第63話 少年と少女が抱えた闇 (2)

 自分の身体の悩みが原因で部屋に閉じこもる幸子へ、自らが不能であることを告白した駿。

 幸子の母親・澄子の説得も加わり、幸子は部屋の扉を開けた。

 駿とふたりきりになった幸子は、自らの秘密を告白させてしまった駿への贖罪と、駿に本当の自分を知ってもらうべく、自身の身体を駿の前に晒す。


「お願い……お願い、駿くん……しっかり見てください……これが本当の私です……私のすべてを見てください……」


 幸子の声は震えている。


 もう一度ゆっくりと目を開けた駿。

 幸子の全身が視界に入る。

 駿は、言葉を失った。


 幸子の身体には、模様のようなグラデーションがかかっていた。


 いや、正確には、そのように見えるのだ。

 生まれたままの姿であるはずなのに、幸子の身体には色の濃い部分と普通の肌の色の部分があるため、引いた目でみると、まるで模様が身体に描かれているように見えた。


「駿くん……近くでよく見てください……」


 幸子が駿の間近にまで近づく。


 皮膚の色が濃いと思われた部分、それはそばかすだった。

 そばかすが上半身を中心に、びっしりと無数にあったのだ。


 首周りには、ほぼ無いが、腕は肩の少し下あたりから肘にかけてびっしり。

 肘にかけて、段々薄くなっているので、グラデーションがかかっているように見える。

 鎖骨や胸元、その周辺から乳房、お腹にかけてびっしり。

 乳房の先端部分にそばかすは無く、桜色の円と突起だけが目立っていた。

 お腹に近くなるほど薄くなるので、ここもグラデーションがかかっているように見える。

 腰周りにそばかすはなく、若草が薄っすらと茂っているのが見えた。

 しかし、足の付根から腿、膝にかけてそばかすがあり、そこも膝にかけて段々薄くなっているため、グラデーションがかかっているように見える。


 ゆっくりと後ろを向き、髪をかき上げる幸子。

 背中は、正面のように凹凸が無い分、グラデーションがはっきりかかっているように見えた。

 腰回りや臀部にそばかすは無いが、正面と同じように、足の付根から膝裏にかけてグラデーションがかかっているように見える。


 写真で見た小学生の頃の幸子にも背中や腕に多少のそばかすがあったが、それと比較にならない程、遥かにびっしりとそばかすが幸子の身体を覆っていた。


 ゆっくりと正面を向く幸子。


「こ、これが、これが、ホントの、わ、私なんです……」


 必死で笑顔を作っているが、目には涙を湛え、声が上ずっている。


「び、病院にも、い、行きました……くす、薬も飲、飲みました……でも、でも、ぜ、全然治らなくて……ど、どんどん、ひ、ひどくなってきて……もう、ど、どうしたら、どうしたらいいのか、わ、分からなくて……」


 大粒の涙がポタポタと落ちた。


「し、駿くん……ご、ごめんなさい……わ、私は……私のし、正体は、こ、こんな、バケモノなんです……」


 悔しそうな表情を浮かべて、涙をこぼす幸子。


「さっちゃん、そんなこと――」


「わ、私も……私も、あ、亜由美さんみたいに、キレイになりたかった……亜由美さんみたいに、か、可愛くなりたかった……亜由美ざんみだいに……うわあぁぁぁぁ……うあぁぁぁぁぁ……」


 幸子は、その場に泣き崩れてしまった。

 そっと幸子を抱きしめる駿。

 幸子は身体をビクリとさせた。涙に濡れた顔を上げる。


「し、駿くん、ダメです! 駿くんが、け、穢れます! 穢れますから離れて!」


 駿の胸を両腕で突っ張り、離そうとした幸子。

 しかし駿は、その腕を払い、幸子を強く抱き寄せる。


「さっちゃん、オレ言ったよね。さっちゃんは可愛くて、頑張り屋の女の子だって」


 駿の胸の中で、駿から言われた言葉を思い出した幸子。


「オレ、今もその気持ち、変わってないよ」

「うぅ……うあぁぁぁぁ……うわぁぁぁ!」


 駿の言葉に、幸子は号泣した。

 あの夏祭りの日、恋愛成就のお守りを握りしめた夜のバス停。


(駿くん、私の本当の姿を知っても、可愛いって言ってくれるかな?)

(言ってくれるわけない)


 そんなことはなかったのだ。

 駿が、こんなバケモノのような自分を『可愛い』と言ってくれたことに、幸子はただただ喜びの涙を流し続け、駿は自分の胸の中で泣き叫ぶ幸子を強く抱きしめ続けた。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、幸子が落ち着きを取り戻す。

 幸子は生まれたままの姿で、まだ駿の胸にいだかれていた。


「さっちゃん」

「はい……」

「オレ、さっちゃんとセックスしたいっていう気持ちも変わってないからね」


 屈託のない笑顔を浮かべる駿。

 幸子は、ふふっと微笑んだ。


「最低の殺し文句ですね」


 ニッコリ笑う駿。


「当たり前だろ、オレは最低なインポ野郎なんだから」


 ふたりは笑い合いながら、強く抱きしめ合った。

 窓から差す夕陽が、そんなふたりを優しく包んでいた。


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