第45話 夏の思い出 (8)
まだまだ暑い夏休みの夕方。
亜由美、ジュリア、ココア、キララ、そして幸子の五人は、駿の部屋に来ていた。
「しっかし、せめぇな、この部屋」
「ジュリアちゃん、正直~」
ケタケタ笑うジュリアとココア。
「だから言ったろうが! せまいって!」
駿が苦笑しながらツッコんだ。
「でも、駿くんのお城ですもんね。ステキです」
優しく微笑む幸子。
「さっちゃんだけだよ、そう言ってくれるのは~。さっちゃん、ありがとう!」
駿は、幸子に微笑み返した。
「それに引き換え、オメエらときたら……」
ジュリアとココアをじとっと見る駿。
目をそらしたふたり。
キララと亜由美は、その様子を見てクスクス笑っている。
「あ、そうそう、駿。LIME見てくれた?」
亜由美が思い出したように駿に尋ねた。
「あー、見た見た。山口(ジュリア)と竹中(ココア)の同好会の件な」
駿のその言葉に、これまで楽しそうに笑っていたジュリアとココアの顔から笑顔が消える。
「なぁ、一緒にやろうぜ。オマエらとだったら楽しくやれるからさ」
笑顔でジュリアとココアに語り掛けた駿。
「あー……あーしらはいいよ、ね、ココア」
「うん、私たちはいいです~」
ふたりは、やはり首を縦に振らない。
「そんな寂しいこと言うなよ、ふたりともさぁ」
「そうだ! キララは入んなよ、それがいいよ!」
ジュリアの提案に、うんうんと頷くココア。
「ふたりが入んないなら、私も入んないよ。何かホントに寂しい提案……」
落ち込んでしまったキララ。
――静寂の時間が生まれる。
「ふたりともさ、色々考えているんだろうけど、そんなもんオレら気にしないから。ふたりも気にすんなよ」
先日のLIMEで、ふたりが幸子との距離感に悩んでいたことを知った駿。
『自分たちと一緒にいると色眼鏡で見られるから』
そんなふたりの悩みを、駿は解決したいのだ。
「さっちゃんだって、三人とやりたいよな」
「はい! 一緒にやりましょう、ジュリアさん、ココアさん、キララさん!」
元気に返答する幸子。
そんな幸子を見て、うつむいてしまうジュリアとココア。
ジュリアは、両手で顔を覆ってしまった。
「さっちゃん、ゴメン……あーしらは無理だ……」
ぼそりと言葉をこぼすジュリア。
「なぁ、山口、色眼鏡で見るヤツは、見させときゃいいよ。無視しときゃいいんだからさ。だから――」
ジュリアが駿の言葉を遮った。
「もうさ……もう、そんなレベルの話じゃないんだよ……」
ジュリアは両手で顔を覆ったままだ。
「え?」
『自分たちと一緒にいると色眼鏡で見られるから』というのは、キララがジュリアとココアから聞いた悩みであった。そんなレベルじゃないというジュリアの言葉に驚いたキララ。
「ねぇ、どういうこと?」
キララは、ジュリアに尋ねる。
「噂が……」
「噂?」
その言葉にピンときた駿は、思わず口をつぐんだ。
「もう……学校中の噂に……なってるみたいで……」
「え? 噂って何?」
キララの言葉に、ジュリアはそっと顔を上げる。
ココアは、うつむいたままだ。
幸子と目が合った瞬間、顔をそらすジュリア。
駿に、何かを話そうと口を開けるが、声が出てこない。
目をぎゅっとつぶり、歯を食いしばる。
もう一度、口を開いたジュリア。
「あーしと……あーしとココアが……」
言葉に詰まる。
「あーしとココアが……ヤリマンだって……パパ活やエンコーしてるって……」
「!」
言葉を失った亜由美、キララ、幸子。
「私も、ジュリアちゃんも、彼氏すらいたことないのに……」
いつも朗らかなココアの顔が、悔しさに歪む。
「実は、夏休み入る前にそんな噂、耳にしたんだよ……他のクラスのヤツにそんな話されて……そんなわけねぇって、そんな噂話、絶対他所でするなって、かなり強く言ったんだけど……」
駿の顔にも悔しさが滲む。
そんな駿を、諦めたような乾いた笑みを浮かべて見たジュリア。
「そうだったんだ……高橋(駿)、ごめんな、気ぃ使わせちゃって……」
そしてジュリアは、みんなからの視線から逃げるように、うつむき、また両手で顔を覆ってしまう。
「もう、学校中に噂が流れてるみたいで……知らない男子から『いくらでヤラせてくれるの?』って声掛けられたり……無視すると『クソビッチのくせに』って言われたり……ココアが酷い目にあったり……」
「え? ココアが!?」
キララがココアに目を向けた。
ぎゅっと目をつぶるココア。キララが見たことないほど、歪んだ表情をしていた。
「夏休みに入る直前……体育館の近くで三年の吉村って人に腕掴まれて……体育館の裏に引っ張られて……そ、そしたら、突然、ズ、スボンとパンツを下ろして……ご、五千円やるから…………し、しゃぶれって……う……うぅ……うあぁぁ……うわあああぁぁぁぁ……」
号泣するココアに駆け寄り、抱きしめるキララ、亜由美、幸子。
「ココア、腕振り払って、何とかすぐに逃げられたんだけど……」
声を震わせたジュリア。
「だから……だから、あーしらは協力できない……協力すれば、みんながこうなる……でも――」
ジュリアが続ける。
「――キララだけは入れてあげて……」
