第120話 クリスマスの朝 (1)

 ――十二月二十五日 クリスマスの朝


 駿の部屋に泊まっているジュリア、ココア、キララ、そして幸子の四人。


 ――午前八時


 トン トン トン トン トン


 キッチンから包丁で何かを切っている音がする。


 カチャッ


 部屋とキッチンをつなぐ扉が開いた。


「駿、おはよう……」

「ジュリア、おはよう……ゴメン、起こしちゃったか?」

「ううん、大丈夫。お手洗い、貸してね」

「うん、じゃあ、オレ部屋の方にいるから」


 パタン


 駿は、部屋に入り、扉を閉めた。

 しばらくして――


 カチャッ


 ――扉から顔だけ出しているジュリア。


「ねぇ、駿……」

「ん……?」


 駿はキッチンへ向かった。


 パタン


「どうした?」

「朝ごはんまで作ってくれてるの?」

「大したもんじゃねぇけどな」

「嬉しいんだけど……」

「あれ? ジュリア、朝は食べない派だったか?」

「そうじゃなくて……ここまでやってもらうの、申し訳なくて……」

「そんなこと気にすんなって」

「でも……」

「昨日、駅前でも言っただろ。ジュリアにカッコつけたいって。最後までカッコつけさせろよ」

「うん……」

「それに、ホントに大したもんじゃないから、見てガッカリすんなよ」

「駿が作ってくれるなら、あーしにとっては、何だってご馳走だよ!」

「ありがとな、ジュリア。あとさ……」

「?」

「夜、ゴメンな……」


 むふふっと笑うジュリア。


「あーしのオッパイ、柔らかかった?」


 駿は、顔を真っ赤にして頭をかいた。


「ふふふっ。寝てるあーしに一生懸命謝ってるんだもん、わざとじゃないって分かるって」

「そう言ってもらえて、ホントに助かるよ……」

「何だったら、もうちょっと触っとく? 駿なら、ほら、いいよ」


 ゆさっ、と大きな胸を手で持ち上げるジュリア。


 パコンッ


「あてっ」


 駿は、ジュリアの頭にチョップした。


「そういうことやらないの。まったく……」

「ね、駿はかんたんに手を出したりしないもん」

「チキンだからな」


 苦笑いする駿。


「あははは……でも……いつも憎まれ口叩いてるけどさ……駿はチキンなんかじゃなくて、優しくて、あーしたちのことをすごく大切にしてくれてるって、あーし分かってるからね」

「ジュリア……」


 ジュリアは、ぷっ、と吹き出した。


「ゴメン、こういう空気苦手だわ。やっぱ、駿はチキンということで」

「マジか! いい空気だったのに!」


 ケラケラ笑っているジュリア。


「まぁ、実際チキンだからいいか……ご飯できるまでもう少しかかるから、もう一眠りするか、部屋で時間潰しててくれ」

「うん、わかった」


 ジュリアは、部屋に戻ろうとした。


「あ、ジュリア」

「ん、なに?」


 ジュリアの耳元で駿が囁く。


「すっぴんのジュリアも可愛いな……」

「な⁉」


 ジュリアの顔が真っ赤になる。


「こ、この天然女たらし……」


 それを見て、ニヤリと笑った駿。


「また意識して言ってみましたー」

「アンタ……」

「オレってチキンだから、手は出さないけど、口は出しちゃうんだよね~」


 クククッと笑う駿の顔に、手を伸ばすジュリア。

 そして、駿の両方の頬をつねった。


「ひたひでふ……(痛いです……)」

「ア・ン・タ・は・まっ・た・く・もう!」


 頬をつねったまま、手を上下に動かす。


「ひてててて……」

「さっちゃんに、朝から口説かれたって言っちゃうからね!」

「い、いや、それは、ちょ、ちょっと待って……」


 駿にアッカンベーしながら扉を閉めたジュリア。


 パタン


 駿は、微笑みを浮かべる。


(ジュリアは本当にオレを信頼してくれてるんだな……ホントにありがたいよ……)


