第100話 クリスマスイブ (1)

 ――十二月二十四日 十六時十分 戸神本町駅前 北口バスターミナル


 駿がスマートフォンで時間を確認している。


「まだちょっと早かったか……」


 クリスマスパーティの待ち合わせ場所に一番乗りしたのだ。

 約束の時間まで二十分もあり、まだ誰も来ていない。

 駿は、約束した四人をぼんやりと待つことにした。


「すみません……」


 突然、後ろから声を掛けられ、駿は振り向く。

 そこには、着飾って化粧をバッチリきめた社会人と思しき綺麗な年上の女性が三人いた。


「はい、何でしょうか?」


 リーダー格らしき茶髪ボブの女性が一歩前に出る。


「ヒマだったら、私たちと遊びに行かない?」


 女性からの逆ナンパだった。


「あ、いや、オレ友達と約束してるんで……」

「私たちと一緒に飲み行こうよ、きっと楽しいと思うよ」


 迫ってくる茶髪ボブ。


「オレ、高校生なんで、お酒は……」

「えー! 高校生なの⁉ 大丈夫、大丈夫! お姉さんたちが優しくお酒を教えてあげちゃうから」


 駿の「高校生」の一言に、女性たちの目が輝き始めた。


「いや、だから酒は飲まないって……」

「今時、お酒くらいどんな高校生でも飲んでるから、大丈夫だって!」

「大丈夫じゃないでしょ、大人のセリフとは思えませんが……」


 思わず引く駿。

 茶髪ボブは、少し顔を寄せて、手を口の横に当てて、こっそり囁いた。


「それじゃあ……飲んだ後に、別のことも教えてあげるよ。朝までゆっくりね……」


 にっこり微笑む茶髪ボブ。


「駿、どうしたの……?」


 声をした方を見ると、ジュリアが不安そうな表情で立っていた。


 ジュリアを上から下まで舐めるように見る茶髪ボブ。


「アナタが彼のお友達ね、ふ~ん……」

「な、なに……」


 ジュリアは茶髪ボブを睨みつけた。

 茶髪ボブは、一瞬ニヤリと笑う。


「あなた、ギャルっぽい格好しているだけでしょ」

「!」


 驚きの表情に変わったジュリア。


「お姉さん、分かっちゃうんだよね。そういうの」

「…………」

「多分、中身は……虚勢を張ってギャルを演じてる気弱な子……って感じかな」


 ジュリアは、何も言えず、思わずうつむいてしまう。


「虚勢を張る、ってことは、自分を偽ってるってことだからねぇ。彼に気に入られようと、ウソをつき続けているのと同じこと。いつか化けの皮が剥がれちゃうわよ」


 駿に向き直った茶髪ボブ。


「私は、自分に正直に生きてるし、キミにもウソはつかないわよ」


 茶髪ボブは微笑みを浮かべながら、駿の腕に自分の腕を絡ませる。


 バッ


 茶髪ボブの腕を払う駿。


「触んな」


 駿は茶髪ボブを睨みつけた。


「あら、こんなお姉さんたちと一晩中楽しく遊べるいい機会なのに、いいの? ステキなイブの思い出、作っちゃおうよ。ね?」


 うつむくジュリアの手を引き、抱き寄せる駿。


(駿……!)


