第23話 種蒔き

 朝夕も暑さを感じるようになり、いよいよ夏の様相を見せ始めた季節。

 早朝の学校。花壇の前に人が集まっている。用務員の菅谷と幸子、駿のいつもの三人。

 この日は、それに加えて、亜由美とギャル軍団三人もいた。


「ふわああぁぁぁ~……」

「ココア! 女の子なんだから大口開けてあくびしないの!」


 手で隠すことなく大きなあくびをするココアを注意するキララ。


「アンタたちもいるとはねぇ……」


 ギャル軍団を訝しげに見た亜由美。


「何よ! あーしたちがいたらダメなのかよ!」


 ジュリアが亜由美に迫る。


「いや、別にダメじゃないけど……」


 その様子を見て、そそっと亜由美に近寄った幸子。


「亜由美さん」

「ん? どうしたの、さっちゃん」

「ジュリアさん、ココアさん、キララさんは、普段クラスで私と仲良くしていただいていて、それで今日の種蒔きにお誘いしたんです」


 そう、この日は、花壇の復活に向けたコスモスの種蒔きをすることになっている。事前に、幸子に誘われた亜由美とギャル軍団は、二つ返事で参加することを決めたのだ。達彦と太は、残念ながら不参加である。


「しおりの計画も、ジュリアさんたちに助けていただいて、それで成功したんです」

「そういえば、LIMEでもそんなこと言ってたわね」

「なので、いつも良くしていただいている亜由美さんや、ジュリアさんたちと、どうしても一緒に種蒔きしたかったんです……」


 真剣な眼差しで語った幸子。


「そっか、わかった。山口(ジュリア)、ごめんな、変なこと言っちゃって」


 亜由美のその言葉に、ジュリアはニッと笑う。


「きゃっ!」


 突然ジュリアに腕を引っ張られて、引き寄せられた幸子。

 ジュリアは、幸子を後ろから抱きかかえる。


「わかったか、中澤(亜由美)! あーしらとさっちゃんはマブなんだよ!」


 それを見て、ぱたぱたぱたっ、とやってきたココア。


「さっちゃ~ん」


 ココアは、幸子の頭を横から胸に抱く。幸子の頭がココアの大きな胸に沈み込んだ。


「ムキーッ!」


 嫉妬を隠さない亜由美。

 ジュリアたちの後ろでは、キララが亜由美に向けて、まぁまぁ落ち着け、というジェスチャをしながら苦笑いしている。


「ところで、さっちゃん」

「はい、キララさん」


 キララが不満そうな表情になった。


「『していただいてる』とか、何か他人行儀だよねー……何か寂しいなぁ……」


 慌てる幸子。


「い、いえ、違うんです、キララさん! あの、その……」


 キララは、その様子を見てニカッと笑った。


「ウッソだよー。わかってるよ、さっちゃん」


 幸子の鼻の頭を指でちょんと触るキララ。

 キララは、くすくす笑っていた。

 亜由美に、幸子との関係性を説明するつもりのキララ。

 キララが亜由美を見ると、しょうがないわねぇ、という表情をしていた。


(サンキューな)

(はいはい、わかったわよ)


 お互いにアイコンタクトでやり取りするキララと亜由美。


「今日はとても賑やかだね」


 用務員の菅谷がやってきた。


「す、すみません!」


 ハッとして菅谷に頭を下げるキララ。


「いいの、いいの、みんな楽しくやってくれれば、それが一番だからね」


 優しい笑顔を浮かべた菅谷。

 そして、幸子がにこやかに語る。


「今日は、ここにいるみんなで種蒔きしようと思って、声をかけさせていただきました」


 うんうんと優しく頷いた菅谷。


(山田さん、元気を取り戻してくれて、本当に良かった)


