第143話 コーラスライン (4)

 軽音楽部の策略に嵌り、音楽室から追い出されそうになっているコーラス部。

 顧問の大谷からサポートを求められた駿が仲介にあたることとなった。

 結果、軽音楽部の部長・小太郎との交渉の結果、軽音楽部とコーラス部がそれぞれ演奏・合唱し、その人気投票による勝負をすることに。

 その勝負には『音楽研究部の解散』もかかっていた。


 ――始業式の二日後 音楽室


 つい先程まで、駿は小太郎との交渉をこの場で行っていた。

 勝負に挑む決断をしたものの、コーラス部の部長である倫子、そして部員たちも、不安そうな表情をしている。


「高橋くん……」

「倫子先輩、なんでしょう」

「あの……すみませんでした……」


 倫子の脳裏には『音楽研究部の解散』がチラついていた。


「オレが決めたことだから、倫子先輩が謝ることないですよ」


 ニッコリ微笑む駿。


「で、でも……冷静に考えると……文化祭の集客を考えても、コーラス部に勝ち目は……」


 文化祭でのステージでは、コーラス部の観客は数える程で、軽音楽部はそれなりの人数を集めていた(一曲目の途中で帰る客も多かったが)

 倫子はうなだれてしまう。


「今のコーラス部のやり方だと、実力は上でも、票を集めるのは難しいと思う」


 駿の言葉に、部員たちもうなだれてしまった。


「オレからみんなに問題を提起したい」

「問題?」

「客の集まらないコーラス部、客の集まる軽音楽部、何が違うと思う?」


 部員たちがざわつく。


「倫子先輩、コーラス部ではどうやって歌ってますか?」

「はい……私含め十六人いますので、それぞれベース、テナー、アルト、ソプラノに分かれて、歌っています……」

「うん、コーラスとしては、一番ベーシックで、かつ最良だと思う」


 ホッとする部員たち。


「でも、それって、軽音楽部のステージを見に来るような人からすると、何か足りなく感じてしまうと思うんだ」


 ひとりの部員が挙手する。


「そ、それは、私たちが実力不足ということでしょうか……?」


 首を振り、それを否定した駿。


「違う。みんなの実力は折り紙付きだ。大谷先生の指導もあるし、オレ自身、文化祭でみんなの歌声を聞いて、心が震えたからね」

「じゃあ、足りないのは……」

「キャッチーさじゃないかなって思ってる」

「キャッチー……? それはどういう……」


 倫子は、駿に疑問を呈する。


「もう一度、コーラス部と軽音楽部の違いを考えてほしい」


 倫子と部員たちは、駿に注目した。


「文化祭のステージを思い出してほしいんだけど、大谷先生の指揮があって、みんなは前後二列に分かれて、直立不動で、それでピアノの伴奏に合わせてみんなで歌っただろ? コンクールなんかでも、そんな感じだよな」


 それが当然とばかりに頷く倫子と部員たち。


「軽音楽部は、薄井(小太郎)先輩が全面に立って、他のメンバーは……まぁ、人気の曲を下手くそに演奏してたよな」


 倫子と部員たちは苦笑いして頷いた。


「ふたつの違いは何?」


 駿の問いに、悩む倫子と部員たち。

 倫子がおずおずと口を開いた。


「うまく説明できないんだけど……『フランクさ』、それと『個と群』……かしら……」


 笑顔を浮かべる駿。


「倫子先輩、正解です」


 部員の多くは、首を捻っていた。


「コーラス部は、そのビジュアルと歌う歌の内容から『お固いイメージ』があって、今時の人気の曲を演奏する軽音楽部と比較すると、聴く人に対する『フランクさ』……もう少し噛み砕くと『気軽さ』が足りなくて、聴く方は構えちゃうんじゃないかな」

「なるほど……」

「それと軽音楽部には『薄井先輩』という明確な『個』がいるけど、コーラス部は性質上『個』ではなく『群』を意識して歌うでしょ? 聴く方からすると対象が『ぼやけやすい』んじゃないかなって思う」

「ぼやける……」

「だから、聴く方はコーラス部に『壁』を感じてしまって、逆に軽音楽部は『キャッチー』で『わかりやすい』と感じてしまうんじゃないかな。どうだろう、これはあくまでもオレの個人的な意見だから、みんなからも何かあれば、ぜひ意見を聞きたい」

「…………」


 駿の意見に、何も言えない部員たち。


「そうなると、なおさら私たちでは勝てないのでは……」


 自信のない倫子の一言に、部員たちの意気も消沈していく。


「そのためにオレがいる」

「高橋くん……」

「オレは、さっきの話に、現状打破のヒントがあると思ってる」


 力強く語る駿を見つめた倫子。


「みんな、聞いてくれ」


 駿にみんなの視線が集中する。


「発表会の概要が決まらない以上、残念ながら現状では細かいところは決められない。だから、みんなはこれまで通りの練習を続けてほしい」


 倫子と部員たちは頷いた。


「それと、みんなに言っておきたいことがあるんだ」


 皆、駿に注目している。


「みんな、実力はあんなヤツらより全然上だ。比較にならない。だから自信を持って、歌うことを楽しもう。不安があるのもわかる。でも、みんなが楽しまなければ、聴いてる方だって楽しくない。だから、歌うことを楽しもう!」

