第41話 夏の思い出 (4)

 夏休みの終盤に、駅前のショッピングセンターのゲームセンターへ遊びに来ていた亜由美、太、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の六人。

 太が不在のすきに、しつこいナンパをしてきた挙げ句、幸子へ手を上げた金髪男とピアス男の襲来は、既のところで駿が現場へ救出に駆けつけたことにより、終わりを告げた。


「みんな、ゴメンな、遅くなっちゃって。あと、変なトコ見せちゃって……」

「LIMEに気付いてくれて良かった……ありがとう、高橋(駿)」


 キララが駿に頭を下げる。

 駿がこの場に来られたのは、キララがすきを見て、駿に救援要請の連絡を入れたからだった。その連絡に駿が気が付かなければ、事態はもっと酷い状況に陥っていただろう。


「伊藤(キララ)、大丈夫か?」

「私は全然……私よりさっちゃんが……私を守ろうとして……」

「さっちゃん、大丈夫かい?」


 床に座り込んだまま、身体の震えがまだ治まらず、答えられない幸子。


「そしたら、落ち着くまでこのまま……」


 駿は、幸子が座り込んでいる床のカーペットに、シミが出来ていることに気付いた。

 着ているTシャツを脱いで、シミを隠すように幸子の腰のあたりにかける駿。

 駿は、上半身ハダカの状態だ。


「伊藤」


 キララに何か耳打ちする駿。


「うん、わかった」

「店員来ちゃったら、適当にごまかしておいて」


 キララはOKマークを出した。

 そして、羽織っていたワンピースを幸子にふんわりと羽織わせる。


 ジュリアとココアに寄り添った駿。


「山口(ジュリア)も竹中(ココア)も怖かったよな。よく頑張った」


 ふたりとも涙ぐんでいる。


「さっちゃんと伊藤、ふたりに頼んでもいいかい?」


 頷いたふたり。

 駿は笑顔でふたりの肩をさすった。


「亜由美、ちょっと付き合って」

「うん」


 ふたりはゲームセンターを出ていった――



 ――しばらくして、紙袋を持ったふたりが帰ってくる。


 駿は、新しいTシャツを着ていた。


「さっちゃん、立てる?」


 駿の手を借りて、ゆっくり立ち上がった幸子。

 スカートの裾から雫が滴り落ちる。


「さっちゃん、ちょっとゴメンね」


 駿は、シミのついたカーペットを意に介さず膝をつき、腰にかけてあげていたTシャツを幸子の臀部を隠すように巻き、お腹の前で短い袖を無理矢理結んだ。


「駿くん……ごめんなさい……私…………漏らしてしまって……」


 消え入りそうな声の幸子。幸子の顔は、これまでにない位真っ赤で、目に涙を浮かべていた。

 失禁してしまったところを男の子、しかも駿に見られ、その面倒まで見てもらっているという事実は、幸子にとっても耐え難いほどの恥辱である。

 しかし、駿は微笑みながら言った。


「恥ずかしくないよ」

「えっ……?」

「誰だって怖い思いすればそうなるよ。だから、全然恥ずかしいことじゃないからね、さっちゃん」

「…………」


 駿からの暖かい気遣いの言葉に涙がこぼれる。

 もう一度キララのワンピースを上から羽織らせた駿。


「聞いたよ、伊藤を助けるために戦ったんだってね! 亜由美が『さっちゃん、すごかった』って、感心してたよ」


 キララが幸子の元にやってくる。


「さっちゃん、助けてくれて、ありがとう……」


 いつもは気丈で笑顔の絶えないキララだが、この時は目に涙をためていた。


「いつも……いつも、私を助けてくださるキララさんへのお返しです!」


 涙をためて笑顔で答える幸子。

 幸子の鼻の頭を指先でちょんと触れたキララ。そして、幸子をそっと抱き寄せる。

 幸子も背中へ手を回し、ふたりは静かに涙を流しあった。


「じゃあ、亜由美と伊藤に任せていいかな?」


 OKマークを出す亜由美。


「いいけど……」


 キララは不満気だ。


「さっきは『キララ』って呼んでくれたのになぁ……」


 寂しげな顔で駿の顔をチラリと見る。


「あー……『キララ』、任せていいかな?」


 照れくさそうに名前を呼ぶ駿に、ニマッと笑ったキララ。


「OKだよ! 高橋!」

「オレのことも『駿』でいいからな」

「あー……じゃあ『駿』、任せて!」


 キララも照れくさそうだ。


 亜由美とキララ、幸子の三人は、先程持ち帰ってきた紙袋を手にお手洗いへと向かった。紙袋には、幸子の着替え用のスカートと下着、身体を拭くタオルが二枚入っている。先程、駿と亜由美が買ってきたものだ。