 花壇が荒らされた時、気丈に片付けをしていた幸子だったが、内心落ち込んでいたことは菅谷にも伝わっており、ずっと心配していたのだ。

 種蒔きをすると話をした時の幸子と駿の喜び、そして、今朝の元気な幸子の姿を見て、菅谷は心から安堵したのである。


「さて、じゃあ、皆さんに説明しますね」


 菅谷の説明に全員の注目が集まった。


「これがコスモスの種です」


 手持ちの袋から小さく細長い黒い種を取り出す菅谷。


「花壇に指先で浅いくぼみを作って、この種を二、三粒程度入れてください」


 亜由美は、ふんふんと頷いていた。


「種を入れたら、そこに土を上から少しだけかけてください」


 挙手するジュリア。


「あのー、少しってどんぐらい?」


 口の利き方を知らないジュリアに呆れた亜由美とキララ。


「本当に軽くで大丈夫ですよ。種が軽く覆われるくらいで」

「うん、わかった、あんがと」


 パシンッ


 キララがジュリアの頭を叩く。


(いてぇな、何すんだよ!)

(口の利き方!)


 菅谷に何度か軽く頭を下げ、謝罪の意を見せたキララ。


「まぁまぁ、気軽に楽しくいきましょう」


 菅谷は、優しく応える。


「種を蒔き終わったら、水やりをお願いします」


 地面に置いてあるいくつかのジョウロを指差した。


「水はジョウロで、優しくまいてあげてください。ジャバーッとまいてしまうと、上に掛けた土や種が流れ出てしまいますので、注意してくださいね」


 挙手する亜由美。


「水はどれ位あげればいいでしょうか?」

「心持ち多めがいいね。土がしっかり水を含むくらい、水をあげてもらえますか?」

「はい、わかりました」


 菅谷が駿の方に向いた。


「高橋(駿)くん、今日は大丈夫だと思うけど、力仕事とかがあったら手伝ってくれるかな。唯一の若い男手だから」

「はい、大丈夫です。いつでも声かけてください」


 笑顔で応える駿。


「高橋くん、今日は可愛い女の子たちに囲まれて、男冥利に尽きるんじゃないかい」


 菅谷は、駿をからかうように笑った。


「え、な、何言ってるんですか、菅谷さん!」


 思わず女性陣を見渡して、焦る駿。


「おい、高橋、金払え。あーしたちみたいな美少女が五人もいんだぜ。当然こっから先は有料だから」


 ジュリアが金を払えと手を伸ばした。

 その手をパチンと叩く駿。


「払うか!」


 その様子を見て、みんな大笑いした。


「さてさて、時間もないですから、早速種蒔きを始めましょう」


 全員姿勢を正して菅谷を見る。


「怪我のないようにだけ注意してください。それでは、皆さんよろしくお願いいたします」


 全員が菅谷に頭を下げた。


「よろしくお願いいたします!」


 ◇ ◇ ◇


「さっちゃん、さっちゃん」


 亜由美が幸子に声をかけた。


「はい、どうされましたか?」

「暑くない? 大丈夫?」


 丁度衣替えのタイミングでもあり、学校には冬服のブレザーを着ている生徒と、夏服の半袖のシャツを着ている生徒が混在していた。

 しかし、七月も間近のこの時期、すでに生徒の大半は半袖のシャツを着ているのだが、幸子は長袖のシャツを着ていたため、亜由美が熱中症の心配をしたのだ。


「日陰で指示だけ出してもらえばいいからさ、日陰行こ、ね」


 幸子の手を引いて、日陰の方へ連れて行こうとする亜由美。


「亜由美さん、大丈夫です。私、肌が弱いので、夏でも長袖着ているんです」

「あ、そうだったんだ」

「休憩しながらやりますので」

「うん、わかった! 水分補給もしなきゃダメよ!」

「亜由美さん」

「ん?」

「いつも本当にありがとうございます」


 ちょこんと頭を下げた幸子。

 亜由美の幸子LOVEメーターがレッドゾーンに入る。


「さっちゃ~ん!」


 幸子に抱きついた亜由美。


「もう! ホントにホントに可愛いんだから~!」


 亜由美は、幸子を抱きしめながら、ブンブン振り回している。


「中澤」


 亜由美に声をかけたキララ。


「あによ! さっちゃんは渡さないからね!」


 亜由美は幸子を離すまいと、ぎゅぎゅっと抱きしめる。


「さっちゃん、熱中症になるぞ……」

「えっ?」


 亜由美の発する熱量により、腕の中でゆでダコのようになっている幸子。


「さっちゃーん!」


 キララは、呆れた顔をして首を左右に振っていた。


 ◇ ◇ ◇


 ――くぼみの深さってこんなもんかな……?