「はい!」


 コーラス部の部員たちが笑顔で元気に返事を返した。


「おい、男子」

「は、はい!」

「お前らが女子のみんなを支えるんだ。頼むな」

「はい、任せてください!」


 ガッツポーズを取る男子部員たち。


「え~、コイツら頼りな~い」

「そ、そんなこと言うなよ……」

「ほら、もう、しっかりしてよ~」


 部員たちの間に笑いが巻き起こる。


「はい、はい、男子をイジメてないで、練習、練習!」

「は~い」


 練習の準備を始める部員たち。


「倫子先輩、ちょっと……」


 駿は、倫子と共に部員たちから離れ、音楽室の隅へと移動した。


「倫子先輩、大丈夫ですか……?」

「…………」


 何も答えられない倫子。

 悔しそうな、とても辛そうな顔をしている。

 そんな倫子に笑顔で語りかける駿。


「倫子先輩、何でもオレに言ってくださいね」


 倫子の大粒の涙が、音楽室の床にいくつもの模様を描いていく。


「オレがついてます」

「あっ……うぁ……あぁぁ……うぅぁ……」


 嗚咽を漏らす倫子の頭を、優しく自分の胸にうずめさせた駿。

 部員たちは、皆その様子を見ていたが、それをからかう人は誰もいなかった。


 ◇ ◇ ◇


19:34 駿[今、説明した通りだ]


19:34 亜[軽音のヤツら、何様なの! 超ムカつく!]


19:34 亜[音楽研究部の方は、どうせ駿に考えがあるんでしょ]


19:35 駿[まだちょっと仕込み中だけどな]


19:35 亜[駿のことだから、心配してないわよ]


19:35 駿[(サンキュー! のスタンプ)]


19:36 幸[東雲(倫子)部長は大丈夫なんですか?]


19:36 駿[正直、厳しい……]


19:36 駿[全部自分のせいだと思い込んでしまって、心が折れかけてる]


19:37 幸[私、次の練習の時に音楽室行きます]


19:37 駿[さっちゃん、頼む。そばにいてあげてくれ]


19:37 幸[わかりました]


19:38 達[実力行使した方が早いんじゃねぇか]


19:38 駿[大谷先生に止められてる]


19:38 駿[それに、協会の方へチクリを入れられるとマズい]


19:39 達[実際は何もしてねぇんだろ?]


19:39 駿[今はイジメやら何やらが煩いから]


19:39 駿[協会や学校に睨まれるようなことがあると……]


19:40 達[納得いかねぇ]


19:40 達[クソッタレが]


19:40 駿[すまん、今は我慢してくれ]


19:40 達[駿が謝ることじゃねぇよ]


19:41 達[イラついて悪かった]


19:41 駿[オレも内心はタッツンと同じ気持ちだよ]


19:42 太[駿、例の件はどうする?]


19:42 駿[悪いけど、そのまま継続してくれ]


19:42 太[わかった。問題ないよ]


19:43 キ[山辺会長には相談できないよね……]


19:43 駿[もう元会長だからな……]


19:43 駿[実はそこが今回一番心配しているところなんだよ]


19:43 亜[どういうこと?]


19:44 駿[新しい会長が問題なんだ]


19:44 キ[中山なかやまみおさんだったっけ?]


19:45 駿[軽音楽部のグルーピーのひとりなんだよね]


19:45 キ[マジで……]


19:45 駿[これから先、生徒会がオレたちの敵に回る可能性が高い]


19:45 亜[やっかいね……]


19:46 駿[みんなに直接何かしてくるようなことは無いと思うけど]


19:46 駿[何かあったらすぐ教えてくれ]


19:46 駿[最悪、生徒会と全面的に戦う]


19:47 亜[今年も賑やかな一年になりそうね……]


19:47 達[楽しそうでいいじゃねぇか]


19:47 太[タッツン、揉め事大好きだよねw]


19:48 達[降りかかる火の粉は払わねぇとな]


19:48 亜[タッツンの場合、火元をねじ伏せに行くでしょ]


19:48 達[あたりめぇだろ]


19:48 太[wwwww]


19:49 駿[あとは今回の件を、コーラス部の魅力を校内に広める機会にしたい]


19:49 幸[コンクールとかでも優秀な成績を収めてますよね?]


19:50 駿[その割に学校での評価や知名度って低くない?]


19:50 幸[確かにそうですね……]


19:50 駿[あれだけ音楽に真面目に取り組んで、実績も上げている連中を]


19:51 駿[このまま燻ぶらせておくのは、オレ的に納得いかない]


19:51 駿[コーラス部の魅力を広めて]


19:51 駿[ついでに軽音楽部を活動不能なところまで追い詰めたい]


19:51 亜[やっちゃえ、駿!]


19:51 駿[音楽研究部を解散? ふざけやがって]


19:52 駿[放っておくと吹奏楽部にも手を出すだろうから、今のうちに潰す]


19:52 駿[だから、みんな、すまない。力を貸してくれ]


19:52 幸[もちろんです!]


19:53 亜[色々恨みもあるからね。私もやるよ!]


19:53 達[今度こそ、ぐうの音も出ないようにしちまおうぜ]


19:53 太[駿、期待しておいてね]


19:54 ジ[あーしたちはどうすればいい?]


19:54 駿[三人は、コーラス部に合流してくれるかい?]


19:54 駿[大谷先生に指導してもらって、三人にも歌ってもらおうと思ってる]


19:55 キ[コーラス部って実力派なんでしょ? 私らじゃ力不足じゃない?]


19:55 駿[大谷先生や倫子先輩に指導してもらえれば、問題ないと思う]


19:56 ジ[ついに、あーしもステージデビュー……]


19:56 駿[コーラスだからな]


19:57 コ[歌って踊れる歌手を目指す!]


19:57 駿[コーラスだってば]


19:57 駿[キララー!]


19:58 キ[(おかけになった番号は…のスタンプ)]


19:58 太[wwwwwww]


19:58 駿[もういいや。三人とも明後日の放課後に音楽室行くからよろ]


19:59 太[諦めたwww]


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