第140話 コーラスライン (1)

 正月も明け、一年の締めくくりである三学期が始まった。

 始業式も早々に終わり、教室では久々に音楽研究部八人が顔を揃え、冬休みの出来事を話題にして、談笑していた。


「ねぇ、ねぇ、クリスマスパーティ、すごかったらしいね!」


 亜由美が興味津々でジュリアたちに話し掛ける。


「すっげぇ楽しかった! もう駿があーしたちの奴隷みたいに働いてさ!」

「ど、奴隷……」


 苦笑いした駿。


「ジュリア、言い方! 駿、ゴメンね……中澤(亜由美)なら想像つくと思うんだけど、駿にすごく気を使ってもらっちゃってさ……ホント、申し訳なかったよ」


 キララが、ジュリアのセリフにフォローを入れる。


「みんなでお泊り、楽しかった~。ねぇ、さっちゃん」

「はい! ココアさんとジュリアさんと一緒に寝ました」


 顔を合わせて微笑み合ったココアと幸子。


「それ、大丈夫だったのかよ」

「うん、ボクもそう思った。駿もよく女の子を泊めたよね」


 達彦と太は、不思議そうな顔をしている。


「全員、親の許可を取ったらしいよ」


 亜由美の言葉に、渋い顔をした達彦。


「あぁ、親をだまくらかして、女泊めたってか。ったく……」

「そう思うでしょ。違うのよ」

「違う?」


 幸子が、理解できない達彦に説明する。


「私たち全員の親と、駿くんが交渉してくれたんです」

「はぁ?」


 驚く達彦。


「あと、親を安心させるようにって、パソコンのカメラで部屋の中を一晩中映してくれました」

「そんなことやったの⁉」


 太も驚いている。


「『ラズゴバ(在宅ワークなどに利用されているWEB会議・コミュニケーションツール)』使ったんだよ。あれでみんなが帰るまで、部屋の中をインターネット中継して、みんなの親に監視してもらった」