「私ひとりだけ入ったって……」
「キララは、そういう噂は立ってない……だから、キララをお願い……」
「ジュリア、何を……」
ハッとするキララ。
「アンタたち、だから夏休みに入る直前くらいから急に余所余所しく……」
「…………」
ジュリアとココアは、何も答えなかった。
幸子とゆっくりと向かい合うジュリア。
「さっちゃんもありがとな、仲良くしてくれて。でももう危ないから、二学期からは――」
言葉を最後まで言うのを遮るようにジュリアを抱きしめた幸子。
強く強く抱きしめる。
「絶対に、絶対に離れませんからね! ジュリアさん!」
ジュリアは、自分を抱きしめる幸子の手にそっと触れた。
「さっちゃんは優しいね……でも、さっちゃんを危ない目には……」
「相談したかったんですよね?」
「え?」
「キララさんに相談したかったんですよね?」
「…………」
「でも、相談できなかったんですよね。キララさんは、本当に信頼している、本当に大切なお友達だから。巻き込みたくなかったんですよね?」
ジュリアは、悔しそうに小さく頷いた。
「でも、キララさんは相談してほしかったと思います。だって、ジュリアさんも、ココアさんも、キララさんが本当に信頼している、本当に大切なお友達ですもの」
ハッとするジュリア。
顔を上げると、キララが微笑んでいた。
「普段あんだけ迷惑かけられてんのに、今さらだろ、オイ」
ジュリアの額にデコピンするキララ。
「ゴメンね……ゴメンね、キララ……ゴメンね……」
ジュリアは、キララの胸に泣き崩れた。
「駿、この件どうする? 何かいい案ある?」
「ある」
駿の一言に、相当な怒りがこもっているのを感じ取る亜由美。
「山口、竹中、本当に辛かったな。悔しいよな」
ジュリアとココアは、悔しそうな表情を浮かべ、涙ながらに頷いた。
「この件、一旦オレに預けてもらっていいか? うまくいけば早めに解決できるから」
「無理だよ、こんなに噂が広がったら……」
「弱気になんな、山口。オレの方でやれることは全部やるから。な、一旦信じてくれ」
「私たちにできることある……?」
「竹中、お前は怖い思いしたよな。お前のことは、オレらが絶対守るから。山口と竹中は、オレらに守られるのが役目だ。いいな」
複雑な表情で頷くジュリアとココア。
「キララとさっちゃんは、できるだけふたりと一緒にいて、ふたりを支えてやってくれ」
「わかった」
「はい、わかりました」
キララと幸子が顔を合わせて、頷き合った。
「亜由美は、できる範囲でいいので、ふたりのボディガードを頼む。タッツンと太には、オレの方から話をしておくから。もちろん、オレもやる」
「うん、わかった」
「それと、この件は文化祭よりも緊急度が高い。二学期に入ってから、オレはこっちを優先して動く。さっさと話つけてくるから、よろしくな」
「当然よ、頼むわね」
ふと時計に目をやる駿。丁度六時を指していた。
駿がすっと立ち上がる。
「みんな、まだ時間は大丈夫?」
時計を見て頷いた五人。
「じゃあさ、ウチでメシ食ってかね? オレの超かんたんレシピでおもてなしするよ」
わーっと小さな歓声が上がり、笑顔になる女性陣。
ジュリアとココアにも笑みが浮かんでいた。
「よっし! じゃあ、決定な! 亜由美とさっちゃん、ちょっと買い物付き合ってくれる?」
「OK!」
「はい、ご一緒します」
「ギャル軍団は、お留守番でよろしくな」
笑顔で頷くジュリアとココア。
「悪いね、買い物まで行かせちゃって」
ちょっと気まずそうにやって来たキララに、駿がそっと耳打ちした。
「三人でゆっくり話しな……」
驚くキララに、笑顔で肩を軽くポンポンと叩く駿。
(こいつは、ホントに人たらしだな……まったく……)
「三人とも車に気をつけてね」
玄関先で声をかけるキララに手を振り、三人はスーパーマーケットへ向かっていった。
◇ ◇ ◇
「それにしても、さっちゃん」
「はい?」
「ホントに強くなったな! 優しいのは前からだけどさ、オレ、今日もさっちゃんに痺れたよ!」
「私もそう思った! あの三人の絆を再確認させてたもんね!」
「そう! それそれ!」
「そうおっしゃってくれると嬉しいですが……でも、強くなったというより……怖いものがなくなった、が正しいかも……」
意外な反応に驚いた駿。
「え? そうなの?」
「はい、だって、みんなの前で……その……漏らしちゃった……わけですし……もう怖いものないですよ」
幸子は、ゲームセンターでの出来事を思い出し、苦笑する。
そんな言葉に微笑みを浮かべた駿。
「いや、やっぱりそれは強くなった、ってことだよ、さっちゃん」
「そ、そうですかね……」
幸子は、顔を赤くして照れる。
「さっちゃん!」
「は、はい!」
突然の亜由美の大声に驚いた幸子。
目を大きく見開き、ハァハァ言っている。
「こ、今度は、わ、私が、オ、オシッコのお世話、し、しちゃうから!」
「亜由美さん! もう!」
スーパーへ向かう三人の間には、笑いが絶えなかった。
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