿を責めることを一切しなかった。
そんなふたりの言葉を聞いた駿は、その場で号泣してしまう。
その姿にふたりは衝撃を受けた。
駿とは、ふたりの中ではリーダーシップを取って、自分たちを笑顔で引っ張ってくれる、頼りになるリーダーなのだ。ふたりは、駿が号泣しているところなど、これまで一度も見たことがなかった。その駿が人目をはばからず、大声を上げて泣いているのである。
駿を抱きしめた達彦と亜由美。
駿の嗚咽は、しばらく続いた。
駿は、これまでのすべてのことをふたりに告白。
――絵美里との交際は罠だったこと。
――天木と絵美里がグルだったこと。
――そのふたりに嵌められたこと。
――自分の心が弱くて練習試合で結果を残せなかったこと。
――あのふたりがいるサッカー部にはいられなかったこと。
そして、すべてを諦めたこと――
ふたりは駿を抱きしめ、自宅アパートへと送り届けた。
達彦も、亜由美も、今回のことに激怒。
ふたりはすぐに行動に移した。
◇ ◇ ◇
――翌日の放課後、三年生の教室
部活のある生徒は、活動場所に急ぎ、そうでない生徒は帰宅の準備をしていたり、クラスメイトと談笑している。
ドバーンッ
教室の引き戸が思い切り開けられた。
驚いた三年生たちが、音のした方へと目を向ける。
「鷹羽(絵美里)ってのは、どいつだぁ!」
怒りの形相を浮かべた亜由美が叫んだ。
教室中の視線がひとりの女子生徒に注がれる。
「てめぇかーっ!」
絵美里にズンズンと近寄っていく亜由美。
亜由美の進む方法に道が開いていく。
自分の席に座っている絵美里は、突然のことに身動きできないでいた。
「てめぇか! 駿をコケにしたのは!」
バチーンッ ドガラドガシャーン
亜由美が絵美里の頬を思い切り張り、絵美里はたまらず椅子から床に転がり落ち、周りの机や椅子をなぎ倒す。
亜由美は絵美里のマウントを取り、抵抗する腕を払いのけ、何度も顔面を殴り付けた。
バヂンッ バヂンッ ゴグッ バヂンッ ゴグッ
「や、やべて……がぐぁっ!」
鼻血を流す絵美里。
「や、やばい、その女、止めろ! 早く!」
三年生の男子が亜由美を羽交い締めにしようとした。
「何だテメェら! 離せ、ゴラァッ! この女、ぶっ殺してやる!」
――亜由美が三年生の教室で大暴れしている頃
「そういうわけで、駿が裏切った事実はない」
校庭の端で、達彦がサッカー部のメンバーたちの前で、事のあらましを説明していた。
「オイ、そうだろ。間違いねぇよな?」
達彦が目線を下に落とす。
そこには、パンツ一丁で顔を腫らせた天木が正座していた。
「は、はい……」
「聞こえねぇよ!」
ガッ
天木の顔面を思い切り蹴りつける達彦。
「うっぐ……は、はい! 間違いありません!」
天木は震えていた。
「た、谷(達彦)、俺、高橋(駿)に酷いこと言っちまった……」
罪悪感に耐えられず、この場にしゃがみ込んでしまうサッカー部員もいた。
そんな彼らを見つめる達彦。
そして、顔を上げた。
「みんな、駿については、今はそっとしておいてやってほしい。いつか、落ち着いて顔を合わせることがあったら、謝ってやってくれ。みんなの気持ちは、俺の方から伝えておくから」
頷く部員たち。
「それと、噂を消す協力をお願いしたい。頼む」
達彦は、部員たちに頭を下げた。
「当たり前だよ、谷! 頭を上げてくれ!」
部員たちは全員頷き、同意している。
「なぁ、谷……高橋は戻ってきてくれるかな……」
ひとりの部員の問いに、達彦が答えた。
「戻らないと思う……駿の中で、サッカーは終わったと思う……」
沈黙する部員たち。
「それと、俺も退部することになる」
「えっ? 何で谷まで……」
「ここまでやっちまったら、もうここにはいられねぇよ」
達彦は、顎で天木を指した。
「天木先輩よぉ」
達彦に睨まれ、ビクッと身体を震わす天木。
「駿に八つ当たりするようなことは、やめといた方がいいぜ」
天木は心の内を見透かされ、驚きの表情を浮かべる。
「アイツは優しいヤツだけどな、俺なんかより遥かに強ぇから。アイツに手を出したら、返り討ちにあって……お前、ただじゃ済まねぇぞ」
本気の忠告であることを物語る達彦の目。
「オレは忠告したぜ……」
天木は、恐怖から全身を震わせた。
「みんな、頑張ってな。応援してるから」