 しばらくして、着替え終わった幸子たちが帰ってきた。似た感じのスカートがあったらしく、着替えた感じはまったくしない。


「おぉ~、今日もさっちゃん、カワイイね!」


 サムズアップする駿。


「あ、ありがとうございます……」


 幸子は顔を赤くして照れた。


「さっちゃん、中澤(亜由美)、キララ、ゴメンね……あーし、怖くて……」

「ごめんなさい~……私、何もできませんでした~……」


 頭を下げるジュリアとココア。


「や、やめてください、頭上げてください……!」

「みんな怖くて、思い通りには動けなかったんだから、そこはお互い様だよ」


 幸子とキララは、笑顔を浮かべながら、ジュリアとココアを気遣った。

 そんなやり取りの横で、亜由美が心配そうに駿に尋ねる。


「アンタ、地廻りとかと繋がりあんの……?」


 駿はフッと笑った。


「単なる高校生のオレにあるワケねぇだろ。ブラフだよ、ブラフ」

「だ、だよね」

「変な心配かけてゴメンな、でもホントに繋がりなんてないから」


 いつもと変わらぬ駿の笑顔に、ホッとする亜由美だった。


「で、太は? アイツ何やってんの?」

「あのデブ……あ、噂をすれば……」


 太が、お手洗いの方からフラフラしながら帰ってくる。


「お待たせしちゃってゴメン……すべて出し切った……あれ? 何で駿がいるの?」


 きょとんとした太。


「太、ちょっと来て」

「う、うん」


 太を連れてゲームセンターを出ていく駿。


 しばらくして。


『バカヤロー! お前がアイツら守らなくて、誰が守るんだ!』


 電子音が鳴り響くゲームセンターの中にまで響き渡る駿の怒号。

 女性陣五人がビクッとする。


「あー、ヤバい。駿、マジ切れモードだわ……ちょっと行ってくる」


 亜由美が駿たちの様子を見に、ゲームセンターを出ていった。


「でも、高橋来てくれて良かったね~ 助かったよ~」

「キララが呼んでくれたんでしょ、サンキューね」

「いや、でもホントに三分以内で来るとは思わなかったけどね」

「お礼にオッパイ揉ませてあげようかな~」

「お、じゃあ、あーしも」


 大きな胸をユサッと持ち上げるふたり。


 パシンッ パシンッ


「いてっ!」

「いたい~」


 キララは、ふたりの頭をはたいた。


 「アホか、お前らは!」

 「あの……キララさん……」

 「ん? どうしたの、さっちゃん」

 「こんなぺったんこでも喜んでもらえるでしょうか……」


 自分の慎ましい胸を押さえる幸子。


「さっちゃん! そんなことしちゃダメーッ!」


 キララは、ジュリアとココアを睨んだ。


「さっちゃんに悪影響が出てんだろうが!」


 さっちゃんの行動に焦るジュリアとココア。


「さ、さっちゃん、あーしらのコレは冗談だからね!」

「う、うん、冗談だからね~」


 キララは、呆れた目でふたりを見ていた。


「さっちゃん、それにさ、駿が『胸触っていいよ』って言われて、触ると思う?」


 笑顔で幸子を諭す。

 少し考える幸子。


「ジュリアさんとココアさんのだったら……」

「触っちゃうかー……」


 キララは頭を抱えた。


 やがて帰ってくる駿と亜由美、太。

 太は、かなり落ち込んだ様子で、亜由美に慰められていた。


「みんなゴメンな、太にはガツンと言っといたから」


 チラリと太を見る駿。


「みんなゴメンね、ボクがちゃんとしてなかったばっかりに……」


 太は、みんなに頭を深々と下げた。

 いつものニコニコした穏やかな雰囲気は消えている。


「ホント、みんなゴメン。許してやってくれ」


 駿も一緒に頭を下げた。


「ランチ」


 一言つぶやくジュリア。


「そろそろ昼時だからさ、ランチが食いてぇなぁって」

「そうね~、美味しいランチが食べたいです~」

「じゃあ、私もそこに乗っかろうかな」


 ギャル軍団三人は、ニマッと笑った。


「はい、じゃあ、私もランチが食べたいってことで」


 クスクスっと笑う幸子。


「うん! ボク、全部ご馳走するから、好きなもの食べて!」


 太は、許してもらえそうな雰囲気にホッとした。


「太、ランチで許してもらえるんだから、みんなに感謝しろよ!」


 太の背中をバンッと叩く駿。


「うん!」

「じゃあ、丁度いい時間だし、ランチに行こうか」


 亜由美がみんなを促した。


「南口のカフェレストラン行ってくれば? あそこ美味しかったよ」


 提案する駿。


「サンドイッチには注意ですね」


 幸子は、以前駿と行った時のことを思い出し、駿と笑い合った。


「駿はどうする?」


 駿に尋ねる亜由美。


「オレはバイトに戻るわ、今も抜け出してきてる状態だし」

「まさか無断で?」

「さすがにそれは……叔父さんと綾さんに話したら『すぐ行ってこい!』って」

「そっか、ちょっと安心。あとで連絡入れるから、ちょこちょこLIMEチェックしといて」

「了解、じゃあここで失礼するわ。みんな、またね! 太、頼んだぞ」

「うん、今度こそ大丈夫!」


 駿は、太の肩をポンポンと笑顔で叩いた。


「高橋、サンキューね」

「高橋~、じゃ~ね~」

「駿、また」

「駿くん、助けてくれてありがとう!」


 片手を挙げて去っていく駿。


「さて、あーしらは、小泉(太)の奢りでランチと洒落込みますか!」


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