第42話 夏の思い出 (5)

 夏休みの終盤に、みんなで遊びに来ていた亜由美、太、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の六人は、駅南口のカフェレストランでランチを楽しんでいた。


「開いてるお皿、お下げいたします」


 テーブルに置かれた沢山の空いた皿やグラスなどを、手際良く片付けていくウェイトレス。


「いやぁー、食ったね」

「お腹いっぱいです~」


 ジュリアとココアは、お腹をさすりながら満足そうにしていた。


「小泉(太)、なんか逆に何か悪かったな。デザートとかまで色々頼んじゃって」


 申し訳無さそうにするキララ。


「何言ってるのさ! みんなを怖い目に合わせてしまったんだもの、これ位させてよ。追加どんどん頼んでいいからね!」


 太は、ニコニコ顔でメニューを開いた。


「あー、私はもうお腹いっぱい……」

「私もストロベリーサンデーいただいて、大満足です!」


 亜由美と幸子は満足したようだ。


「じゃあ、食後のコーヒー持ってくるね。ちょっと待ってて」


 ドリンクバーコーナーへ向かう太。

 女性だけになったテーブル席。


「あの……キララさん……」

「ん? どうしたの、さっちゃん」

「ワンピース、汚してませんでしたか……?」


 キララが羽織るワンピースに目をやる幸子。

 先程、ゲームセンターで粗相をしてしまった時に、幸子の肩にかけてくれたものだ。


「いいや、そんなことなかったよ」


 キララは、笑顔で答えた。


「あの、に、臭いとかは……」


 顔を赤くする幸子。

 キララは、テーブル越しに顔を幸子に軽く寄せた。


「そうね……シャンプー、いやボディソープかな……さっちゃんのいい匂いがするよ」


 ふふふっ、と優しく笑うキララ。


「伊藤(キララ)」


 亜由美がキララにズズイッと迫った。


「何?」

「あとで嗅がせて」


 ドン引くキララ。


「亜由美さん! 何言ってるんですか、もう!」


 てへっ、とイタズラっぽく笑った亜由美。

 幸子は、亜由美に改めて向き直る。


「亜由美さん、色々ありがとうございました。スカートや下着の代金は、後日お支払いしますので……」

「いつでもいいからね」


 幸子に優しく微笑んだ亜由美。


「皆さんも……お恥ずかしいところを……汚いものをお見せしてしまって……本当に申し訳ございませんでした……」


 幸子はうなだれてしまう。


「恥ずかしいところなんて見てないです~」

「そうだな、あーしもカッコイイさっちゃんしか見てねぇな」


 幸子に優しい眼差しを向けたココアとジュリア。


「駿にさっちゃんがアイツらに向かっていったこと話したら、すごく驚いてたよ。『さっちゃん、カッコイイ!』って」


 亜由美が幸子に笑いかける。


「そういうことだよ、さっちゃん。私を助けてくれた白馬のお姫様が、そんなしょぼくれてたらダメだぞ~」


 テーブル越しに手を伸ばし、幸子の鼻の頭を指でちょんと触れたキララ。


「皆さん……本当にありがとうございます……」


 テーブルに、ぽたりと涙が落ちる。


「や~、さっちゃん、泣いちゃダメ~」


 自分の胸に幸子を優しく抱き寄せたココア。


「お待たせ……あれ? どうしたの?」


 トレイに人数分のアイスコーヒーを乗せた太が帰ってくる。

 ココアにしがみついて、胸に顔をうずめている幸子を見て、心配になった太。


「何でもないよ、じゃれてるだけ」


 キララは、笑みを浮かべて一言だけ太に言った。

 ココアは無言のまま、優しい微笑みを浮かべて幸子の頭を撫でている。


「うん、そっか、じゃれてるだけか。あ、もう一個持ってこなきゃ」


 空気を察して、再度ドリンクバーコーナーへ向かった太。

 幸子がそっと顔を上げる。


「ごめんなさい……皆さんの暖かいお心遣いが嬉しくて……嬉しくて……」


 そんな幸子の肩を、ジュリアがグッと抱いた。