 ――かる~く、かる~く。

 ――ギャー! ミミズーッ!

 ――菅谷さん、こんな感じでいいですか?

 ――ジュリア、水あげすぎ!

 ――腰痛い……

 ――かる~く、かる~く。

 ――さっちゃん、そっちにまだ種ある?

 ――花壇の外の土、掃除しとくね。


「菅谷さん、種蒔き完了しました!」


 幸子に声をかけられた菅谷は、花壇に目をやる。


「きれいに蒔けたみたいだね」


 菅谷の元に全員が集まった。


「みんな、お疲れ様ね」


 労いの言葉をかける菅谷。

 全員、額に玉のような汗を浮かべているが、満足気だ。


「この後、大事に育てていけば、十月か十一月……文化祭の前後に開花するんじゃないかな」


 幸子たちは、お互いに顔を見合わせながら笑顔を浮かべる。


「夏休みの期間中は、私の方で面倒見ておくから大丈夫ですよ」


 そんな菅谷の言葉に、おずおずと挙手したキララ。


「あの、おひとりでは大変だと思うので、担当決めた方が……」


 みんな、その意見にうんうんと頷く。


「今年の夏休みは、実は色々とやることがあるので、ほぼ毎日学校へ来ることになっているんです。なので、花壇は私に任せて、皆さんは思う存分夏休みを満喫してください。気を使ってくれて、ありがとね」


 菅谷は、笑顔をキララに返した。


「ま、毎日ですか⁉ そんなに忙しいんですか?」


 驚くキララ。


「例の防犯カメラの設置工事とかの立ち会いがあるんでね」


 あぁ、とキララは納得した様子だ。


「大変なんですね……」

「皆さんの安全を守るためですからね、全然大変じゃないですよ」


 にこりと笑う菅谷。


「じゃあ、今日のところは、これで活動完了となります」


 駿が場を締めた。


「それでは、全員、菅谷さんに礼! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 全員菅谷に向かって頭を下げる。


「はい、こちらこそありがとうございました」


 全員に向かって頭を下げた菅谷。


「みんな、勉強がんばってね」


「はい!」


 全員笑顔で菅谷に答えた。


 ◇ ◇ ◇


 全員ぞろぞろと教室へと向かって歩いていく。


「亜由美さん、ありがとうございました」


 幸子が亜由美に頭を下げた。


「想像以上に面白かったよ! もっと一緒に水やりができるように頑張るね!」


 笑顔の亜由美。


「ジュリアさんたちも、早朝からありがとうございました」


 幸子は、ギャル軍団に頭を下げる。


「あーし、あんなことやったの初めてだったから、すっごく楽しかった! あ、でも、ミミズはもうノーサンキューで……」

「私も楽しかった~、かる~くかる~く♪」

「すごく貴重な経験だったよ、逆にありがとう、さっちゃん」


 お互いにこやかに笑い合った幸子とギャル軍団。そこに亜由美も加わり、楽しそうに談笑している。


 駿は、そんな彼女たちを優しい眼差しで見ていた。

 ふと窓の外に目をやると、青々と茂った木々、そして目が痛いほどの青い空が見えた。本格的な夏の到来を感じさせる景色だ。

 楽しそうにじゃれ合う彼女たちを横目に見ながら、駿はぽつりとつぶやく。


「今年の夏も暑そうだな……」


 夏休みは、もうすぐそこだった。


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