第142話 コーラスライン (3)

 ――始業式の翌日 音楽準備室


 扉の向こう側の音楽室から、吹奏楽部の練習の演奏が、微かに聴こえる。

 音楽準備室は狭く、ドラムキットなども常設されているため、自由になるスペースはさらに狭い。

 そんなスペースの床に、上半身裸の軽音楽部部長の小太郎と、下着姿のグルーピーが身体を寄せている。


「ねぇ、小太郎くん。ホントに音楽室使えるようになるの?」


 グルーピーの問いに、ニヤリと笑う小太郎。


「あぁ……コーラス部を型に嵌めてやったからな……あのデブ、バカだぜ……」

「ずっと嫌がらせしてたしね」

「くくくっ、みんなのお陰でデブが手を出してくれたからな」

「手を出させたのよ、ちょっと強引だったけどね、あはは」

「よくやった」


 小太郎は、グルーピーの頬にキスをした。


「ふふふっ、こっちからわざと仕掛けて、わざと怪我した振りして……あんなデブ、騙すの楽勝だったわ」

「アイツらが音楽室を明け渡したら、この部屋の邪魔なドラムキットとかも音楽室に出しちまおう」

「そしたら、ノビノビできちゃう!」

「広い音楽室も使えるぜ……」

「そっか! あっちの広い部屋でもできちゃうね!」

「みんなでしようか……?」

「え~、私だけを愛して!」

「お前が一番に決まってんだろ……」

「嬉しい……」


 唇を重ね、グルーピーの下着の中に手を滑り込ませる小太郎。


(お前なんかヤルためだけの女だっつーの……)


 防音施工された音楽準備室に嬌声が響き渡る。


(ついでに吹奏楽部も型に嵌めて、音楽室を完全に占拠しちまうか……アイツも味方にいるしな……)


 ◇ ◇ ◇


 ――始業式の二日後 音楽室


 コーラス部の面々が、暗い面持ちで今後について話し合っていた。


「全員で謝ったら許してくれないかな……」

「いや、それよりも音楽室以外のどこで練習するかを検討した方が……」


 様々な意見が部員から出ているが、部長の倫子はうつむいてしまっている。


「みんな、ゴメンね……」


 倫子が呟いた。


「部長が悪いわけじゃないですよ!」

「そうですよ、気にしないでください!」


 多くの部員が励ましの言葉を倫子に掛ける。

 しかし、倫子は落ち込んだままだ。

 部員もどうしたら良いか分からず、皆困惑している状態だった。


 ガチャリ


 音楽室の重い扉が開く。

 軽音楽部が来たのかと、コーラス部の面々に緊張が走った。


 「おっす、みんな元気?」

 「高橋(駿)くん!」


 倫子とコーラス部の表情がぱぁっと明るくなる。


「おぉ、元気そうだな」


 駿の元に集まった倫子とコーラス部の面々。


「た、たんま、たんま、落ち着けって」


 みんなニコニコ顔だ。


「とりあえず、奥へ。な」


 音楽室の奥へとゾロゾロ移動していく。


「さてと……大谷先生から話は聞いたよ。大変だったな」


 皆、表情に影が落ち、うつむいてしまう。


「オレも色々動いてみるからさ……みんな不安だったよな。よく頑張った」


 倫子の瞳から涙が落ちた。

 一部の部員も涙をこぼし、嗚咽をもらしている。


 駿は、倫子の耳元で囁いた。


「倫子先輩、話は聞いてる。でも、みんなを引っ張るのは倫子先輩だ……」


 小さく頷く倫子。


「ここが踏ん張りどころだ……オレがついてる……頑張ろう……!」


 倫子は、涙を流しながら、何度も頷いた。

 倫子の背中をポンポンと叩く駿。


「高橋くん!」

「なに?」

「部長ばっかりズルイ!」

「へ?」


 部員からクレームがあがった。


「私たちをギュッてして!」

「え、オレってば、超モテ期到来⁉」


 部員の求めに応じて、駿は女子部員を順番に胸へ抱き寄せながら、耳元で励ましの言葉を掛けていく。男子部員もそれに混じっていたため駿は困惑したが、本人たちからの強い希望もあり、女子部員とは異なり、ガッチリ抱きしめて励ましの言葉を掛けていった。