 ジュリアの気遣いに心から感謝する駿だった。


 ◇ ◇ ◇


 ――午前九時


 駿がキッチンから部屋を覗くと、四人とも起きていて、みんなまったりと朝の時間を過ごしていた。


「みんな、おはよう」

「駿くん、おはようございます!」

「おはよう、駿」

「駿、おはよう~」

「女ったらし……」

「ジュリア、機嫌直せって」

「ふんっ!」


 苦笑いする駿に、ジュリアはそっぽを向く。


「ジュリアは朝からどうしたの……」

「うふふっ、ジュリアさん、今日も駿くんと仲良しですね」

「な、何言ってんの、さっちゃん!」

「ジュリアちゃん、朝から駿と何してたの~?」


 パシンッ


「いたい~」

「ココアは、変なツッコミ入れないの!」


 朝から賑やかな駿の部屋。


「はい、はい、朝ごはんの準備できたから、顔洗ったりしててくれ。タオルはたくさんキッチンに置いておくから、適当に使って。一応、女性モノの洗顔フォーム用意したけど、好みがあると思うから、そこはスマン」

「えっ! わざわざ女モノの洗顔フォーム、買ってくれたの!?」


 ジュリアが驚きの声をあげた。


「ウチ、メンズ向けしかないからさ、昨日の夜、困っただろ? みんなが顔とか肌荒れしたら大変だからさ……」

「え、だってそれは……」

「駿くん、お気遣いありがとうございます!」

「悪いわね、気を使ってもらっちゃって」

「駿、ありがと~」

「…………」


 ジュリア以外は、にこやかに駿へ感謝の気持ちを口にしている。


「ジュリアさん」


 ジュリアの手をそっと握った幸子。


「さっちゃん……」


 幸子は、ジュリアと目を合わせて優しく微笑む。

 駿の方へと顔を向けたジュリア。


「駿、ありがとう……」

「いいえ、どうしたしまして!」


 駿は、ジュリアに笑顔を向けて答える。


「じゃあ、ジュリアさん、お先にどうぞ!」

「ほら、ジュリア! 駿が用意してくれた洗顔フォーム、最初に使ってきな」

「いってらっしゃ~い」

「うん、じゃあ……お言葉に甘えて……」


 洗面所に向かったジュリア。


 パタン


「駿くん、あまりジュリアさんをイジメたらダメですよ」

「ゴメン、ゴメン、気をつけるよ」

「駿、さっちゃん、いいのよ。あれでジュリアは喜んでるんだから」

「ふふふっ、ジュリアちゃん、素直じゃないからねぇ~」


 そんな会話を交わしていると、洗面所から――


「えーっ!」


 ――というジュリアの声が聞こえる。


 ガチャッ


 ジュリアが、洗顔フォーム片手に部屋へ飛び込んできた。

 タオルを髪に巻いている。


「駿! これミルキーライン(大手化粧品メーカー・個性堂の高級ブランド)の新製品じゃない!」


 買ったのを知っていたキララ以外のふたりは、驚きの表情になった。


「あぁ……そういえば、新製品って書いてあったな」

「書いてあったなって……これ、高かったでしょ……」

「みんなの肌の方が大事だろ」


 けろっとしている駿。


「あ、そうそう、固形石けんの方がいい人は、バブル石けん(昔ながらの無添加の石けん)もあるから言ってね」

「駿、そんなのまで用意してたの……?」


 驚いたキララ。


「バブル石けんは、オレも使ってるんだ。新品のストックあるから、開けるよ」

「駿くん、至れり尽くせり過ぎです……」

「さすがリゾートホテル高橋です~……」

「まぁ、いずれにしても、肌に合う合わないもあるだろうから、気をつけて使ってね。ジュリアは、その洗顔フォームでいい?」

「う、うん……こんな高いの使ったことないけど……」

「モノは試しってことで」


 駿は、ニシシッと笑う。