「さっちゃん、次はあーしの胸に飛び込んでおいで! ね!」


 ニッ! と笑うジュリア。


「はい! ジュリアさんもココアさんも、泣きたい時は私の胸、お貸ししますので!」


 幸子は、ふたりに笑顔を向けた。


「さっちゃん!」


 テーブル越しに迫る亜由美。

 目を見開き、ハァハァと息が荒い。さらに、何かを揉むかのように、両手をワキワキさせている。


「い、い、今、と、飛び込んで、イイかな……?」

「亜由美さん! もう!」


 笑いに包まれたテーブル席。

 その様子をドリンクバーコーナーから見ている太。


(さっちゃん、元気になったみたいだな。良かった!)


 マグカップを持って、テーブル席に戻った。


「はい、さっちゃんにコレ持ってきたよ。コーヒーよりこっちの方がいいかと思って」


 太は、幸子の前にマグカップを置く。


「あ……ココアだ……」


 マグカップには、アイスココアが入っていた。

 隣に座るココアと笑い合う幸子。


「太くん、ありがとうございます!」

「いえいえ、喜んでもらえて良かったよ」


 嬉しそうにアイスココアを飲む幸子を、五人は幸せそうに見つめるのだった。


「んじゃ、腹も膨れたし、カラオケ行こっか」

「行こう~、行こう~」


 ノリノリのジュリアとココア。


「一応部屋空いてるか、確認しとこうか?」

「あ、じゃあ、ボク電話してみるよ」


 キララと太がカラオケ屋の確認をしている。


「ねぇ、さっちゃん、さっちゃん」


 テーブルを挟んで、亜由美が幸子に耳打ちした。


「今日も、本気のさっちゃん、よろしくね……」

「えっ?」

「さっちゃんの歌で、アイツら驚かしちゃおうよ……」


 イシシッとイタズラっぽく笑う亜由美。


『自分には無理です』


 以前の幸子だったら、そんな言葉を口にしていただろう。

 しかし、今の幸子は違った。


「亜由美さん、この間のカラオケで亜由美さんが歌ってた歌、歌わせてもらってもいいですか……?」

「お? さっちゃん、アレいけそう……?」

「はい。あの後、ベストアルバム買って、たくさん聴いてきました……」

「いいねぇ、やる気満々だね……」

「はい……!」


 テーブルを挟んで、内緒話に興じるふたり。


「こらー、おふたりさん。何をコソコソ話してるのかなー」


 キララが教えてほしそうにしていた。


「うふふ、ナイショです」

「えー、さっちゃん、教えてよー」

「伊藤、あとでわかるから。お楽しみに!」

「えー、ふたりとも怪しいなぁー」


 不服そうなキララを見て、楽しそうに笑う亜由美と幸子だった。


「広めの部屋、空いてたから予約しといたよ!」


 太がスマートフォン片手にみんなへ告げる。


「この間と同じ位広い部屋だったらいいね!」

「姉御、あの時と同じ部屋だと思うよ」

「お! いいね!」


 太とハイタッチした亜由美。


「じゃあ、お会計だけ先に済ませてくるから、みんな支度しといてね」


 伝票を持ってレジへ向かった太。

 テーブルでは、女性陣が支度をしている。


「あーしの歌でさっちゃん、メロメロにさせっから!」

「私も、私も~」

「私も結構歌には自信あるんだ!」


 ギャル軍団は、みんな歌に自信がありそうだ。


「私もそこそこ歌えるよ! アンタらに負けないように頑張っちゃう!」


 ギャル軍団に対抗する亜由美。


「小泉はともかく、あーし、さっちゃんの歌が楽しみ!」

「さっちゃん、デュエットしようね~」

「はい! 私もがんばって歌っちゃいます!」


 満面の笑みで答えた幸子、そして幸子に抱きつくココア。


(私の歌でホントにみんな驚いてくれるかなぁ……でも、がんばってみよう!)


「みんな、支度OK?」


 太が戻ってきた。


「大丈夫そうだね、じゃあ行こうか。忘れ物ないようにね」


 こうして六人は、談笑しながらカフェレストランを出ていった。


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