「なるほどね……親からもすぐ連絡がつくし……」

「実際、みんなの親とも映像付きで話をしたよ」


 納得した太。


「駿、悪い。ちょっとオマエの行動を疑っちまった……」


 達彦は、申し訳なさげだ。


「いや、それが普通だよ。女の子を四人も泊めたって言ったら、普通はそう思うよ」

「ハーレム、ハーレム~」


 無邪気に笑っているココア。


「こういう誤解を呼ぶことを言うヤツもいるしな」


 八人の間に笑いが巻き起こった。


「タッツンの方はどうだった? 川中(静)先輩とは楽しかったか?」

「あぁ、お陰さんでな。伊藤(キララ)、色々ありがとな」


 キララは、達彦に笑顔でサムズアップを送った。


「いつものカフェレストランでメシ喰って、ステージワン(複合大型娯楽施設)でダーツやって、遅くならないうちに家まで送っていったよ」

「え~? そのままお持ち帰りしなかったのかよ。谷(達彦)もチキンだなぁ」

「あのなぁ……あの真面目な静先輩にそんなことできるか!」


 ジュリアにツッコむ達彦。


「タッツンさん、川中先輩、プレゼントすごく喜んでましたよ!」

「さっちゃん……」


 達彦は頭を抱えた。


「あ……言っちゃダメでしたか……?」

「タッツン、何あげたの? ねぇ、ねぇ、何あげたの?」


 このネタにニヤつきながら食いつく亜由美。


「ハンカチだよ……」

「あら~、何かタッツンらしくない、可愛いチョイスね~」

「伊藤に相談しながら買ったんだよ! 絶対プレゼント持っていけって言うから……」


 達彦は、珍しく顔を赤らめた。


「伊藤、ファインプレイ!」


 お互いにサムズアップを送り合う亜由美とキララ。


「あ、そうだ、亜由美」

「なに?」

「ハヤテがよろしく言ってたぜ」

「アイツ元気なの?」

「この間、俺と駿とハヤテの三人でメシ食いに行ってよ」


 訝しげな顔をする亜由美。


「なに、そのガラの悪い三人組……誰も近寄んないでしょ……」

「そうでもねぇぞ。絡んできた五人組のバカがいたから――」

「あー、タッツン! タンマ、タンマ! それ以上は言うな!」


 慌てる駿を見て、亜由美は頭を抱えた。


「アンタたち! もうガキじゃないんだから、いつまでもやんちゃしてんじゃないわよ! ハヤテにも言っとけ! まったく……」


 親に叱られた子供のように、亜由美の叱責に小さくなる達彦と駿。

 その様子を見て、ジュリアたちがケラケラ笑っていた。


 クイ クイ


「?」


 幸子が駿の袖を引っ張っている。


「駿くん、お願いです……危ないことはしないでください……」


 涙目の幸子。


「あー……ゴメンね、さっちゃん。わかったよ、危ないことはしない」


 駿は、幸子の頭をポンポンと叩いた。


「おっ、いいなぁ、駿は。心配してくれるさっちゃんがいて」


 ニヤニヤしている達彦。

 そんな達彦を、幸子はキッと睨んだ。

 達彦は、幸子の予想外の反応に思わず怯む。


「タッツンさんもです。タッツンさんが怪我して、一番悲しむのは誰ですか……?」

「うっ……」


 答えられない達彦。


「川中先輩を心配させないでくださいね……」

「そうだな、さっちゃんの言う通りだ。からかって悪かった」


 ふたりはお互いに微笑みあった。


「そうそう、さっちゃん」

「はい、亜由美さん」

「お正月は、色々ありがとね」

「いえ、またぜひ遊びにいらしてください!」


 亜由美と幸子の様子に、キララがツッコむ。


「中澤、さっちゃんの家にでも行ったの?」

「うん、駿と一緒にね。駿はそのままお泊りで」


 ジュリアの目の色が変わった。


「え、何それ! 駿、アンタ、まさか……」

「さっちゃんのお母さんも一緒だから。ジュリアが心配しているようなことは、何も無いって」

「だ、だよね……まさかチキンの駿が……」

「さりげなくオレをディスるんじゃない」


 笑いが巻き起こる。


「でも、ホントにのんびりさせてもらっちゃったよ。さっちゃん、ありがとう!」

「その後、駿くんの部屋に伺って、お母さんと泊まらせてもらったりして、私もすごく楽しかったです! 駿くん、ありがとうございました!」


 そんな幸子の言葉に驚く亜由美。


「えっ、駿、部屋にさっちゃんとお母さんを呼んだの?」

「うん、お世話になったお礼を少しでもしたくてね。キララたちと『マリアパーティ2』のインターネット対戦で盛り上がったな!」

「そうそう! お母さんも楽しんでたし、さっちゃんのお母さん、キャーキャー言ってて可愛かった!」

「あーしのママも乱入したり、あとココアのパパさんも参戦してたよね」

「うん! パパ、ゲーム初めてみたいだったけど~ 楽しかったみたいで、またやりたいって言ってた~」

「ココアのパパさん、今度あーしのママの店にも来てくれるって言ってたし」

「お仕事仲間、連れて行くって言ってた~」


 亜由美は感心しきりだ。


「親同士のコミュケーションの場を提供しちゃったわけね……」

「まぁ、それは偶然なんだけどね」

「さっちゃん、気をつけないと、お母さんに駿を取られちゃうわよ! さっちゃんのお母さん、母性全開だもん!」


 亜由美は、クククッと笑いながら、幸子をからかった。

 が、それを聞いて、表情が明るくなる幸子。


「そしたら、駿くんが私のお父さんですね! ステキです!」

「い、いや、そうじゃなくて……」


 亜由美のつぶやきと共に、全員が頭を抱えた。


「デブは……」


 亜由美が太に目をやると、スマートフォンをイジっている。


「おい、デブ」

「な、なに、姉御?」


 慌ててスマートフォンをしまった太。


「何か静かだと思ったら、スマホで何やってんの? ゲーム?」

「ううん、ちょっとね。何でも無いよ」

「ふーん、まぁ、どうでもいいや」

「そう言われると、それはそれで寂しい……」


 八人の間に笑いが起こる。


「太は、美味いもの、たくさん食べてこれた?」

「うん、駿。今回はちょっと足伸ばしたりして、色々と楽しんできたよ」

「えーと、何だっけ……シノちゃん……シホちゃん……だっけ?」

「うん、詩穂ちゃんね。元気にしてた。もう中学生だよ」

「へぇ、あの女の子、もう中学生なんだ」

「相変わらず、元気なおてんば娘だけどね」

「そっか、でも元気なのが一番だよな」

「春休みに、こっちに来る予定だから、みんなにも紹介するね」

「写真でしか見たことなかったからな、楽しみにしとくよ」


 駿と太とで笑い合った。


 ぴんぽんぱんぽーん


『お呼び出しします。音楽研究部の高橋くん、音楽研究部の高橋くん、いらっしゃいましたら、職員室の大谷までお越しください。繰り返します……』


 ぴんぽんぱんぽーん


「駿、呼んでるよ~」

「放送で呼び出されるって、珍しいね」


 ココアと太が駿を見ている。


「ちょっと行ってくるわ。何の話か分からないから、みんな先に帰ってて」

「あいよ」

「駿くん、ごめんなさい。お先に失礼しますね」


 幸子たちに手を振りながら教室を出ていった駿。


(大谷先生、何だろうな……)


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