 洗面所に戻ったジュリア。


 そして、しばらくして部屋に戻ってくる。


「みんな……使わせてもらった方がいいよ……ツルッツルのモッチモチになるから……」


 色めき立った女性陣。


「じゃあ、オレはその間に朝ごはんの準備を進めるね」


 駿はキッチンへと戻った。


 入れ代わり立ち代わり、女性陣が洗面所に入っていく。

 そして「すごーい」「泡がふわっふわ」「潤う~」と感嘆の声を上げている。

 そんな声を聞き、朝食の準備を進めつつ、小さくガッツポーズを取る駿であった。


 ◇ ◇ ◇


 ――午前九時三十分


「みんな、お待たせ。朝食は、サンドイッチのバイキングにしました」


 テーブルに、小さくカットされたパン、レタスの入ったボール、トマトときゅうりのスライスが乗った紙皿、刻んだハムとカリカリベーコンが乗った紙皿、タマゴサラダが乗った紙皿、マーガリンやマヨネーズ、マスタード、ケチャップ、ドレッシングなどが入った小皿が、駿の手によって所狭しと並んでいく。


「サンドイッチ用のパンも半分に切っておいたから、色々な味を試してみてね。どうぞ、みんな食べて」

「いただきま~す!」


 四人は笑顔で手を合わせた。


「私、タマゴサンド作ろ!」

「野菜サンド作ろうかな……」

「私、ハムとキューリとマヨネーズで、ハムサンド~」

「あーし、BLTサンド作っちゃお!」


 四人は、ワイワイと楽しげにサンドイッチを作っている。


「ポットと紙コップ、ここに置いておくから、お水はセルフサービスでお願いね」


 そして、キッチンからいい匂いが漂ってくる。


「はい、スープをどうぞ」


 トレイに紙コップを乗せた駿が帰ってきた。


「美味しそう! 駿くん、何のスープですか?」

「これは、白菜とベーコンのコンソメスープ。超手抜きのスープです」


 たははっと笑う駿。

 幸子がズズズッとスープをすすった。


「わぁー……すごく優しい味……」

「ベーコンからも塩味が出るから、あんまり塩を入れずに、サンドイッチと一緒に飲める濃さにしたんだ。おかわり、あるからね」

「駿!」


 紙コップを持って挙手するジュリア。


「もう飲んだのかよ! 熱くなかったか?」

「それよりも美味しかった……」

「ちょっと待ってて、今おかわり持ってくるよ」


 紙コップを預かり、おかわりを持ってきた駿。


「駿、ありがと!」

「ジュリアも調子いいよね、さっきまで膨れてたクセに」

「あーしにとって、美味しいは正義なの!」

「はい、はい、わかりました」


 キララとジュリアのやり取りに笑いが起こる。


「具も足りなかったら言ってね、まだあるから」


 みんな美味しそうにサンドイッチを頬張っていた。


「私は、レタスとトマトとキューリに、このサウザンドレッシングが最強!」

「キララさんは野菜派ですね! 私は、ハムタマゴサンドが好きです!」

「私の一番は、ハムたくさんとマヨ&マスタードのハムづくしサンド~!」

「あーしは、タマゴとカリカリベーコンに、ちょっとケチャップ落とした、名付けて『ジュリアスペシャル』が最高!」


 お気に入りのサンドイッチ談義に花が咲く女性陣。


「さて、ここでオレからの最後のクリスマスプレゼントをみんなに」

「え? まだ何かあるの?」


 キララは驚いた顔をしている。


「ちょっとしたデザートをね」

「デザート……」

「うん、みんなちょっとだけ待ってね」


 パタン


 キッチンに入っていった駿。

 四人は、駿からのデザートのプレゼントを想像して、心を躍らせた。


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