 皆、不安な年末年始を過ごしたようで、多くがホッとした様子だ。


「いやぁ、ここでこんな超モテ期が来るとは……」


 照れている駿に、部員から声が上がる。


「じゃあ、次は順番にデートして!」

「ダメ、ダメ! 高橋くんには、山田(幸子)さんがいるんだから!」


 部員たちの間で笑いが巻き起こった。

 顔を赤くして頭をかく駿。


「今度、音楽研究部と合同でボウリング大会でもやるか!」


 コーラス部員たちに明るい笑顔が浮かんだ。


「高橋くん、ありがとう……」


 倫子は、駿に微笑む。

 そんな倫子の頭をポンポンと笑顔で叩いた駿。


 ガチャリ


 音楽室の扉が開く。

 コーラス部の面々に、一気に緊張が走った。


「コーラス部の皆さん、おそろいですね~。どうするか決めたかい?」


 軽音楽部部長の小太郎だ。

 昨日とは違うグルーピーを連れている。


 振り向きざまに、小太郎と目を合わせた駿。


「げ! 高橋……!」

「薄井先輩、ご無沙汰ですね」


 小太郎は、駿たちにこてんぱんにやられたことを思い出し、焦っている。


「な、なんでお前がここに……!」

「薄井先輩と交渉したいと思いましてね」

「交渉だと……?」

「コーラス部の音楽室利用の件です」


 その言葉を聞いて、いやらしい笑みを浮かべた小太郎。


「音楽研究部は、コーラス部の味方についたと……」

「どう捉えてもらっても結構ですよ」

「まぁ、いずれにしたって、条件は変えないぜ。音楽室を譲るんだったら、例の件は心のうちに秘めておくし、譲らないんだったら協会へ報告する」

「それって、どうにかならないもんですかね?」

「どうにもならな――」


 小太郎は、邪魔な音楽研究部を潰すことを思いつく。


「――気が変わった」

「じゃあ、撤回ということで」

「そうは言ってねぇ。軽音楽部とコーラス部とで勝負しようぜ」

「勝負とは?」

「俺、今の生徒会に顔が利くからよ、発表会して人気投票ってのはどうだ?」

「ほぉ」

「軽音楽部とコーラス部とで、どっちが良かったか、オーディエンスに決めてもらおう」


「オレたちが勝ったら?」

「音楽室の件は撤回する」


「そっちが勝ったら?」

「音楽室から出て行け。それと……」

「それと?」

「音楽研究部を解散しろ」


 倫子は、小太郎の提案に息を飲んだ。


「ぜ、絶対にダメです! 高橋くん、そんな勝負はやめてください!」


 しかし、冷静なままの駿。


「それはそっちの条件が良すぎる。不平等だろ」

「不平等?」

「オレたちが勝ったら、音楽室の件の撤回にプラスして、音楽室と音楽準備室を完全に明け渡せ」

「なんだと!」

「オレたちは、音楽研究部の解散を賭けるんだぜ。それ位の条件は飲めよ」


 小太郎は考え込む。


(アイツを動かせば、軽音楽部に負けは無いな……)


