第119話 クリスマスナイト (10)

 ――クリスマスイブの夜


 駿の部屋に泊まっているジュリア、ココア、キララ、そして幸子の四人。

 駿とキララは、近所の二十四時間営業のスーパーで買い物をして、今、駿の部屋へ帰ってきた。


 ――午前三時


 ガチャガチャ ガチャリ


「ただいまーっと……」

「起こさないようにしないとね……」


 ベッドで寝ている三人を起こさないように、そーっと部屋に入ったふたり。

 カメラの死角になっているキッチンで、買ってきた生鮮食品を冷蔵庫にしまっていく駿。

 しまい終わった駿は、立ち上がってキララに向かい合った。


「キララ、付き合ってくれてありがとな……」


 キララは、そんな駿の胸にそっと自分の額を当てる。


「キララ……」

「駿、短い時間だったけど、ホントに楽しかった……私のわがままを聞いてくれて、ありがとう……本当にありがとう……」


 そんなキララの頭をそっと撫でた駿。


「キララ、ありがとうはオレのセリフだ……ステキなクリスマスの夜をありがとうな……」


 お互いに顔を合わせて微笑み合い、部屋に入る。

 駿は、スーパーのレシートをカメラに向けた。


「今、伊藤(キララ)さんとスーパーに行ってきました……日付と時刻をご確認ください……」


 レシートの日付と時刻の部分を指差す。


「駿はマメね……」

「ちゃんと信用得ないと、次が無いだろ……?」

「またお呼ばれしていいの……?」

「今度は、ちゃんと事前に許可取ろうな……」

「うん……!」


 寝床に潜ったキララ。


「駿、もう一度言わせて……本当にありがとう……」


 駿は、微笑みで自分の気持ちを返す。


「キララ、おやすみ……良い夢を……」

「駿、おやすみなさい……」


 ◇ ◇ ◇


 ――午前三時三十分


 キララも静かな寝息を立て、起きているのは駿ひとりだけだ。

 テーブルのLEDスタンドを付けて、DTMの解説本を読んでいる駿。


 ゴソ ゴソゴソ


「ん……?」


 ベッドの上で、幸子が身体を起こしていた。

 そのまま、ぼーっとしている幸子。

 駿は、ベッドに近づいた。


「さっちゃん、どうしたの……?」


 幸子は、駿の呼び掛けにもぼんやりしている。

 ちょっと寝ぼけているようだ。


「おしっこ……」

「トイレか……って、ベッドから出られないね……」


 こくん、と小さく頷く幸子。


「よし、さっちゃん、身体を持ち上げるからね……」


 こくん、と小さく頷いた。

 駿は、幸子の身体と脚を抱えて、幸子を持ち上げる。


「よいしょっと……」


 そのまま床に下ろした。

 ぽやぁーっとしている幸子。


「さっちゃん、トイレこっちだよ……」


 幸子の手を引いて、部屋を出て、キッチンの向かいにあるユニットバスへ誘導した駿。


「はい、ここだからね……」


 幸子は、部屋に戻ろうとする駿の袖を握る。


「ここで待ってて……」

「あー、怖いのかな……」


 頷いた幸子。


「うん、わかった、ここにいるからね……」


 カチャ パタン


 幸子は、トイレのあるユニットバスに入った。

 中からゴソゴソ音がする。

 駿は、待っているといいながらも、部屋に戻ってそっと扉を閉めた。


 ドジャー


 しばらくして、水を流す音がしたので、扉を開けてキッチンの方へ。

 ユニットバスの扉がゆっくり開く。


「さっちゃん、ベッドに戻ろうか……」


 首をコテンとひねった幸子。


「なんで、駿くんがいるの……?」


(ふふふっ。さっちゃん、寝ぼけてるな)


「さて、何ででしょうね……?」


 幸子の目はとろーんとしているが、口元が喜びの表情に変わる。


「駿くん……!」


 いきなり駿に抱きついてきた幸子。


「わわっ……!」


 駿は幸子が怪我をしないように、胸に抱きしめながら、玄関の方に後ろから倒れ込んだ。


「あぶなかった……」


 そんな状況は理解できておらず、ただただ嬉しそうに駿に抱きつく幸子。


「駿くん……駿くん……」


(さっちゃん……)


「私、駿くんが好き……駿くんが大好きです……駿くん……大好き……」


(!)


「大好き……大好き、駿くん……」


 幸子が寝ぼけているのは分かっている。

 しかし、明確に自分に好意を示してくれている幸子が愛おしくて、駿はそのまま、そっと幸子を抱きしめた。

 そして、耳元で囁く。


「オレもさっちゃんが大好きだよ……」

「嬉しい……嬉しいよう……嬉しいよう……駿くん、大好き……大好き……」


 幸子の目元には、喜びの涙が光っていた。

 そのまま寝息を立て始める幸子。


(寝ぼけたさっちゃんにしか告白できないなんて……やっぱりオレは根性無しだな……)


 そして、自分の胸で幸子の柔らかい身体と体温を感じながらも、それに正常な反応をしない自分の身体の不甲斐なさに涙が出そうになった。


(ちくしょう……何でオレは……ちくしょう……)


 駿は胸の上の幸子をそのまま抱きかかえ、部屋に戻る。

 ベッドの上の布団を剥いで、そっとジュリアとココアの間に幸子を寝かそうとした。


 ムニッ


(!)


 駿の左腕に、ジュリアの胸が当たった。


(わぁーっ! ヤバイ! マジでヤバイ! かと言って、さっちゃんを放り投げるわけにいかないし……と、とにかく早く下ろさないと!)


 ムニニニニッ


 幸子を無事寝かすことができた。

 布団を元に戻す駿。

 そして、寝ているジュリアに両手を合わせて謝った。


「ジュリア、ゴメンな……わざとじゃないんだ……ホントにゴメン……!」

「ふふふっ……わかってるから大丈夫よ……」


 ジュリアは目が覚めていた。


「起こしちゃったか……ゴメンな……ホントにわざとじゃないんだ……」

「うん、さっちゃんをトイレに連れて行ってたんでしょ……」

「イヤなことされたのに、そう言ってくれてありがとな……」

「ううん……駿が私を傷付けること、するわけないって、わかってる……」


 ジュリアの頭を撫でる駿。


「おやすみ、ジュリア……」

「ふふふっ……駿に頭撫でられると気持ちいい……おやすみ……」


 すぐに寝息を立て始めたジュリア。


(オレ、信頼されてるんだな……ありがとな、ジュリア……)


 その隣でスヤスヤ眠っている幸子。


「さっちゃんもおやすみ。良い夢を……」


 駿は、幸子の頭をそっと撫でた。

 眠っているはずの幸子の顔が、嬉しそうな表情に変わった気がした。


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