「ジュリアがいますので」

「そのジュリアちゃんとやらは、ギャル好きなキミに合わせようと、ニセモノの自分を演じているようだけど。それって、キミにウソをついて、裏切ってるのと同じよ?」


 駿の胸の中でうつむいたジュリア。


「虚勢張ってちゃいけませんか?」

「えっ?」

「そんなもん、誰だって同じでしょ。オレだって、ジュリアにはカッコイイところ見せたいって、カッコつけたいって、いつもそう思ってますよ」

「でもさ……」

「何かおかしいですか?」


 茶髪ボブは言葉が出ない。


「それと、ジュリアは気弱なんかじゃない。優しいだけだ。知ったような口を利くな!」


 ジュリアを抱きしめる力が強くなる駿。

 ジュリアも、そっと駿の背中に手を回した。


「ねぇ、もういいよ、行こうよ……」


 茶髪ボブを諌める他の女性たち。


「バカッ! こんな上玉男子、逃がせないわよ……!」


 しつこく絡もうとしてくる茶髪ボブ。


「何? 揉め事?」


 キララとココアがやって来た。


 ココアは、ジュリアの様子を見て、駆け寄ってくる。

 キララは、駿の横に立ち、女性たちに対峙して臨戦態勢だ。


「み、皆さん、どうされたんですか……?」


 タイミング悪く、幸子もやって来た。


「さっちゃん、オレの後ろにいな」


 幸子に優しく微笑む駿。

 幸子は、言われた通り、駿の後ろに隠れた。


「なぁ、もういいだろ。オレはあなたたちと飲みには行きません」

「でも、その後……」


 大きくため息をつく駿。


「いいか。オレは、オマエらとヤルより、彼女たちのそばにいたい。わかったか?」


 茶髪ボブは、駿に明確に拒否され、恥辱感と悔しさで顔を真っ赤にした。


「バカじゃないの! 後悔するわよ!」


 切れる茶髪ボブ。

 それを見たキララが前に出た。


「何でもいいけどさぁ、オバサン。オマエ、息がイカ臭ぇんだよ」


 茶髪ボブは、ハッとして両手を口に当てる。

 呆れた笑いを浮かべたキララ。


「喉元についてるその縮れっ毛は何だよ」


 茶髪ボブは、慌てて喉元を何度も手で払う。


「ヤリ足りねぇのか、何なのか、知らねぇけど、性欲丸出しで高校生に手ぇ出そうとしてんじゃねぇよ! 色ボケババァ!」

「なんですって!」


 キララの言葉に、思わず右手を振り上げた茶髪ボブ。


 パシッ


 駿はその腕を掴んだ。

 その顔は、怒りを隠していない。


「彼女たちに手を上げるんだったら、オレもアンタらに容赦しねぇぞ」


 悔しさが顔に滲み出る茶髪ボブ。

 駿は、手を離した。


「頼むから余所行ってくれ。ヤリたいだけなら、そんな男もたくさんいるだろうから、そいつら相手にしてくれ」


 駿の言葉に、顔を真っ赤にしたまま視線を落とす茶髪ボブ。


「行こう……ね……」


 他の女性に手を引っ張られて、茶髪ボブたちはすごすごと立ち去っていった。


 立ち去る女性たちに侮蔑の視線を送るキララ。


「いい年して、自分の性欲に振り回されて……あんな大人にはなりたくないわね……」

「悪いな、キララ。助かったよ」

「何言ってんのよ、いつもありがとね」


 キララは、駿に笑顔を向けた。


「ジュリアも大丈夫か?」

「うん……」


 駿の胸に顔をうずめたまま、答えるジュリア。


「あんなバカの言うことは気にすんな」

「うん……」

「ジュリアはジュリアなんだから」

「あーしは、あーしなのかな……」


 ジュリアの言葉に、キララとココアが不安そうな表情を浮かべた。


 しかし、駿は優しく微笑んだ。


「オレは、オマエがギャルだから仲良くしているわけじゃない。ジュリアだから仲良くしているんだ」


 顔を上げるジュリア。


「これじゃ答えにならないか?」


 ジュリアはもう一度、顔を駿の胸にうずめた。


「やっぱり……やっぱり、駿は王子様だ……」

「バッカ、王子様だったら、もっとカッコイイっての」


 一笑に付す駿だったが、ジュリアの抱きつく力が強くなったことを感じる。

 キララ、ココア、幸子の三人は、そんなふたりを暖かい眼差しで見ていた。


 ◇ ◇ ◇


「みんな、ごめんね。あーしのせいでケチついちゃったみたいで……」


 落ち込むジュリア。


「ジュリアさんが悪いわけじゃないですよ」

「そうそう、ジュリアが謝ることじゃない」

「ジュリアちゃん、元気出して~」


 三人の励ましに、ジュリアは寂しそうに笑った。

 駿は、そんなジュリアに手を伸ばす。

 そして、そのまま両頬を摘んだ。


「ひたひ……(痛い……)」


 ジュリアの顔を覗き込む駿。


「いつまで落ち込んでんだ、こんにゃろ!」


 駿は、両頬を摘んだ手を上下に動かした。


「ひたひ……ひたひ……(痛い……痛い……)」


 その様子を見て笑う幸子たち。


「もう、痛いっつーの! 乙女の柔肌にキズがついたらどうすんのよ!」


 ジュリアは駿に詰め寄った。


「はい、はい、ジュリアが元気になったので、ボチボチ行くか」

「は~い」


 元気なジュリアを見て、ニコニコ顔で返事をした三人。


「もう! ほら、行くわよ!」


 先頭を歩き始めるジュリアに三人が寄っていく。


「ジュリアさん、駿くんの胸の中はいかがでしたか?」

「えっ! さっちゃん、何を言って……」


 三人とも、ジュリアを見てニヤニヤしていた。


「ふふふ~、ジュリアちゃん、顔真っ赤っか~」

「ココアまで、ちょっと……」

「見て、見て、みんな!」


 キララが差し出したスマートフォンの画面を覗き込む三人。

 そこには、駿の胸に顔をうずめて抱き合っているジュリアが映し出されていた。


「ぎゃーっ! キララ、消せっ! 今すぐ消せっ!」

「恋人同士みた~い、うふふふふ~」

「ココア! 何言ってんの!」

「わぁ~、ジュリアさん、幸せそう」

「さっちゃんまで何言ってんの! 駿はさっちゃんのでしょうが!」

「駿くんは誰のものでもないですよ」


 幸子は、ジュリアににっこり微笑んだ。


「いつもイチャイチャしてるでしょ! 駿はさっちゃんのものです!」

「イ、イチャイチャなんてしていません!」


 顔を赤くして反論する幸子。


「イチャイチャは……してるよね?」


 キララがココアに尋ねた。


「うん! さっちゃん、イチャイチャしてる~」


 満面の笑みでココアが答える。


「ほらみろー」


 ジュリアは、なぜかドヤ顔だ。


「もー! 何で矛先が私に向かうんですか!」


 釈然とせずにプンプン怒っている幸子を見て、ギャル軍団は大笑い。


 駿は、そんなギャーギャーと騒がしい女性陣を見て思う。


(女三人集まれば何とやらって言うけど、ホントだな……)


 幸子はギャル軍団からもみくちゃにされている。


(ま、楽しく騒がしいのは、クリスマスらしくていいか)


 駿は、楽しそうにじゃれ合う女性陣を優しく見守っていた。


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