「わかった、その条件を飲もう。そっちもその条件でいいか?」


 駿が振り返り、倫子とコーラス部の面々と向かい合った。


「高橋くん、やめましょう……条件が悪すぎます……」


 駿が言葉を発する前に、倫子が反対をする。


「そうだよ……コーラス部のせいで、音楽研究部が無くなったら……」

「高橋くんたちに迷惑は掛けられないよ……」


 部員たちも反対した。


 そんな倫子と部員たちに冷ややかな視線を送る駿。

 倫子と一部の部員は、その視線に気づき、思わず目をそらした。


「なるほど……そんなに自分たちに自信がないんだ……」

「えっ?」

「コーラスにかける情熱も、上っ面だけなんだな……」

「そ、そんなこと……!」


 駿に反論しようとする倫子。


「だって、そうだろ。倫子先輩も、みんなも、ケツまくって逃げ出すんだろ?」

「逃げ出す……」

「戦うんだったら、オレは最後まで付き合うぜ」


 倫子も、コーラス部員たちも、全員悔しそうな顔をしていた。

 倫子は意を決する。


「みんな、やろう!」

「部長……」

「部外者の高橋くんがここまでやってくれてるんだ! 私たちもそれに応えないとダメだ!」

「うん、部長、やりましょう! 音楽室と音楽研究部を、私たちの歌で守るんだ!」


 倫子と部員たちの反応に、駿はニヤリと笑った。


「倫子先輩、どうする?」


 駿に気合の入った顔を向ける倫子。


「やります! 勝負を受けます!」


 駿はニコリと笑い、倫子の頭をポンポンと叩いた。

 小太郎に向き直る駿。


「勝負を受けるよ。ただし、コーラス部には、バックバンドをつけさせてもらうし、部外の助っ人を呼ぶ」


 小太郎は不敵な笑みを浮かべた。


(お前らは、何やったって勝てないようにしておいてやるよ……)


「いいぜ。その代わり、高橋とあのちびっこのデュオは禁止な」

「禁止かよ……」


 渋い顔をする駿。


「それぞれひとりで歌うのも禁止」

「マジかよ……」


 駿の表情を見て、小太郎はニヤリと笑った。


「コーラス部が勝負の相手なんだから、音楽研究部のお前らが歌うのは筋違いだろ」

「確かに……わかった、その条件飲むよ……他には何かあるか?」

「いや、特にねぇな」

「あ、わりぃけど、楽器と音響は、軽音楽部と共用させてもらうぞ」

「マイク、ギター、ベース、ドラム、キーボード。この辺でいいか?」

「問題ない。コーラスなんで、マイクとスタンドは何本か使うかもしれん」

「わかった」


「よし、じゃあ、確認するぞ」

「あぁ」

「コーラス部のみんなもよく聞いておいてくれ」


 倫子とコーラス部のメンバーが、駿の元に集まる。


「勝負は発表会という体で、観客には軽音楽部とコーラス部の両方を聴いてもらって、最後にどちらが良かったかを投票してもらう。その得票率で勝敗を決める。ここまではいいか?」

「あぁ、OKだ。発表会については、俺の方で生徒会と詰めておく。ステージの方も、基本、軽音楽部の方でセッティングしておく」

「わかった。みんなも大丈夫だな?」


 頷く倫子とコーラス部の面々。


「発表会では、コーラス部にバックバンドをつける。ただし、俺と山田(幸子)さんのデュオと、それぞれの独唱は禁止。ルールはこれだけだな?」

「そうだ」

「軽音楽部が勝った場合、コーラス部は音楽室を明け渡す。それに加えて、音楽研究部を解散する」

「おぅ、それでいい」

「コーラス部が勝った場合、音楽室の件は撤回。それに加えて、軽音楽部は、音楽室と音楽準備室を完全に明け渡す」

「わかった」


「よし、確認は完了だ」

「発表会の日程は決まり次第、コーラス部に伝える」


 倫子に向かって、いやらしい笑みを浮かべた小太郎。


「倫子ちゃ~ん、音楽室はキレイに使ってね。この後、俺たちのモンになるんだから」


 倫子は、小太郎を睨みつける。

 そんな倫子に小太郎が続けた。


「そうそう、どうしようもなさそうだったら、いつでも言ってよ」

「え?」

「俺、倫子ちゃんみたいな肉付きのいい子も好きなんだよねぇ」

「!」

「俺が何を求めているのか、分かるだろ? 抱き心地良さそうだよな、倫子ちゃ~ん」

「…………」


 倫子の身体に虫酸が走る。

 そんな倫子を庇うように前に立った駿。


「高橋くん……」

「言いたいことはそれだけか?」


 駿は、小太郎を睨みつける。


「ふん、荷造りしとけよ」


 不敵な笑みを浮かべ、小太郎とグルーピーは、音楽準備室に消えていった。


(いつまでも青春ごっこしてろ、バカが)


 ガチャリ バタン カチャッ


 音楽準備室の扉を見つめる駿。

 倫子は、自分を庇ってくれたお礼を言おうと、駿の前に回った。


「高橋くん……え?」


 その駿の顔を見て驚く。

 駿は笑っていたのだ。


(OK……全部想定の範囲内だ……)


 こうして、コーラス部・音楽研究部連合と、軽音楽部との勝負の幕が上がったのだった。


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