寂し気な微笑みを浮かべながら、去っていく達彦。
サッカー部員たちは何も言えず、ただ見送るしかなかった。
そして彼らは、天木へ怒りと恨みのこもった視線を向けた。
◇ ◇ ◇
――後日
達彦と亜由美の暴力行為が大問題になり、校長、それぞれの担任教諭、サッカー部顧問、そして、達彦、亜由美、天木、絵美里とそれぞれの親による話し合いの場が設けられた。
天木、絵美里の親は、達彦と亜由美からの謝罪を要求し、真摯な反省が見られなければ、警察沙汰にすると強く訴えた。
しかし、達彦と亜由美、それぞれの親たちは、謝罪を一切しないことを宣言。そして、警察沙汰にしたいのであれば、好きにすれば良いと言い放った。
これは事前に達彦と亜由美から詳しく話を聞いており、かつ駿のことも良く知っているからであり、また勝算があると見込んでの発言だった。
そして、達彦と亜由美から、今回の経緯がすべて暴露された。
亜由美は、涙ながらに天木と絵美里が駿に行った非道な行為を糾弾。
達彦は、今回の件を部内の不祥事として、県大会などをまとめる、県サッカー協会に訴え出る用意があることを告げた。
また、今回の件で事実とは異なる噂が流れ、駿が困窮している状況にあることを説明し、今回の件を学校中に暴露することも告げた。
状況を把握していなかったサッカー部顧問は驚く。
天木と絵美里は、お互いに交際していることを認め、最初こそ達彦と亜由美の話を真っ向から否定していたものの、駿と絵美里が行った店の店員などに確認を取る意向であることを達彦と亜由美に告げられると、天木は「それは絵美里の浮気で自分には関係ない」と発言。
その言葉に感情的になってしまった絵美里は、その言葉に乗らず、それまでの姿勢を翻し天木からの指示で駿と偽りの交際をしたことを白状してしまい、すべてが白日の下に晒された。
結果として、天木と絵美里は今回の達彦と亜由美の暴力行為を不問とし、その代わりに達彦と亜由美は、今回の件について口外しないことになった。また、達彦はサッカー部を退部となった。
そして――
間もなくして、天木と絵美里は、サッカー部を退部。
部員の誰からも相手にされない状況が耐えられなかったのだ。
ふたりは喧嘩別れすることになり、交際関係も解消された。
しかし、達彦と亜由美は沈黙していたものの、すでにサッカー部員からの情報が学校中に知れ渡っていた。
天木と絵美里は針のむしろ状態での学校生活を送ることになり、特に天木は素行が良くなかったことから、ふたりの関係についても口にするのもはばかれるようないかがわしい噂が学校中に流れ、ふたりは常に侮蔑の視線に悩むことになった。
その後、時間が経っても消えない噂にふたりは学校へ来なくなり、受験勉強もおぼつかず、高校受験にも失敗。ふたりは卒業式にも出席しなかったが、気が咎めているものは誰もおらず、その後も独り歩きしていた噂により、最後まで嘲笑のネタになっていた。
逆に駿たちの噂は無くなっていき、達彦と亜由美の尽力もあり、徐々に心を癒やしていきながら、その後に出会う太を合わせた四人で音楽の世界へ傾倒するようになっていく。
◇ ◇ ◇
「――とまぁ、こんなことがあってさ。バカだろ、オレ。女の子に引っ掛かっちゃってさ」
扉の向こうで駿が苦笑している。
「タッツンと亜由美がいなかったら、オレ、本当にダメになっていたと思う……だから、アイツらには本当に感謝しているんだ」
急に空白の間が訪れた。
扉の向こうで、語り始めた時と同じように、駿が大きく息を吐いている気がする。
「さっちゃん。この話、まだ続きがあってさ……」
言葉が詰まっている様子の駿。
「さっちゃんにも、オレのこと、何でもできる人間じゃないってこと、問題のない人間じゃないってこと……もっと知ってほしいから……」
駿の言葉が再び詰まった。
「そんなことがあって……オレも、しばらく落ち込んでて……」
言葉をひとつひとつ確かめながら話しているようだ。
「ある日、気が付いたんだ……」
扉の向こうの駿の声が震えている。
「よっぽど裏切られたのがショックだったのかな……」
駿が大きく息をした。
「オレ、勃たなくなっちゃったんだよ……」
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